CRY'sTAIL   作:John.Doe

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絡まりあう目的因-8

 刃物を思わせる幽鬼(ミシェル)の爪と、ハルバードの穂先とが擦れ合い火花が散る。瞬き1つよりも短い踏み込みのズレは、爪の軌道を穂先でずらすのに十分すぎる程のズレだった。

 ハルバードから鈍く、そして確かな手応えを感じるのと同時に、肩を鋭利な爪が掠める。僅かに代行者としての衣装を切り裂きながらも、出血すら負うことなくやり過ごした。

 手応えは確かなもの。しかし私は、その感触に明確な違和感を覚える。あまりにも……あまりにも、あっさりとしすぎている。今まで私の刃は悉くが直撃することはなかった。これではまるで、そう――――

 

「何故……わざと攻撃を受ける必要があるんですか……」

「あはっ……バレ、てた?」

 悪戯でも見つかったかのような台詞を、まるで事切れるドラマの登場人物のような声色で発する幽鬼。気味が悪かった。今まで倒す寸前の幽鬼と言えば、悲哀や憤怒、後悔、そういった負の感情が押し出された様子を見せてきた。

 それが、今目の前にいる幽鬼は、そんな負の感情は一切感じさせない。気まずさと楽しさが同居したような、構って欲しさに悪戯をして叱られる直前みたいな苦笑いを浮かべている。

 そんな、ある種理性的な反応をこれまでに見たことは殆どない。強いて言うなら、あの黒い少女の幽鬼や幽鬼の姫のような、極めて強力な幽鬼だけは理性を保っているようにも見えた。

 

「片付け任せたって言ったじゃん? ちょっと……疲れちゃって。小夜姉ぇちゃんが来たなら、様子見て任せてもいいかなって」

「任せるって、一体何のことです?」

「うーん。復讐? ここに堕としてくれちゃった奴への。小夜姉ぇちゃんがここに来る原因も同じ奴だと思うよ」

「え……」

 

 どうにかハルバードを腹部から引き抜いた幽鬼からは、既に敵意らしい敵意を感じない。戦えない、というよりはこれ以上戦うつもりはない、というような気配だ。

 目一杯運動した後のような姿勢で、脚を投げ出すように地面に座り込む幽鬼。私はトドメを刺すなんて発想も出ず、幽鬼の話から情報を引き出そうと考えていた。私を騙そうとする気配も、傀儡にでもしてしまおうという気配も感じられなかったのが原因だと思う。

 

 

「小夜姉ぇちゃんが、昔みたいに引きこもりしてて身体が動かないー、ってことなら止めとこうと思ったんだけどさ……思ったより強くなっちゃっててビックリしちゃった」

「……本当に、貴女は一体誰なんですか……? 私のことを知ってて、復讐相手も私のことを知ってて……何も分かりません」

「と言っても自分の名前思い出せないし……まあ、すぐにわかると思うよ。幽鬼が消滅する時は、大体記憶が見えるでしょ」

 確かに、言っていることは正しい。そしてそれは、目の前の幽鬼が消滅する時が迫っているという事でもあるのだろう。それを自覚しているにも関わらず、目の前の幽鬼はそれを恐れる素振りを見せていない。どころか、心待ちにしていたかのようにさえ見える。

 遊び疲れた子供の様に体を地面に投げる幽鬼に、私もすっかり敵対心を抜かれてしまった。どうせ放っておいても彼女は消滅するのだから、という誰に告げるわけでもない言い訳を心の中で浮かべながら。それ以上に、彼女の正体が気になっていた。誰か、というよりは……他の幽鬼と異なる性質が気になっている。

 

 

 

「ああ、でも……最後に小夜姉ぇちゃんと遊べてよかったかも」

「振り回されるこっちの身にもなってほしいんですけど」

「あはは、ごめんごめん。でも小夜姉ぇちゃんの為でもあるし、怒らないでほしいな。昔から、小夜姉ぇちゃんは怒ると一番お説教が長いんだもん」

「なら私が怒るようなことをしなければいいんです。説明も無しに私の為になると言われても何が何だか分かりませんし」

 いつの間にか、崩れ落ちたように見えたタイルや周りに浮かんでいた壊れた玩具は元通りになり、辺獄にとっての平穏が戻ってきていた。相変わらず他の幽者や幽鬼は見当たらないことから、まだ彼女の言う「ふたり占め」は続いているのだろう。

 ふたり占めが続いていて、目の前の幽鬼に敵対の意思がないのならば、油断はできないものの一応は安全というわけだ。私も幽鬼の正面にあった段差の部分に腰を下ろす。何時間か分からない程歩き続けその直後に戦闘を行った疲れが、一気に脚を襲ってきた。

 

 

「ねえ。小夜姉ぇちゃんは、代行者として強くなるためには、何が必要だと思う?」

「貴女のような幽鬼の戯言に耳を貸さないこと」

「相変わらず辛口だなぁ。でも、それは弱くならない方法で、強くなる方法じゃないよ」

 ふと思い出したかのように口を開いたと思えば、唐突な話題を出す幽鬼。しかし私の答えは間違いだと、そう指摘されて抗議の視線を向ける。弱くならない、と強くなる、では確かに違う。が、それはそれとして幽鬼に、しかも見た目はかなり幼い少女にそんな指摘をされるとは思わなかった。

 

 

「強くなるなら……まあ、戦って経験を積むのももちろん大事だけど。一番は心を強くすることだよ」

「それは何となくですが理解しています。代行者の武器や防具としても、幽鬼の目的としても、人の感情……未練や後悔、怒りなんかが力になっているのは散々見てきましたから」

「うんうん。でも小夜姉ぇちゃん、強すぎる感情が枷になることもわかってるんでしょ?」

「それは……」

 

 否定できるものではなかった。例えば、感情が爆発している状態とも言える理念開放は、確かに強力だが周りが見えなくなりやすいのは事実だ。喜怒哀楽、どの感情であってもそれは変わらないだろう。

 そして、必ずしも感情がプラスに働くかと言えば、そうではない。恐怖は足を竦ませるし、同情を抱けば武器を握る手から力が抜けてしまう。そういう意味では、このことを「弱くならない」ための方法だと言われたのだろうと思う。

 

「かと言って、感情に蓋をすれば良い訳じゃない。爆発する感情を、爆発寸前で制御するか、爆発させてなお手綱を握るか。このどっちか」

「言うは易く、ですね」

「そうだね。でも、近づけることはできるし、近づければ多少なりとも強くはなるでしょ?」

 ごもっともな話ではある。良い手本として千暁さんの姿が思い浮かぶが、あの領域まで辿り着くにはどれだけの時を必要とするのだろう、と諦観交じりの絶望すら浮かぶ。勿論、言われた通り近づけば強くはなれるだろう。けど、理想とも言える存在が近くにいると、どうしても意識せずにはいられない。

 

 

「そういうわけで小夜姉ぇちゃんと戦ってみたわけだけど……まあ、小夜姉ぇちゃんの戦闘力なら大丈夫そうかなって」

「……こんなことを言うのも恥ずかしい限りですが、私幽鬼の姫に手も足も出ませんでしたよ」

「あー……遭っちゃったんだ。あれは別格だよ。幽鬼だって裸足で逃げ出す。けど……多分小夜姉ぇちゃんはまた遭うと思う」

 予言や勘というよりは、推察と言った声色で告げられた。何か筋道を立てる論拠が、彼女の頭にはあるのだろう。今までの会話からすると、その論拠を聞いたところで自分には理解できないような予感がするが。

 

 論拠を聞くか聞くまいかと迷っていると、幽鬼の見た目に違和感を覚え始めた。注視してみれば、その体がまるで幽霊かのように透け始めていた。何が起ころうとしているのか、察しはつく。

 

 

「ここまで、かな。楽しかったよ、小夜姉ぇちゃん……あとは、よろしくね」

「……誰も貴女の復讐を引き受けるなんて言ってませんよ」

「えー……でも、きっと引き受けてくれるって信じてるよ。ばいばい、また遊んでね、小夜姉ぇちゃん!」

 

 

 

 

『相 わ  言うことを  ない子だ。物は大 に扱  さいと……これ以上  ても聞か  なら、言葉だけ  無 でしょうか』

 

 首が千切れ、綿が飛び出た人形が地面に横たわる傍で。呆れと苦悩を孕んだ声がする。ノイズ交じりで声の主も顔が塗りつぶされたように判然としないが、聞いている側は……あの幽鬼だろうことは容易に想像がついた。

 

 

 

『へえ、貴女があ 人が言って  か。あはっ、恨まな でね? あんたは売られ  だよ。まあ、最初から うなる 定だったんだし、いいよね』

 

 幼さの残る少女の声。薄暗い部屋に突如現れた存在に警戒して見せるも、声の主は全く気にした様子を見せない。どこかで見覚えのある面影の少女は、蛙を前にした蛇のようににじり寄る。訪れる死の予感を全身から発しながら。

 

 

 

『また怒られたの? ……わかった。好きな本を持ってきて。なぁに、もう持ってきてるの? いいよ、おいで』

 

 聞こえてきたのは、妙に聞き覚えのある台詞。何度も聞いたか言ったか、そんな台詞。幽鬼(ミシェル)にとって、走馬灯のような記憶なんだと思う。死んだときより後に、より鮮明な形で聞こえてきたからという理由だけだけれど。

 そして、その声の主……それへ意識を向けた途端、はっきりと思い出した。

 

 

 

「……ともちゃん、貴女なのね」

 京谷 智花。施設にいた頃、切っ掛けは分からないけどよく懐いてくれていた女の子。年は確か、4つかそこら下だったと思う。少し他人とズレた価値観を持っていて、いつも玩具を乱暴に扱って院長先生に怒られて。その度に私のところへ逃げ込んできていた、ちょっとやんちゃな女の子。

 

 どうして今になるまで忘れていて、今になって思い出したのか……そう不思議に思って、天音さんのことを思い出した。幽鬼が辺獄に引きずり込んで殺した人間は、その人間に関する記憶や記録、痕跡の全てが消えてしまう。有り体に言えば「最初からそんな人間はいなかった」ことになってしまうと。

 しかし、天音さんは辺獄で喪った親友のことを覚えていた。院長先生に関しても幽鬼が原因として推測されているが、その割には私は先生のことを覚えている。つまり、天音さん私のような例外も起こり得るということだ。条件なんかはよく分からないけれど。

 

 

 ともちゃんのことを思い出したからなのか、この辺獄から核となる幽鬼が消えたからなのか、目の前に姿見が現れる。これでこの辺獄を乗り越えたのだ、と思うと、何故だか妙に目頭が熱くなってきた。

 ここで泣くと、なんだか涙と一緒にともちゃんの思いまで置いて行ってしまうような気がして、そうする気になれなかった。視界が涙で滲んでいくのを堪えながら、姿見へ指を触れる。一瞬の浮遊感を感じた後、目の前には見慣れた私の部屋が広がっていた。

 

 

 

 ――――行ってくるね、ともちゃん。貴女の気持ちは、しっかり受け取ったから。

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