僕とキリカは合気道の時に着る道着を着たまま、畳の部屋で二人して正座していた。
目の前から放たれるさっきに二人とも息を呑み、体の震えが止まらなくなる。なんでったてこの人はこんなに殺気を放っているんだ?
よく、分からない……。国から呼び出された先で何かあったのだろうか? この人を怒らせるなんて、国1つ消し飛ぶんじゃ?
「……ねえましろ、なんで師匠はこんな殺気を?」
キリカが涙目で僕に聞いてくる。僕だって泣きたい。なんで神は僕たちにこんな試練を与えたのだろうか。
「わ、分からない……」
目の前には絶対的な強者のオーラを出す化け物。
その姿を見た人間は敵であったら数秒で体が弾け飛んでいる。今までこの人のしごきに耐えられてきた僕たちが奇跡的なのだ。
目の前にいた化け物はダンっと畳を踏みならした。
真っ白な長めの髪を靡かせ、僕たちの前に立つ化け物。その容姿は20代前半を思わせるような美貌を持っている。みんな騙されるな、この人は優に80歳を超えているんだぞ。
そう、僕のおばあちゃんこと八千しらよは人類史における最悪の絶望であり希望なのである。
「……組手……しようぜぇ…………二人がかりでいいから来いよぉ……」
ブワッと嫌な汗が流れた。ニタァと笑い首をすごい角度に曲げるおばあちゃんはすごく怖かった。
キリカも似たような反応でマジ泣き2秒前だ。
というより……組手……だと? まずい、この組手が稽古として選ばれた時は決まっておばあちゃんの機嫌が悪い時だ。誰だ? この人の前で粗相をしたやつは!
「あんのクソじじい……ちょっと私の容姿が幼いからって馬鹿にしくさって……お前より20は上じゃボケ。総理大臣とかいう席から転落させたろか」
ダメだ総理大臣だった。国家権力のトップである彼には僕は何も言えない。というよりその場で殺されてないか逆に心配である。
「国家転覆でも図ったろか」
やめていただきたい。おばあちゃんなら本当にやらかしそうなのでやめていただきたい。
この人が国を牛耳ったら政治家を目指している美国さんが可哀想だ。絶対こき使われるに決まっている。
「まあいいや、実はこれから家を開けることになってね。そのせいで数週間は稽古がつけてやれないから組手って訳さ」
「ああ、師匠! お出かけするんですか!」
「やっ……ゲフンゲフン。気をつけて行ってきてね! おばあちゃん! 旅先でゆっくりしてきてね!」
「……お前らの魂胆が見え見えで逆に面白いよ」
魂胆とは一体なんだろうか? 別に稽古をサボるわけじゃないぞ? 普段の稽古を少し軽くするだけだ。今のままじゃキツすぎていつ死ぬか分からないしね。
というわけで、おばあちゃんの留守はすごく嬉し……悲しい!
「というわけで、今ここで血反吐を吐かせてやろうと思ってねぇ。なーに私ゃすごい手加減するよ?」
そうおばあちゃんが言った瞬間、キリカと僕は脱兎のごとく逃げ出す。これは仕方がない! 今日を生き残るためのちゃんとした手段だ! 決して、稽古が嫌だからではない! 今ここで捕まったら死より酷い目に遭わされること間違いなしなのだ!
「……はあ…………に、が、す、かあああああああああああ!!!!」
そうおばあちゃんが叫んだ時に僕たちの体が宙へ舞う。しまった! 畳を返された!
おばあちゃんが震脚で部屋中の畳を一斉に裏へ返す。これが八千家秘技【畳返し】だ。ちなみに地面でも同じことができるらしく、地面をひっくり返していたのを見たことがある。
しかし、僕たちはこんな所で死ぬわけにはいかない! キリカと目線を合わせ、二人で連携しておばあちゃんに突撃して行った。
────
数時間後、おばあちゃんの宣言通り血反吐を吐いて畳にひれ伏している僕とキリカの姿があった。僕はなんとか意識を保っているがキリカの方は完全に気絶して目を回している。
ぐっ、体全体が凄く痛い。ちなみにキリカが学校を休んでいる理由はこの稽古が原因で授業を受けている体力がないのが原因である。
大丈夫か三年生。受験するのではないのだろうか? まあその点は美国さんに勉強を習っていると言っていたから平気なのだろう。
「ケッ、もうちょっと持たないのかねぇ」
「……無理言わないでくださいよ……」
僕も立っている体力がないので畳に横になっている。
壁や天井に無数の傷が増えているのが見えて、今日も激しかったなと漠然と思った。
「……ましろ。お前が今から何をしようとしてるのか私ゃ想像つかねぇ。でもな、こんだけ私が鍛えてやってんだ。負けんなよ」
むすっとした表情で僕に話しかけてくる。当たり前だろう、貴女の一人孫ですからね。そう簡単に死ねないってものですよ。
そうだ、簡単には死ねない。美国さんが見た未来までどんな感じでたどり着くのか未だに分からないのだ。出来れば僕も易々と命を落としたりしたくない。
「ま、頑張れよ」
そう言っておばあちゃんは僕の目の前から姿を一瞬で消した。
ああ、久しぶりに見たなおばあちゃんの瞬間移動……。そういえば僕も出来るようになったんだっけ。結局あれは足と腰を使ってその場から消え去るように走り抜けるという技だったが。
そして僕も眠るように気絶した。
────
「キリサキさん? 僕の知り合いには居ないが……変わった名前だな」
「いや、噂話だって」
僕とキリカは気絶から復活して道場を片付けた後、用意してあった和風の飯を一緒に食べていた。彼女は今は内弟子という立ち位置で一緒に暮らしている。
親からは了承を貰っているらしい。男とシェアハウスなんて許してくれたのが不思議だ。
こうして、少し遅い昼飯を食べながら喋っていたらキリカが突然「キリサキさんって知ってる?」と話し始めた。
「いや、前にクラスメイトの連中が言ってたんだけどね。夜一人で人気のない場所を歩いていると、突然鈴の音が聞こえてきて、どこからともなくコートを着た女が名前を訪ねてきて、それに素直に答えると刃物でズタズタにされるっていう奴らしいよ」
「成る程、それで切り裂きさんと……」
一体なんの話だと思えば怪談話か。いや、この場合都市伝説とでもいうのかな? 僕はオカルト系はあまり詳しくはないので怪談とかあまり知らない。口裂け女とか人面犬とかしか知らないのだ。
「ま、君じゃあ、その切り裂きさんって奴も一発でしょ」
「そういうキリカだって、着実に力をつけてきたじゃないか。追い抜かれそうでヒヤヒヤしている」
「……冗談言わないでよ」
キリカは才能はあったらしく、技とかは足さばきはすぐに覚えた。僕から言わせればまだ筋力が足りない、純粋なパワーがあればなんとかなるものだ。
そう思いながら食器を片付けて出かける準備をする。キリカも慌てて、出かける準備をし始めた。
今日は少し大きな買い物をするためにホオズキ市にまで行く予定だ。
ちなみにキリカは美国さんに可愛いペンダントをプレゼントしたいと張り切っていた。
「あれ? そういえば噂の出どころってホオズキだったような」
「…………ここ最近不思議体験ばっかりだからな。ばったり出くわすかもしれん」
「ははっ、だったら逆に切り裂いちゃおう!」
こうして、ホオズキ市へ出発したのだった。
おばあちゃん登場回でした。
それとアンケートでやるの方が多かったのですずね☆マギカ編をやっていくことにしました。
かずみ☆マギカはやるにあたって登場人物が多くなりすぎるので、本編が終了した後外伝でボチボチしようかなと考えてます。