CRY'sTAIL   作:John.Doe

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導かれたオートノミー-3

 膂力に優れながらも数の不利で致命的な攻撃が出せない幽鬼と、数で勝りつつも身体能力の差で踏み込み切れない私達。互いに決定的な攻撃をすることができず、牽制の攻撃を繰り返して暫く。

 

 長期戦の気配に焦れたのか、良くも悪くも状況を変えるべきだと踏んだのか、天音さんが今までと異なる意図が伺えるアクションを起こす。

 私がエアリアルストライクを使う時と同じように、天音さんは右足へと魔力を集中させる。以前初めて天音さんと共闘したときに見て以来、特にタフな幽者や幽鬼に時折使うのを見かける技だと気づいた。

 

「オラッ!」

 鋭い踏み込みで肉薄し、魔力を纏った右足を突き込むように蹴り入れる。蹴りそのものは、いくら鉄の爪が付いている天音さんでもダメージになっていないだろう。そもそも爪を突き立てる蹴り方でもなかった。

 しかし、あれはあくまで、魔力を解き放つ為の動作に過ぎない。突き立てた右足から魔力の杭が放たれ、それはある種の呪いとして作用し幽鬼の体を縛り付ける。

 

 天音さんはタフな個体を相手にする際、よくこの魔法を用いる。相手の動きを封じ、強烈な一撃を容易に見舞うことができるコンビネーションだ。曰く、魔力の消耗が激しくなりやすいのが欠点だとは言っていたが、効果は折り紙付きだ。

 今度は威力を強化するための魔力を脚に纏い、軽く跳躍してから両足を揃え、突き刺した杭を打ち込むように蹴り込む。が――――

 

 

「無駄だ」

「やっぱり大して効果は出ねぇか」

 強力な幽鬼は、呪いや出魂等の有害な効果に耐性を持っていることがある。目の前の幽鬼も、そういう強力な幽鬼のようだ。いや、薄々気づいてはいたし、天音さんも通用しない事にショックを受けた様子はない。私と千暁さんも、備えて既に動き始めていた。

 杭ごと弾き飛ばされた天音さんが器用に空中で体勢を立て直し、千暁さんが魔力で刀身を延伸した合口で斬りつける。斬り抜けた隙を埋めるように、纏わせた魔力を炎に変えて3度斬りつけ即座に離脱する。

 

 

「……成程。道に対する汝の答えは理解した。進むがいい、待つのが汝の望まぬ結果であったとしても」

 

 

 次の行動を弾き出すべく幽鬼を睨んだ私は、呆気に取られてしまった。幽鬼は半ば自壊ともとれるほどあっさりと、その姿を紫の煙へと変えて消え去っていく。

 

 

 

「えっと、小夜。呆けてるところ悪いけど、すぐ下に降りるよ。ここは此奴を倒すと――――」 

 千暁さんが何かを言いかけた途端、足元が轟音と共に振動し始める。千暁さんが何を言おうとしたのか、嫌でもわかってしまった。この塔が崩れ始めている、と。

 

「まだ十分間に合う。走れ走れ! 道中の敵は突っ切るぞ!」

 天音さんが叫ぶのを皮切りに、千暁さんと一度だけ視線を交わして私達も走り出す。今まで広場の敵は殲滅してきたおかげで、そこまで幽者や幽鬼の姿は見えない。が、他の広場から移ってきたのか再度湧いて出てきたのか、多少は立ちはだかるように姿を見る。

 こういう時に、天音さんはかなり心強い。というのも戦鎚という打撃武器を使う彼女は、敵を押しのける力が非常に強い。本人の苛烈な攻撃力も相まって、私達はほとんど足を止めることなく塔を降りていくことが出来た。

 

 

 道中、長い柄を活かせばハルバードもかなり押しのける力が強いことに気づき、天音さんと協力して道を切り開きながらどうにか無事塔から脱出することが出来た。

 後ろを振り返ると、塔の入口から伸びいている通路は崩落し、とてもではないが2度と登れそうにはない。外壁は形を保っており、内側だけが崩落していったようだ。

 

 

「……ちなみに、これって一度の辺獄探索でクリアしなきゃいけないとかありますか?」

「いや、アタシんときは一度帰ったけど問題なかった。あんまり長いこと時間を置いたらどうなるかわからねぇが」

「少なくとも、1日くらいは大丈夫とみてよさそうだけど」

 恐らく天音さんの時は日を跨いだ、ということなのだろう。なら、あまり無理をする必要はないらしい。最低でも、院長先生の魂を確保することが間に合えばいいのだから。

 

「なら、一度帰還して体勢を立て直したいのですが……」

「そう……分かった、無理をして余計に時間をかけてもしかたないもの」

「アタシも異論はないよ。この面子で最終的に決定権を持つのは、他でもないお前なんだからな」

 2人は2つ返事で了承してくれた、が。確かに登りばかりでいつもより疲れたというのはある。疲れたのは確かだがそれは帰還するほどじゃ、ない。私が真に理由として抱えたのは……多分、天音さんは察しているんじゃないかと思う。

 

 

 

 

 

「天音さん。どうしたんですか?」

『ちょっと確かめとこうと思ってな……さっき帰ろうって言いだした理由。アイツ(千暁)の事だろ』

 やはり、天音さんには見抜かれていたらしい。現世に帰ってきてからすぐにかかってきた電話で、開口一番に問われた。

 

『まあ……察してるとは思うけど、千暁はお前に隠し事をしてる。その内容は前に言ったかもしれないけど、アタシから言うわけにはいかないけどさ……でも、お前の判断は間違ってないよ』

 いつもの少し荒々しい口調とは違って、優しく諭すような声色だった。

 

 2人は仲が悪いように見えるが、多分似た者同士なんだろうとも思っている。同族嫌悪なのか、単純に素直になれないのか、それでもお互いに嫌ってはいないようだ。

 じゃなければ、今日の天音さんの電話は無かっただろう。私を気遣ってくれているのは本当だろうけど、それと同時に千暁さんのことも気にかけてなければ、あり得ない話題だった。

 

「あの……千暁さんが隠している内容はいいんですけど、千暁さんは大丈夫なんですよね?」

『ん? ああ、まあ……最終的にどうなるかってのは、アタシも詳しくは知らないんだ』

「えっ。それは、その、本当に大丈夫なんですか?」

 私の問いに対して、返ってきたのは短い沈黙だった。言葉を慎重に選んでいるような、そんな沈黙。

 

『気軽に大丈夫だ、って言えればよかったんだけどな。生憎と、どうなるかは本当に分からねぇ。だから、まあ……良い方向にも繋がってるかもって信じてやれ』

 軽々しく聞こえながらも、切実さを孕んだ言葉だった。自分の代わりに、とでも言うような、そんなプレッシャーがある言葉だった。

 千暁さんは何を隠しているのだろう? 天音さんは何を知っているのだろう? 私は何を知らされていないのだろう? 疑問ばかりが頭の中で渦巻いている。渦巻いているばかりで、疑問の糸は解けることなく絡み続けていく。

 

 

『千暁の奴は、お前を信じてないんじゃないだ。アイツは……ぶっちゃけお前のことを溺愛してる。正直アタシはドン引きしそうなくらいに』

「で、溺愛って……」

『いやいや、マジだぞ。端から見てて正気かって思えるくらいデレッデレだぞアイツ。まあ、だからさ』

「まあその、仰りたいことは分かります。別に千暁さんのことは責めるつもりはありませんよ。天音さんだってそうです」

 天音さんが後に続けようとした言葉を遮って返す。私のことを騙そうと思ってそうしているのではない、というのは分かっている。どちらかと言えば、思い上がりかもしれないがきっと私の為なんだろうな、と思う。

 

 私には、2人を責めるつもりも理由もなかった。勿論、知ることが出来るなら知りたいのは確かだが。それに、心配なのは変わりない。

 私の姉である「千暁」という人も、辛い時に表に出さないタイプだったのがそう思わせるのかもしれない。天音さんが明確に否定しなかったということは、多分私の考えがほとんど当たっているということも、不安に拍車をかけていた。

 

 

 

「いえ、怒ってはいるのかもしれません」

『え?』

「千暁さんが私のことを大切に思ってくれているのは、多分本当だと思います。でも、私だって千暁さんのことは大切な人だと思ってるんです。なのに抱え込まれて、怒らないわけないじゃないですか!」

 考えるより先に言葉が出てきていた。誰が見ている訳でもないが、怒ってますと主張するように頬を膨らませて。地団駄を踏むのだけはどうにか堪えた。

 

『ははは……まあ、本人が聞けば喜ぶだろうが、言っちまう訳にもいかないのはもどかしいところだな』

「むぅ。他人事のように笑ってますけど、天音さんが共犯者なのに変わりはないですからね」

『そこについてはノーコメントだ。まあ、アタシからはあまり気に病みすぎるな、くらいしか言えなくて悪りぃな』

 

 

 それから一言二言だけ交わして、通話はどちらからともなく終了した。胸と手で包むように携帯を持ったまま、ベッドへ全身を預ける。見慣れた天井が視界を埋めて、妙なところでここが普段生活している現世なのだと実感した。

 

 先日この「普段生活している」場からいきなり辺獄へ引っ張り込まれたせいで若干恐怖はあるが、それでもこうしてベッドに横たわって落ち着けるくらいには強い安心感がある。

 辺獄に引きずり込まれる、という「奪われる可能性」に気づいたからこそ、安心感を強く感じるのかもしれないな、なんてどうでもいいことを考えていると、瞼がだんだん言うことを聞かなくなってきた。

 

「あー……駄目。流石にシャワーくらいは浴びないと……」

 思わずそのまま眠ってしまいそうになったが、夕飯も入浴も済ませていない事を思い出した。最近、特に入浴はおざなりにしてしまっている気がする。一応女性としてそれはどうなんだ、と自分でも思わない事もない。

 怠惰に傾いている天秤に、必死にプライドという重りを乗せてベッドに沈んでいた身体を持ち上げる。独り暮らしという言い訳が怠惰という重りを重くしていたが、どうにか打ち勝つことが出来た。

 

 

 

 結局湯船にお湯を張ることにし、湯気が浴室に立ち込めている。今日はいつもより2度程、湯温を上げて沸かすことにしたのだ。何というか、熱い湯に浸かりたい気分だった。

 軽くシャワーを浴びて、湯船へ身を沈める。肺から熱に押し出されるように息を吐きだすと、身体が一気に鉛のように重く感じた。

 

 身体を包む熱に慣れ始めてきたころ、ぼうっと頭に一つの考えが浮かんだ。千暁さんのことだ。

 用事で遅れたという千暁さん。前提として、千暁さんは私に隠し事をしている。とは言え用事という言葉自体、かなり曖昧な言葉だ。推測には情報が不足していると言わざるを得ない。

 

 心配だけが募ってきたころ、ふと一つの状況に気づいた。天音さんも知っているのは何故なのか? 恐らく同い年ではないだろう2人に、現実での接点があるとも思えない。そもそも辺獄で出会った様子だ。

 なら、辺獄での代行者としての繋がりしかないはずだ。とすると、隠し事は代行者にまつわる事柄とみて良いと思う。例えば、風邪をひいて代行者としての業務に支障が出ているとか? いや、その程度なら天音さんまであんな意固地に隠す理由がない。

 

 

 そこまで辿り着いて、しかしその先に進めない。浸かっている湯の熱でぼんやりとしていることもあるだろうが、決定的にピースが足りない。悪魔2人も、話してくれないか適当を吹き込まれるかのどちらかだろう。理念(イデア)の解説をサボった信用度喪失は大きいのだ。

 

 

 そのうち、思考は自分でもわかるほど斜め方向に逸れていく。温まった身体からほぅと息を吐きながら、考え始めたのは千暁さんや天音さんが今何をしているのか、ということ。

 

 2人とは代行者としての付き合いしかないから、当然ではあるがお互いの私生活はほとんど知らない。だからこそ今何をしているのか、想像もつかなかった。

 千暁さんは本が好き、っていうのはいつかに聞いたと思う。本屋で働いてるのも同じだった。あと、私とは逆に妹を亡くしている。それくらいしか知らない。

 天音さんは、もっと知らない。私よりは年が上……恐らく大学生くらいだろうことくらいしか分からない。強いて言うなら、言動が荒っぽい割には面倒見が良い常識人という性格面くらいだろうか。

 

 

 よく考えれば2人が近所に住んでいるのか遠方に住んでいるのかも知らないし、まるでネット上の知り合いみたいだなぁ、なんてどうでもいい結論に至る。本名を知っている分少し踏み込んで知り合いと言っていいかもしれない。

 ……いけない。大分のぼせてきてるみたい。一度湯船の湯を手で掬い、顔へ叩きつける。刺激で思考は晴れ、妙な方向へ迷子になっていたそれが戻ってきた。

 

 

 

 確かに、2人のことは知らない。現世での素性も、今までに積み重ねてきた代行者の経験も、そして私に隠している何かも。知ることが出来るなら、知りたい。それは確かだ。

 

 けど、そうじゃない。知らなければいけない何かがある。多分あの門番が戦う前に言っていたことは、何らかの根拠があっての言葉だったのだろう。その真意を知る由はないが、何か重要な情報が欠けている。

 

 

 千暁さんが隠している何かなのか、悪魔達が私に伝えていない何かなのか……考えても埒が明かないそれに見切りをつけるように、湯船から身を引き上げる。音を立てて引き裂かれた湯船を満たす湯と共に、悩んでいた事柄も置いてこれた気がする。

 一先ず悩みに一区切りをつけられた私は、風呂から上がって食事を済ませ、明日に備えて早めに就寝することにした。他に何かしようものなら、区切りをつけた悩みをまた振り返りそうだった。

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