CRY'sTAIL   作:John.Doe

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意図せぬアポリア-13

 ヨミガエリ。

 

 黄泉より戻り、蘇る……死んだはずの人が、生き返ること。

 

 幽鬼の姫が呟いた「サヨ」というのが、私――大嘉 小夜のことである、と分かってしまった。言葉だけではなく、薄ぼんやりながらイメージを伴って、私は聞かされたから。

 

 分からない。私は、生きている。死んだことなんてない。なのに、誰かがヨミガエリを私に望んだ。だって、死ななきゃ生き返ることなんてできない。死ななきゃ、生き返る必要が無いのだから。

 

 

 じゃあ……何故。私はヨミガエリを望まれたの? 死んでいないのに。生きているのに。何故生き返ることを望まれたのか。だって、それじゃあ、まるで。

 

 

 

 

――――私が死んだみたいじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「小夜! 小夜!」

「……千暁さん」

 視界が、様々な景色を映していた記憶溜まりから引き揚げられた。屈んでこちらを窺う千暁さんの顔と、その後ろからこちらの様子を見る天音さんや久遠さんの姿に、ようやく自分の状況を思い出す。

 

「……チャーマーズは、逃げたんですか」

「いえ。死ぬ間際に、貴女に記憶溜まりを投げつけて消滅した。思念も一緒に取り込んだから大分消耗しちゃったみたいだけど、大丈夫?」

 立ち上がるよりも先に、そんなことを聞いた。千暁さんはそれに答えてくれて、心配までしてくれる。一先ず、周りには幽者も幽鬼もいないらしい。なら、今のうちに聞いておくべきだと。そう思った。

 

 

 

「千暁さん。私は……私は、生きていますか?」

「えっと……どういう意味?」

「私は死んで……生き返った人間じゃ、ないですか?」

 普段はタレ目気味な千暁さんの瞳が、僅かに見開かれた。そしてすぐに、僅かに細められて、まるで蛇のように私のことを見据える。怒りや敵意ではなく、何かを言い淀むような表情だった。

「……何故、それを私に?」

「もし、そうだとしたら。全部辻褄があってしまうんです。いくつか分からないところもあるけど……でも、全部、繋がる」

 

 

 

 私は、死んだ。記憶溜まりや思念を参照するに、かつての院長先生に狙われて、父母と共に殺害された。

 

 父母と、姉を喪ったと思っていた。けど、実際にはちー姉ぇ(千暁さん)は生きていて、父母と私が、死んだ。

 

 ちー姉ぇは何らかのきっかけ……例えば、悪魔の2人と出会って、辺獄と代行者、そしてヨミガエリのことを知った。

 

 ちー姉ぇは、家族をヨミガエリさせたくてシレンに挑んで。そしてきっと、私だけがまだ残っていて。()しか救えなかったことは、千暁さんから前に聞いたことがある。

 

 その後、院長先生は施設と共に焼けて、死んだ。私は悪魔達と出会って、代行者になった。

 

 代行者としてシレンに挑み始めて程なく、千暁さんに助けられる形で出会って……苗字は仕方なく名乗っているものだから、と名前で呼ぶように言われた。

 今になってみれば、私は不自然なまでに、母親の旧姓を忘れていた。忘れさせられていた、のかもしれない。母親の旧姓は千暁さんと同じ苗字(相楽)だ。

 

 

 私がヨミガエリした人間で、それだけじゃなくて千暁さんは、私の――――

 

 

「まあ、ずっと隠し通せるものじゃない、か……」

「やっぱり、そうなんですね?」

「ごめんなさい。悪意があって隠していた訳じゃないんだけど……でも、逃げていたって意味では、貴女には申し訳が無いことね」

 

 

 

 千暁さんから聞いた話は、辻褄は合うが理由が分からなかった部分を、綺麗に埋める最後のピースになった。

 元々、あの日。出かけた先で襲ってきた強盗は、父さんと母さん、そして私を刃物で殺害した。父さんと母さんは首を斬りつけられ、私は脇腹を刺された、らしい。代行者の印が脇腹にあったのは、記憶が消されても無意識下でトラウマとして刻み込まれていたからだろうか。

 

 そしてシレンをこなし、私だけが間に合う状態で父さんと母さんの魂は再生の歯車へ消えた……そう考えていたが、実際には。私達を残してきてしまったことと、強盗達への復讐心が、彼らを幽鬼に変えてしまったらしい。

 結果、千暁さんは葛藤の末、父母が混じった幽鬼を撃破。そのまま、私だけを対象としてヨミガエリさせることが出来たのだ、という。父母の魂は、千暁さん自身が消滅させたのだから、結果としては当然ではあった。

 

 千暁さんは元々父さんと母さんもヨミガエリさせる必要があったから、私より多くの理念(イデア)を悪魔から要求されていた。それを対価に、私のヨミガエリにある程度追加の要求を下らしい。

 その要求は、ヨミガエリの際に私の記憶を一部書き換えること。つまり、私は今まで千暁さん自身の要求によって、千暁さんが死に私が生き残った、と思い込んでいた。以前、千暁さんとちー姉が入れ替わるような夢を見たが、この辺りが原因なのだろうか。

 

 

「分かりません……父さんと母さんが死んだことを、幼かった私に隠すだけなら分かります。でも、何で自分のことを……!」

「それは……ごめんなさい。私には、勇気がなかった。力がなかった。だから、小夜に私が千暁()だって、打ち明けられなかった」

「勇気……?」

「覚悟、の方が合ってるかも。私は、どんな理由であれ、親を殺した。幽鬼達を殺した。私の手は、とてもじゃないけど綺麗な手じゃなくなっていた……血に塗れた手で小夜に触れたくなくて、ヨミガエリの時に小夜の記憶を書き換えたの」

 

 何を馬鹿な理由で、とは言えなかった。私が逆の立場であったとしたら、多分同じことをしたんじゃないかと思う。それくらい、千暁さんの……ちー姉ぇの考えたことは、私にも分かる。

 私だって思うことが無かったわけじゃない。幽鬼は、既に死人とは言え、人としての記憶をある程度持っている「人だったもの」だ。いくら罪に問われないとは言え、あるいは放置が他の人を危険に巻き込むとは言え、それでもいい気分で倒せる相手ではない。

 

 血塗られた手、というのは正鵠を射た表現だと思う。どんな理由であれ、どんな状況であれ、誰かを殺したのは確かだ。幽鬼は、人の魂の成れの果てなのだから、それを殺したのなら人を殺したことと何ら変わりはない。

 そして、その手で親しい人に触れたくない、汚したくないという気持ちも……何というか、分かってしまう。だから、私はきっと、逆の立場だったら同じことをしたんじゃないかと思う。

 

 

 だけど、それはつまり、逆の立場に立ったらきっと千暁さんも同じことを私に言ったはずだ。それはきっと、千暁さん。いや、ちー姉ぇ自身も分かっているんじゃないかと思う。

 

 

「私は……私は! ちー姉ぇが一緒にいてくれたことが凄く嬉しい。私をヨミガエリさせてくれたことも、代行者として手助けしてくれたことも」

「小夜……」

「だから私は。これからもちー姉ぇと一緒にいたい。ちー姉ぇに一緒にいて欲しい。今までだって一緒にいて欲しかった! だからお願い……もういなくならないで……」

 

 最後の方は、自分でもちょっと何を口走ったのか、考えるより先に口が動いていたから後になっても曖昧なところがある。多分結構小恥ずかしいことを口走った気がするけど……それでも、本心をぶつけられたんじゃないかと思う。

 後悔はない。もっと巧く言葉を選べたんじゃないかという思いはあるけれど、伝えたいことは伝えた。言いながらつい俯いてしまったから、こちらからは顔を見ることが出来なかった。

 

 これと言ったリアクションが無いことに、余計に顔を上げ辛い。きゅっと目を瞑って沙汰を待つが、果たしてどれだけの時間が過ぎただろうか。一分か、十分か、あるいはほんの数秒なのか。

 無限にも思える時間を堪えていると、不意に後ろからぽんと肩を叩かれた。叩き方的には、少なくとも千暁さんのそれではない。ほぼ確実に天音さんだ。

「こいつは勇気を振り絞って伝えたぞ。あとはテメェがそれに応える番なんじゃねぇのか」

「えっ、あ、あの! 私としてはそんな無理に応えても割らなくても大丈夫というか……!」

「いやなんでこのタイミングで日和るんだよ……」

 

 

 

 

「……分かった。確かに、小夜の想いは正面から受け止めるべき、だよね」

「ちー姉ぇ……」

 天音さんのおかげで、張り詰めた雰囲気は一切が霧散した。そのおかげが、ちー姉ぇはゆっくりとこちらに近づいて、おっかなびっくりといった様子で腕を広げ、私の背中へ回していく。

「ごめんなさい。私の我儘で、小夜には辛い思いをさせたよね。本当は、小さかった貴女の側にいるべきだった。それでも一緒にいたいって言ってくれて、ありがとう。後で……合流できるように住所を教えるから、同居の段取りを組ませてほしいの」

「……っ! はい! よろしく、お願いします」

 私からも、ちー姉ぇの体に腕を回して抱きしめ合う。

 

 ああ、ようやく分かった。千暁さんが姉とよく似ていると思った理由が。千暁さんが天音さん達と仲が良いと心がざわついた理由が。隣にいるだけで安心感を覚えてきた理由が。

 

 似ているどころか、千暁さんはちー姉ぇ本人だったから。姉が誰かと仲良くしているのが、幼いころの妹として自分の物が盗まれたような感覚だったから。無意識に、千暁さんをちー姉ぇとして体は理解していたから。

 

 だから私はきっと、今抱き合って泣いているのは、家族の温もりというやつを思い出したからなんだろう。こうして流す涙は、とても温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその翌日。私は、本当に姉を喪った。

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