幽鬼と幽者の群れとの戦闘が始まり暫く。全力でハルバードを振るい続けたかいあってか、幽者の数は残り2体といったところだ。幽鬼の方はしぶとく、何度か斬りつけたもののまだ立ち上がってくる。
少しでも呼吸を整えて、幽者達を見据える。少し互いの距離をおいた幽者2体と、更にその少し後ろに幽鬼が連なる。
ハルバードは柄の長さが取り柄のひとつだと思っている。だから、あいつらが射程にこちらを入れる前に、踏み込んでこちらが先手を取る!
「はあぁぁっ!!」
大きく2歩踏み込み、左から右への横薙ぎに刃を叩き込む。疲労した腕が遠心力で僅かに悲鳴をあげるが、気にしない。
刃が食い込み、幽者を煙に変えたのを見た私は、そのまま振り抜いたハルバードの柄を手繰り寄せるように上段から振り下ろす。地面から刃を振り上げる勢いで、一瞬前まで無傷だった竜の幽者を斬り上げた。
「いい加減に……ッ!」
既に4、5回ほど斬りつけて尚倒せなかった幽鬼。今度こそはと言わんばかりに、肩で跳ね上げたハルバードを袈裟斬りに振り下ろした。
『何で認めてくれない……』
まただ。誰かの……いいや、斬った幽鬼の声が私の頭の中へ入ってこようと脳を叩く。
「う、ぐ……出ていけ……!!」
今度は少しでも入れてやるものか。お前なんて知らない、私に入ってくるな!
『俺の仕事だったのに……』
声に耳を貸すことを拒む。どんなに辛そうな声でも、知ったことか。鍵のかかった扉を叩いてくる奴は無法者に変わりはない。
暫く頭を抱えて片膝をついていたが、どうにか頭の中から声を抑え込めてきた。でも、そんな時──
「とどめはしっかり確認すること。厳しめに採点しなくても、30点ってところよ、小夜」
「え、あ……」
いつの間にか私の後ろに立っていた千暁さんが、合口を鞘に納めていた。黒と緑の、蛇の鱗のようなものが表面を覆う鞘は、不気味さと優雅さの同居した不思議な印象を覚える。
それよりも。今千暁さんが武器を納めたということはつまり、とどめを刺せていなかった幽者がいた、ということだ。
「幽鬼の前に斬り上げた幽者が、まだ生きていたの。貴女だけだったら、死んでたかもしれないわ」
突きつけられた事実とそこから派生しえた仮定に、私は項垂れた。こんなミスをしておいて、落ち込まずにいられるだろうか……
「さて……小夜、次のチャンス。次の集団は私がいくわ。油断してたことよりも、私が気にかけてることがあるの。見つけられれば、お説教は少なくしてあげる」
また少し冗談めかした口調でそう言った千暁さんは、次に見つけた広場にたむろする幽者達に突っ込んでいく。
布を被った幽者、竜の幽者。そして薔薇の方は黒い輪っかが乗った幽鬼だ。私ならばまず、竜の幽者をどうにかするだろう。
千暁さんが幽者の集団に接敵し、最初に狙ったのは案の定と言うべきか竜の幽者だった。遠目ながら、懐の合口を一閃したのが見える。
合口を抜きつつの一閃から立て続けに、腰の捻りをそのまま回転力にして回し蹴り。立て続けに背後の布を被った幽者へ合口を突き立てた。
合口を背後の幽者に突き刺すまでの一息の流れから目を逸らす間もなく、千暁さんは更に猛攻を仕掛けた。
彼女の戦闘を見るのは初めてだ。腰に差していた合口のみならず、打撃や投げなどの素手での攻撃が混じっている。
その全ての攻撃は流れるように幽者達を襲い、無駄なく敵の数を削ぎ落としていく。決して一撃で幽者を葬る威力こそないようだが、敵の反撃すら許さない怒濤の連続攻撃に私の目は奪われていた。
「どうだった、小夜? 何か掴めたものはある?」
薔薇の幽鬼に牙のように生成した
無駄を見せない千暁さんの戦闘を目の当たりにした私は、しかし私に見出だされた問題点との相関を掴めず顎にてを当てて考えている。
「うーん、ならまずは、私と小夜の戦闘で何が違ったと思う?」
「えっと……武器が違うからか、私よりも手数が多かったようには思います」
少しおっかなびっくりに答えた私を見て、ほんの少しだけ考え込んだ千暁さんの表情は未だ柔和なものだ。ちょっとだけほっとした。
「じゃあ、次の質問。ハルバードで手数を増やしたかったら、どうすればいいと思う?」
「ええっ……ふ、振る速度を上げる、とかですか?」
千暁さんの表情が少し苦笑いぎみだ。しまった、見当違いの答えを返したみたい……もう一度、考えてみる。
「そ、それじゃあ……私も殴る蹴るを練習する、とか……」
いけない。千暁さんの顔がみるみる真顔になっていく。普段怒りそうにない人が怒ると余計に怖いとよく言うけど、千暁さんもそのタイプの人だ。つまり、怖い。
「……小夜」
「は、はい!」
「貴女に足りないのは、武器への理解よ」
「武器への理解、ですか?」
幾度かしょうもない推測を述べて、ついぞ答えを得られなかった私。半ば呆れたように、千暁さんは答えを教えてくれた。
答えを聞いて、私は思わず首を傾げる。だが千暁さんの方は、最早私の理解が及んでいないことは既に推測済みらしく、気にすることなく続けて教えてくれた。
「私自身、別に武器マニアってわけじゃないから細かな話はできないけど。貴女のハルバードは長い柄、大小2つの刃、鋭い穂先、そして補強された石突がある。そうね?」
言われて改めてハルバードを見つめると、確かにそれらが備わっているのが分かる。いや、今までだってそれは見てきたのだけれど。
何かの翼を模したような大きな刃と、それを小さくしたかのような鉤として使えそうな小さな刃。その間にある、獣の爪のように鋭い穂先。石突きも同じように、穂先より短いながら鋭く尖っている。それらが、身の丈ほどもある長い柄に集っている。
「貴女はさっきの戦いで、大きな刃と穂先を、両手で全力で振るって戦っていた。それは自覚している?」
戸惑い気味に首肯する。長い柄を生かして遠心力の乗った刃と遠くまで届く穂先をメインに据えることに、何か問題があったのだろうか。
「ひとつ聞くけど。疲れない? 毎回100パーセントの力で武器を振るの」
「そ、それは疲れますけど……もしかして」
「例えば私の合口でも、両手で持って思いっきり振ることは勿論できる。けど、小夜に見せたなかで、そんな振り方をしたのは何回だったか覚えてる?」
多分……ほんの1、2回くらいだった気がする。蹴りにしたって、威力の問題があるから比較的強めの蹴りが多かったが、それでも牽制の方が多かっただろう。
「というわけで。小夜には今後、ハルバードの扱いを常に考えてもらうからね」
「でも……そんな余裕あるんでしょうか。院長先生の魂が再生の歯車にたどり着く前に、魂を見つけて
具体的に、どのくらい猶予があるのかは分からない。もしかすると、四十九日なんて言うくらいだしそのくらいは猶予があるのかもしれない。
しかし、期間も道のりも知らない私には、急がない理由はない。
「そうね、あまり余裕のあるスケジュールではないと思う。でも、だからこそ、よ」
私の不安を取り除くかのように、千暁さんは私をしっかり見て、優しく告げる。
「急がば回れ。戦闘力に余裕があれば、それだけ一度に先に進める。それにね、何か常に考える課題があれば、心を乱す何かがあっても帰ってきやすくなるの」
千暁さんの言ったことの、前半部分は言われて納得できる。しかし、後半はよくわからなかった。
千暁さんの言葉に問いを返そうと思ったけど、私達は通路を歩き終えて広間に差し掛かる。
今までの法則でいけば、そこは幽者達がたむろしている可能性が高い。私達は話すのを止めて、各々いつでも敵を攻撃できる体勢を整える。
「……これは」
「誰もいない、ですね」
広間はそれなりの広さがあった。2車線道路がある交差点くらい、といったところか。
そんな広々とした場所だが、不気味なくらい何の気配もしない。幽者や幽鬼にも人とは違うが独特の気配があるけれど、それもなかった。その代わりと言うべきか──
「奥の広間……何かいる、んですかね?」
「もうあの気配が捉えられるの? 思ったより、代行者の素質があるのかしら」
まるで、黒い霧でも流れ込んできているかのような禍々しい雰囲気を、広間の向こう側から感じる。
幽鬼にさえ余裕のある雰囲気だった千暁さんも、いつもの柔和な表情は潜み、代わりに歴戦の剣士か、蛙を睨む蛇のような視線で奥を睨んでいた。
「千暁さん……」
「小夜。この先に進むなら、覚悟しておいて。この先には、幽鬼がいる」
「幽鬼……?」
「そう。今までの幽鬼とは、別格の……この層で一番強い幽鬼が」
固唾を飲んだ私は、ぎゅっとハルバードを握りしめて。広間と広間をつなぐ通路を、その先にあった階段を、降り始めた。
その先にいる幽鬼がどんな存在か、この時はまだ、何も知る由がなかったから────