CRY'sTAIL   作:John.Doe

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絡まり合う目的因-4

「だから言ったのです。貴女達になった途端、幽鬼の姫には対抗できなくなると」

 

 火球は前回のように炎の竜巻に変化することはなかった。しかし、幽鬼に届く前に爆ぜ、その熱が幽鬼を焼くこともなかった。そして琥珀やトパーズを思わせる、橙とも淡褐色ともいえる瞳がこちらを向いたとき、この攻撃が誘われた攻撃だと手遅れながらに気づく。

「くっ!?」

 射線を空けて、つまり幽鬼から少し距離を取った千暁さんと天音さん。それを隙だと言わんばかりに潜り抜け、突き出される純白の剣の切っ先。咄嗟にハルバードの柄で受け止め、受け流す。僅かに肩を切り裂き、痛みを覚えるが構っていられない。

 今回の純白の剣は魔力を纏ってはいない。とすれば次の攻撃が既に用意されている。私と目の前の幽鬼はほぼ同時に魔力を急速に練り上げ、ほぼ同時に次の行動に移った。

 

「これはどうですか」

「見えた!」

 ハルバードの柄を踏み台にするかのように、剣を跳ねさせ同時に体を1回り捻る幽鬼。以前私を柄の上から吹き飛ばす威力を見せた回転斬り。その刃が私の右半身を襲う直前、足に纏わせた魔力を使って私は空へ向けて跳び上がる。

 

「なるほど……」

 なんの驚きも焦りも見せず、ただそう呟いた幽鬼。左右から襲い掛かった鎚と合口を最低限の身のこなしで対処しながら、空中にいる私を見据える。そうか、と気づいたときにはまた手遅れだった。

 千暁さんと天音さんに対して、多彩な防御手段をとっていた幽鬼。それが、私に対して何の考えも持たず以前と同じ技を使うはずがなかった。それでも、と私は幽鬼へ狙いを定める。対応を誘う動きだったとしても、どう対応するかまでは読めていないはずだ、と。

 

 

「はあぁぁぁぁッ!」

 魔力を込めた穂先を、黒い少女の幽鬼へ突きつける。未だ千暁さんと天音さんに接近を許したままの幽鬼では、対処法も限られてくるはず。そうして幽鬼が選んだ方法は、魔法(スペル)攻撃だった。

 

 幽鬼の眼前で風が渦巻く。それが次の瞬間に何を引き起こすのか察して、幽鬼の脇を固めていた千暁さん達は即座に距離を取る。しかし、私はそうはいかない。既に重力を味方に幽鬼に迫っていた私は、その速度を緩める事すらできない。ならば。

「こっ、の……ままぁっ!」

 体重も魔力も、全てを乗せてハルバードの穂先を渦巻く魔力の風へ突き立てる。魔力を孕んだ竜巻は、まるで岩石でも切りつけたかのような手応えを返す。勢いが完全に止まってしまえば、踏ん張る為の地面を離れた私は不利でしかなかった。

 

「ぐっ……!」

「小夜!」

「クソったれ!」

 弾き飛ばされるだけならよかった。しかし地面に墜落した私は、その衝撃以上に体中を走る激痛に思わず声を漏らす。刃物に体中を切り裂かれたような、そんな痛み。それでも、立ち上がれない訳じゃない。

 折れそうな膝に拳で喝を入れ、ふらつく体をどうにか言い聞かせる。ずれた眼鏡を押し上げて、一つ深い呼吸を挟む。思ったより視界も思考もクリアだ。幽鬼と視線がぶつかる。私を存在するものとして明確に認めたらしい。

 

「思ったよりは、力をつけているようですね。それでも届きはしない。大人しく、あの子に遭ったら逃げなさい。あの子を止めるのは、別の存在」

 肌が焼けるような危機感を覚えた。剣を携えた右半身を半歩後ろに引いて構えた幽鬼の周りを、風と煌めく何かが渦巻いた。煌めいているのが、目に見えるほどに濃密な魔力だと気づいた瞬間、私達は揃って回避、迎撃の体制をとる。

 

 

 

「行きますよ――――」

 

 

 

 彼女が連続して、虚空を斬るかのように剣を振るう。虚空を斬るたびに私達目掛けて吹き荒れたのは、魔力による刃の嵐だった。風を切り裂き、空間ごと切り裂くほどの威力を持った刃が殺到する。

 私達に許された防御手段は、回避だけだった。1回の斬撃だけなら防ぐこともできようが、恐ろしい速度で連射される以上現実的な防御方法ではない。視界を埋め尽くすほどの密度で迫る刃の嵐を、それでも私は次の反撃へ繋げられるように回避を試みる。

 

「見えていますよ」

「だとしてもっ!」

 

 一先ず、穂先分の魔力を後に回して脚に魔力を回す。空へと跳び上がりながら穂先へ魔力を集中させ、跳び上がった力と重力に引かれる力がちょうど釣り合ったとき、魔力の練り上げはどうにか間に合った。穂先を再び幽鬼ヘ向けて、重力を味方に加速する。

 

 

「見えています、と言ったはずです」

 

 幽鬼が右手に携えた剣を、身体を捻じるように身体の左側で構えていた。身をたわめての構えから予想される、強烈な一撃。それでも怯むわけにはいかない。こっちだって、重力と魔力を味方につけた一撃なのだから。

 横一閃に振り抜かれた魔力を纏う一撃と、重力に任せ突き出した魔力を纏う一撃とがぶつかり合う。互いの武器が甲高い悲鳴のような音を立てて、私の両手がすさまじい衝撃に痺れるような感触が奔る。

 

「うっ!?」

 穂先と剣がぶつかったと認識した次の瞬間には、私の視界は空を見上げていた。そして体全体の浮遊感が、私は鍔迫り合いに持ち込むことすらできず弾き返されたと教えてくれた。

 咄嗟に、頭部が地面に着くより先に両手で身体を跳ね上げる。後方転回跳びの後半部分のような要領だったが、人生で初めてトライする動きでもある。代行者の補正がなかったら、まず間違いなく腕が耐えられず地面と頭が仲良くしていたことだろう。

 

 

 弾き飛ばされたハルバードが地面を転がってきたのを見て、拾う隙を窺うべく幽鬼を睨む。最悪は拳だけであの幽鬼を相手にしなければなるまい。千暁さんや天音さんも戦闘態勢に入っているが、棒立ちに見えても隙を一切見せない幽鬼に踏み込めずにいる。

 

「ここまでにしましょうか。私も、追わねばいけない。貴女達とは……道が交わってしまった。再び会う時が来るでしょう」

「逃がすと思ってんのか!」

 立ち去ろうとする黒い少女の幽鬼に、天音さんが獲物目掛けて駆ける肉食獣のように迫る。戦鎚を振り上げようとしたその直前、魔力の奔流と足元に浮かんだ光のサークルから天音さんが飛び退いた。

 天音さんが一瞬前までたっていた場所に、幾筋もの光の柱が降り注いだ。先に見せた魔力の竜巻と同じような攻撃範囲ながら、破壊力は段違いに見える。

 

 

 

 

「チッ……とんでもねぇ食わせもんがいたもんだな」

「あの幽鬼、一体何者なのか結局分からずじまいね」

「ただの幽鬼ではない、と自称はしていましたが……」

 

 光の柱……あるいは、光そのものの召喚とも呼べる攻撃を天音さんが咄嗟に回避して次の瞬間には、幽鬼は姿を消していた。狭い範囲内とは言え、あの威力を持った攻撃を小さな動作だけで発動できるという事実は、あの幽鬼の強力さを物語っている。

 

 

 私が単独で挑み手痛い敗北……いや、勝負にすら持ち込めなかった結果を喫した幽鬼の姫と同等以上の力を持つだろう幽鬼に、私達は頭を悩ませる。次いで私の頭に蘇ったのは、幽鬼と遭遇してすぐに言われた言葉だ。

 

「そういえば、あの幽鬼は「貴女達」に、つまり私達になったら幽鬼の姫に対抗が出来ない、と言っていましたが」

「単純にお前の代行者経験が千暁やアタシより浅いからじゃねぇのか」

「可能性はあるけど、それだけでは無いようにも感じるのは確かね」

「根拠は何かあるのか?」

 天音さんにある意味では当然の疑問を投げかけられ、千暁さんはしばし悩む。どう説明すればいいのか、という悩みのようだ。

 

「……勘、と言っても間違いでもないけれど。どちらかといえば経験則かな」

 しばしの沈黙の後口を開いた千暁さんも、どう説明するべきか結局分からず苦笑を浮かべながら答えた。それはつまり「それだけではない」ことは分かっても「どういう意味なのか」までは推測ができていない、ということでもあるのだろう。

「結局のところ、まだ情報が出揃ってない訳か。とは言え、小夜にとっちゃアイツに遭遇しようがしまいがやることに変わりはないんだろ?」

「ええ、まあ……やることが増える可能性はありそうですが」

 

 広場の先に続く道を見据える。あの幽鬼がここのボス格ではない、ということは何となく分かる。あの幽鬼が違う、という確信と同時に、別の幽鬼が待ち構えているという確信があった。

 理由も心当たりもない直観ではあるが、辺獄の性質についての千暁さんの以前の言葉を信じるならば、きっとこれは正しい直観なのだろう。

 

 

 

「それで、天音さんはどうするんですか? 単独で幽鬼の姫を?」

「……それも、あの黒い幽鬼を見るまでは考えてたんだけどな。あいつは、また会うことになると言った。それは多分、幽鬼の姫も込みだろうよ」

「じゃあ、着いて来てくれるんですね」

「まあ、ここまで首を突っ込んじまったらな……千暁だけだと、お前を甘やかしそうだしな」

 

 天音さんの物言いに少し疑問を覚え、思わず首を傾げる。それを見た天音さんは「お前は気にしなくていい」何て言うが、そう言われると余計に気になってしまう。

 とは言え、天音さんが気にしなくていい、なんて言葉を濁すということは、触れるべきではないのだろう。天音さんの優しさだって、きっと大概なのだ。

 

 

 新たに天音さんの協力を得ることになったとは言え、この層では予想外のトラブルに見舞われすぎた。今まで以上に進捗に対して時間をかけすぎている。焦っても良いことがないのは身に染みているが、これ以上余計なトラブルに巻き込まれる前にさっさと進んでしまうべきだろう。

 深呼吸を1度挟んで、改めて広場の先に続く道を見据える。ハルバードを構え直して、私達は辺獄探索を再開した。これ以上面倒が起きてくれるな、という微かな祈りを抱いて。

 

 

 

 次の広場で私達を出迎えたのは、何の変哲もない幽者の集団だった。久しいとすら思える普通の戦闘は、終始私達が圧倒する形で終わる。

 元々、私が1人であったとしてもそれなりに戦えるようになってきているのだ。そこに歴戦の代行者である2人が加われば当然の結果とも言える。強いて言うならば、この結果に自分が強くなったのだと思い上がらないことくらいだ。

 

 クリーム色の空やタイル、猟奇的な壊され方をした玩具、そしていつも通り不気味な色合いの幽者。色々と目に悪い色合いの辺獄を進んでいくと、姿見が見えた。

「……ここで区切り、みたいですね」

「何だかトラブルに巻き込まれるだけ巻き込まれただけで終わってしまったような気もするけど」

 どっと押し寄せてきた疲れを感じつつ、姿見に触れようと手を伸ばす。その指先が今まさに姿見に届く、ほんの直前。

 

「待て、そいつはヤバい!」

 1歩後ろにいた天音さんが声を上げ、肩が跳ねる。天音さんが後ろに飛び退いた気配と、グイと襟首を引っ張られる感触。眼前にあった姿見であったモノは、ひび割れ、歪み、形を変えてゆく。

 

「これは……幽鬼!?」

 千暁さんに引っ張られ後退した私の目に映ったのは、頭上に黒い輪を浮かべた小さな子供の姿。亜麻色の髪こそ長く保たれているが、ボサボサで毛先も揃っておらず、切られていないという印象だ。その為、男の子か女の子かの判別は難しい。

 小脇に抱えたぬいぐるみを見て、思わずフェレスを連想する。彼女ほど妙な気配は強くないが、それでもただの幽鬼とは異なる威圧感はある。反射的に構えをとる私達と対照的に、幽鬼はどこを見ているのか定かではない視線で狂乱の笑みを浮かべている。

 

 

「成程、擬態する力を持った幽鬼というわけ。姿を晒したのは悪手だったけれど」

 事態を認識した次の瞬間には、千暁さんの合口が鈍く光を反射する。刀身が閃き、幽鬼を切り捨てるかと思われたその瞬間。

「……逃げた、か」

 まるで幻を見ていたかのように幽鬼はその姿を消し去り、気配も感じられなくなった。合口が獲物を切り捨てる手応えを返さなかったこともあり、天音さんは口惜し気に鞘へ刀身を戻す。

 

「あいつが姿見以外に化けられなきゃいいんだがな……そういうわけじゃなさそうだ」

「メフィスやフェレスが厄介と言ったのはこの能力のことなのでしょうか……」

「おそらく、それを使う精神状態も込みね。幽鬼である事を差し引いても、あの幽鬼の気配は歪んでいる」

 

 一気に静まり返った小さな広場。そう思っていたが、突如として狂気に満ちた笑い声が響いた。おもちゃを振り回して遊ぶ子供のような声が、先程姿を消した幽鬼のものだと気づくのにそう時間はかからない。

「チッ、趣味の悪いこった」

 天音さんの舌打ち混じりの文句。それには私も概ね同意だ。あちこちにある不気味な壊され方の玩具を携えた風景は、まず間違いなくあの幽鬼の心象によるものだろう。

 

 

 

「……今度の鏡は、本物みたいですね」

 偽物の姿見があった広場から短い階段を降りると、そこには再び姿見があった。警戒しながら近づくも、何の反応も返さない。どうやら、この層の区切りはここで正しいようだ。

「あの不気味ヤローをぶっ飛ばすのは明日以降か。ったく、肩透かしを食らった気分だな」

 肩を回しながら、天音さんが姿見で帰還する。それを見届けて、私達も現世への帰還を済ませることにした。

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