CRY'sTAIL   作:John.Doe

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絡まりあう目的因
絡まりあう目的因-1


 幽鬼パスカルとの戦いを終え、現世に戻った日の夜。私は、頭のなかでひたすらに聴こえ続ける「声」に悩んでいた。

 誰の声か、はすぐに分かった。今日の辺獄探索で倒してきた幽鬼達の声だ。今まで私の中に入れることなく突っぱねてきた声を、受け入れ押し流す形に切り替える試み。

 その押し流す前の声が、ずっと頭の中で喚いている。この声を消す方法は以前千暁さんに聞いている。私はティッシュやハンカチ、タオルと過剰なほどに手元に揃え準備を整えていた。

 

「ふぅ……う、あぁ……」

 自分に何かあった訳でもないのに。声を受け入れたときに見た光景を思い出しただけで、涙と嗚咽が止められない。

 悲しみ、辛さ、痛み……涙の素になった全ての感情が(あふ)れて、(こぼ)れて、自分がなぜ泣いているのか分からなくなってきた。

 

 タオルで顔を覆って、声をあげて泣いていた。悔しさや怒りの混じった感情が、つかんだタオルをくしゃくしゃに握り締めてしまう。

 タオルに遮られた空気を求めて、天井を見上げながら掠れた声と共に泣いた。哀しさや辛さが、喉が枯れてもなお声を押し出している。

 

 止まらない。涙が、声が、感情の奔流に巻き込まれて流れていく。自分の感情じゃないのに。自分の記憶じゃないのに。自分の思いと涙が、叶わなかった思いと涙の代わりに溢れてくる。

 

 

 

 気付けば、落ち着いてきた頃には時計が大分進んでいた。30分くらいは泣いていたらしい。ベッドにもたれ掛かるようにぐったりとしていたが、それだけ泣き続けていたら納得の疲労感だ……

「次からは、水分も手元に用意しておこう……」

 脱力感もさることながら、喉の乾きもまた相当なものだった。というより、疲れで水を取りに行くのも億劫だし、喉が乾いているから余計疲れを感じるしと、負の相乗効果を発揮している。

 

 とは言えいつまでもベッドに身を預けている訳にもいかない。うだうだとしている間に余分に15分は経ってしまった。

 どうにか自分の身体にカツを入れて、水分補給を済ませた後、シャワーを浴びて寝る支度を整える。明日だって辺獄の探索はあるのだ。あまり夜更かしする訳にはいかない。

 

 

 ふと寝る直前になって、さっきまで泣いていた場所に、光を放つ何かを見つけた。理念(イデア)とはまた違う、不思議な輝き方の結晶だ。

 恐らく、これが千暁さんが言っていた思装というもの……なのだろうか。手に取ってみると、仄かに暖かい。まるで頬を伝う涙程度の熱を持っているようだ。

 

 手に取った結晶は、自然に光の粒となって私の傍を舞って消えた。消えた、というよりは私の中に吸い込まれていったようにも思う。

 そして、今まで私に圧し掛かっていた「思念」は、私の力として感じることができる「想い」として形を変えたことが分かる。

 結晶になったのはそれぞれ様々な形の感情だが、その全てが私の感情と混じり強度を増す。そんな感覚だった。

 

 

 

 

 

「こ、これはまた……随分と……」

「無邪気とも狂気ともとれる景色ね」

 翌朝。フェレスからの電話を受け新たな辺獄の階層へ降り立った私達を迎えた景色に、思わず頭を抱えていた。

 おもちゃ箱の中にいるかのように、地面にも空にも大小様々なおもちゃが落ちたり浮いたりしている。それだけなら少々メルヘンなだけだったが。

 

「ここ、フェレスの心象が反映されてない?」

 千暁さんが半ば呆れたように言ったそれには私も同感だった。そこら中にあるおもちゃはそのどれもが、どこかしらおかしな部分を持っている。

 首に縄のかかったぬいぐるみ、赤いペンキのかかった木馬、ナイフの刺さったラクガキ帳。不気味なひと手間が加わったおもちゃ達は、しかしクリーム色の明るい景色のファンシーさと妙な調和を見せている。

 

「よぉ、来たな」

「天音さん! 貴女がどうして……」

「こっちも呼ばれたんだよ。奴がここにいるかもって言われてな」

 紅の生地に銀の装甲板が目立つロングコートを着た、セミショートの銀髪を後ろに乱雑に流した女性。天音さんが私達の後ろから声をかけてきた。

 

 天音さんの言った「奴」とは、まず間違いなく幽鬼の姫のことだろう。天音さんに強烈な憎悪を抱かせる、因縁の相手。

 天音さんと彼女の親友を弄び引き裂いたと言う幽鬼の姫は、会ったこともないが怒りと恐怖を私にも抱かせる。

 

 

 しかし、幽鬼の姫より身近な問題が私達にはある。千暁さんと天音さんの険悪な雰囲気だ。既に2人の間に満ちた空気は最悪の一言である。

 尤も、2人は本気で嫌い合っているというよりは、反抗期の子と親のような険悪さのようだ。だからこそ、解決は難しいのも悩みどころだろうけど。

 

「で。お前はどっちにつくんだ」

「はい?」

「だから、千暁とアタシと、どっちに着いてくるんだって話だよ」

「え、いや、なんでそんな話になってるんです? 3人でまとまって進んだ方が安全じゃないですか」

「そりゃあ、千暁が3人目じゃなかったらアタシもそうしたし、千暁だってアタシが3人目じゃなかったらそうしたろうよ」

 

 うぅむ。思ったより2人の不仲は深刻そうだ。千暁さんの方を盗み見ても、いつもと違ってこちらへ歩み寄ってすらいない。

 

「……じゃあ。私1人で行きます」

「何だって?」

「どちらについても、つかなかった方から私の印象が悪くなるのは明白じゃないですか。それにお2人が意地を張るなら私だって張っていいでしょう?」

「む……」

「私達の目的は元々バラバラです。そりゃあ協力し合えばお互い楽に済むでしょうけど、そうしたくないならしなくたって良いでしょう。それでは」

 

 わざとらしく頬を膨らませて、天音さんのもとを去る。これで呼び止めるような人なら儲けもの。そうでなくとも、あの場所に2人だけにしたことはきっと無意味じゃない。多分。

 とはいえ、後ろを振り返れないのは少しもどかしい。振り返ってしまったら「呼び止めてほしい」と声を大にして言うようなものだ。

 後ろ髪を引かれるような思いを振り切るように、心持ち早足に歩き去る。と、後ろから別の足音が聞こえてくる。

 

 

「……千暁さん」

「何?」

「私は1人で行くと伝えたはずです」

「私の目的は貴女の補助。知ってるでしょう?」

 

 しまった……目的がバラバラじゃない。とはいえ、ここであっさり受け入れるのは天音さんにも申し訳ない。ならば。

 

「ちょ、ちょっと小夜!?」

 私は広場の出口へ向けて思いっきり走り始めた。勿論、普段の戦闘を鑑みれば、逃げ切ることは難しいだろう。

 しかし、千暁さんから走り去るのは、拒絶の意思として伝わるはずだ。私は追われるかもと思ったが、後ろからその気配は感じなかった。

 

 

 

 

「……やりすぎたかな」

 2つほど広場を通過して、後ろを振り返る。千暁さんにしろ天音さんにしろ、追ってきている様子はなかった。

 あとの懸念は……あの2人が喧嘩して取り返しのつかない傷を負うことだろうけど、私より年上の2人だし大丈夫だろう。大丈夫だよね?

 

 

「あれあれ。小夜ちゃん1人なの? 千暁ちゃんと天音ちゃんは?」

「フェレス……さあ。今は2人で喧嘩してるかも」

「ふぅん、見てきてあげようか?」

 広場の隅にいた私の背後から、突如聞こえた粘つくような喋り方の声。そんな話し方をする知り合いはフェレスしかいない。

 わざとらしく尋ねる彼女は、どうせ事態をほとんど掴んでいるのだろう。今2人がどうしているか、気にならないと言えば嘘になる。しかし。

 

「必要ないよ。それより、私に何か用があったんじゃないの」

「そうだった、忘れてたよ。まずね、幽鬼の姫らしい反応があったこと。それと……」

 常に薄ら笑いを浮かべていたフェレスの顔が、瞬時に真剣な顔に変わる。思わず、猫背気味の私も背筋が伸びた。

 

「君達が見た、黒い少女の幽鬼。たぶんそいつも、ここにいる」

「……見たわけじゃなさそうだけど、根拠は?」

「幽鬼の姫に妙な動きがある。何かを探しているみたいなんだよね。今のところ、彼女に比肩する幽鬼は他にいない」

「根拠としてはイマイチ弱い気もするけど、何と言うか、核心的に話すのね」

「実際、妙に強い力を感じるのもあるよ。純粋な力というよりは、辺獄で存在し続ける力、の話だけどね」

 

 そこまで話して、フェレスはいつも通りの人を見下すような薄ら笑いに戻る。相変わらず、正体不明の幽鬼らしき存在は追加情報を得られないらしい。

 千暁さんすら出し抜いて見せた以上、相当な力を持っているのは間違いないだろう。

「まあ、君達は遭遇したら倒す、くらいの気持ちでいいと思うよ。君にはあまり時間もないんだから」

「そう、ですね……そういえば、この層って全体で言えばどのくらいなの?」

「真ん中より少し浅いところだよ。まだ門をくぐっていないからね」

「門って?」

「おや、こんなところにおったか」

 

 フェレスにそう問いかけた瞬間、私でもフェレスでもない声が耳に入った。誰だと問うまでもない。フェレスの片割れであるメフィスのそれだ。

 常に浮遊している2人だが、メフィスは普段より高い位置に現れたようだ。ゆっくりと降りてきた彼女は、やはり人を小馬鹿にしたような薄ら笑いをたたえている。

 

 

「お主ら、何かあったのか? 千暁が膝を抱えて泣いておったが」

「えっ!? 千暁さんが? まさか……」

「……流石に誇張込みじゃ。妙なところで騙されやすいのうお主」

 思わず手にしているハルバードを振りぬきそうになった。が、ぐっと堪える。様子から言って、メフィスも私を探していたようだ。用件を聞いてから斬っても遅くはあるまい。

 

「さて、やはり何かあったようじゃが。ここから先に進むなら用心しすぎるということはない」

「また強い幽鬼の報せでも?」

「強いというよりも、厄介そうという意味では要警戒じゃな」

 

 メフィスの言った言葉に、つい先程フェレスに言われた「辺獄で存在し続ける強さ」を思い出す。

 純粋な、武力的な意味での強さだけでは辺獄では生き残れないのだろう。実際、逃げ続ける幽鬼に手を焼いたのも記憶に新しい。

 

「事情は知らないけど、一度千暁ちゃん達と合流する方がいいと思うよ」

「……いえ。それは出来ない。もしあの2人に聞かれたら、先に行ったって言っておいてくれない?」

「それは構わんがのう。まあよい。せめて不意打ちに合わぬよう意識しておくことじゃな」

 

 

 

 メフィスとフェレスが立ち去り、広場には静まり返った空気だけが残った。ここのところ、辺獄ではずっと千暁さんがいたから、なんだか辺獄にいるはずなのに自室にいるかのような錯覚を覚える。

 とはいえ、原因が明確な以上悩むこともない。次の広場を目指して私は移動を再開した。

 

 

「チッ。相変わらずうようよと……」

 次の広場では、この階層に入って初めて幽者と遭遇した。幽鬼は見当たらないが、幽者の数はそれなりに多いように感じる。

 今日はいつもと違って、千暁さんのカバーがない。普段からどれだけ背後に気を付けていることが出来ているか、ある種のテストと言えるかもしれない。

 

「潰れろ!」

 魔力で編んだ竜の翼(ウィングプレス)が、幽者の集団に圧し掛かる。固まって集ってくる敵への初手としては間違いのない選択肢だろう。

 頭巾や竜の幽者が巻き込まれ、遠くにいた術師型の幽者への道が拓ける。飛び込みたくなるのを、ぐっと堪えた。今はそうすべきではない。

 

 術師の幽者を視界に捉えながら、もっとも手前にいた竜の幽者へ斧刃を叩きつける。脳天から振り下ろされた刃が地面に伏せる幽者にめり込み、そのまま体ごと捻って投げ飛ばすようにハルバードを振り抜いた。

 まずは1体。竜の翼(ウイングプレス)を当てた幽者達が起き上がったのを見て、飛び退くことを考えたがそのまま突撃する。標的はやはり、最も近くの幽者。

 

「やっ!」

 竜の幽者へ速く小さな斬擊を2回。他の幽者が寄ってきたのを感じて後ろへ飛び退く。生半可な攻撃をするよりは、強烈な攻撃で数を減らすべきだろう。

「燃え散れッ!」

 魔力を練り上げ、刃に炎を纏わせる。竜の幽者を燃え盛る穂先が食らい、引き裂くような鉤刃の一撃がトドメになった。そして近寄ってきていた頭巾の幽者へ、思い切り踏み込んだ渾身の袈裟斬りを浴びせる。

 炎熱の追撃で頭巾の幽者もまたトドメになったようだ。紫の煙が立て続けに吹き上がり、その向こうから聞こえた音だけを頼りに横へ飛び退く。次の瞬間には、煙を吹き散らしながら輪っか状の魔法が飛んできた。

 

「面倒ですね……」

 魔術師の幽者は、こちらから距離を取り魔法による攻撃を仕掛けてくるタイプだ。薔薇の幽者程速く飛ばしてくる訳ではないが、千暁さん曰く当たると痛いだけでは済まない厄介さを備えるという。

 とは言え、躱すことが難しい訳ではない。不意打ちに気を付けさえすれば、攻撃するのを見てから躱すことができる。そしてある程度の不意打ちはもう避けることができる程度に、私も戦い慣れてきたのだ。

 

 順調にハルバードによる攻撃と魔力を使った攻撃を重ね、広場の幽者は大分減ってきた。片手で数えられる程になった幽者達はいずれも傷を負っている。決着が見えてきた。

 

 

「っ!?」

「あれ? なんだ人違いか。でも見られちゃったしなぁ、初めて会う気もしないし」

 

 決着が見えてきた、そう思った途端。とんでもなく強烈な気配を感じて、上を見上げた。玩具箱のような空に、恐怖すら吹き飛ばす程の「それ」はいた。

 

「あなたは覚えてる? 覚えてたら教えてほしいな、誰にも喋れなくなる前に」

「幽鬼……?」

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