CRY'sTAIL   作:John.Doe

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意図せぬアポリア-3

 穂先を掴み取られた。そう認識した瞬間には、私の身体はハルバードを介して振り回されていた。勢いが強くて、手を放すこともできない……!

 片腕だけで振り回されて、気づけばその片腕さえ放された。片腕を放されて、そうなるとどうなるか。考えが纏まるより早く、背中を激痛が襲って視界は真っ赤に染まった。

 

 

 

 

「……て。起きて、小夜!」

「う、ん……?」

 声がした。聴き慣れた、どこか懐かしさを感じる声だ。いつの間にか瞼は落ちていて、それを意識すると一気に視界に光が溢れてきた。

「大丈夫か?」

「とんだ災難、でしたね」

 どうやら、気を失っていた……らしい。目を開ける前に聞こえた声は千暁さんのものだ。私が目を覚ましたのを確かめると、千暁さんは一拍を置いて肺の空気全てを吐き出したんじゃないかというくらいの大きな息を吐いた。

 天音さんと久遠さんも、それぞれ傍にいてくれたらしい。それで私はようやく、あの幽鬼に放り投げられて、壁かどこかに打ち付けられて気を失っていたらしいと察した。

 

 

「小夜を気絶させた後、あの幽鬼はこっちに攻撃する素振りさえなく撤退しやがった。少なくとも、頭がキレるタイプらしい」

 何故それで頭がキレる、という評価になるのだろうか。そんな疑問を込めて首を傾げると、意図を汲み取ったのか千暁さんがその言葉を継ぐように話し出した。

「あの幽鬼は元々、私達を敵として認識していなかった。敵対するのが……うん、面倒なこと、くらいの認識。だから、追跡されない程度に撤退するのがあの幽鬼にとってのベストだった、ってこと」

 成程、だから誰か無視できない程度に痛めつけて、投げ飛ばして意識を逸らした隙にということか。

 

 

「……あいつと、今後敵対しない可能性はあるんでしょうか」

「期待しない方が良いと思います。あの幽鬼の魂は、この層に深く結びついている。核となる程か、は分かりませんが」

 そうだろうなぁ、とは思う。じゃなければ無意味に、とんでもなく強い幽鬼と偶々出遭っただけになってしまう。そっちの方が事故だ。

 偶然ではなく必然であるなら、乗り越えるべき障害として、あの幽鬼は再び立ち塞がってくるだろう。何か、対策を練らないといけなさそうだ……

 

 

「いずれにしても、まずはこの層の探索から、ですね……」

 意識を失うダメージを受けた、と言っても、代行者の加護もあってか既にある程度回復してきている。膝に力を入れて立ち上がると、少しは痛みを感じるが移動への支障は殆ど無さそうだ。流石に、戦闘となると分からないけれど。

「様子を見ながら進むしかなさそうだな。千暁、アタシが前衛やるからお前は小夜のバックアップ頼む」

「分かった……ありがとう」

 参った様子の千暁さんを見かねてか、珍しく彼女を気遣う様子を見せた天音さん。下手をすると、私よりも千暁さんの精神的なダメージの方が深刻かもしれない。

 

 千暁さんは、時折仲間思いというだけでは説明がつかない「何か」を垣間見せる時がある。執着や強迫観念、と言えば近いのだろうか。鬼気迫る様子を見せる時もあれば、今の様に焦燥した様子を見せることもある。

 千暁さんが辺獄から唯一救い上げることが出来たのが妹だけだった、ということに関連している……と考えていいものだろうか。トラウマになっているとしても不思議ではないが、どうにもそれだけでは無いような気もする。

 

 

「皆さん。少しよろしいですか」

 探索を再開して暫く、天音さんに並んで前衛を務めていた久遠さんが私達を呼び止めた。何かを警戒する様子を見せる彼女に、私達の間にも緊張が走る。

「恐らくこの先で、辺獄の管理者達と鉢合わせると思います。私はしばらく身を隠して辺りを探っておくので」

「分かりました。凄いですね、そんなのも分かるんですか?」

「……気配が分かる、という程じゃありません。あの2人ならそこに出てくる、という予測です」

 少しだけ、言葉を選ぶように言い淀む様子を見せて答える久遠さん。多分、全くの言葉通りの意味とは少し違うのだろう。けど、害意があってそうしている訳ではない、とも感じた。

 

「何か合図はいるか?」

「……いえ。恐らくですが、貴女達と会った後は、しばらく貴女達のことを様子見しているはずです。次に辺獄へ来た時には合流できると思いますが」

 淡々と述べる彼女からは、想定外の事態ではないという雰囲気があった。まるで本当に、あの悪魔達がそうすることが分かっているかのように。

 

 私達に対してあまり情報を明らかにしていない彼女だが、少なくとも私達と彼女とで利益のみを求めて手を組んでいる、という部分は確かだ。逆を言えば、下手に情だけで手を組んでいないだけ信頼してもいい、と言っていい。

 だからこそ、天音さんも幽鬼への怨恨という部分に目を瞑って同行してくれているし、久遠さんがそれを裏切る様子も見せていない。

 

 

 だけど今回の、この未来予測めいた久遠さんの行動は、少し不気味でもあった。彼女は何を知っているのだろう?

 

 

 私達は彼女の言う通り悪魔達と鉢合わせし、暫くコンタクトをとれていなかったことの事情を聞いた。なんでも、一組代行者のグループが私達以外にあるらしく、そちらで大きな動きがありそちらにかかり切りになっていたとのこと。

 言葉には出さなかったが、私達にとってはそれは好都合だ。親に内緒でペットを連れ帰って、たまたま出張に出ていたくらいの話でもけど。そんな状況が本当にあるかは知らない。

 

「で……そちらの方はどうじゃった?」

「妙に強い幽鬼と会った、くらい。例の、黒い幽鬼とは別の奴だった」

「へぇ? この層、そこまでじゃないと思っていたけど」

 千暁さんに対するフェレスの返答は、想定していなかったわけじゃない。あの幽鬼がこの層の核、ボスではない可能性は十分に考えていたし、この層の核であるというなら言動が不自然な部分のある幽鬼だった。

 

「はぐれの幽鬼、というには目的意識が強かったように思います。というか、私を知っているようでしたが……」

「正体でも分かれば話は早いんだが、お前らでも心当たりはないんだろ」

「実際に見ていない以上、なんとも言えんのう。じゃが、口ぶりからすると幽鬼の姫と同等以上と言ったところか? 面倒じゃな」

 悪魔達、つまり辺獄の管理者からすれば、幽鬼はその強さ以上にヨミガエリにどれだけ近いかという感覚なのだろう。ヨミガエリが近ければ近いほど、彼女達の仕事としての優先度は大きくなる。だから、面倒だと感じる……んだと思う。

 

 

 現状、目下の課題としてこの層の攻略と共に、バフォメットのような幽鬼の調査及び討伐、という追加課題を全員で共用し悪魔達は姿を消した。

 久遠さんの言うことが正しければ、目の前からは姿を消したものの、しばらくは私達のことを気にかけているだろう。実際、今までもそういう気配はあったし、彼女達の仕事としてはそうだろうなとも思っていた。

 

 しかしそうなると、久遠さん(幽鬼)の同行は大っぴらにできない、という当たり前の事象に突き当たる。まあ、だからこそさっきもう一組にかかり切りだと聞いた時はラッキーと思ったわけだけど。

 

「とりあえず、元の鞘って感じですかね?」

「だな。あの幽鬼を追うのと、この層の突破を目指す事に変わりはないし」

「いつも通り、不意打ちだけは気を付けていこうか」

 こうして言葉に出して、お互いの認識を擦り合わせるのは、私達がどこか不安のようなものを持っていたからかもしれない。久遠さんがいなくなった、という単純な戦力低下以上に、私達の間には嫌な予感、とでも言うべきものが漂っていた。

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