CRY'sTAIL   作:John.Doe

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導かれたオートノミー
導かれたオートノミー-1


「というわけで、あの層は単独で突破することになりました」

『そ、そうか……そんなことがあったとはな。この話、アイツ(千暁)には?』

「天音さんに電話をする前に。同じようなことを言われました」

『そうか。まあ、普段見ないくらい動揺してたからな。とりあえずお疲れさん、ゆっくり休めよ』

「はい、ありがとうございます。それでは、お休みなさい」

 千秋さん、天音さんとの電話を終えて、自然と肩の力を抜けてため息が出た。決して2人とも悪い人ではないが、年上との電話というのはどうしても緊張してしまう。

 

 部屋に戻ってきてから閉めたカーテンの向こう側は、既に真っ暗になっていた。普段、辺獄から帰ってくる頃はまだ太陽が沈み切らず少しは明るさを感じることを考えると、相当長い時間辺獄にいたようだ。携帯に不在着信が入ってから3時間くらい経っていたから、千秋さん達にかなり心配をかけてしまったらしい。

 驚いたのは、メフィスやフェレスからもコンタクトがあったらしいことだ。人ならざる悪魔からの不在着信、というと滑稽な気もするが、それだけ事態は深刻だったという証左でもある。これは一度、携帯から連絡を取るべきだろうか……

 

 

「折返しが出来ない……」

 液晶に表示されている着信履歴には、確かにメフィスとフェレスのデータがある。しかし、そこに電話番号は無く、まるで連絡者だけは表示される非通知着信のようなものだった。これはつまり、私から彼女らに連絡を取る方法がないことに他ならない。千暁さんや天音さんに聞こうかとも思ったが、あの悪魔達なら自分達からコンタクトを取りに来るだろうと考えて止めた。

 

 そもそも、私の瞼は既に限界を訴えている。今あの2人の声を聞いたら、多分理性が枷の役目を果たすことはない。何より、連絡方法を教えない時点で向こうの落ち度だ。そこまで考えると、急に眠気が主張を強め始めた。

 

「……寝よう。お休みなさい……」

 お風呂は夜も遅いし明日に回そう。布団の誘惑に素直に頷き、掛布団を被る。いつもより布団が心地良い。ベッドに預けた体から返ってくる脱力感に、思ったより疲れていたんだな、なんて思った直後、私の意識は途切れるように無くなった。

 

 

 

「ん、うぅ……? あれ、携帯……」

 ふと気が付くと、テーブルの上に置いている携帯電話からメロディが流れていた。音の正体が目覚まし用にセットしたアラームではなく、着信を報せるものだと気づいた途端、意識が急速に目を醒ます。

 取り落としそうになりながらも引っ掴み、液晶を見るとメフィスの名前。通話に応じるボタンへ触れ、耳元へスピーカーを当てる。程なくして、幼げながらも古めかしい、いつもの声が聞こえてきた。

 

 

『おお、駄目元じゃったが繋がったか。ひとまずは無事なようでなによりじゃ』

「……すみません、私からは連絡を取る方法がなかったので」

『こちらも連絡を寄越させることを想定しておらんかったからの。そもそも、辺獄におったにも関わらず所在を検知できんことが想定外じゃが』

 成程、辺獄の支配者であるかのような権力を持つ悪魔2人さえ、私がどうなっていたのか知らなかったらしい。もっとも、そうでなければ私の携帯に悪魔2人の着信履歴が残る事もなかっただろう。

 

 

『さて、一先ず無事を確認できたことじゃしな。こちらでも、次の段階の準備を進めておいたぞ』

「もう見つかったということですか? 随分早いですね」

『次は代行者が誰もが通らねばならん、一種の区切りとなる位置づけになるからの。覚悟が出来たら、辺獄に来るがよい』

 区切り、という意味は気になるが、聞き返す前に通話は切られてしまった。いつも通りと言えばいつも通り、かもしれない。呆れ交じりのため息を軽く吐いて、腰かけていたベッドから立ち上がる。

 

「とりあえずシャワー浴びないと……ああ、新聞も回収できてない」

 寝巻に着替えることもなく寝てしまったせいで、服は皺と汗で一秒でも早く脱いでしまいたい状態になっている。が、シャワーを浴びた後に忘れても困るので、先に新聞を回収してくることにした。

 ポストに詰まっていた昨日の夕刊と今朝の朝刊を引っ張り抜き、一面だけを軽く眺めてテーブルへ預ける。あとを読むのは辺獄から帰ってきてからになるだろう。

 

 

 

 姿見の前で右脇腹にある代行者の印を指で切り、浮遊感を感じたと思えば目の前の景色が一変する。いつも通りの辺獄へ向かうプロセスを経た私は、いつもと違う驚きを感じていた。

「……辺獄、ですよね。ここ」

 澄んだ真冬のように、澄み渡る青空が広がっていた。白亜色の建造物が現実離れした構造をしていることが、辺獄である事を辛うじて認識させる。今まで感じたことのない、爽やかとすら感じる空模様に、私は困惑していた。

 

「小夜。電話じゃ声は聴いてたが、無事でよかったよ」

「天音さん。ご心配おかけしました。千暁さんはまだ来ていないんでしょうか?」

「ああ……まだ見かけてないな。大方、お前を心配しすぎて眠れなかったから寝坊した、あたりじゃねぇのか」

「そんな適当な……」

 肩をすくめにやついた顔を隠そうともしない天音さんに、じっとりとした視線を返す。気楽さすら感じさせる天音さんの態度に、まあいいかと思わず感じてしまう。

 とは言え、つい最近も千暁さんの到着が遅かった時があった。その際の天音さんとのやりとりは不安を煽るのも確かだ。どう考えても何か隠していることがあって、天音さんはその事情に心当たりがあるというようなやり取り。

 

「……天音さん」

「言っとくが、いくら千暁のこととはいえ、あいつが黙ってるってんならアタシからは言えねぇよ」

 私の言いたいことを察したらしい天音さんが、今度は先程と別の意味で肩をすくめる。そういうところは、なんというか2人とも非常に義理堅い。

 

 

 

「ごめんなさい、遅くなったみたい」

「千暁さん! 良かった、何事も無かったんですね」

「……それはどちらかと言えば私の台詞じゃないかしら」

「相打ちってところだな」

 困ったような笑みを浮かべる千暁さんに、言われて尤もだと思う。それでもお互い様にはなるんじゃないだろうか、とも思う。天音さんもそう感じていたようで、私が何か言い返す前に呆れた様子で言葉を挟んだ。

 何とも言えない空気になって、それ以上の追求は難しくなってしまった。何かを隠されているか誤魔化されている、というのは気分の良いものではないけれど、千暁さんや天音さん考えなしにそういったことをしないことも分かっている。

 

「……まあ、いいです。それなりに理由があってのことでしょうし、聞き出す手札も持ってませんし」

「千暁ももう少し腹芸が出来りゃ、疑われなかったのにな」

「天音うるさい。ごめんね、小夜。いつか、いつか小夜も知る時が来るとは思うから」

 笑みを浮かべてこそいるが、罪悪感という黒い液体に、たった一滴だけ白い液体を零して攪拌したかのような表情は、見ている方が申し訳なくなるほどだった。こうまでされると、なんというか、私が悪者になってしまった気分だ。勿論千暁さんにそんな意図はないだろうけれど。

 

 

「……とりあえず話を変えましょう。ここに来る前、メフィスから区切りになる場所だと言われたんですけどどういう意味なんでしょうか?」

「成程、そこまでは聞いてるなら話は早いかな。ここは愚門愚塔……愚かな門、愚かな塔と書くらしいわ」

「まあ、名称としてかかってはいるのでしょうね」

「恐らくはね。それで、ここは原則として、死者のみがあの愚門を通ることが出来るようになっている。つまり、生きている者が来ることのできる最奥になる」

 わざわざ原則、と付けたからには例外があるのだろう。千暁さんと天音さんが背後にある建築物を見上げ、それに釣られるように視線を向ける。そびえたつそれは、先程の愚門と合わせて考えるに「愚塔」と呼ぶのだろう。

 

「愚門の両脇にある愚塔は、飾りなんかじゃない。生者が愚門を通るには、2つの愚塔を登り切って試練を超える必要があるの」

「試練っつっても大したことはしないけどな。どっちかって言や、ここをうろつく幽者や幽鬼を倒せなきゃこの先どうしようもねえ方がよっぽど試練だな」

 視線の先にある、愚塔の頂上を見据えながら話を聞く。試練、というのがどういった形式のものなのかは分からないが、過度に気負うことはなさそうなのは幸いだ。

 

 

「ちなみに、試練ってどんなものなのか聞いてもいいですか?」

「それを言ったら多分試練にはならないから……」

「ですよね……」

 駄目元で聞いてみたら予想通りの答えが返ってきた。辺獄においては、例え幽鬼を倒すだけだったとしても精神的なダメージを乗り越える必要がある。試練と言うからには、そこに更に条件のようなものが付くとみても悪すぎる推測ではないと思う。

 と言っても、今の2人の空気感から考えると、やはりそこまで深刻に考えるものではないのだろう。むしろ変に気を張ると痛い目を見るのが辺獄なのだと、私も最近ようやく分かってきた。

 

 視線を2本の塔から正面へ戻し、いざ進まんと呼吸と気持ちを整える。千暁さんは2つの愚塔を登る必要があると言った。塔1つでどれだけ長い道のりになるかは分からないが、それなりに時間はかかるだろう。院長先生の魂が再生の歯車とやらに辿り着くまで、という見えない時間制限がある以上は、急ぐに越したことはない。

 千暁さんと天音さんも私が先に進もうとしているのに気づいて、頷きと共に私の後ろを歩き始める。程なく巨大な門が鎮座する広場に辿り着いて、これが愚門なのだとすぐに察した。

 

 

「これ、どっちから行かなければならない、みたいなのってありますか?」

「多分ないと思うぞ。アタシらが偶々正解を選んでたって可能性も無くはないが」

「……逆にどっちから行くべきか迷いますね。と言ってもどっちも行かなければいけませんし、とりあえず右側から行こうと思います」

 成否があったとしても、何のヒントもない2分の1の選択。悩むだけ無駄な選択だ。特に理由も根拠もないが、それを用意する必要もない。2人も特に反論する気もないようで、巨大な塔に対してスケール感が狂いそうな小さい入口を目指して進む。

 

 天音さんの言葉をふと思い出す。ここの幽者や幽鬼を倒せないようでは、先に進むのは不可能だと。代行者を初めてすぐの頃に、メフィスやフェレスも辺獄の深いところほど幽者や幽鬼は強くなると言っていた。

 むしろ気負うべきはそちらだろう、と気合を入れる。千暁さんの隠し事も決して楽観できるものではないだろうし、余計な労力をかけるべきではない。さっさとここを突破してしまおう。

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