CRY'sTAIL   作:John.Doe

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絡まり合う目的因-5

 カーテン越しの微かな陽光を感じて、自然と瞳が開く。身体を包む布団がもたらす温もりを惜しみながら、どうにか押しやるように布団から身体を出した。辺獄から戻った後、シャワーを浴びたり夕食を済ませたりと最低限の行動を挟んで、私はすぐに眠りに落ちていたことを思い出す。

「……なんだか、いつも以上に疲れたような」

 

 昨晩は夕刊の投函すら回収しなかった気がする。いや、しなかった。ふらつきそうな足で玄関へ向かい、今朝の朝刊と併せて回収する。

「獄中死……? 戸増……そっか」

 開いていた新聞を無意識に畳んで、瞳を閉じつつも天井を見上げる。こみ上げてくるのはざまあみろと言わんばかりの快感と、心臓を火で炙るような憎悪。

 

 

 戸増 恐介。私達の一家に対する強盗殺人の主犯であり、前科多数の凶悪犯。数々の犯罪で指名手配され、逮捕の後に裁判にかけられた。つい最近、と言っても1、2年ほど前だったと思うが、彼に判決が下ったと聞いた。

 そういえば、判決が下ったと聞いたのは恵羽さんからだったと思う。彼女の父が深くかかわっているとか言っていたようなことを覚えている。守秘義務の都合、あまり細かい話は聞けなかったが。

 

 そんな男が、獄中で死を迎えたという。裁判によって、然るべき裁きは下った。そう頭で理解はしていても、どこか納得できない部分があると心は言う。勿論、そうしたいという欲望に任せて手を下せば、私も奴と同類になってしまう。そう言い聞かせて、無意識に握りしめていた拳を解いた。

 

 

 

「おはようございます。まだ千暁さんは来ていないんですね」

「おう、おはようさん。あいつにしちゃ珍しい話だが、その通りらしい」

 身支度を整え、姿見を通じて辺獄へ向かった私の視界には天音さんのロングコート状の鎧だった。今まで基本的に私より先に辺獄に来ていた千暁さんの姿は見当たらず、天音さんも見かけていない様子。

 

「というか、天音さんもかなり早くから辺獄に来ているんですね。毎回毎回、私が遅刻しているような……」

「アタシの場合は朝の運動も兼ねてるからな。千暁は……まあ性格だろうが。気にする必要はねぇよ」

 肩をすくめ、あっけからんとした態度の天音さん。言われてみれば定刻を過ぎているわけではないし、あまり気にしなくてもいいのかもしれない。とはいえ多少は気にもなるが。

 

 

 千暁さんを待つ間、天音さんは沈黙が気まずいのか話を続けていた。話題は主に、私が辺獄で戦う理由――院長先生のことだった。

 

「それじゃあ、他所で溢れちまった子供まで面倒見てたのか。大したもんだな」

「ええ。その子らは大分心を閉ざしていたのを今でも覚えています。昔の私もきっとそうだったんでしょうけれど」

 親からの虐待はおろか、施設での虐待やいじめを受けた子供。そんな境遇の子供がやってくる度に一人一人に向き合って、最終的には笑顔になった子供を送り出す。天音さんは感心したように頷いた。

 

「山で迷子に……それを夜通し探して見つけてきただって? 思ったよりタフなんだな」

「小さな子供の面倒を見るのは体力仕事ですからね。手伝うだけでもヘトヘトになりますよ」

 施設の企画で遠足に行った山の中。道から外れて行方不明になった男の子を、夜を徹して探して山小屋から連れ帰ってきたことがある。初老の男性と思えないタフネスに、天音さんは驚いたような顔を見せる。

 

「叱る時に声を荒げるのを見たことが無い、か。そいつぁ確かに偉業だ。全ての親が求めて、全ての親が無理だと匙を投げるだろうよ」

「他の子供のおもちゃを壊した時なんかは、キッチリと叱りはするんですけどね」

 手を上げることも、大声を出すことも決してしなかった院長先生。叱る時の理想形のような態度、多くの親が目指しては挫けるその姿勢に天音さんはどこか複雑な表情を見せる。

 

 

「とりあえず、お前が憧れや尊敬を抱くのがよく分かったよ。そんな恩人じゃ、確かに助けたくもなる。それを実行に移せるかは本人次第だが」

「私にとっては、先生であり恩人である以上に、親でもありましたから……」

「気持ちはわかるさ。アタシだって、空音のヨミガエリを目的に代行者になったわけだしな」

 

 天音さんとの、思いもよらない穏やかな時間。最初に抱いた、怖そうな人、という印象は既に消え失せていた。最初に千暁さんと出会ったころもこんな感じだったのだろうか。

 そんな時、ふと後ろに人の気配を感じた。辺獄で感じる気配なんて、幽者や幽鬼、代行者、そして悪魔の2人の3種類くらいだ。今回は代行者、即ち千暁さんのものだった。

 

「ごめんなさい、遅くなって……少し急用を片付けていたから」

「そ、そんな、気にしないでください!」

 申し訳ないという感情が詰まった表情で頭を下げる千暁さん。慌てて必要が無いと駆け寄る最中、ふと天音さんから罵倒のひとつでも飛ぶんじゃないかと不安で振り返る。

 天音さんは何か言うわけでもなく、なんとも複雑な表情で千暁さんを見ていた。何か「急用」に心当たりがある、のだろうか? そんな風に考えたとき、天音さんがゆっくりと口を開く。

 

「……急用か。お前がそう言うならアタシも咎めやしないが、それでいいんだな?」

「っ、何の……ことを言っているのか分からないんだけれど」

 訳を知っていそうな天音さんが、憎悪とも困惑ともとれる複雑な鋭い視線を向ける。千暁さんも初めて見せるバツの悪そうな表情に、私は深く聞き入ることができなかった。

「お前が小夜に対しても同じように思えるならアタシは何も言わねぇよ」

「え、私ですか?」

「……言ったはず。急用だって。貴女が何を勘繰っているのかは知らないけれど。行きましょう。昨日は大分時間を食ってしまったわけだし、ボス格はお目見えしてるし、少し急がないとでしょ?」

 そう言って、千暁さんは心なしか早足に歩きだす。隠しきれていない隠し事が気になりつつも、我関せずといった雰囲気の天音さんを含めて答えてくれそうにはなかった。

 

 

「あれは……」

「見るからに怪しいな」

「まあ、罠でしょうね」

 しばらく歩いた先でたどり着いた広場。その真ん中にぽつんと佇む、辺獄の終わりで見かけるのと同じ姿見。広場の先には通路が続き、この広場にたどり着くまでにかかった時間を考えると騙す気があるのか疑いたくなるほど。

 

「ま、殴ってみりゃ幽鬼をブッ飛ばせたりしてな」

 そう言いながら、ウォーハンマーを持つ右腕を軽く回すように振るいながら歩み寄っていく天音さん。

 徐々に勢いをつけるウォーハンマーがついに姿見をリーチに捉え、気合いの声と共に振り抜かれる。鏡面ど真ん中を叩き割ろうとしたその瞬間だった。

 

「なっ!?」

「天音、離れて!」

 突如鏡面から腕が伸び、ウォーハンマーの柄を掴み取る。その後に起こる展開を予見した千暁さんの叫び声に、咄嗟に天音さんは得物を手放し後ろへ飛び退く。

「きゃはははっ! そーれビックリ箱!」

「やばっ!」

「砕く!」

「落ちろ!」

腕が伸びたかと思えば、飛び退いた天音さん目掛けて何本ものナイフが打ち出される。ほぼほぼ反射的に魔力を練り上げていた私達は、一斉に姿見へ向け魔法(スペル)攻撃を放つ。

 幾筋もの魔力の牙が的確に天音さんに迫るナイフを弾き飛ばし、魔法の翼が姿見もろともナイフを押し潰す。

 

「悪ぃ、助かった。くそっ、アタシの武器をぞんざいに扱いやがって」

 天音さんは奪われたウォーハンマーを投げ棄てられたのに悪態をつきながら、握りこんだ拳を構え、手甲につけられた爪を立てる。

 手足の鎧に備える爪もまた武器であることは、以前の幽鬼の戦いでも知っていた。予備の武器というには有り余るほど活用していることも。

 

 深く静かに呼吸を整える天音さんの側で、私と千暁さんもそれぞれの武器を構える。対する幽鬼もまた戦闘の姿勢を見せ、姿見の奥で血濡れのナイフや割れたガラス瓶がいくつも渦巻くのが見える。

「回り込んでみるわ。背面が見えたら誰でもいいから攻撃を!」

 合口を手の中で回し逆手に構えた千暁さんが飛び出し、それを認識した姿見の幽鬼もまたナイフや割れた瓶を撃ちだして戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

「取った!」

 念の為に私と天音さんはそれぞれ距離を離すように動き、結果として天音さんの方に早く姿見の背が向けられた。その隙を一瞬とて無駄にしない反射速度で地を蹴り、天音さんの飛び蹴りが姿見へ襲い掛かる。

 隙を無駄にしないことを重視した片足でのドロップキックはしかし、代行者としての身体能力補正に加えて威力を補うために魔力を纏い、必殺の一撃と言っても過言ではない威力を以て姿見を襲う。

 

 天音さんの蹴撃は姿見の正中を撃ち抜き、鏡が割れるような音が周囲に響く。いや、実際に割れたようだ。姿見に擬態していたらしい幽鬼は、バラバラに砕け散ったかと思うと紫の煙へと姿を替え、収束していく。

 紫の煙は徐々に人型を形成し始め、真の姿と思われるそれを現す。この辺獄の層と同じ、まるで玩具箱のような箱とその蓋。しかしあちらこちらがぶつけたり落としたりしたかのように傷やへこみを見せ、側面と思われる部分からは細く伸びた手足が本体とも言える箱を支えていた。

 

 

「これは……また趣味の悪い奴が出てきたものね」

「とはいえ、場所的に違和感は少ないですね。姿を見せた以上、ここで!」

 自分へ喝を入れる意味も含め、風切りの音と共にハルバードをひと回ししつつ構え直す。期せずして三方から幽鬼を囲う形となり、幽鬼も臨戦態勢となったようだ。金切声と共に体を回転させたかと思うと、それが攻撃の動作だと気付いた時には細長い腕が殴りかかってきていた。

「うっ!?」

 辛うじて体を捻りながらハルバードの柄で受ける。細いながらも巨大な体躯を支えるだけある膂力は、ハルバードの柄で受けてなお私の身体を浮かせ余りある威力だった。

 

 それでも、幾度となくこんな状況に遭遇してきたこともあって、比較的余裕をもって地面に着地できた。僅ながらも進歩した自身に自信を持ちながら、しっかりと玩具箱のような幽鬼を見据える。

 

「掻い潜るにしても、ちと厄介な長さとスピードだな。だが……」

 天音さんが転がり込むように、鞭のようにしなる腕を掻い潜る。その勢いのまま、回転を後押しするかのように手にしたウォーハンマーで脚を殴りつけた。

 幽鬼がその細長い脚で支えきれず、巨駆のバランスを崩す。ぐらりと傾いた箱を目掛け、合口が幾つもの剣閃を叩きつける。後を追うように、私の放った火球が着弾し炎熱が辺りを照らす。

 

 

「決して戦闘力そのものは高くない。油断しなければ、勝てるはず。いい、小夜?」

「はい! 行きます!」

 合口を逆手に構え直した千暁さんが、援護の体勢に入る。その意図を理解して、ハルバードの柄を身体の前に構えながら私は突撃を試みる。

 薙ぎ払うように振り回される手足を掻い潜り離脱する天音さんと入れ替わるように、手足を柄でいなしながら懐へと接近する。懐へ潜れば潜るほど、攻撃の始動からいなすまでの猶予は目減りする。しかしその分、いなすのに必要な力は少なくなっていった。

 細い脚を斬りつける。枯れた木の枝のような見た目に反して、巨木を斬りつけたかのような硬い手応えが返ってくる。しかし、今までに戦ってきた巨大な幽鬼程の硬さではない。蹴り上げてきた脚を躱して、反撃代わりに軸足を薙ぐ様に斬る。

 

「小夜、離脱しろ! 千暁の魔法が来る!!」

 天音さんが叫ぶように指示を出したのを聞いて、私は考えるより先に転がるように足元を抜け出す。背後で何かが爆ぜる音を聞いて、振り返りざまに倒れ掛かっている箱へ駄目押しの斬撃を見舞う。

「……えっ?」

 思わず漏れた声は誰のものだったのか。ハルバードが返した手応えは、相変わらず鉄か何かを斬ったのかという程。だというのに、背後では紫の煙が吹き上がる。何か攻撃の予兆かと思って飛び退くが、煙の吹き上がった場所には何も残っていない。

 

 

「倒した……のか?」

「……いいえ」

『あはっ、あはははっ! もっと、もっと遊ぼう!』

 千暁さんが空を睨んだ途端にどこからともなく響く、無邪気と狂気の入り混じった嗤い声。あの巨大な玩具箱の幽鬼は、間違いなくこの声の持ち主がそうだろう。しかし、本体ではなかった。

 まだこの層は終わりじゃない。そう認識して、私はいつも以上に肩に重荷が乗せられたような疲労感を感じてしまった。

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