CRY'sTAIL   作:John.Doe

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意図せぬアポリア-6

 朝日がカーテンの僅かな隙間から入ってきているのを、薄ぼんやりと眺めていた。目覚ましは、多分まだ鳴っていない。ちらり、と掛け時計を見てみれば鳴るはずの時間まで1時間程あった。

 二度寝しようか、とも思ったけれど、眠りに落ちることができない。ぼんやりとした視界が段々に晴れてきて、ああこれはもう眠れないな、という他人事のような確信を得た。

 

「……何だろう。胸騒ぎ?」

 あくまで直感的なことなので、胸騒ぎというのも正しいのかは分からない。兎も角、そういった急かされるとも言える感覚で眠気は払われてしまい、いつもより早く目を醒ます羽目になってしまった。

 

 うだうだとベッドで転がっていても仕方が無いので、生まれた余暇を使い少し手間をかけた朝食を用意する。まあ、精々米と味噌汁に簡単な1皿のところに、もう1品付け合わせを添える程度だけど。

 少しだけ良い朝食に少しだけ元気が湧いてくる。プラスマイナスで言えばゼロに帰結するかもしれないけど、それはそれで体調を整えられたと思えばまあいい。

 

「変わったニュースは特になし、か」

 身支度を整え、朝刊にざっと目を通す。今はタネが無いのか、1面もそこまで目立つニュースでは無かった。政治家が更迭された、とか大き目の会社で不祥事があった、とか。ゴシップ誌と変わらないようなニュースが、1面とは思えない密度で並んでいる。

 思った通りというべきか、2面以降も大した記事は無い。何れも辺獄周りに影響を及ぼしそうなものではなかった。恵羽さんがバス事故の追悼式に参加したときの記事は、もしかしたらと思ったけれど。

 

 

 

 

「おはようございます、小夜さん」

「久遠さん、おはようございます。今日は最初から合流なんですね」

「今日は天音さんが運動がてらと偵察に」

「……千暁さんは見ました?」

「いえ。まだ来ていないようです」

 

 言われて辺りを見回すと、歪んだ道路や市街地らしい背景だけが視界を埋める。ここのところ高い頻度で遅れてやってくる千暁さんが、流石に心配になってきた。

 

「おう、2人ともおはようさん。小夜、千暁から連絡は入ってないんだな?」

「天音さん。ええ、特に何も……」

 そうか、とだけ呟いて、天音さんは考え込む様子を見せる。以前から、千暁さんの状況を何か知っている様子を見せている彼女だが、一体何を知っているのだろうか。

 

 

 そろそろ、聞かなければならないかもしれない。

 

 

「……あの。天音さんは、千暁さんについて何を知っているんですか?」

「んー……あー、まあ、そうだな。アイツもいい加減、隠してる場合じゃねぇな」

 ガシガシと、器用に手甲の爪が当たらないように頭を掻いて、ため息をひとつ。戦鎚の柄を首の後ろに回して肩に担ぎながら、天音さんは悩みながらも語りだしてくれた。

 

 

「まず、大前提の話だ。アタシら代行者ってのは、生きたまま死者の世界である辺獄で、普通じゃ出せないパワーを振るって戦ってる」

「確かに、現実では身長以上にジャンプすることは出来ませんね……」

「基本的には代行者としての、守護者としての加護が力になってると思っていい。けど、脳味噌のリミッターを外したどころじゃない運動をしてるんだ。身体には負荷がかかる」

 

 つまり、身体へのダメージが積み重なっていくことは代行者として避けられない。それが、天音さんの言いたいことだろう。

 もっと言えば、長く代行者を続けている千暁さんは、その積み重なりがかなりの状態なのだろうとも推測が出来る。

 

 

「まあ、こればっかりは代行者の避けられない代償だ。けど、不眠不休で動いてんなら兎も角、適度に休んでりゃそこまで致命的なダメージにはならない」

「……つまり、千暁さんには他にも、身体を傷つける原因があると?」

「ああ。お前は、アイツが何で合口しか使ってないか考えたこと、あるか?」

「え……? いえ、私のハルバードと同じで、最初からそうだったのかと」

 

 態々話題に出した、ということは、合口以外の武器を使っていて、その武器が今手元にないのであろうことが関係しているということだろうか。

 

 

「アイツはな、元々2本、刀を持ってた。アレは脇差として使ってたモンなんだよ」

「……つまり、本差を別に持っていたということ、ですか」

 こくり、と首肯した天音さん。

 千暁さんの持つ合口は、一般的に脇差と呼ばれる刀剣と異なり鍔が無い。だからこそ合口、と呼んでいる訳だが。本来それは主武装では無かった、というのが天音さんの話だ。

 

「……えっじゃあ待って下さい、千暁さんはずっとハンディキャップを抱えた状態で辺獄にいるってことですか!?」

「それはまあ、腕でカバーできる。けど、問題は今は持っていないもう1本がどうなってるのか、って話だ」

 確かに、天音さんはあくまで、武器を主題として話していた。今は持っていない、もう1本の刀……恐らくは主武装として使っていた刀のことを。

 

 

「いいか? 攻性思装にしろ守性思装にしろ、アタシらが使ってる武具は信念みてぇな、思いの力とでも言えるものが形になったモノだ」

「千暁さんにも、似たようなことは教わりました……待って、待ってください……千暁さんのもう1本の刀は、今「どうなって」いるんですか……!?」

 

 私の疑問に、天音さんは顔色を一層険しくする。それこそが本当の主題なのだ、と気づいて、天音さんから返ってくるであろう最悪のケースに身震いする。

 

 

 

 

「アイツの主武装(一番の思い)は……砕かれちまったんだよ。他でもない、幽鬼の手で」

 

 

 

 

 天音さんの一言を最後に、私は何もリアクションを取ることが出来なかった。どう返せばいいのか、分からなかった。ただ、自分が持つハルバードを見るしかできなかった。

 

 この武器は、防具は、自分の芯とも言える思い、信念だ。どの思いが形になったものかは分からないが、それでも自分が持つ最も重要なそれが形になっていることは分かる。

 

 

 それが、砕かれたというのは。一体、どういう心境なのか想像する事さえできない。ずっと追ってきた夢を砕かれたことも無ければ、家族を喪った時の私はまだ事態を理解できる程成熟していなかった。

 有り体に言えば、そういう挫折やトラウマと呼べるものを幸いにも抱えていない私では、きっと想像するだけ無駄なほどのことなのだろう。

 

 

「どの思いが砕かれたか、なんてのは多分千暁自身にも分からない。ただアイツは、砕けた心のまま、意地と気合だけで辺獄を渡り歩いてる」

「無理をし続けている……そういうことですか」

「もっと言えば、体力を振り絞り続けているってところだ」

 

 それが。それが、天音さんの言う千暁さんが体調を崩している原因、ということか。ならばそれは――――

 

「つまり、千暁さんの体調が好転することには期待できない。そういうことを天音さんは言っているわけですね」

「その通りだ、久遠。こういうのは幽鬼の方が身に染みてるかもな」

「そうですね、貴女と皮肉を言い合える程度には幽鬼としては例外な身ですが」

 

 天音さんと久遠さんは、多分表面上ではそこまで悪くない仲と言える。内心どう思っているかは私には分からないけれど、まあ喧嘩することは今まで無かった。

 そんな意外な関係を築いている2人をよそに、私は当然とも言える題目を考えていた。そしてこれも当然で、天音さんがそれを考えて同じ結論に至ったであろうことを確信する。それでも、訊かずにはいられなかった。

 

「その……何か手立てというか、改善出来る見込みは無いんでしょうか?」

「まあ……本人以外に出来ることは無いだろうな。手助けしようにも、アイツ自身が諦めてるんじゃどうしようもない」

 

 そうだろうな、という感情と、そんなことは、という期待とが渦巻く中で、不意に気配を感じてそちらに意識を移す。

 

「天音。そこまでベラベラ喋るなんて、プライバシーって概念はないの?」

「うるせぇ、お前がいつまでも踏ん切りつけねぇのが悪い。もう1つをここで喋ってねぇだけ感謝しろ」

 

 久しぶりにバチバチと火花を散らす2人を見た気がする。

「もう1つを喋った瞬間あんたの首が飛ぶだけだよ」

「は、てめぇいつまでそれで通せると思ってる? いつまで小夜に黙ってるつもりだ」

 流石にこのままじゃまずい、と2人の間に割って入ろうとした時。それよりも早く、久遠さんが――抑揚が少なくて分かり辛いが――呆れ気味に言葉を発した。

 

「喧嘩する程仲が良い、とは言いますが時と場所は弁えた方が良いのでは……?」

 

 ド直球だった。

 この中で誰よりも他人であるからこその、忌憚のない突っ込み。一瞬にして千暁さんと天音さんは凍り付き、私もその後に起こりうることを想像して背筋が凍った思いでいた。

 千暁さんと天音さんは永遠にも思える一瞬の間をおいて、ため息とともに張り詰めていた敵意を霧散させる。それを認めて、ようやく私も肩から力が抜けていくのを感じた。

 

 

「よりによって幽鬼に諫められちゃ締まらねぇな」

「まあ、同意かな……悪かったわ、遅くなってごめんなさい」

「いえ。それより大丈夫なんですか?」

「少しくらい身体を動かさなきゃ、余計に体調崩しそうでね」

 

 困ったような微笑みと共に答える千暁さんは、いつものような優し気な表情をしていた。それが誰に向けられた優しさなのかを理解して、その優しさをもう少し他の……千暁さん自身にも向けてあげてほしいと、私は悔しさと共に心の内で願っていた。

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