さて、と重い腰を上げる様に私達は揃って進行方向とすべき方角へ視線を向ける。天井が無い、デパートかショッピングモールのような景色。ここに降り立った時から、違和感を感じる景色が続いている。
違和感を解消したくとも、ヒントが無い。とすれば、私達に取れる選択肢は実質的に「前進」の一択のみ。これまで通りとも言える。
「流石に、ここまでくると幽者一体とっても強いですね……」
「魂の強度がどうたら、って
最後の幽者へトドメを刺した後、肩をほぐしながらのぼやきに天音さんが返してくれた。成程、再生の歯車に近づくにつれて幽者達が強力になっていくという話は聞いていたが、それはつまり
2つ、3つと辺獄に広がる広間を制圧しながら進むうち、気づいたことがある。
1つは、先程まで感じていた違和感の正体は、ここは厳密には商業施設ではないことに気づかなかったから。じゃあ何なんだ、と言われるとまだ分からないが、少なくとも商業施設は主体ではないというのは確かだ。
それともう1つ。ここは明確に「見たことがある場所」だと分かる事だ。具体的にどこがモチーフなのかまで分かる訳ではないが、今までは見たことがあるはずの景色かもしれずともそう思わなかった。これは大きな違いだと思う。
気付いたこと、特に見たことがある場所にいるんだという点を考えると、ここの核を成す幽鬼は今まで以上に私に強いかかわりがある存在だと思われる。同時に、強烈な「嫌な予感」とでも形容すべき予感が私の中で渦巻いていた。
引き返したいという思いと、引き返してはいけないという思いがせめぎ合う。根拠はないが、このまま進めば見たくもない何かを見てしまうという確信めいた予感が、この辺獄の層には満ち満ちていた。
「大丈夫か? さっきから顔色が悪りぃぞ」
「そうですか? 思ったより表に出てしまっていたようですね……と言っても具合が悪かったり寝不足だったりではないので」
「何かを感じ取って、プレッシャーを受けている。そんなところですか?」
久遠さんの推測にコクリと頷く。成程、といった様子の2人は僅かばかりに纏う空気が変わったように見えた。辺獄でそういった現象が起きた時が何を指し示すのか、経験としてよくよく理解しているからこそだろう。
「ま、層のこんな浅い部分で鉢合わせになるとは思えねぇが……前例がない訳じゃねぇからな」
姿見に擬態していた幽鬼や、辺獄中を追いかけまわす羽目になった幽鬼のことを思い出して、同意の頷きを返しながらハルバードを握る手に力を籠める。
思い返せば、割と不意を打たれて物理的に痛い目に合うケースが多かったように思う。そういう時は大抵、嫌な予感がしていたし、逆に言えば嫌な予感がするとそれは結果として現れていたということだ。今回はそれが強い分、一切の油断は出来ないだろう。
新たな広場に踏み入り、幽者と幽鬼の群れを倒す。数多の繰り返しの末にその回数がひとつ増えた所で、それは起こった。
質量さえ感じるほどの
「何なんですか!?」
「ッ、下がれ小夜! アイツは……!」
天音さんの言に一瞬遅れる形で、私もその襲撃者の姿を認める。一瞬、言葉が何も頭に浮かんでこなかった。今この瞬間も、それを認識する事を拒みたい気持ちが邪魔をする。
半透明な、透き通った青色がそこにいた。大男と、それに絡むように存在する大蛇達。
見間違えるはずのない、かつて
異なるのは一か所。かつては主と従の関係であった、主の姿がそこにはいなかった。
「そういうことかよ……趣味悪りぃぜ」
天音さんが舌打ち混じりに機嫌悪く漏らす。全く同意だった。
可能性として、ゼロだったとは言わない。志半ばに、無念と共に眠った魂が幽鬼となるのなら。若くして命が燃え尽きた彼女が、どれだけの未練を抱えていたかなんて、私には想像もできなかったから。
だからこそ、そうであって欲しくなかった。高潔であって欲しかったという話ではなく、私の前に立ち塞がるのなら、それが伴う過程と結果の話として。
代行者と幽鬼という間柄で相対し、久遠さんのような例外でもなければ双方が取れる手段はたった一つだ。互いにとっての外敵として、互いを排除する。ただ、一つだけだ。
「どう戦うか、それはお前が決めなきゃならねぇ。アタシが代わりにぶっ潰すんでもいい。第三者の久遠を頼っても良い。お前が、お前の手で決着を着けることを良しとするのも一つの選択だ」
「天音、さん……?」
「けど、最後に決めるのは他でもねぇ小夜自身だ。ここがお前中心に展開されてる辺獄である以上、お前が一番納得できることを選べ」
「私も同意見です。小夜さんが納得するのであれば、私も文句はありません。殺すべき相手は殺す、と宣言したばかりですし」
「久遠さん……」
飛び退いたことで、位置取りが整った。私の両隣で構える天音さんと久遠さんはしかし、最も重要な選択を私に委ねてくれた。土煙が晴れてもなお、こちらへ飛び掛かってくるような様子もなく対峙の姿勢を見せる、
ハルバードを握る手に汗が溜まるのを自覚した。正解はどれだ? さっきの選択肢に入っているのか、全く別の選択肢なのか? 不正解を選べばどうなる?
ぐるぐると考えが頭の中で暴れまわって、いつも通りの考えができない。何とかならないのか。例えば、それこそちー姉ぇを倒さないで済む方法、とか。そういうハッピーエンド一直線な選択肢はないのか。
私の長考を見抜いたかのように、目の前で何かが動いた。反応出来ない。死が首をもたげて迫りくるのだけが分かって、何もできなかった。目の前で、細長い戦鎚の持ち手部分と光を浴びて輝く純白の刀身が重なり、火花を散らして揺れる。
「痛って……! クソッ! 小夜、しっかりしろ! 選べとは言ったが棒立ちしろとは言ってねぇぞ!」
「無茶な注文でしょう。小夜さん、暫くは時間を稼ぎます。その間にせめて身を守る心積もりくらいは取り戻して下さい」
頭が追い付かない。目の前で
金属同士がぶつかる甲高い音だけが耳に入ってくる。目の前で3人が動き回っているのだけが見える。何と戦っているのか。どうやって戦っているのか。どうして戦えるのか。
分からない。分からない、分からない、分からない。
同じことばかりが頭を埋め尽くす。どうすればいいのか、何を選ぶべきなのか。どうすれば正解なのか、何を選ぶのが間違いなのか。逃げるべきなのか、倒すべきなのか。
「まずった!?」
「小夜さん!」
さっきとは、何かが違う呼びかけ。その意味を知るより先に、気づけば私はハルバードを掲げて目前に迫る刃を受け止めていた。短い合口のそれではなく、鍔のついた立派な日本刀と思しき刀のそれは、初めて見るはずの武器だ。
だというのに、状況もそんなことを考えている場合ではないのに。それがかつて、
「ごめん、ちー姉ぇ」
刃を柄で受け止めたハルバードを、大きく回す様に操る。それが攻守を兼ねた行動だと気付いたのか、大きく飛び退く
「私は。私は、貴女を、