事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだろう。
その言葉がなければ僕は自制心を保っていなかったかもしれない。
なぜ僕がこんな事を言ってるのかと思っている人に説明しよう。
またもやあの不可思議空間に飛ばされてしまった。
奇怪なオブジェに謎の生命体。
なぜこうなってしまったのかと頭を抱える。
しかも近くに魔法少女がいない状態でだ。
そんな状態で僕一人迷い込んでしまった。
これはもうあれだ、この空間だけは本物だろう。
まさか中二病ワールドがこんなところに広がっているなどと思いもしなかった。
しかし……なんか誰かに呼ばれたような気がしたんだがな……。
気のせいではあるだろうが、こんなところに迷い込んだんだ。
少し探索してみるのもいいだろう。
しかしよく見てみるとこの空間は歪ではあるがどことなく美しさを感じる。
この不安感が美しさを助長させているのではないかと思った。
そしてヒゲを生やした謎の生命体。
魔法少女達は使い魔と呼んでいたが、やはり名前がないと何かと不便だろう。
よし、この白いコットン頭のヒゲはアントニーと名付けよう。
なんだかアントニーっぽいし、いいかもしれない。
しかしこのアントニー、ドイツ語で歌を歌いながら僕の方に迫ってくる。
なんだ? ちょん切ってしまおうだって?
ああ……向こうからすると僕も謎の生命体なのかもしれないな。
それに一体破壊してしまったのもあって怒っているのかもしれない。
なんだか、僕はここ最近怒らせてばっかりだ。
行動にも気をつけねば。
しかし……あの時は殺意があったから仕方なくだな……。
まあすまない気持ちでいっぱいではあるが。
「一体……いや、一人? を破壊してすまなかった、この通りだ謝らせてくれ」
僕がアントニーたちに向かって謝罪の言葉を投げかける。
しかしまあ、こいつらは怒りが収まらないようで、こちらに近づいてくる。
ああ……どうしようかな。実力行使に出るのもやぶさかではないが、これ以上壊すと後で厄介な事になりそうだ。
ふと横にある薔薇が目についた。
ほう……美しい薔薇だ。ちゃんと手入れもしてあってこの芸術感溢れる空間にとてもマッチしている。
「……この薔薇の手入れは君たちが?」
僕がそうポツリと言うと、アントニーの動きが止まった。
やはりそうだ、このステキな薔薇の手入れをしているのはコイツらしかいないだろう。
しかしいい腕をしている。前に一人で薔薇園を見に行ったがそれよりも美しいかもしれない。
「素晴らしい腕をしているな」
僕がそういうとアントニーは少し照れたような仕草をする。
いや照れているのか正確には分からないが、まあそう解釈したほうがいいだろう。
「この領域に勝手に入ってすまなかった、僕はここから出たいのだが、出口まで案内してくれるだろうか?」
僕がそう言うと、アントニー達は顔を見合わせてコクリとうなづく。
よかった、どうやら話は通じるみたいだ。
先導して歩き始めたアントニー達の後ろを僕はついていく、途中で僕の後ろに謎の浮遊する生命体も付いてきた。
こいつの名前はアーデルベルトにした。
いや、僕の趣味全開だが許してほしい。
このアーデルベルト、最初は僕を見つけるなり急に鐘を鳴らして頭突きをかましてきた。
まあ、痛かったがそこまでの威力ではなかったし放置してたら、疲れからか、いつのまにか頭突きはやめてくれた。
それでも、後ろで機会を伺っている様子が見られるので、諦めてはいない様子だ。
そして、未だに出口にはつかない。
アントニー達は歌を歌っていた。
一部ではあるが翻訳できて、行こう行こう主人の元へ、行こう行こう優しき青年を連れてとドイツ語で歌っている。
元はドイツからやってきたのだろうか?
そんなこんなでアントニー達についていくと、一際大きな部屋に出る。
ここは……一体。
真ん中でこれまた奇怪なオブジェクトが鎮座している。
頭はデロリと溶けているかのような感じで薔薇が数本添えられている。
そして体がどうか分からない、部分は特徴的な柄をしていた。
これが現代美術だと言われてもおかしくないだろう。
しかしそれよりも、知性を感じる?
このオブジェクトは確実に僕を認識している。
すると突然、巨大な椅子のようなもので攻撃してきた。
僕はそれを後ろに避ける。
ふむ、知性もあって攻撃してくるとならば……。
かっこいい名前をつけるしかあるまい……!
「さしずめ……ゲルトルート……!」
「ゲルトルート……魔女に名前をつけるなんて貴方ぐらいね」
「……巴さんか」
いつのまにか後ろに巴マミとクラスメイトの鹿目さんと美樹さんがいた。
巴さんに至っては銃を取り出して戦闘態勢に入っている。
それを僕は片手で制した。
「……どうして?」
「ゲルトルートに話があるんだ。だからここは僕に任せてくれないか」
僕は興奮冷めやらぬと言った感じで感情を爆発させるゲルトルートに近づく。
いや、この子に感情なんてあるのかはわからない。
しかし、あそこまでの薔薇、そして素敵な空間を生み出せるのだ。
「薔薇の君よ、どうか僕の話を聞いてくれないだろうか」
ゲルトルートはその巨体を蝶の羽ではためかせ、僕を威嚇する。
そして、アーデルベルトに命令したのか僕の身体を拘束してきた。
というかコイツら、紐のような形状にもなれるのか。
「君がなぜそこまで怒っているのか分からないんだ。君の同胞を一人破壊してしまったことは謝る。償えるかどうかはわからないが、どうか話を聞いてほしい」
ゲルトルートは話を聞く耳を持たずに僕を宙ぶらりんの状態へ持ち上げる。
巴さんが戦闘態勢に入ったが、それを僕は手で待ったをかけた。
気持ちは分かるが、それはまだ早計だ。まあ待ってくれたまえ。
「それに……あんなに美しい薔薇を咲かせられる君が、どうも悪い物に見えなくてな」
その言葉を聞いたゲルトルートはその場で静止する。
やはり、薔薇がキーワードだったか。恐らく、ゲルトルートはこの空間でアントニー達と一緒に薔薇を育てれればそれで良かったのではないだろうか。
「花というのは、清き心を持つものにしか育てられない。悪しき心を持つ者は必ず花を枯らしてしまう」
僕の身体を拘束していたアーデルベルトが霧散する。
命令の効力が切れたのだろうか。僕は下に落ちている薔薇を踏まないように着地した。
そして一つの薔薇を掬い取る。
「怖かったろうに……もう安心したまえ、ここには君に危害を加える者はもういないよ」
そういうとゲルトルートは大人しくその場に鎮座する。
その姿はどことなく哀愁が漂っていた。
「信じられない……魔女と対話できるだなんて……」
巴さんは後ろで口を押さえてとんでもない光景を見るかのような表情を浮かべていた。
そんなに大したことでもないと思うのだがな。
知性あるものとは対話は必ず出来るだろう。僕は基本的にどんなサイコパス野郎だって対話してみる。それでダメなら仕方がないが、ブン殴る。
それが異形の物だとしても同じだ。
知性があるのなら少しは話しかけても良いのかもしれない。
そう思っていると、ゲルトルートが僕に近づいてきた。
その様子は僕直々に葬ってほしいと願っているようにも思えた。
「何故だ?」
ゲルトルートの心情はあいも変わらず読み取れない。
しかし、些細な行動でその心の内をアピールするゲルトルート。
恐らくではあるが、自分の意識が残っているうちに葬ってほしいとの事だった。
この綺麗な薔薇を作れる存在を葬るのは些か心が痛むが、ゲルトルートがそれを望んでいるのなら……仕方があるまい。
「痛いのは一瞬だ」
僕は拳を握り、構える。
覚悟を決めたかのようなゲルトルート。
僕は自分の最大の力を振り絞り、せめて苦しまないように逝かせてやりたいと思った。
「来世で生まれ変わったら、是非友達になろう」
そして、僕の最大の力をゲルトルートに放つ。
ゲルトルートは無数の蝶になりその場で霧散する。
……なんだろうか、なんとも言えない虚無感だな。
あたりの空間が元の世界へ戻る。
すると僕は見覚えのない廃ビルに入り込んでしまっていた。
いつの間にか僕の手元には黒いクリスタルのようなものが握られていた。
そして、少しではあるが小さな声で『ありがとう』という声が聞こえたのだった。