CRY'sTAIL   作:John.Doe

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霧中の妥当性-4

 カーテン越しの僅かな陽光を感じて、瞼を開く。見慣れた天井、見慣れた家具。そして温もりを蓄えた寝具。ようやく、今までに見ていたのが夢なのだと認識できた。

 

「……ここのところ、夢見が良かった日が無いな……」

 今日の夢も、昨日も、その前も。辺獄へ探索に行くようになって、まともな夢を見なくなった。代わりに見るようになったのは決まって、私や私の大切な人が死んでしまう夢。

 夢診断の観点で言えばもしかすると吉兆なのかもしれないけれど……とてもじゃないがそんな生温いものと思えない。

 

 焼け落ちる建物に閉じ込められていたり、誰とも分からぬ人に唐突に刃物で刺されたり。人物にしろシチュエーションにしろ、明らかに私の過去が元になった夢だ。

 目が醒めて早々、喉の奥から込み上げるものを感じて洗面台へ走る。空っぽの胃袋から胃液だけが食道を上ってきて、洗面器へぶち撒ける。

 

 

 

「本当に、最悪……」

 爽快感とは真逆の目覚めだ。胃液で痛んだ喉を水で洗いながら、鏡に写る自分の顔を見る。

 顔色は当然のように悪い。眼鏡をしていないこともあって、いつも以上に悪い目付きの女がそこにいる。血色が悪いのと目頭に涙を湛えているのも、目の前の面の不健康さに拍車をかけていた。

 

 

 吐き気と動悸がどうにか収まって、そのまま洗顔やら寝癖直しやらを終えた私は、いつも通りの軽めの朝食を摂る。

 インスタントの汁物に昨晩炊いて冷凍しておいた米、それからコンビニで買っておいた出来合いの焼き魚と少々の漬物。独り暮らしの朝食なら、まあこんなものじゃないかと思う。

 吐いた直後で喉を通るか怪しかったが、とりあえず問題なく食べ終えることができた。流し台の水を張った洗い桶に食器を放り込んで、着替えればいつも通り朝の支度は終わりだ。

 

 

「さて……と。千暁さんとの待ち合わせよりは少し早いか……」

 時計はまだ、7時を少し回った程度だ。待ち合わせには2時間近くある。しかも合流地点には部屋から直通、徒歩0分だ。

 もっとも、別に朝仕度を終えたからと言っても他にやることがない訳じゃない。新聞なりインターネットなりでニュースを仕入れたり、夕方の買い物に必要なメモを揃えたり、日常的な部屋の掃除を済ませたり。

 そんなことをしていれば待ち合わせの時間まではあっという間で、その作業の中でメンタルを出来るだけ平常に整えた私は、姿見に自らの姿を写していた。

 

 

「……今度こそ、あの幽鬼を仕留めないと」

 前回取り逃がした幽鬼のことを思い出し、小さな決意と共に私は服の裾をつまみ上げる。右の脇腹、そこにある複雑な印を指で切り、励起させる。

 僅かな熱と、くすぐったいような感覚が体に走る。すぐに鏡面に引き込まれるような感覚と共に、私は辺獄へ引きずり込まれていった。

 

 

 

「おはようございます、千暁さん」

「おはよう、小夜。また顔色が良くないみたい。夢、また良くない感じかな」

「ええ、最近はずっと……これも辺獄にいるから、なんでしょうか」

「辺獄にいるから、というよりも……辺獄でストレスを溜めているから、の方が合ってるのかもね。どうしても代行者をしていると、心は負担を受け続けるから」

 辺獄で千暁さんと合流して早々、私の夢見の悪さを言い当てられた。そしてしの原因も、私以上に正確に把握している。

 

 やっぱり、以前の千暁さんもそうだったのだろうか。あるいは、今も。私からすれば、千暁さんの顔色はいつも通りだ。少し儚げなところがありつつも、包容力のある暖かな優しさのある、いつも通りの千暁さん。

 もしかすると長い代行者活動で、上手いことストレスを逃がす術を身に付けてきたのかもしれない。でなければ、ストレスを抱えたままこんな柔和な笑みを浮かべていられるだろうか。

 

 今の私にとって、千暁さんは頼れる先達であり、優しき姉のような人であり、憧れる師でもある。そして、いつか追い付き、肩を並べられるような立派な人間になりたいという目標でもある。

 だから千暁さんの過去については、興味が無い訳がない。どんな親のもとに生まれ、どんな学校で学び、どんな友と遊んだのか。

 でも、たったひとつだけ聞いたことがある(知っている)過去の話が、それをしてはいけないと教えてくれている。

 

 

 千暁さんもまた、家族を喪っている。しかも、両親は幽鬼となっていて、彼女自らの手でその魂を壊さざるを得なかった。妹だけをどうにか掬い上げたというけれど、その時の千暁さんの心苦しさは想像もできない。

 

 そういえば、ヨミガエリさせることができた千暁さんの妹さんってどうしているんだろう。お世辞なのかもしれないけれど、私に似てるところがあるって言っていた気がする。

 眼鏡でもしているんだろうか。あるいは、姉妹なのに敬語で話してる、とか。それとも私みたいにインドア派だったりするのかな。聞いてみたいという興味が首をもたげてくるけれど、でもやっぱり聞いてはいけないと、本能が警鐘を鳴らして抑え込む。

 

 

「小夜。小夜? おーい、聞こえてる?」

「あぇっ!? す、すみません、考え事を……」

「そ、そう……? また足場から落ちそうにならないでよ?」

 痛いところを突かれた。言い返すつもりは無かったけれど、思わず呻き声が上がってしまった。

 

 さて。千暁さんが私に声を掛けたのには理由があったらしい。歩いていた私達の少し先にある広場で、幽者達が佇んでいる。そして中央にいる幽鬼は。

「……あの幽鬼、ですよね」

「多分、ね。ただ、今回は2つ出口があるから、挟み撃ちも駄目そうかな」

 

 広場で揺蕩う竜の幽鬼。見た目から完全な判別ができる訳ではないが、私達は前回逃がした幽鬼そのものだと揃って直感している。

 前回追い掛けていたときには不可能だったが、今回は向こうがこちらに気付くまでのタイムラグを使って先回りが出来るだろう。

 しかしこれもまた前回と異なり、今回は広場から伸びる通路は私たちがいるところを含めて3本。全ての道を塞ぐには手が足りない。とは言え、逃げるより先に道を塞ぐには足の早さは足りるだろう。

 

 

 私達は視線を交わし頷き合って、互いの考えが同一であることを確信する。ハルバードと合口をそれぞれ構え、幽鬼の左右を目指して走り出す。

 

 広場から伸びる道は丁字路のように左右と入ってきた道とで別れている。もし入ってきた道へ幽鬼が向かうなら戻る。左右どちらかの道へ向かうなら、私か千暁さんのどちらかが立ちはだかる。

 果たして、私達の目論見は効果を表した。幽鬼がこちらに気付くのとほぼ同時、左右を挟み込んだ私達に狼狽える様子を見せる竜の幽鬼。

 

『来ないで……来ないで!』

 

 しかし。目論見は効果を表しはしたが、十分ではなかった。狼狽えた幽鬼は何れかの道へ逃走を図ると、そう踏んでいた。狼狽えた隙に攻撃を加えられるとも。

 幽鬼は道の無い、私達の入ってきた通路の正面側へタイルを越えて逃げ去ってしまったのだ。木々の隙間をすり抜けるように飛び去る幽鬼を追う術を私達は持っていない。

 あの木々の陰が覆う山は、一見ただの薄暗い山だ。しかし辺獄でタイルの道から外れればどうなるのか、代行者としての知識なのか朧気ながらに知っている。

 

 

 辺獄で道の外に広がる光景は、見た目だけのものだ。実態はこの前に見た、底知れぬ闇と同じ。落ちることはなくとも、再び戻ってこれることは恐らく無い。

 幽鬼はそうではないらしい。死者の魂だからなのか、辺獄に適応しているのか。理由は知らないが、迷うことなく移動できるようだ。でなくば、躊躇せずに道から外れて逃げることはしない……と、思う。

 

 

 

 ともかく。結果として幽鬼に逃げられた私達に残されたのは、同じ広場にいた幽者に囲まれた状況だ。このまま振り切って追いたいところだけれど、そうもいかない。

 しらみ潰しに辺獄を探す必要がある以上、幽者の有無は探した場所の目印になる。何より、代行者としての契約をした以上、幽者の始末もまた仕事の内だ。

 

 だらりとぶら下がっていた腕を引き上げ、周りを見渡す。数は大したこともない。どうせタフさは前回と同じで時間はかかるだろうが。そういえば千暁さんに聞かなきゃと思って、すっかり忘れていた。

 

 

 さて。幽者はと言えば唖然としていた私達に近寄ることもせず、囲ってはいるがこちらの様子を伺っているようだ。少し不気味だけれど、前回のことを踏まえれば、ここの幽者達はあの竜の幽鬼の手下のような振る舞いをしているのだろう。

 つまり彼らの目的は足止め。もしかすると、この層の幽者、幽鬼の強烈なタフネスはそれが由来かもしれない。単純に強力になってきているだけかもしれないけれど。

 

 

 考え込むのはここまで。ハルバードの柄を握り直して、ひとつ深呼吸を挟んだ後に、正面にいる幽者を視界に捉える。

 今回は最初から最大火力で畳み掛ける。腰の捻りを転換し、飛び込んだ勢いと共に横薙ぎに斧刃を魔術師型の幽者に打ち込む。下手に手を緩めればこの幽者は、距離をとり妙な効果をもつ遠距離技を撃ってくるので厄介なのだ。

 

 魔術師型は厄介さと引き換えに、守りは薄い。横に薙いだ刃を翻し、掬い上げるように斬り上げる。魔力で強化した脚力で飛び上がり、ハルバードの穂先で杖のように細い体を突き刺して、そのまま地面へと串刺しにした。

 蹴り飛ばすより先に、幽者は形を保つことができず霧散する。まずは1体。

 

 

 まずは幽者のいない方角へ跳び、改めて状況を確認する。先程とは異なり、こちらへ距離を詰め始めた幽者達は、私達への包囲網を縮めつつある。

 であれば、厄介なゴリラ型の幽者はここでは後回しにして、少し数を減らそう。そう考えて、私は頭巾を被った幽者へと距離を詰める。

 

 物理的には、先程の魔術師型よりタフな頭巾の幽者。焦らずコンパクトな袈裟斬り、逆袈裟斬りで牽制し、横薙ぎに刃を走らせつつ後ろへ下がる。案の定他の幽者が来ていたのを確認し、補給した魔力を練り上げる。

「潰れろ!」

 竜の翼(ウイングプレス)で多数の幽者にまとめてダメージを稼ぐことができた。しかし幽者が固まった状況は良くない。どうするか……

 

 ほんの僅かな時間の中で頭をフル回転させる。答えが導き出されるよりも早く、幽者は起き上がってくる。いや、ならば。

「少し賭けになる……けど!」

 再び、魔力を制御して脚力を増す。目一杯地面を蹴り飛ばし、幽者の遥か上空から狙いを──寄り集まった中心にいる幽者にハルバードの穂先を構える。

 

「たあぁぁっ!!」

 両手で保持した穂先が魔力を帯びて幽者へ食らいつき、衝撃波が辺りを吹き飛ばさんと迸る。穂先が食い込んだ頭巾の幽者を蹴り飛ばして着地すると、目論見通り弾き飛ばされた幽者達はそれぞれ距離が離れたようだ。

 この隙を逃すわけにはいかない。未だ起き上がりきれない頭巾の幽者へ、渾身の振り下ろしで斬りつける。叩き潰すつもりで振り下ろした斧刃が食い込むが、まだとどめには至らない。

 めり込んだ斧刃を引き寄せながら、身体を捻るように回転させて跳ぶ。当然ハルバードの刃は身体に合わせて天に向かい1週し、重力を味方に再度頭巾の幽者に叩きつけられる。これでようやく、幽者は力尽きたようだ。

 

 

 残るは竜型とゴリラ型、そしてもう1体の頭巾の幽者達だ。そう認識した瞬間、竜の幽者が煙となって消える。

「千暁さん!」

「あの幽鬼を放っておくわけにはいかないから。流石に私も手を貸すわ」

 改めて見れば、いつの間にか竜の幽者も姿を消している。竜の翼(ウイングプレス)の後に、千暁さんがとどめを刺したのだろう。

 

 つまり残るはゴリラ型の1体だけだ。ハルバードを構え直し、深い呼吸で余計な力を抜いて、私は千暁さんと共に幽者と対峙する。

 千暁さんとアイコンタクトを交わして、千暁さんの魔法(スペル)攻撃である魔力でできた投げナイフの援護と共に駆け抜ける。射程距離に捉えた。

「これならば!」

 走る勢いを乗せて、穂先を鋭く突き出す。2枚の刃と共に穂先に魔力の炎が燃え盛り、威力を底上げした新たな強化(アーツ)攻撃。フレイムブレード。そんな名前が、頭を過る。安直だけど、それは今更だから気にしない。安直な方が、むしろ良いのかもしれない。

 

 燃え盛る穂先が幽者の巨躯を穿ち、炎熱が追撃する。けど、まだ終わらない。引き裂くように鉤刃を斜めに振り上げる。そしてだめ押し。右足を強く踏み込み、燃え盛る斧刃が袈裟懸けに幽者を斬りつける。

 単体相手に特化した、強烈な3連撃。タフなゴリラ型の幽者にも流石に大きなダメージがあったようだ。仕留めきることはできなかったが、もう数回と斬りつければ決着は着く。

 

「小夜、今よ!」

 千暁さんがいつの間にか幽者の後ろへ回り込んでいた。逆手に持った合口で目にも止まらぬ剣撃を浴びせ注意を逸らしたのだ。

 応えなければ。身体を捻り、回転する勢いを乗せた全力の斬撃が、背後を見せた幽者に直撃する。確かな手応えを感じ、それでも倒せたか分からない幽者をしっかりと視界に留める。

 

 

 ズシン、と低い音を立てながら、地面へ倒れこんだ幽者。刹那の後に巨大な体は紫色の煙へ変わる。終わった、とようやく確信した。

 

「お疲れ様、小夜」

「ありがとうございました。しかし、あの幽鬼はどこへ……」

 軽く周りを見渡しても、当然幽鬼の姿はない。手掛かりも全く無かった。やはりしらみ潰しに探すしかなさそうだ。

 ほんの少し、呼吸を整える程度の休息を挟み、私達は再び辺獄の探索を再開する。




 申し訳ありませんが、この話で書き貯めていた分が底をついた為、以降は不定期の更新になります。
 今まで通り日、水、金曜日のAM0時何れかに書き上がり次第投稿する予定ですので、更新のご確認の際にご参考ください。また、SNSで投稿の予告をする予定ですので、プロフィールに記載されているアカウントも是非ご参照頂ければと思います。
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