CRY'sTAIL   作:John.Doe

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絡まり合う目的因-6

 玩具箱の幽鬼、の分身体を倒した後、私達は姿見のある場所まで比較的スムーズに進んでこれた。相変わらずクリーム色の空と不気味な壊れ方の玩具は酷い景色を作り出しているが、蔓延る幽者までそういったテイストなわけではない。

 とは言え、あのどこからともなく響いた嗤い声は私達に警戒を促すには十分すぎる行動で、ここにたどり着いた時には押し寄せる疲れが隠せない程だった。

 

「ぐったりしてるけど大丈夫?」

「むしろ……なんでお2人は平気なんですか……?」

「そりゃあお前、年単位で代行者やってんだから慣れとプライドってもんがあるだろ」

 ううむ、正論だ。とは言え、次の区切りへ向かうには2人を以てしても流石に時間が厳しい。私達が辺獄にいる間も、当然のように世界は同じだけ時間を過ごす。日が昇った後はいずれ沈むし、世界中の人々も寝ては起きてを繰り返す。

 私達も辺獄探索だけをしていられる訳ではない。辺獄で寝泊まりすることは出来ないし、それぞれの生活もある。私達は一度、現世に帰る運びとなった。

 

 

 

「はい、もしもし……もしもし?」

 現世に戻った途端、テーブルの上に置いていた携帯電話がバイブレーション機能で着信を知らせる。少し慌てて応答すると、微かなノイズが流れるだけで声は聞こえない。

 悪戯電話だろうか、と思って液晶にちらりと目をやる。非通知か、覚えのない電話番号だったら切ろう、なんて少しうんざりした気持ちと共に。しかしそこに表示されていたのは、黄色と赤の入り混じった四角の羅列。

 

「え……?」

『みい、つけ、た』

「ッ!?」

 

 途端、ぐいと身体が後ろへ強く引っ張られる感覚に襲われる。突然のことに、踏ん張ることもできず視界が揺れる。引っ張られた先、私の背後にあるのは……姿見だ。それに気づいた時には、流れる視界を追いきれず意識が遠のいていった。

 

 

 

「う……ここは……」

 ぼやけた視界に映るのは、つい先ほども見たクリーム色とオレンジ色の中間くらいのタイル。それと、いつも部屋で着ている部屋着の裾。気を失って倒れていた、らしい。そこまで認識して、一気に意識が覚醒する。

「っ……何とも、ない?」

 飛び起きた後、身体を検めても周りに視線を動かしても、怪我をしていたり幽者の気配があったりといった様子はない。辺獄に引きずり込まれただけ、と言える状況のようだ。まあ、引きずり込まれた時点で多分マズいことだろうけれど。

 

「代行者の力は使えない……訳じゃなさそう」

 外に出るには少し恥ずかしいくらいの、少し大きいサイズでまとめた部屋着の着衣。直感だけを頼りに力と魔力を籠めるようにイメージすると、手首を覆っていたパーカーの袖は、黒と青を基調にした代行者の衣服へ上書きされていく。

 確かな手応えに、私は一気に部屋着を代行者としてのそれに上書きしていく。最後に、眼前にかざす様に構えた右手にハルバードが現れ、代行者としての大嘉 小夜への変身が完了した。変身、と言っていいかは分からないけど……まあ、この際変身ということにしておこう。

 

 

 さて、次はどうするべきか。辺りのクリームとオレンジの中間くらいの色合いのタイルや空、そして浮かんでいる所々猟奇的な壊れ方の玩具達。まず間違いなく、先程帰るために後にした辺獄とみて間違いないだろう。

 つまり、私を姿見に向かって引っ張った奴は、ここが辺獄だと知って引っ張った。なら、その下手人は幽鬼に他ならない。幽者程度なら、そんなことを考える知能も現世へ直接干渉するほどの力もないことは、私でも経験則的に理解できる。

 

「……まあ、あいつよね」

 思わずこぼした独り言。思い浮かぶ下手人の正体は、現世に帰る前に対峙した玩具箱のような幽鬼……の分身体。分身体であることに関しては未だに確定できる証拠が見つかったわけではないが、辺獄での経験が長い千暁さんと天音さんが違うことなく出した見解なら、全くの見当違いというわけでもあるまい。

 思考が明後日の方向にズレていくのを振り払うように、改めて周囲を確認する。相変わらず何の気配も無い。私をここへ引きずり込んで、そのままどこか遠くへ身を隠した……ということだろう。

 

 

 

 ここへ来たときに通ったと思われる姿見が見当たらない事もあって、彷徨うように辺獄をうろつき始めてしばらく。不自然なくらい幽鬼も幽者も見当たらず、当然のように玩具箱の幽鬼も姿を見せない。

 私の少ない経験則に基づくものだけれど、こういう時は決まって良くない事が起きているか、起きる時だ。というより、辺獄でいつもと違う様子を見せていれば大体良くない事が起きるし、そもそも辺獄にいること自体が良くないかもしれない。

 

 思考がまた逸れた。どうにも1人でいると、思考があっちこっちへ逸れてしまう。誰でもこんなものだろうか?

 とにかく、今のところ私の目先の目標と言えば、玩具箱の幽鬼か現世へ戻る為の姿見を見つけること。辺獄の探索は入り組んでいる為時間がかかるが、かといって座り込んでいたっていつまでも事態は動かない。足を使って事態を動かさないとどうしようもない。そう自分に言い聞かせて、周りの変化を見逃さないようにしながら歩いていく。

 

 

 カツリカツリと、硬いタイルと硬い靴底がぶつかる音だけが響く。浮いている壊された玩具達がこちらへ視線を向けているような錯覚と、独りきりで歩いている状況に恐怖を感じずにはいられない。ホラーに関しては特別苦手という程ではないが、かといってそれを楽しめるほど私も豪胆な性格じゃない。

 同時に、歩き続けても変化のない状況に苛立ちも募ってくる。特にここへ私を引きずり込んだあの幽鬼への苛立ちが強かった。とっとと見つけ出して、殴れるだけ殴ってやる。そう心に決めて、辺獄を歩き続ける。

 

 

「あれ……?」

 突如として現れた、小さな広場の隅にポツリと立つ姿見。わざわざ辺獄へ引きずり込んでおいて、幽鬼や幽者と全く遭遇することなく姿見に辿り着く。怪しすぎて、これ自体が別の罠の囮だったりするのだろうか……

 ハルバードを刃から近い距離で保持して構えながら、ゆっくりと姿見に近づく。手を伸ばせば触れる距離に来ても、反応はない。まずはいっそ、斬りつけてしまうべきか。

 

 

「……待って、辺獄の姿見が壊れた時ってどうなるんだろう?」

 ハルバードを振りかぶったところで、ふと頭の中をよぎった疑問がそのまま口に出る。千暁さんなら知っているのだろうか。いや、そもそも物理法則に則っている気がしないし、壊そうとして壊せるものなのか? なんというか、代行者の武器の性質を考えると出来ないわけじゃなさそう。

 そうまで考えると、途端に鏡への攻撃を躊躇ってしまう。良くも悪くもどうなるか分からない。ここが辺獄という特殊すぎる環境でなければ、もしかしたら私はこの賭けに乗ったかもしれない。辺獄でさえなければ。

 

 ハルバードの刃を降ろし、鏡を見てふと違和感を覚える。要はこの姿見が、敵なのか本物なのかを見抜ければ問題無くて、姿見からは強い違和感を感じる。違和感が正しければ、それはほぼ間違いなく幽鬼の化けた姿なのだろうが、しかし。

 

 違和感の正体が暫く分からず、姿見に映る私と目が合う。相変わらずの目つきの悪さと、最近少し見慣れてきた黒地に青が混じった衣装。

 右手に持ったハルバードの刃先を地面に向けたままの姿勢で、向こうも同じく右手に持ったハルバードを下ろして……右手?

 

 

「くっ!?」

『あははっ、間違い探しも見つかっちゃった!』

 鏡から飛び出してきた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()刃を咄嗟に受け止める。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き、その向こうでハルバードを振るってきた存在を認識して、思わずハルバードを取り落としそうになる。

 

「わ、私……!?」

 全く同じ膂力で押し合う2枚の刃、その向こう側にいるのは、代行者としての衣装までほぼ()()()のような私そのものの姿。刃が触れ合う寸前には全身が姿見の鏡面から出てきていたようで、私と私が刃を押し合うという不可思議な状況に陥っていた。

 どこからか聞こえた声は、確かに「間違い探し」と言った。だけど鏡面から出てきた「私」は、パッと見た限り私との違いは見当たらない。同等の膂力で刃を押し込みあう状況では、正直眼前に死というビジョンが迫りすぎていて、何を見ていいのかもよく分からない。

 

 冷静になるべきだ。そう頭が答えを弾き出した瞬間、私は思いっきり後ろへ飛び退く。鏡像の私、とでも言うべき「私」は飛び退くことには気づいたようだが、追撃できるほどの余裕はない。

「そりゃ私、だもんね……」

 いくら代行者としての能力向上があっても、私という人間がインドア派であることは変えようのない事実だ。私が色々と運動音痴なのは、悲しいかな自分が一番知っている。そもそも代行者としてのフィジカルにもまだ慣れ切ってないくらいなのだ。

 

 

 さて、距離を取って脳が酸素を取り戻し、ようやく視界や思考が少しは巡るようになってきた。それでも、目の前にいる「私」と私の違いなんてものは見当たらない。もしかして、さっきのはミスリードか何かだったのだろうか?

 あるいは、罠を踏み潰したせいで出てきたのが、目の前の鏡像の私なのかもしれない。ふと気づけば、さっきまでぽつんと立っていた姿見は消えてなくなっていた。やはりあの幽鬼が化けたか設置したものだったか、という確信と、目の前の鏡像を倒しても問題なさそうだという安堵が胸を満たす。

 

 

『あれ、戦っちゃうの?』

「ふっ!」

 さっきも感じた通り、あれは見た目だけではなく身体能力もほとんど鏡映し。なら、私が私に勝つために一番早いのは、先手必勝に他ならない。だって、私鈍くさいし。反射神経が反応できるより早く動けば、まあ勝てるだろう。多分。

 

 地面を踏み込み、速度を重視した穂先での刺突。私が私を倒す最善の一手目。とはいえ、先程自分で開けた距離を踏み込む以上、辛うじて防ぐ程度の反射神経は持ち合わせている。でなければ多分、私はここに来るまでにリタイアしているだろう。

 

 だから、防がせながら先に次の手を打つ。刃が縦になるように突き出した刺突を、柄で受け流される直前に90度回転させる。必然、私の突き出すハルバードの刃は地面と平行になるように移動し、刃と穂先の間で「私」を庇うハルバードの柄を捕らえることに成功する。

「燃えろっ!」

 身体の前で掲げたハルバードの柄に食らいついた、私のハルバード。その穂先から火球が爆ぜる。発声が出来るのか分からないが、ともかく目の前にいた「私」は塵も残さず姿を消した。

 

 

 

「まったく、なんだったのか……」

 結局のところ、私同士の戦いという不可思議な状況の先に待っていたのは、再びの静寂だった。それでも、あの幽鬼の声を聞けたことは多少なりとも収穫だろう。何がしたいのか、は明確には分からないが……何らかの目的を持って私を引きずり込んだことは間違いない。もっと言えば、この層の辺獄で私達にちょっかいをかけることに、何らかの目的がある。

 

 もちろん、今までの素振りから玩具箱の幽鬼が何らかの目的を持って私達にちょっかいをかけてきている、ということは考えていた。が、これまでに遭遇した幽鬼の言動を鑑みるに、確信と言えるほどには信じられなかったのだ。

 まあ、今回の件で確信に至ったとしても、結局目的そのものが分かったわけではないけれど……それでも、今後の行動の指針になりえるならいいと思う。

 

 

 しかし、依然として大きな問題は私の目の前に広がったまま解決していない。この辺獄から帰還……ないし、玩具箱の幽鬼を倒す事。うぅん……夕飯までに帰れるかなぁ……


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