CRY'sTAIL   作:John.Doe

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意図せぬアポリア-4

「……何も、いない?」

 明らかに幽鬼の気配を感じた広場に踏み入った私達。しかし広がっていたのは、私達以外に誰もいない、だだっ広いだけの広場だった。

 極端な話、幽鬼の気配がしたと言っても、誰かがそこにいるなくらいのあやふやなもので、代行者だからと言って幽鬼の場所が分かる、みたいなことは無い。だから、勘違いなのだろうか、そんな風に思い始めた直後。

 

「上か!」

「くっ!?」

 天音さんが気づいて声を上げた時には、掲げたハルバードの柄を衝撃が襲っていた。流石に、ここまで来て完全に気を抜いてしまう程学習能力が無いつもりはない。

 飛んできたのは、いつか見た深紅の鎖を模したような魔法攻撃。最悪のケースかもしれない、と衝撃を受け流しながら冷や汗が流れるのを感じた。

 

「もー。一つ面倒くさいことを片付けたと思ったのに、また増えちゃった」

「幽鬼の姫……!」

 上空から聞こえてきたのは、いつかに聞いた甘ったるさと刺々しさが同居した少女の声。邪悪な性格を隠そうともしない、黒と深紅を基調とした衣装は以前の制服よりも悪い意味で彼女らしいと思う。

 不快感を全面に押し出しながら、幽鬼の姫が広場に降り立つ。踵を返そうとしないのは、彼女もここで何か企んでいるからか。

 

 

「今度こそぶっこ……うぉっ!?」

 幽鬼の姫に殴り掛からんと飛び掛かる天音さん。それを横合いから殴りつけた影。巨躯に捻じ曲がった角、そして黒い剛毛。懸念していた、件の幽鬼だった。

「チッ、そういうこと……!」

 千暁さんが舌打ちと共に、幽鬼の姫と悪魔のような幽鬼を睨む。天音さんは直撃を避けたようで、派手に吹き飛びはしたもののダメージは浅いようだ。

 

「とりあえず目的は済んだし帰ってもいいんだけど……いい加減目障りなんだよね、何度も何度も」

「では、ここで潰すか?」

「うーん。憂さ晴らしできれば、わたしはいいかなって」

 少女から竜の骸骨のような姿へと変わる幽鬼の姫。少なくとも、手加減をして遊ぼうというような雰囲気ではなかった。

 隣の、悪魔のような幽鬼もまた姿こそ変えていないが纏うオーラは以前と段違いで。飛び退くように私達と戦線を合わせた天音さんが、いやに強張った表情をしているのが見えた。釣られるように、ハルバードを握る手に思わず力が入る。

 

 

「ボーっとしてていいの?」

 睨み合い、探り合い。そういったものをすっ飛ばして、幽鬼の姫は羽ばたくような仕草と共に幾つもの魔力の塊を飛ばしてくる。鎖のような魔法攻撃を、分解して続けざまに撃ちだすような魔法攻撃。

 とは言え不意打ちという程の物でもなく、私達は大きく飛び退くようにその攻撃を躱して次に備える。深紅の次は、黒い斧が飛んできた。反射的にハルバードを振るって弾き、本物の斧かと思う程の質量を感じて転ばないように地面を踏みしめる。

 

「ふっ!」

 斧を防いだ背後で、千暁さんが地を這う程の沈んだ姿勢で飛び出す。魔法によって生成した斧を投げた直後の、体勢を戻し切れていない悪魔のような幽鬼目掛けて、逆手に持った合口を振るう。

「らぁっ!」

 幽鬼の姫が千暁さんに意識を取られた瞬間を狙い、一瞬間をおいて飛び出していた天音さんが戦鎚を振るう。飛び退こうとしたが僅かに判断が遅かったようで、直撃とまではいかなかったが確かに命中したと言える。

 

 

 彼我の実力に、そこまで大きな隔たりがある訳ではない、というのが今のやり取りで何となくわかった。防御に徹すれば、私も足を引っ張るという程では無さそうということと、私が防御に回る分は歴戦の代行者である2人が攻撃に徹してくれる。

 

 とは言え、千暁さんと天音さんが理念開放を行ったとすれば、良くも悪くも戦況は大きく動くだろう。理念開放は時間制限がある上、大なり小なり戦況を冷静に見る力は失われる。

 慣れている2人であれば理念開放後の隙も小さくできるだろうが、私はそうもいかない。敵に動きがあった時に合わせて発動できれば儲けもの、基本的には温存する。その方向が良いだろう。

 

 

「ふん。随分と回りくどい立ち回りをする。いいのか? そんなに悠長な足取りで」

 最初の打ち合いから数合の立ち回りを挟んで、悪魔のような幽鬼が口を開いた。単なる挑発、と切って捨てようと思ったが、意外にも私に向けた言葉では無かったことが躊躇を生む。

「……動揺を誘おうって腹積もりなら、諦めて」

 にべもなく突き放しながら合口を振り抜く千暁さん。しかし、言葉とは裏腹に動きはどこか精彩を欠き、剛腕に合口を弾かれて体勢を崩してしまう。

 勿論、そういった事態に備えて私も構えてはいるので、千暁さんに追撃を通すことはしない。合口を弾いたのとは逆の腕が振るわれるのを弾き返し、牽制代わりの一撃で距離を取らせる。

 

 追撃よりも心配なのは、千暁さんの動揺だ。ああ言ってはいたが、僅かながら明らかに動揺している。何というか、急いているような様子だ。あの幽鬼の一言が効果を発揮していることは明らかだ。

「千暁さん、一度後衛にまわって下さい。アイツの攻撃は、私の方が防ぎやすいですから」

「っ……分かった。ごめんね」

 自身の心理状態が良くない事を自覚してはいたのだろう。言い返すことは無く、不甲斐なさを感じてしまっているらしい声色が返ってきた。私としては、こういう時くらいじゃないと貯まっている恩を返すタイミングもないので気にしないでほしいところだが。

 

 

 

 さて、私が前に出たと言っても戦況は特に変わらない。意図的に停滞させられている、と言っても差支えが無いだろう。主にこちらを甚振るように立ち回る、悪魔の幽鬼が主要因だ。

 幽鬼の姫は、天音さんが抑えてくれている。天音さんを抑えられている、とも言えるが、天音さんとしては幽鬼の姫は自分の手で倒したい仇敵でもある以上そこへ下手に水を差さない方がいいかもしれない。

 

「小夜。15秒、アイツの攻撃を捌ききれる?」

「それくらいなら。魔法が来ても、何とかします」

 魔法を防ぐには、ハルバードの柄で受け止めるだけでは防ぎきれない。が、防ぐ手段が無い、というわけでもない。多分、千暁さんは何か逆転の手立てを打とうとしている。その一手を打つまでの援護に私が選ばれた。

 なら、ちょっとくらい無茶をしてでもやり切る他はない。私だって、ちょっとはいいところを……というか、頼りないと思われてる部分を少しは払拭したい。

 

 

 千暁さんは一度鞘に合口を戻すと、静かに腰を落として構え、蛇を体に這わせる男(ヘーゲル)が傍に姿を現す。あからさまに何かをしようとしている、という千暁さんを放置する訳もなく、悪魔の幽鬼はまずは私を排除してしまおうと今までにないペースで腕を振るってきた。

 

 ハルバードの柄をただ腕に合わせて防御するだけでは、膂力の差であっけなく押し返される。身体全体で柄を回す様にハルバードを手繰り、体幹を最大限に生かして攻撃を弾く。その勢いでこちらからも攻撃を繰り出し、体勢を崩し切られないよう踏ん張る。

 言うだけなら容易いが、敵の攻撃を的確に見切り市野が無ければいけない。もう15秒経っただろうか? それともまだ3秒くらいか?

 

「チッ、中々耐える。貧弱な少女のままというわけではないか……!」

「戯れ、言をっ……!」

 魔法で生成したらしい黒い斧を身体を捻って躱し、斧を放棄して両手を組み叩きつけてくるのをハルバードの柄で受け止めて鍔ぜり合う。当然まともに力比べをすれば私は一瞬で押し負けるので、芯をずらして受け止めた上ですぐに回避する。

 

 しかし、相も変わらず昔から私を知っている、とでも言いたげな口振りだ。可能であれば、何か情報を得たいところだけれど、そんな余裕もなさそう。

 正直、腕が痺れてきた。殆ど呼吸もせずにハルバードを振り回しているせいで、視界の確保も危うい。15秒って、こんなに長かったっけ?

 

 

 

「は、ふ……ッ!」

「小夜、ありがとう。もう大丈夫」

「ぬ、うっ!?」

 そろそろ無呼吸運動も限界か、というタイミングで、背後から何かが掠めて幽鬼が呻くという結果だけを見せられた。一拍を置いて、初めて千暁さんの持つ合口が、いつもの数倍の魔力量で刃を延伸しているのが分かった。

 長さは普段とそれほど変わらない。つまり、それだけ高い密度で刃を形成しているということで、その威力は計り知れない。幽鬼は右腕が欠け、血飛沫こそ出ないものの正直直視したくない光景がそこにはあった。

 

「力押しとは……だが、良いのか? 儂を倒してしまっても?」

「知るか」

 何かを知っているらしい千暁さんに揺さぶりらしい言葉をかけたかと思うと、一切耳を貸すことなく背中を押し付ける様に逆手に持った合口を胸部へ深く突き刺す。

 胸部から肩口までを魔力を纏った刃で切り裂かれた幽鬼は、しかしすぐに絶命することは無くたたらを踏むように下がる。

 

「ぐ……むぅ、こうも想定外が続くとは……儂の魂が欠けていく……これでは……!」

「逃がすかッ!」

「寄るなカス共が!」

 たたらを踏んで下がった距離を、千暁さんと共に一気に詰める。しかし、初めて見る魔法攻撃……黒い魔力の波が振るった腕から放たれて、対処に足を止めてしまった。

 魔力の波を凌ぎ切り、視界が開けると既に幽鬼は姿を消していた。天音さんの方も幽鬼の姫に逃げられてしまったようで、ひどく苛立っているのがここからでも分かる。

 

 

「クソッ、何なんだあいつらは!? とことんコケにしやがって!」

「……千暁さん。彼は、貴女は、何を知っているんですか?」

「何の話、っていうわけにもいかないか。小夜が期待する程情報を持ってるわけじゃないけど……話すべきことは話すよ」

 

 合口を鞘に納めながら、千暁さんは歩き出す。ついてこい、ということだろう。天音さんと一度だけ顔を見合わせて、頷きを挟んでその背中を追い始めた。

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