CRY'sTAIL   作:John.Doe

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霧中の妥当性-2

 あの少数の戦いから暫く、何事もなく──と言っても勿論幽者幽鬼との戦闘はあったけど──進み、区切りである姿見を見つけて私達は現世へと戻ってきていた。

 辺獄で小規模な戦闘以外に何事もないというのは、何というか少しの安堵と拍子抜けしたという感情が混じって複雑な感覚だ。

 

 とは言え、区切りを迎えるまでにはそれなりの時間を要したから、昼前には探索を開始したもののすっかり陽が傾いてきていた。

「あ、夕刊……」

 夕方を知らせるメロディ放送が流れ出したのを耳にして、ふと玄関に届いているであろう夕刊の存在を思い出す。

 アルバイトだが本屋に勤める私にとって、新聞は客との話題にも昇るニュースや、世間を賑わせる作家の新作の情報などの入手源のひとつだ。夕刊まで購読する必要があるかはともかく、読み物としても読むのは嫌いではない。

 

 

「バス事故……そっか、もう1年経つのね。追悼か……」

 たった1人の乗客を除いて、運転手を含めた2桁の命を奪った事故。大々的に報道されたのを今でも覚えている。命は助かった1人の乗客、恵羽さんも、もう少し救助が遅ければ危なかったらしい。待って。恵羽? どこかで聞き覚えがある。そうだ、思い出した。

 

 恵羽 千、私の中学時代のクラスメイトでもある女子高生が追悼式に出席した旨のニュースだった。しかし見出しや本文を読むと、ただそれだけではなかったと分かる。

 追悼式の最中、彼女は唐突に意識を失い倒れ、まだ安否も原因も不明だと言う。あまり関わりのある方ではなかったとは言え、かつてのクラスメイトがそんな状況になったと聞けば流石に心配だ。

 中学時代の緊急用の連絡網を探そうかと思って書類を入れた棚を漁る。確か色紙に印刷されて、配られていたはず。

 

 

「……無い、か」

 流石に必要ないと思って、施設を出るときに捨ててしまったみたいだ。

 そもそも、意識を失った状態のところへ連絡したってどうしようもないし、関わりの薄かったクラスメイトより然るべき人間がとっくに連絡しているだろう。

 新聞で名前を読んで、思い出そうとしないと分からなかった同級生が我が物顔で連絡するのもどうかと思って、私は連絡先を探すのを止めた。

 

 

 

 何かちょっと、ニュースを見て思い出しそうなことがあった気がしたんだけど……何だったんだろう。

 

 

 

 

 次の日。辺獄に戻り千暁さんと合流した私は、その景色を見てようやく昨日思い出しかけたことを思い出した。

「……まさか、ね」

「小夜? どうかした?」

「いえ、ちょっと思い出したことがあって。千暁さんは1年前のバス事故って覚えてますか?」

「えっと……何だっけ、山の中で起きたやつ?」

 どうやら千暁さんは世間にあまり関心が無かったようで、事故が起きたことは知っているがあまり覚えていないみたいだ。

 

「詳しいことは覚えてないけど、それがどうかしたの?」

「いえ、あの事故が起きた山、私も遠足で登ったことがあったなぁって。ただ全く別のルートで、景色なんかも全く違ったと思いますけど」

 非常にどうでもよい思い出しだった。でも、辺獄にそんなに都合よく山が背景として現れたものだから、少し気になってしまった。

 目の前に広がる山に見覚えはないし、バス事故だって恵羽さんを除けば知り合いはいなかったはずだ。恵羽さんだって今のところは生きている訳だから、こんなところにいる筈もない。

 

 

 あまり関係のなかった記憶を振り替えるのもほどほどにして歩き始めた私達の前に、大きさはさほどではないものの、通路よりは明確に広い程度の場所が現れる。

 竜の形をした幽鬼が1体だけ漂っていた。妙だ。他に幽者は見当たらず、幽鬼はまるで迷子になった子供のような印象すら覚えるほど。

 

 それでも幽鬼は幽鬼だ。私達が来た通路と、反対側へ伸びる1本しか通路を持たないこの小部屋では、あの幽鬼を避けて通ることはできなさそうだった。何より、幽鬼を見逃してやれる立場でもない。

 

 

「……え?」

 しかし、幽鬼の行動はこちらの予想を裏切った。私達が足を踏み入れたのを認識した幽鬼は、私達に向かってくるのではなく、先へ続く通路へゆっくりと飛んで行く。

 不審な行動の幽鬼を当然追いかけようとした私達だったけれど、その行く手を阻むかのように、薔薇の幽鬼とゴリラ型の幽者が2体、突然姿を表す。

 

「……あの幽鬼、何かあると見て間違いないわね。もしかしたら、この層の中核を担う幽鬼かもしれない」

「なら、ここを突破して追う他無いですね」

 既に構えていたハルバードを脇に、巨体の幽者のペアへと突っ込んでいく。魔力による強化はしていない、ただの跳躍。しかし代行者ならば彼らの頭上を取るには十分な脚力が得られる。

「たああぁっ!!」

 ボクシングで言うところのフック、に近い殴打を躱した私は、そのまま斧刃をゴリラ型の幽者の片割れに振り下ろす。重力を味方につけた斬撃だが、やはりこの層の幽者にはあまり手応えがない。

 

 どうしてもその剛力から慎重にならざるを得ない、このタイプ(ゴリラ型)の幽者。そこに薔薇の幽鬼が飛ばしてくる礫が飛んでくるのだから戦いにくいことこの上ない。

「片方は私が抑える。そっちは小夜に頼むわ」

 苦戦を見かねてか、あの逃げ去った幽鬼を重要視しているのか、千暁さんが2体いるゴリラ型の幽者の片方に攻撃を始めた。

 少し不甲斐なく思いながらも、あの人が背中を守ってくれる安心感が私の背中を押す。

 

 

「燃えろ!」

 薔薇の幽鬼に火球を放ち、一切の間を置くことなくゴリラ型の幽者に斬りかかる。振り抜かれる剛腕をくぐり抜け、袈裟懸けに斧刃を振るう。

 後ろで軽くも鋭い打撃音がするのを聞きながら、逆袈裟に鉤刃を振り抜き横薙ぎへ。私が行えるなかで最も素早く振り抜ける連撃は更に脳天への振り下ろしへ繋がり、更に渾身の突きへと移ろうかという直前に後ろへ跳ぶ。

 

 ほんの瞬きするよりも短い瞬間、私がいた場所を腕が通り抜ける。思ったより多く斬りつけることは出来たが、やはり与えたダメージは全体で見れば小さいようだ。

「何か……見落としている……?」

 何かのゲームを弱い武器のまま進んでいるようなものではないか。そんな懸念が頭に過る。しかし、その疑念が合っているのかも解決法があるのかも、今考えてもどうしようもないのは確かだ。

 

 

 リソースを使わない攻撃が通りにくい以上、適所で魔力による攻撃を織り込む他無い。しかし前後大小差はあれど、どの魔力を使う攻撃も足を止める必要が、即ち隙が生まれる。

 飛来する礫を回避し、剛腕の隙間を縫いながら、虎視眈々と機を狙いハルバードを振るい続ける。横薙ぎに振るった斧刃が幽者の腕をすり抜け、胴体を傷つけたその一瞬。

「ここ!」

 練り上げた魔力で空へ跳ぶ。眼下に捉えた獲物めがけ、鷹の如くハルバードの穂先で食らいついた。蹴りつけて穂先を引き抜き、そのまま後ろへ着地するのではなく更に脳天へ斧刃を叩きつける。

 

 

 真っ二つに切り裂く勢いで叩きつけられた斧刃が幽者を煙に変え、後ろの気配へと振り向く。私が倒すより早く千暁さんは幽者を倒しており、既に薔薇の幽鬼を警戒していたようだ。

 流石の実力だと思う。判断の早さも、技術の高さも、私からすれば雲上のそれだ。少しでも高み(千暁さん)へと近づく為には、今は経験を積むよりない。

 荒くなっていた呼吸を整え、改めて左半身にハルバードを構え直し、残る薔薇の幽鬼へ踏み込むべく、礫を吐くタイミングを測る。

 

 

「今!!」

 礫を撃ち出す為の大きな吸い込みを開始した瞬間を狙い、私は強く地を蹴って突進する。薔薇の幽鬼は礫を飛ばす予兆が分かりやすい。ならば、対処はゴリラ型と真逆でいい。

 近寄る勢いを乗せた渾身の薙ぎ払い、頭上からの叩きつけを続けざまに食らわせる。相変わらず鈍い手応えも、比較的には良好だ。

 

 叩きつけたハルバードを手元へ戻し、更なる連撃を食らわせようとしたその直前。僅かに花弁が、牙だらけの口が、後ろへと反るのを見て、悪寒が背を走る。

 考えるより早く咄嗟に軽く後ろへ跳んで、それからその動作が未知なる攻撃の予兆だと考えが及ぶ。

「こんなことまで出来たの……!?」

 私が跳んだほんの一瞬の後に、目の前で大口の中で剥かれた牙がガチリと音を立てた。僅かながら魔力が込められた、見るからに凶悪な攻撃。

 

 

 今までに見てきた薔薇の幽者も幽鬼もしてこなかった攻撃だ。偶々見なかっただけなのか、それとも──ううん。

「分かれば怖くない!」

 答えが分かったところで、やってこなくなるわけじゃない。予兆の動作もしっかりと見た。なら、いつも通りだ。

 斧刃でコンパクトな袈裟斬りをしかけ、続けて逆袈裟に鉤刃を振るう。礫を飛ばすより動作の間隔が短いようで、再び口だけの顔を後ろへ反らしたのを見て退がる。

 

 大丈夫、ちゃんと回避できる速度と範囲だ。横から礫でちょっかいをかけられるより大分御しやすい。後ろへ距離をとった分の踏み込みを勢いに変えて、身体を軸に勢いよく回転斬りを食らわせる。

 大分弱ってきたように見える。攻勢の掛け時とみて、私はハルバードの穂先を勢いよく突き刺す。魔力を練り上げ──

「燃えろ!」

 魔力は赤き焔となって穂先で爆ぜる。草木とは言え炎に弱いなんてことはないようだけれど、それでも威力は十分だ。薔薇の幽鬼はとうとう煙となって消えた。

 

 

 

『もう少し……もう少しなのに……』

 

 

「あ、ぐ……っ!!」

 勝利を確信した私に流れ込んでくる、幽鬼の残した思念(記憶)。やはり、今までのように閉め出しきれず漏れ聞こえてくる。

 

『お願い。あとほんの1週間……いいえ、3日だけでいいの……』

 

『だから少しだけ耐えて……私の、身体……』

 

 

 何かを作り上げようとして、心血を注ぎ込んできた。掌にこびりついた自らの吐いた血は、自身のタイムリミットを見せつけてくる。

 机に置いた薬と水を流し込んで、立てられた試験管を睨むように見つめる。追い求めたものが、あと少しで完成する。だけど心の中では、その前に自分が死ぬことが分かってしまっていた。

 

 

「出て、行け……私は、お前じゃ……ない!!」

 強い未練を訴える声を、耳を塞ぎ蹴り出す。ゴールを目前に若くして病に倒れた未練。明日には自分が死んでいるであろうことへの恐怖。

 違う。それは私の記憶じゃない。お前の人生は、私のものじゃない。その感情は、私は抱いていない。だから。

「私に、入ってくるな!」

 

 扉を、窓を、全てを締め切ってシャットアウアト(否定)する。やがて思念はその存在を維持できず、私の耳から離れ落ちてゆく。

 声が聞こえなくなって、私はようやく安堵のため息をついた。これで私達を邪魔するものは、ひとまず打ち倒したと言って良いだろう。

 

「……行きましょう、千暁さん。また幽鬼達に阻まれるかもしれませんが」

「そうね。早く追い付ければ、それだけリスクも減るわ」

 

 私達は幽鬼が去っていった道に踏み込み、追走し始めた。

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