CRY'sTAIL   作:John.Doe

32 / 78
導かれたオートノミー-6

「速い……!」

 2頭の黒い大型犬のような幽鬼は、愚塔で戦った時よりも素早く感じた。こちらの攻撃が上手く当たらず、向こうの攻撃もまた上手く捌けない。

 

「惑わされんじゃねぇ、こいつらの数が増えて考えることが増えちまっただけだ!」

 戦鎚で的確に腹部へ振り抜きながら、天音さんが声をかけてくる。戦鎚は受け流す様に飛び退かれ有効打とはならなかったが、天音さんもそれに驚く様子はなく牽制打程度の認識だったらしい。

 そして、天音さんの助言にハッとする思いで戦況を認識する。こいつらは、実際に速くなったわけじゃない。もしかすると少しは強化されているかもしれないが、見た目の速さ程じゃない。

 

 ハルバードの斧刃を横薙ぎに振るう。見透かしたように回避され、もう1頭が攻撃後の隙を狙うように牙を向ける。身体を捩るように回避して、一度距離を取った隙に千暁さんと天音さんがそれぞれ幽鬼に反撃を加える。

 これだ、この展開のスピード上昇が、私に幽鬼のスペックを誤認させているんだ。敵の数が増えれば、必然回避に割かざるを得ない思考の割合は増える。視界の外から飛んでくる可能性があるのなら、なおさら。

 

 

「やっ!」

 種が割れてしまえばなんということは無い。警戒しすぎて勘違いしてしまったが。

 少し長めに柄を持ち替えて、斧刃を振る。相手が数でミスディレクションを仕掛けてくるなら、私だって私自身使ってこなかった「手」を不意を突いて使えばイーブンだ。

 

 斧刃を飛び退いて躱し、もう1頭が先程と同じように飛び掛かってくる。このタイミングなら!

「ぎぃっ……!」

 柄を持ち替えたのは、こっちが本命だからだ。飛び掛かってくる幽鬼目掛けて、石突を思いっきり逆手で突き出す。鋭い石突が顎を貫き、衝撃で幽鬼が吹き飛ぶ。

 やっぱり、この石突も武器になる。斧刃と鉤刃、そして穂先だけではない。柄や石突もこのハルバードという武器において重要なパーツなんだ。

 

 よろよろと起き上る幽鬼に追撃は出来ないが、もう1頭がカバーに入るところへ千暁さんの攻撃が襲い掛かる。起き上る幽鬼は天音さんが牽制し、動きが鈍った。

「小夜!」

「はいっ!」

 既に魔力は練り上げてある。踏み込んで刃を振り下ろせば、それで片割れにトドメを刺せる。右足で地を蹴り、一歩で以て距離を詰め、跳躍の勢いを乗せた斧刃を振り下ろ――――

 

 

 

 

「困るんだよね。あんまり早すぎるとさ」

 

 

 

 

 振り下ろされる直前のハルバードが、何か強い力で殴られたように弾かれる。回避しなければ。そう思った瞬間には、強い衝撃を感じて私の視界はどこかへと飛んで行った。

 

 

「てめぇ……!」

「幽鬼の姫! こんなところまで邪魔しに来たの?」

「うーん。邪魔なのはそっちなんだよねぇ」

 多分結構な距離を弾き飛ばされたようだが、ダメージを与えるのが目的ではなかったようで、そこまで身体は痛まない。起き上って状況を把握しようと見まわすと、いつかに見た少女のような幽鬼がそこにいた。

 

 ただ、以前の邪悪さを感じる装いではなく、どこかの学校の制服のような出で立ちだった。

 ツインテールの髪型や幼げな顔立ちは変わらないものの、白っぽい長袖のセーターや黒いフリルで縁取られた深紅とも臙脂ともとれる色のスカート、首元のワンポイントにチョーカーとブローチが、少し背伸びしたおしゃれを試みる学生と言った雰囲気を出している。

 

 私が立ち上がっても特に戦況に動きはなく、こちらを見下す様に立つ幽鬼の姫と、それを睨む千暁さんや天音さんという構図だ。勿論、私の視線も幽鬼の姫に向いている。

 何故、このタイミングで現れたのか。そもそも、私達に執着する目的だって彼女にあるものだろうか。天音さんから幽鬼の姫に恨みから執着するのは分かるが、逆は恐らく違うだろう。

 

 

「折角だし、貴女達が知りたそうな事を教えてあげよっか。私も無意味に邪魔しに来たわけじゃないよ。昔お世話になった人に頼まれちゃって」

「世話になった、だぁ? テメェ、人の義理人情を語れるクチか!」

 見え透いた時間稼ぎに、苛立ちを隠さない天音さんが戦鎚を振り下ろす。余裕綽々といった様子で幽鬼の姫はゆるりと回避し、天音さんが反撃をすり抜ける様に繰り出した追撃も焦った様子もなく躱してみせる。

 

「残念だけど、私だけを見てくれるのはお姉ちゃんだけでいいんだよね」

 朗らかにも酷薄にも見えるアルカイックスマイルを崩さず、翳した手のひらから何らかのエネルギーを発する幽鬼の姫。深紅の魔力が鎖のように伸び、天音さんはそれを捌くので精一杯になり距離を「取らされる」状況になってしまった。

 とは言え、私達も手持無沙汰に天音さんの戦闘を見ていた訳ではない。隙をついてくるであろう幽鬼の姫に備えて、魔力は練りあがっている。

 

「噛み砕け」

「燃えろ!」

 麻痺の呪いを持つ魔力の牙と、私の放った灼熱の火球とが幽鬼の姫を挟撃する。幾条もの鎖状の魔力攻撃を放っていた彼女から、流石に笑みが消えた。

 

 

「っざいなぁ。こっちは本気出せないからって調子に乗ってさぁ」

 消えた笑みの代わりに、羽虫が鬱陶しい時のように眉間に皺を寄せた怒りの表情があった。ゾッと背中を悪寒が奔る。殆ど無意識にハルバードの柄を目の前で構え、次の瞬間には衝撃で身体が吹き飛びそうになるのを必死に堪えていた。

 魔力による攻撃は、物理的な防御にかなりの優位性を持つ。だからハルバードの柄にも魔力を纏わせて防御したが、スペックの差が大きすぎる。今の私では死なないのが精一杯だ。なのに、なのにだ。

 

「まずは数を減らそうか。その方が馬鹿でも理解できるでしょ?」

 天音さんに向けた、鎖状の魔力による攻撃。それと比べて数は少ないが、明らかにサイズの違うそれが私に向けられた。籠められた魔力の総量が桁違いなのが、私にも分かる。

 

 

 さっきの、手加減に手加減を重ねた攻撃だって私は死を直感した。どうにかその死神の一撃をやり過ごして、次は更に上のギアで来る。悪寒さえも置き去りにして、私は自分の死を悟った。

 

「ほらほら、避けないと本当に死んじゃうよ?」

 自分の死を悟った、と思っていた。このまま死ぬのだと。でも、まだ私は諦めきれなかったらしい。身体が勝手に飛び退くように鎖を回避し、躱し切れないものを柄で受け流して捌き続ける。

 自分でも、自分の動作が他人事の様に見えた。身体を動かしているのが自分ではないようだ。ある種、走馬灯のようにさえ見える。ここまで身体と感情が意思と乖離しているなら、もしかしたら。

 

 

「ヘーゲルッ!」

 背後に気配を感じる。が、いつもと違って「出した瞬間」の、魔力が溢れ出るような感覚は無かった。まるで既に出現していたかのように……いや、多分無意識に出していたんだろう。

 いや、顕現できているなら問題はない。天音さんさえ軽くあしらう幽鬼の姫に、理念開放をした私がどこまで食らいつけるのかは怪しいが、それでもやるしかない。竦みそうな恐怖と裏腹に、身体は勝手に踏み込んで穂先を突きつける。

 

「ふぅん?」

 

 ハルバードの穂先は、幽鬼の姫が手を翳して現れた魔力の鎖と打ち合い弾かれた。もっと言えば、打ち合ったとすら言えない。ぶつかった瞬間、一方的にハルバードの柄が折れるんじゃないかという程の力がかかった。

「小夜、下がって!」

 ハルバードが弾かれる勢いに任せて、追撃を回避すべくその場を飛び退く。私がいた場所へ突っ込んできた千暁さんが合口を突き込み、2、3回ほど火花が散ったかと思えば再度距離を取って睨み合う。

 

 はっきり言って、戦況は膠着した。千暁さんと天音さんさえ有効打らしい有効打を与えられない幽鬼の姫に加え、復帰してきた黒い犬の幽鬼の対処もある。理念開放はそこまで長く続けていられない事もあって、確実にジリ貧と言える状況に追い込まれていた。

 

 

 

 

「まあ、そろそろ飽きてきたし……多分時間もいい感じだし。あまり遅くなるとあの子も追いついてきちゃいそうだし」

 立てた人差し指を顎に当てて、何でもないように呟く幽鬼の姫。軽く腕を振るったのと同時に地面を風が渦巻いたのを感じて、私達が一斉に飛び退いた直後。巨大な竜巻が幽鬼の姫の周りで吹き荒れ、吸い寄せられる力に必死に必死に抗う。私達にはそれしか許されなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。