CRY'sTAIL   作:John.Doe

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意図せぬアポリア-12

 記憶だまり(それ)に触れた、と認識したときには既に、私の意識は現世でも辺獄でもなく、真っ暗な「記憶」の作り出す空間にいた。これから起こるであろう、記憶の再生に身構えると、目の前にぼんやりと景色が浮かび始める。

 

 

 

『い、嫌! 離して! ひっ、嫌、嫌あぁぁ!!』

『痛い! 痛い痛い痛い!! 許しっああぁぁぁぁっ!!』

『やだ……やだ、もう許してください……楽に……』

 

 惨い、と真っ先に思った。吐き気が込み上げてくるのをどうにか押し留める。

 

 望む者とそうでない者の一方的な男女の営み。麻酔をかける手間と金銭を惜しんで、真っ赤な内臓を取り出す者と取り出される者。表に出せないような薬物や、その試験に使う病を植え付ける者と植え付けられる者。

 

 その、いずれも。偏った「立場の違い」で、劣る者はこの世の地獄を見ていた。そしてそうでない方は、加虐心や愉悦、好奇心に狂った笑みを浮かべている。

 何れも、立場の弱い方は年端もいかぬでは済まない年齢であった。親の庇護を失い、あやふやな立場さえも盾に取られた挙句、死ぬことが救いに見えるほどの所業に苛まれている。

 

 

「これは……どこかで……」

 私は、この記憶を見たことがある。辺獄で見た記憶だ。これは……そう。最初に、辺獄の核となる幽鬼を倒したときの記憶だ。幽鬼ヴィルヘルム。養護施設の闇を煮詰めたような、子供達の怨嗟のなれ果て。

 

 どうしてこの記憶を、チャーマーズ(院長先生)が持っていて私に投げつけたのだろう。そう考えた瞬間強烈な悪寒が背筋を走り、ほとんど同時に景色が切り替わってゆく。

 

 

 

『終わったかね』

『ええ、首尾通り。ああ、ですが少しガスの効きが悪かったようで』

『ふむ……まだ息があったと?』

『はい。身動きは取れない程度ですが。もっとも、それも含めて、処理は手筈通りに行いました』

 

 切り替わった景色では、白い防護服に身を包んだ2人が、依頼主と思われるスーツの男性に背後から報告をしている様子だった。よく見れば、白い防護服は赤い液体が付着している。とてもじゃないが、それはペンキのような液体には見えない。

 報告をする2人に、記憶の中だからかこびりつく様な「怨念」がそこにいた。何のために、と言えば「俺を殺したのは誰だ、何で殺した」といったところだろうか。直接手を下せないのか、殺してやるという気迫はあるが何か行動を起こせている訳ではないらしい。

 

 そしてその「怨念」には、やはり見覚えがあった。巨大な竜のような体躯を持った幽鬼、パスカルの思念だ。身を焦がすような怒りが未練として幽鬼になった彼は、こちらへ振り向くスーツの男を見て、私と同じく驚愕の顔色に染まった。

 

「院長……先生……」

 

 私が覚えているより、少し若いころの院長先生が、そこにいた。いつも見ていた、柔らかな顔の彼ではなく、冷徹さと粘つくような欲望の笑みを湛えた顔で、そこに。

 

 私はようやく、今まで出会った幽鬼が「無関係」な人ではなかったと気付いた。全て……彼が院長を務めていた施設にいた子供達だった。

 そうして、また景色が歪み変わっていく中で、私はただ拳を握りしめるしかできなかった。

 

 

 

『相変わらず言うことを聞かない子だ。物は大切に扱いなさいと……これ以上言っても聞かないなら、言葉だけでは無理でしょうか』

 

 薄暗い部屋に投げかけられた言葉は、最初に聞いた時よりもはっきりと聞こえた。声の持ち主が、彼であろうことも容易に想像がつく。

 そして、その言葉を投げかけられたのは、かつて私に懐いてくれていたともちゃんの、幽鬼ミシェルと化してしまったあの子だ。

 

 そして、ともちゃんのことを思い出して、院長先生による記憶溜まりの補完もあったからか。あの時に聞いたその後の言葉も、今なら誰の言葉なのかも思い出せた。

 

『へえ、貴女があの人が言ってた子か。あはっ、恨まないでね? あんたは売られたんだよ。まあ、最初からこうなる予定だったんだし、いいよね』

 

 これは、そう。幽鬼の姫の言葉だったんだ。みらい、と呼ばれる子と一度会ったことを思い出す。施設から出た子が挨拶に来たことがあって、その時に来たのが件のみらいと呼ばれた少女だ。

 いつ。どんな経緯で、協力者になったのかは知らない。けど、2人がこの時点で協力関係にあったことは確からしい。まあ、ロクな経緯ではないだろうが。

 ともちゃんの記憶に加えて幽鬼の姫に遭遇し、更にチャーマーズの記憶を投げつけられたことで、記憶が補完されてきたのだろうか。いずれにしても……出遭ってきた幽鬼になった子達が、全て院長先生によるものだとは思ってもいなかった。思いたくなかった。

 

 

 

『失敗?』

『ガキを庇われた。先に始末せざるを得なかったし、サツが来るまでに後始末が出来る時間が無かったんだ』

『チッ……使えんな。失態は己で拭え』

『ッ待て! 報酬は――――』

『払われると思ったか! ただの強盗を装うつもりが、本当にただの強盗になりやがって! ただ牢に入るだけで済むと思うなよ』

 

 電話越しに怒鳴りつける、院長先生の知らない声色。相手が誰かは分からなかったが、強盗に見せかけた殺人らしい以上、かなり真っ黒なことをやろうとしたらしい。

 

『ただまあ、始末できなかったのは親じゃなくてガキの方だ。何かできるとも思わないが……』

『それは自分に対して被害が出ないと思っている。そう思ってるということかな』

『何か問題が?』

『言っただろう。牢に入っただけで済むと思うなよ。恨みを持っているのは、現時点から私も追加だ』

 

 その一言を最後に、見苦しい言い訳の電話はガチャリと力任せに切られた。声を荒げる、ということ自体記憶にない人が怒鳴るという光景に、どこか現実離れした感覚を覚える。いくら善人の皮を被っていたと知ろうと、すぐにはいそうですかと納得できるかと言えばそうではなかった。

 今でも少し、信じられていない。現実を受け入れなければいけないという思いは勿論ある。が、そもそもこの現状を現実として今一認識しきれていない部分も、正直に言えばある。

 

 

 

『……それは本当か』

『うん。止めようかなーって思ったんだけど』

 私の葛藤なんてまるで知らないと言わんばかりに、目の前の景色は切り替わる。院長先生と、みらいと呼ばれる少女だとすぐに分かった。

 院長先生は、チャーマーズではなく私が良く知る姿で。みらいと呼ばれる少女は、幽鬼の姫の際と衣服の違いはあれど、人としての造形はほとんどそのままだった。

 

『止めるつもりが無くなったと?』

『半分は。止められないなーって方が強いかも。あの人、強いよ。まあでも、ヨミガエリさせようとしてた子は、させた方がせんせーにも都合がいいかなって』

『勿体ぶるほどのことか?』

『もー、せっかちさんは嫌われるよ? 今更かもしれないけど。ま、元々伝えに来たんだから言うけど。前に、せんせーが確保しようとした子だよ。なんて言ったっけ、サヨ?』

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 ヨミガエリの対象が、私……?

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