CRY'sTAIL   作:John.Doe

10 / 78
渦巻く万斛の格律-4

 ゴリラ型の幽鬼は今までの戦いから、こちらへ寄る速度は速いものの小回りが効かない、ということは分かっている。

 私は地面を蹴って、ゴリラ型の幽鬼へ向かって走り出した。案の定、迎撃するべく四つ足でこちらへ走り寄るゴリラ型の幽鬼。

 

「貰った!」

 

 僅かに走るコースをずらして、脇をすり抜けていく。後ろでは幽鬼がこちらへ振り向こうとしているだろうが、間に合いはしない。

 竜の幽者へと間合いを詰め、走る勢いを使った素早い薙ぎ払いを見舞う。左から右へと振り抜かれた斧刃が竜の胴体を捉え、煙へと変える。これで幽者は全滅した。

 

 

 残るはゴリラ型の幽鬼だけだ。背後にいるそれに相対するべく振り向いた、その瞬間────

 

 

 

「小夜、逃げて!」

 千暁さんの声と同時に、天井を突き破り"何か"が幽鬼の上に落ちてきた。

 

 

 

 非常に堅牢なはずの、辺獄の天井、あるいは床をブチ抜いて落ちてきたのは、動いているからと辛うじてそう判断できる、生き物だった。

 左右の半身で本数の異なる、複数の丸太のような腕。身体のあちこちから覗く、歪な幾つもの顔。醜悪という言葉すら生温い、幾人もの人間を切り裂き繋ぎ会わせたような黒ずんだ巨大なバケモノがそこにいた。

 

「な、何なんですかこれは……」

「恐らく、この層のボス格ね。異形化してるわけじゃなさそうだけど」

 趣味の悪い化生を前に動じる様子を見せない千暁さん。辺獄で出会う強い幽鬼って、こんなのがデフォルトなの……?

 そして当の幽鬼は、ゴリラ型の幽鬼を腕の1本で押さえつけていた。そのままミシミシと音が聞こえてきそうな程押し潰し続け、しばらくするともがき抵抗していたゴリラ型の幽鬼は力尽きたようだ。

 幽鬼を煙に変えた巨大な幽鬼は、いくつあるか分からない全ての濁った瞳でこちらを睥睨する。空気が軋むような音を立てたと錯覚する程の威圧感の壁が、私の脚から力を奪おうとする。

 

「こんなの……勝てるんですか……?」

「勝つよ。小夜、恐れては駄目。前に言ったでしょ、幽鬼の見た目に騙されてはいけない」

 見上げるほどの幽鬼を前に、やはり千暁さんはいつも通りの柔らかな声で、私の隣へ立った。

 柔らかな声ながらも強気なその言葉に、私ははっと思い出す。そうだ、幽鬼の見た目は生前のそれと関わりがない、こちらを惑わすためでもある見た目。つまり、ハッタリをかけるためにも使えるってことだ。

 

「いい? 幽鬼としての強さは確かに、そこいらの幽鬼より上。でも、異形化をしていない以上、そこそこ止まり。油断しなければ決して恐れる相手じゃない」

「……はいっ! 行きます!」

 

 

 隣に立った千暁さんが合口を抜き、私もハルバードを構える。今回ばかりは千暁さんも、隣で戦ってくれるようだ。今までの戦っているところを見てその強さを知っているから、心強いことこの上ない。

 構え、並んだ私達から敵意を感じ取ったのか、幽鬼が空気の震えを叩きつけるかのような咆哮をあげる。身体中が音ではなく振動として受け止め、後退りそうになるのを堪え、敵を見る。

 

「まずは出方を見ます!」

「うん、遠距離攻撃があるかもしれない。気を付けてね」

 黒い少女の幽鬼のことを思い出す。彼女は、それこそ代行者のようなバリエーションの魔法攻撃や強化攻撃を行ってきた。強力な幽鬼の特徴ならば、目の前の幽鬼もそうかもしれない。

 ただでさえ、あの幽鬼の剛腕と巨体から繰り出される膂力はゴリラ型すら圧倒する威力を見せつけられている。慎重にならざるをえない。

 

 

 千暁さんと共に、挟み込むように回り込む。すると巨体中の数多の顔達は私達を分担して睨み、腕をそれぞれに構えてくる。どうやら挟み撃ちによる不意打ちには期待できない。

 人の顔を持ちながら、人として有り得ない構造、行動に恐怖を感じる。しかし恐れているだけでは駄目だと言い聞かせるように、ハルバードの穂先を突きつける。手応えは微かだが、全く効いていない程ではなさそうだ。

 

「こっちの合口じゃ駄目ね。小夜! 私が後ろから魔法(スペル)攻撃で援護するから、前衛(まえ)を頼める?」

「分かりました!」

 そうして攻撃を加えようとした途端、視界の端で黒ずんだ何かが持ち上げられるのを見た。咄嗟に、転がるようにその場を大きく離れる。

 

 

 体勢を立て直した私の視界に、つい一瞬前までいた場所に黒い巨腕が落ちてきたのが写った。あまりにも強い力で、空気を叩き潰した衝撃波が身体を揺さぶる。

「絶対に当たる訳にはいかない……」

 あれに当たったらどうなるか。考えるまでもない、死を押しつける鎚。しかも、思っていたより動作が早い。

 

 幽鬼の腕の位置と数を確かめながら、肉塊へ走り、ハルバードの刃で斬りつける。焼きすぎた肉にナイフを走らせるような、堅い手応えが返ってきた。

 何度斬りつけても、皮だけを切り裂き肉や骨を斬れていない、そんな気がしてきた。

 

 

『ドウシテボクガ……』

「え……?」

「っ! 小夜、避けて!!」

 

 

 声が聞こえて、思わず気を取られた。千暁さんの声に反応する間もなく、 強い衝撃と共に視界がぐるりと回り、飛んでいく。

 こんなことが最近にもあった、なんてぼんやり考える内に視界がひっくり返ったまま止まった。すると思い出したように、身体中を激痛が走り回る。あの腕に殴り飛ばされた、そう気づくと途端に痛みが増してきた。

 

 遠くで何か叫ぶ千暁さんの声が聞こえるけど、それどころじゃない。声が出ない、力を入れられない、息が出来ない……涙が視界を滲ませるのを、止められない。

 きっと声が出るなら、今にも叫んでいると思う。叫べない声が私の中で暴れているような気さえする。いっそ楽にしてくれと喚いてしまいたい。

 

 

 滲む視界の中で、千暁さんがあのバケモノ相手に立ち回っているのが見えた。痛さに加えて、申し訳なさがこみ上がってくる。前衛を任せてくれた期待を裏切って、千暁さんに戦いを押しつけているんだ。

 駄目だ。それは、駄目だ。でも立ち上がろうとしても、激痛が力を奪う。視界がどんどん滲んで、ようやく酸素を取り戻した肺がまた悲鳴を上げる。

 

 

 ふと、右手を見る。まだその手には、ハルバードを握っていた。気のせいだろうけど、ハルバードが震え、熱を発したような気がする。

「まだ……何も、出来てない……!」

 気のせいでもいい。震えと熱が、私に立ち上がるだけの力をくれたような、そんな気がした。石突きを地面に突き立て、どうにか立ち上がる。

 

 代行者になった恩恵なのか、トラックにでも撥ねられたような衝撃でも骨折ひとつない。痛いのは確かだが、まだ戦える。このままくたばってやるものか! 奴に転がされたまま嘲笑われてたまるか!!

 

 

 ひとつ、呼吸を挟む。同時に魔力を練り上げ、狙い、解き放つ。

「燃え落ちろ!!」

 竜の息吹(ドラゴンブレス)、業火の塊として現れた魔力が肉塊から伸びる腕の1本を焼く。

 

 気づけば、口の中に鉄分の味が満ちていた。噛み合わせた奥歯が軋み、頬を熱い滴が伝っていく。私の中にいる「誰か」が、我が名を呼べと叫んでいる。

 

 

 

「理念、解放……ヘーゲル!!」

 

 

 

 身体から何かが解き放たれたような感覚と共に、視界は涙で滲み、何かを考えようとする前に身体が動く。

 肉塊の懐へ潜り込み、ハルバードの刃で薙ぎ斬りつける。力任せの斬撃にも怯むことなく、幽鬼が腕を振り上げたのを見る。

 

「邪魔、するなぁッ!」

 

 滑るように後ろへ下がり、竜の翼(ウイングプレス)で振り下ろされた腕を叩き潰す。自らの限界を越えた勢いで地面を叩くことになった腕に、軽くはないダメージを押しつける。

 様子見なんてしない。地面に叩きつけた腕をかいくぐり、飛び込んだ勢いで刃を振り下ろす。続けざまに穂先を突き込み、魔力を滾らせる。

 

「燃え散れ!!」

 

 突き刺さった穂先から球を形成するより先に爆炎が吹き上がる。反動を利用し、後退して掴みかかろうと迫る腕をかわした。

 

 名前を叫んだときから私の後ろに立つ、青く透き通り竜を思わせる翼と鱗を持った男。彼が私の考えより早く私を動かし、私の攻撃に連なるように鋭い爪や牙を振るう。説明されずとも分かった。理念解放によって具現化した私の守護者。それが後ろにいるヘーゲルだ。

 視界は益々滲み、荒げた声が喉を枯らしていくが、それらを越える目先の敵を討ち取ろうという衝動が私を突き動かし続ける。

 

 

 そんな折、新たな闖入者が目の前に飛び降りてくる。

 

「やっと見つけたぜ……悪いが横取りさせてもらう!」

 

 哀川 天音、それが闖入者の正体だった。幽鬼全てに復讐を目論む彼女がここに現れるのは、ある意味必然なのかもしれない。

 普段ならば、代わりに倒してくれるというならそっと身を引いたかもしれない。だが、今の私は彼女に近い(やり返そうとする)衝動に突き動かされている。

 

「……はっ。理念解放してる奴に言っても無理か。ま、幽鬼をぶっ殺せるなら構いゃしねぇ」

 

 天音さんの脇をすり抜け、ハルバードの刃を幽鬼に叩きつける。即座に下がり叩きつけられた腕を躱し、直後に天音さんが突撃していた。

 手首の捻りで小さく回転させた戦鎚を振り抜き、返す振りで追撃する。宙返りしながら幽鬼を蹴り、そのまま後ろへ跳んだと思えば飛び込んで左拳に備えた爪を食い込ませる。

 負けじとハルバードの穂先を突き刺し、手繰り寄せながら身体を捻り小さな刃を使い斬りつける。向かい側では千暁さんが魔力を刃から伸ばして斬りつけている。

 幽鬼は私達3人を、多腕にものを言わせて同時に押し潰そうとしてきた。それぞれが横や後ろへ飛び退き、やり過ごしたと共に反撃を試みる。しかし。

 

『ワタシハナニモシテナイノニ!!』

 

 回りの空気ごと震わせる慟哭と共に、全ての腕が叩きつけ、殴りつけ、掴みかかるべく迫り来る。怒濤の腕の嵐は私達を回避に徹させ、間合いを離さざるを得なくなった。

 

 

 ふと気づく。私を突き動かしていた激情が、次第に理性に蝕まれていく。チラリと後ろへ視線を向ければ、心なしかヘーゲルがより薄く透けるようになっていた。

(理念解放……感情の爆発。終わりがあるってこと?)

 理性を感情が上回る状態がいつまでも続くわけがない。暴れ狂う腕を躱し続けながら、頭のどこかでそんな考えに至る。予備の薪が切れた焚き火のように鎮まろうとしている「怒り」が、まだ身を突き動かす熱を持っている内に、決着を着けなければ。

 

 

「小夜、私達があいつを止める!」

「勝手に決めんじゃねえよ! っち、まあいい、ぶちかませ!」

 ほんの少し千暁さんに遅れて、文句混じりに魔力を溢れさせる天音さん。激浪の腕を縫うように、深緑と白銀の魔力でできた杭がそれぞれ同時に肉塊を貫き、幽鬼の動きが縫い止められる。

 

 数多の腕による波濤が収まり、恐らく長くはない凪へと滑り込む。

 

「指し示すは万象の事解──」

 右から横薙ぎに刃を走らせ、逆の刃で返し斬る。そのままハルバードの柄を回し翻した斧刃でもう一撃。

「其が行き着くは真なる精神──」

 手繰り寄せながら鉤刃で斬りつけ、脇へ戻ったハルバードの穂先を突きつける。刃で抉るように抜き去りながら、後ろへ身体を捻りつつ下がる。

「我が成すは自らの意志! 絶対精神(アブソルチュア・ゲイスト)!!」

 身体を軸にハルバードを1回転、飛んだ勢いも乗せて渾身の刃を叩き込む。全ての攻撃に乗った魔力が、先の腕の乱舞に負けず劣らずの勢いを以て襲いかかった。

 

 

 

 感情の残り火すら全てを注いだ連撃。脱力感と言うには生ぬるい感覚が襲い、どうにか折れそうな膝で念のため距離を取る。そこで限界だった。膝を着き、ハルバードを支えにしてどうにか倒れこむことを防ぐのが目一杯。

 同じく、自重を支えきれずどこからか土煙を巻き上げながら、肉の塊が沈む。その土煙が晴れたとき、勝者はどちらかに決まる。果たして────

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。