CRY'sTAIL   作:John.Doe

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導かれたオートノミー-2

 拍子抜け、というのが素直な感想だった。最初の広場で遭遇した幽者数体と幽鬼1体。今まで通りに行き過ぎる。

 

 幽者達のスペックそのものは上がっているのは間違いない。実際、倒すのにかかった手数は昨日までより増えている。のだが、別に新しいタイプや攻撃手段が増えている様子は見えない。

 強いて言えば、倒すのに若干手間取るタイプの幽者や幽鬼――ゴリラに似たタイプや猛犬のようなタイプ、それとケンタウロスとでも呼べばいいのか盾付きの腕を持った四つ足のタイプ――が目に見えて増えているくらい。

 

 確かに、辺獄の底へ近づく度に幽者や幽鬼が強くなる、というのであれば。強力なタイプが増えていることはあり得る話なのだろうが。ただ単純に、敵のスペックが上がり数が増えた、と言うのを天音さんまで「敵が強くなった」と形容するものだろうか?

 何か……重要な何かを見落としているような気がする。普段であれば決して見落とさないような、大きな何かを。

 

 

 

「っと、ここは数が多いな。幽鬼は1体だが、いけそうか?」

「大丈夫です。行動パターンが変わっている訳じゃないなら、やれます」

 10を超える幽者と、それを従えるかの様に佇む竜の姿をした幽鬼。確かに数は多いが、基本は同じ。囲まれないように、不意打ちを受けないように立ち回る。その繰り返しの中で数を削り、最終的に全ての幽者と幽鬼を倒す。それだけだ。

 

 魔法(スペル)強化(アーツ)攻撃を交えて蹴散らしつつ、胸の奥でずっとざわつく感覚に引かれて千暁さんを見る。合口と体術で目にも止まらぬ連撃を繰り出す千暁さんは、今のところ普段と変わり無いように見える。ただどこか、キレがないというか、違和感のある動きにも見える。

 あからさまに隠し事をしている、という意識があるせいでそう見えているのかもしれない。あるいは私が千暁さんの戦いを過大評価している可能性だってある。そうかもしれないとしても、それでも。

 

 

「あとは幽鬼だけ。小夜、行ける?」

「勿論です!」

 飛んでくる魔力の回転刃をサイドステップで躱して、即座に斬り込む。昨日まで戦っていたミシェルや、黒い少女の幽鬼とは違う。防御も回避も試みない、接近と攻撃しかない単純な行動パターン。翼の付け根辺りへ食らいつく袈裟斬りが、幽鬼を大きく弾き飛ばす。

 脚へ魔力を集中させ、高く跳び上がり幽鬼を見下ろす。幽鬼を弾き飛ばして、距離を作ったのはエアリアルストライクを使う距離と隙を作り出す為だ。単体への威力は私の手札の中でも随一だけど、攻撃が当たるまでのラグ自体を消すことはできない。黒い少女の幽鬼と戦う中で、その重要度は痛感した。

 

「これで!」

 エアリアルストライクを発動し、突き刺した穂先を蹴った反動で引き抜いた直後。半歩分の空いた間合いを埋めながら、身体を一回転。勢いをつけた回転斬りが斧刃を叩きつけ一閃。それがトドメとなって、幽鬼は紫色の煙となって吹き消える。

 振り抜いたまま、いつでも倒せていなかった時へ備えていた構えを解いて小さく息を吐く。念のため周りを見回せば、討ち漏らしや増援と言った気配もない。煙が晴れ、残った思念へ歩み寄る。あと少しで腕の届く範囲、というところで思念は私へ向かって吸い込まれていく。

 

 

 

『馬鹿な事をした……』

 

 聞こえてきたのは後悔の声。見えてくるのは、薄っすらと雪が積もった夜の街。街頭の灯りが路地の向こう側を照らして、真っ暗闇にならない程度に微かな光をここまで届けている。

 背中を支えているのは、クッションではない。街並みと同じで薄っすらと雪の積もった、黒いゴミ袋の山だった。雪を落とし続ける灰色の夜空を見上げると、こうなった経緯がぐるぐると頭の中で繰り返し再生される。

 

 悪漢に絡まれた女性を助けに割って入る。男なら憧れるシチュエーションだろう。ただ、それは悪漢を倒したり、撃退したり、あるいは絡まれた女性の手を取ってさっさと逃げることが出来る場合に限る。

 悪漢にあっさりとやられてしまったこの場合は、カッコイイとは真逆の「ダサい」シチュエーションだろう。格好つけて割って入った数秒後には、リーダー格と思われる男の拳が腹にめり込んで。そのまま取り巻きにボコボコにやられて、こうして路地裏のゴミ置場に捨てられている。

 

 体が動かない。激痛が体中の骨が折れていることを教えてくれた。視界は徐々にぼやけていく。口の中では血が溢れ、声を出す事はおろか呼吸すらままならない。そこでようやく、この寒い中息も白まないのは、呼吸が弱いからなのだとどうでもよい気づきを得た。

 

 見知らぬ女性を助けに入った結果がこれか。このまま誰に気づかれることも無く、ひっそりと寒さと痛みの中で死ぬのか。冗談じゃない、という怒りは身体を動かすには至らず、甚振るように近づいてくる死の気配に恐怖へ塗り替えられていく。

 

『なんでこんな事を……』

 

 後悔だけが心を満たしたころには、視界は真っ黒に染まっていた。四肢の感覚は既に無く、僅かに雪の降る街の雑音だけが最期に聞こえていた。

 

 

 

「っ、はぁ……終わりました」

 思念の持つ記憶を受け入れ、誘導する。やり方には慣れたけど、やはり強烈な未練を覗き込むことにはいつまで経っても慣れることが出来ない。どうにか息を整え、先へ進む準備を整える。

 辺獄という場所を進むには、これを繰り返すしかない。道を遮る幽鬼を倒し、思念へ対処し、先へ進む。ひたすらにこれを繰り返して、徐々に深い階層へと潜っていく。

 

 

 ――――その間に、一体幾つの未練を、私は切り捨てていくのだろう。

 

 

 不意に過った自分への問い。

 

 

 ――――私はあの人を助けた後、しっかりと向き合えるのだろうか。

 

 

 問いかけは更なる問いへと繋がる。

 

 

 ――――私の手は、誰かと繋げない程汚れてしまったのではないか。

 

 

 繋がっていく自らへの問いは、私自らへ刃を向ける。

 

 違う。そんなことを考えてもどうしようもない。全てが終わってから、私自身の罪を清算すればいい。今はただ、前へと進む。

 愚門愚塔、なんて名前の場所だからこんなことを考えてしまったのだろうか。先送りでもいい、今はこの疑問を追い出したい。そう思って、振り払うように頭を振る。肺にこもっていた空気を押し出すように大きく深呼吸して、視線を前に向ける。

 辺獄という場所の性質上不釣り合いなほど澄み渡った青空を視界に入れながら、白い床を靴音と共に再度進み始める。

 

 

 この層はやはりと言うべきか塔を登る構造になっているようで、広場を繋ぐ通路は所々階段のようになっている。どころか、広場の中にも段差がある時も多い。真下に広がる光景こそ違えど、以前辺獄の奈落へ落ちそうになった時のことを思い出してしまいそうだ。

 

 思い出したくもない光景を振り払う為、下へ向いていた視線を上にずらす。塔の半ば程までは来たのだろうか、大分頂上が近くに見えている。とは言えすぐ到着できるのか、と言えば必ずしもそうではないだろう。広場を繋ぐ通り道は一本道ではなく、行き止まりに繋がるルートもある。そういった広場も幽者や幽鬼がうろついているから、時間ばかり無駄になってしまうのだ。

 

 千暁さんや天音さんから、自分の時と道のりが違うようでアドバイスができないと言われて勘に頼りながら登り続ける。もはや単調な作業にも思えてきた。幽者や幽鬼に遭っては切り捨て、次の道を開く。また次の広場に辿り着いて、同じように邪魔立てする幽者や幽鬼を切り捨てる。

 

 

 先の見えない炭鉱を掘り進めるような、あるいは神の領域たる空の果てを目指して塔を伸ばし続けるような。そんな繰り返しの果て、ようやく塔の頂上へ続く最後の通路へたどり着いた。

「とりあえずここが一区切り。小夜、準備は大丈夫?」

「はい、どうせ準備らしい準備を出来るわけでもないですし、心の準備だけなら出来ています」

 千暁さんからの問いかけに答え、意識的に踏みしめるように数段の階段を登る。その先に広がっていたのは、円形の広間とそれを囲う人3人分くらいの高さの柱。その中央には、今までに見たことのない「何か」がこちらを待ち構えていた。

 

 

「あれは……幽鬼、なんですか?」

「さあな。幽鬼っちゃ幽鬼なんだろうが、あいつはアタシの時も待ち構えてた」

 天音さんはつまり、あの幽鬼は同一の存在として何度も現れている、ということだ。幽鬼は当然、倒せば消滅する。不死身だとか何度も蘇るだとかそういうことは無い。

 

「汝、何を望む? 真に映すべき真実ではなく偽られた真実を瞳に映し望むものは何だ?」

 

 鎧を着た黒い大型の犬、のような形態をとる幽鬼から聞こえてきたのは問いかけだった。千暁さんと天音さん、あわせて3人がここにいるが、その問いかけが私に向けられたものだとはっきりと分かる。

「……私へ問いかけているのは分かりますが、問いかけの意味がよく分からないですね」

 そもそも問答にまともに付き合う気は一切ない。ハルバードを構え、態度でそれを示す。後ろでも鞘から刀身が引き抜かれる音と、戦鎚が空気を裂いて振り上げられる音が聞こえた。2人も臨戦態勢ということは、私の判断は誤ってはいないらしい。

 

 

「瞑目を選ぶか。見て見ぬふりがいつまで続くという。だが、それを選ぶなら最早語るまい」

 幽鬼の纏う雰囲気が変わるのを感じたと同時、地を蹴ってハルバードの穂先を振り上げながら肉薄する。袈裟懸けに振り抜いた斧刃は確かに幽鬼の体を捉え、しかし手応えは奇妙なまでに軽い。硬い物を斬った、というよりは柳の葉を斬ろうとして失敗した、というような奇妙な感覚だった。

 

「無駄だ」

 刃を何のリアクションも起こさずに受け流した幽鬼が、しかし受け流したことは認識して一言だけ呟く。直後、あるいは同時に私の足元で紫の光が存在を主張し、それを認識したときには反射的に身体が飛び退いていた。

 私がいた場所を、先端に刃の付いた鎖のような魔力が突き上げ、飛び退くのが遅れていたらと想像せざるを得ない。飛び退いた隙を埋めるかのように天音さんが顎を戦鎚でカチ上げ、千暁さんの魔力で作ったナイフが突き刺さる。

 

 2人の攻撃を受けても何ら変化を見せない幽鬼が、私へ向けて咢を開く。本物の犬よりも鋭く、剣のような歯が並ぶ口内。しかも魔力を纏っているときて、咄嗟にハルバードの柄を眼前にかざして防御行動をとる。

 ガチリ、と鈍い音と共に両腕が吹き飛びそうな衝撃が走る。ハルバードを放さなかったのは奇跡かもしれない。放せなかった、のかもしれないけれど。噛みつかれたハルバードがとんでもない膂力で押し込まれるのを、どうにかギリギリ踏みとどまって耐える。

 

 

「耐えてみせるか。あるいは受け止めることしか知らぬか」

 牙でハルバードの柄を捕らえたまま。口を動かす事なく、幽鬼は私へ声をかけてきた。私はそれに返答しない。返答するつもりがないというよりは、今は返答する余裕が無い。

 手加減されている、のだろう。目の前の幽鬼はとてもじゃないが全力を出しているようには見えない。私が踏み止まれるかどうかの力で、まさに「試して」いる様子だ。

 

 

「……これは、あれですね。舐められてますね、私」

 幽鬼が私を試していることに気づいた途端、沸々と怒りが込み上げてきた。明らかに見下した態度、見くびった視線、その全てが苛立たしい。

 今回は、ミシェル戦の時と違ってハルバードの穂先が上に向いている。加えて幽鬼と私が近すぎることで千暁さん達も迂闊に手が出せない。竜の息吹(ドラゴンブレス)による爆破も2人の援護も期待できないだろう。とは言え手が無いわけではない。

 

「やああぁっ!」

 エアリアルストライク、その跳躍を幽鬼に飛び込むよう出力の方向を変えて地面を蹴る。まだ柄は噛みつかれたままで使えない。魔力の収束箇所を、足先に変えて。噛みついて放さないハルバードを、鉄棒で逆上がりをするときの様に支えにして、顎と喉の間辺りを蹴り上げる。

「ぐぅっ」

 悲鳴と言うよりは、喉から空気が押し出されたような声が聞こえる。ようやくハルバードは牙から解放され、少し大きく飛び退いて一度距離を取る。魔力の乗った攻撃とは言え、致命的なほどではなかった。仕切り直し、と言ったところだろう。

 

 

「……理解できない。行動と性質が一致していない」

 困惑と呆れの入り混じったような声色で、幽鬼は私をそう評する。多分、あの幽鬼の中では様々な経緯があってそう評したのだろうが、独り言のように結果だけが出力されてもディティールまでは私には分からない。

「これ、このまま倒して問題ないんですよね?」

「ええ、試練自体は幽鬼を倒すことで完結するから」

 千暁さんからの返答を聞いて安心した。呼吸を整えてハルバードを構え直す。状況は一先ず仕切り直したが、単純に斬りつけたときの手応えが悪かった以上、ここから先はいかに火力を叩きつけるか考えねば進展しまい。

 千暁さんと天音さんが先程と立ち位置を変えるのを背後で感じながら、魔力を練り上げる算段を立てる。お互い有効打らしい有効打はまだ出ていない。戦いはこれから始まるのだ。

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