CRY'sTAIL   作:John.Doe

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霧中の妥当性-6

 例によって逃げ続ける竜の幽鬼を追うこと暫く。思念を慣れない方法で処理する中で、酷い疲れを感じていた。

 拒み切らずに受け入れた思念が、私の頭の中で声をあげ続けている。最早混じることは無いが、怨み辛みを耳を塞ぐことも出来ず聞き続ける羽目になっていた。

 

「小夜、少し休憩を挟もうか」

「っ、いえ、まだ……まだ大丈夫です」

「意地っ張りというか何というか……大丈夫な顔色じゃないよ、汗くらい拭こう?」

 通路を繋ぐ階段に半ば無理やり座らされて、ハンカチで額を拭われた。払い除けるのは流石に気が引けるし、正直そんな元気もなかった私は、されるがままに座り込む。

 

 

「ん、こんなものかな。どう、少しは楽になった?」

「そうですね、多少疲れは抜けたと思います……相変わらず頭の中がうるさいですけど」

「部屋に帰るまでの辛抱よ。今後は少しずつ、慣れて疲れにくくなると思う」

 これも千暁さんの経験談なのだろうか。どうであれ、そうでなければ身体が耐えきれないし困る。

 

 2、3分くらいだろうか、休憩を挟んで大分呼吸も落ち着いてきた。膝に力を入れて、服を手で払う。シワや埃は実際には着いてなかったようだけれど、ほとんど無意識にそうしていた。

 相変わらず私の頭を思念の声が我が物顔で占領しているが、呼吸が整ったお陰で冷静に意識の外へ追いやることが出来る。千暁さんが無理やりにでも休ませてくれたことは正しかったようだ。

 

 

 

 休みをとった階段から少し歩くと、今までより一際広い広場に差し掛かった。そしてここにはいないようだが、とても強い気配を向こう側から感じる。

 

「多分、あいつ(竜の幽鬼)のものですよね、この気配は」

「そうだと思う。ここを手短に突破して、あいつを追い詰めるチャンスね」

 

 千暁さんが合口を抜くのに合わせるように、私もハルバードを構える。広場にいる幽者は10近い数だ。とはいえ幽鬼の姿は見えない。千暁さんの言うとおり、さっさと突破してしまおう。

 数が数なので無策で突っ込んでどうにかなる戦況ではない。千暁さんは遠距離から狙い撃ちしてくるバラの幽者をターゲットに走り出し、私は突破する千暁さんの援護に回る。

 

 無論千暁さん単独でも、難なく幽者の群れを突っ切ってバラの幽者に斬りかかることは出来るのだろう。だから私の役割は、援護と共に戦線を形成することだ。

 今までの戦いの中で、幽者がそこまで複雑な思考のもと戦うことは出来ないと分かっている。強力な幽鬼なら話は別だが、基本的にはただ自らの有利な距離へ移動して攻撃を行うだけだ。

 

 千暁さんが踏み越えていった竜の幽者へ斬りかかり、注意をこちらに向ける。案の定周りの幽者諸とも視線が私へ集中して、それぞれ好き勝手ににじり寄ってくる。これでいい。

「潰れろ!」

 編み上げた魔力を竜の翼(ウイングプレス)として出力し、目の前に集り始めた幽者数体を押し潰す。

 

 

 魔法(スペル)攻撃を用いても、幽者を単発で倒すことは不可能だ。立て続けにハルバードの刃を振るい、確実にダメージを積み重ねる。

 焦らない。斧刃と鉤刃、穂先を細かく鋭く振るい、確実に体力を奪っていく。焦らない。要所で渾身の攻撃を行い、無駄な体力の消耗は避ける。焦らない。テンポ良く、自らのリズムを崩さない、崩させない。

 

 

 どれくらいの時間が経っていたのか分からないが、幽者の視線が次第に私ではない方向へ向かう個体が出始めた。それに気付いて、私達の目論見が上手くいったことを知る。

 私は真正面から、千暁さんは竜の幽者を仕留めた後に反対側から、幽者達をそれぞれ攻撃していたのだ。次第に私と千暁さんとどちらを標的にすべきか迷い、幽者の隙が多くなってくる。

 

「小夜、魔法(スペル)を!」

「はい! 燃えろ!!」

 揃って後ろへ距離をとって、魔力を練り上げる。竜の息吹(ドラゴンブレス)が灼熱の衝撃波となって襲いかかり、息つく間もなく魔力で出来た刃が切り刻む。

 追撃の手を緩めず、立て続けに魔力を操り脚と穂先へ集中させる。空高く跳び上がり、幽者達の中心に狙いを定める。千暁さんが魔力で延伸した刃を横一閃に振り抜いた直後、ハルバードの穂先が中央にいたゴリラ型の幽者に突き刺さった。

 

 

「……終わり、ましたね」

「そうみたい。お疲れ様」

 エアリアルストライクを最後に、広場からは幽者が全ていなくなっていた。辺りに幽者が隠れている様子もなく、それを確認して各々武器を納める。

 広場の先からは相変わらず猛烈な気配が主張していて、決して私達は緊張を解ける状況にはなかった。だが、意を決し気配のもとへ向かおうとした私達の行く手を塞ぐかのように、淡く光る本が落ちているのに気付く。

 

 

「これは……またあの幽鬼のものでしょうか」

「状況的にはそうだろうね。触れずに通るのは無理そう」

 記憶溜まりは、通路の入り口に横たわっていた。早く触れろと言わんばかりに、頁が開かれた状態だ。

 私達は目配せを交わして、千暁さんが辺りを警戒するのを背に、そっと本に指を触れる。

 

 

 

 

 

『あれ、明るい?』

 

 

 陽射しも灯りも静まり返った、トイレから続く廊下。壁に手を触れてそっと部屋へ戻る途中に、光が中から漏れている扉があった。

 記憶が正しければ、ここは2歳くらい年下の女の子の部屋だ。この施設は住んでいる生徒の内中学生以上には小さいながら個室が貰える。この部屋で寝ているはずの彼女は個室を貰えたことではしゃいでいたのを今でも覚えている。

 

 消灯時間はとっくに過ぎている。起床時間の方が近いくらいだ。消し忘れならそっと消して、明日こっそり教えてあげよう。起きているなら、年上として注意の声くらいはかけるべきだろう。

 足音を忍ばせながら、光の漏れている扉をゆっくりと押す。暗がりに慣れた視界が眩しさを感じて、思わず目を細める。

 

『あれ?』

 

 居ない。半分ほどめくれた掛け布団が部屋の主はここには居ないと主張している。俺と同じようにトイレかな。いや、男子トイレの隣にある女子トイレは真っ暗だった。

 部屋の窓は閉まっている。少なくとも窓から出ていったわけではなさそうだ。そもそもここは3階だから、窓から出るのは「そういう」意味になってしまうから、その形跡がないことは良いことだ。

 

 

 部屋の中を見渡しても、彼女の姿は見えない。机は整頓され椅子も行儀良く収まっているし、クローゼットは人が入れるほど大きくはない。

 部屋に居ないことを確信すると、途端に不安になる。どこに行ってしまったんだろう。ふと、部屋のカーペットに染みが出来ているのが目に入った。

 

 

『……ごめん、入るね』

 

 明らかに作られたばかりの染みだと、遠目でも分かる。女子の部屋に入る罪悪感と緊張感を連れて、染みのある所までゆっくりと歩く。

 触れると、やはりまだ湿っている。手触りも匂いも、よく分からないものだ。少なくとも、オシッコを漏らしたとか鼻血が出たとか、そういうのじゃないみたい。

 

 後ろを振り向くと、しゃがんだから見えたのだろう。点々と染みが続いている。染みを気付かず踏んでいたのか、足形になっているものもあるようだ。

 自分が探偵になったかのようなワクワクと、何とも言い難い不安が募る。好奇心を抑えきれず、その染みを辿っていくことに決めた。

 

 

 

『もう……し……さい……お……いしま……』

『お前……権は……と……っている……が……のか……かにし……』

 

 廊下の染みを辿って暫く、微かに声が聞こえてきた。物音と共に聞こえてくるそれは、どうやらあそこの部屋から漏れているようだ。

 そっと部屋の扉に忍び寄り、耳を当ててみる。がたがたと机か何かが揺れるような音と、くぐもった人の声、微かな水をいじるような音とお尻を叩いているような乾いた音もする。

 

 俺だってもう、思春期だし興味がない訳じゃない。扉の向こうで何をしているのか、何となく察しがついてしまった。察した途端に、顔が熱くなってきた。扉に当てている掌も、じわりと汗で湿り始めたのが分かる。

 状況から考えると、中にいる片方はあの子しか浮かばない。実際にはそうじゃないかもしれないと自分に言い聞かせても……彼女には悪いけど、どうしても想像してしまう。

 

 

 

 

『……あれ?』

 

 

 

 

 もうひとつ、俺は気付いてしまった。今まで顔が熱を持っていたのが嘘のように、血の気が引くのを感じる。もし、部屋の中にいる片方が本当に彼女だとしよう。

 でも。じゃあもう片方は誰なのか。背筋が凍る。だって、この部屋が誰の部屋なのか、俺は当然知っている。だって、この部屋は。この部屋は────

 

 

 

 

「……これ、は……」

「大丈夫? 顔が真っ青よ」

 そうだろうと思う。とんでもないものを見せられた。肝心なところで記憶は途切れたが、それでも推測できる結末は多くない。

 彼がそのあとどうしたのか、どうなったのかは定かじゃない。けれど、最終的にどうなったのか(殺害されたの)は既に見ている。

 

 吐き気がする。最初に見た彼の記憶溜まりでは、彼は閉じ込めた犯人に心当たりがなかったようだけれど。今見た記憶を考えるならば、彼はこの後、部屋の中にいた人間に気付かれたのは容易に想像がつく。

 具体的に名前や顔が分かるわけではないけれど。彼が気づいた部屋は、彼が居た施設の重要人物が使う部屋だったようだ。児童養護施設の重要人物。つまり。

 

 

「まさか、彼を殺したのは……」

「心当たりがあるの?」

「名前を知ったわけではないんですけど……彼の居た施設の管理者。私にとっての院長先生みたいな立場の人だと思います」

 

 以前戦ったヴィルヘルムと同じ、施設の人間に裏切られた子供だったのだろう。

 彼には申し訳ないが、少しだけほっとした。彼の記憶にあった「院長先生」は、やはり私の記憶と中途半端に入り交じった結果による誤認だったようだ。

 彼のことを私は知らないし、院長先生はそんな不埒なことをしなかった。けれど、施設の……逃げ場のない子供にそんな仕打ちをした院長がいるという事実は、同じく施設の出身である私に沸々と怒りを沸かせる。

 

 

「行こうか、小夜。もう事件は起きてしまって、犯人も分からない。私達は彼を眠らせてあげることしかできないから」

「はい……」

 幽鬼の魂集めは、どんな形であれ他者の魂を喰らう行為だ。生きている罪の無い人を巻き込み、死者の魂の循環すら乱す。

 彼は被害者として殺されたのだろう。しかし、だからと言って無関係な人の魂を喰らうことは許されない。今私にできるのは、彼にこれ以上罪を背負わせることなく安らかに眠らせてやることだけだ。

 

 短い通路を進み、渦巻く光の柱を見つけた私達。視線と頷きだけを交わして、渦の中へ進んで行く。

 視界から眩さが去り、大きな広場へ通じる道だけが伸びる辺獄のエリアへ辿り着いていた。相変わらず不気味なほどに静まり返った薄暗い山の中で、複雑な思いを胸に広場へと歩いて行く。

 

 

「もう逃げるつもりもなさそうですね」

 

 短い階段を登った先の広場は、かなりの広さだった。その中央で、こちらを待ち受けるかのように、竜の幽鬼が静かに羽ばたいている。

 

『何であんなことに……』

 

 不意に呟かれた言葉は、目の前の幽鬼のものだろうか。

 

『どうして俺が……』

 

 怒りや不安がこもったというよりも、くたびれたような声。最期の記憶だったあの小屋の中で、ガスか何かで朦朧としつつも悟った己の死。

 

『俺が何をした……』

 

 逃れることが出来ない最期の数分。足掻き生き残ることも、それを諦めることもできず、無駄な抵抗を続けた疲労。その疲れが癒えたのは、きっと。

 

 

『お前も……お前も、理不尽に死ね!!』

 

 

 彼の中で膨れ上がった、理不尽への怨嗟。声を荒げた直後、よく見慣れた小さな体躯の竜は、原形すら残さぬほどに変わり果てる。

 

 小指側が歪に歪んだ握り拳と、妙な方向に捻れた脚で地を掴む。あちこちにぶつかったかのように身体中を生傷が走る。背中から生えた翼は、2度と羽ばたけないように半ばほどでへし折られたように折れ曲がっている。

 4つ脚の翼を持った巨大な竜の幽鬼は、まるで満身創痍の様相で、しかし苛烈な怒りを纏い私達に立ち塞がった────

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