CRY'sTAIL   作:John.Doe

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悪魔のジレンマ-5

「なぜここに、とは察しが悪い。あるいは、見るべきものを見ていないだけか」

 

 

 そんな言葉と共に振り上げられた巨大な戦斧の一撃を、辛うじてハルバードで受け流す。後ろへ飛ぶことで衝撃をどうにか逃がし、しかしそれによってターレス(ちー姉ぇ)との間に突如現れたチャーマーズが陣取った。

 

 確かに、屠ったはずだ。この手で打ち倒し、消滅したと確かに聞いた。幽鬼がいかに常識と外れた存在とは言え、消滅した(死んだ)ことを覆すことは出来ない、はずだ。

 では、見るべきものを見なかったのが正しいとして。一体何を私は見なかったのか。何を見るべきだったのか。手がかりも無ければ心当たりもない。とすれば。

 

「……まだ切れる札を持っていた。そういうことですか」

「無論。飼い犬に無策で手を噛まれようなど、親愛の情ではなくただの阿呆であろうが」

「飼い犬だぁ? 随分とまあ吹っ切れた物言いだな」

「ハ、隠す必要がなくなったからな。半世紀近くも猫を被っていた反動かもなぁ」

 私のことを飼い犬と評したことは一切否定せず、チャーマーズは嘲るように答えた。

 

「ふん、しかし余裕だな。余所見をする余裕があると」

 そんな一言が聞こえたと思えば、目の前でゆったりと構えていたはずのチャーマーズが消える。半ば無意識に、地面を強く蹴って飛び退きながらハルバードを体の前に掲げるように構えた直後、視界が一気に飛び去った。

「小夜さん!」

 直撃は避けた。とはいえ、綺麗に着地できる程の余裕が無く、肩や背中を2、3回程地面に打ち付けた後にようやく止まることが出来た。多分代行者の加護が無ければ動けていないだろう位には痛い。

 

「大丈夫、です。それより……やることが増えました。目の前に集中します」

 半身を引き中段にハルバードを構えて、倒すべき敵(やるべきこと)を見据える。彼が敵であることに変わりはない。記憶溜まりで見たことが正しいのなら、私にとって親しい友達を計画的に奪ってきた仇敵でもある。

「少なくとも、ヨミガエリをさせる訳にはいかない相手なのは確かです。私の邪魔をするなら……倒すだけです」

 チャーマーズを挟んで向こう側にいるターレス(ちー姉ぇ)の動向を気にする必要はあるだろう。気にするものが多い状態で戦うことには不安があるが、贅沢を言える状況でもない。

 

 

 軽く膝を曲げ、浅い呼吸を挟んで地面を蹴る。刺突は、チャーマーズの武器(戦斧)と技量を考えると弾かれて隙をさらす可能性が高い。狙うは鉤刃による小振りな一撃。

 足元を狙ったコンパクトな斬り払いはしかし、戦斧を地面に突き立て壁にされたことでかすり傷さえつけられない。

「まだっ!」

 魔法に使えるだけの魔力はまだ溜まっていない。けれど相手の防御もまた、私の攻撃に対して過剰な隙を孕んでいる。戦斧を引き戻すよりも早く、柄を捻るように、滑り込ませるように操り、穂先をチャーマーズの腕へねじ込んだ。

 

「私はもう1人(千暁さん)に備えます。お2人はそいつを!」

「任された!」

「頼みます!」

 一合の攻防の隙を突き、久遠さんが脇をすり抜ける。と同時、引き戻されようとした戦斧を天音さんが戦鎚で叩き僅かな時間を引き延ばした。その引き延ばされた時間に、私は再度鉤刃による一撃を。天音さんは足の防具に備えた鉄の爪を。それぞれが最小限の動きで叩き込む。

 

「無駄なことを!」

 最小限の動きによる攻撃は、如何に代行者としての加護があったとて相応の威力しかない。チャーマーズへまともなダメージを与えることもなく、強引に横薙ぎされた戦斧を躱す為に後ろへ飛び退かされる。

 

 

 分かってはいたけど、やはり辺獄の核となる幽鬼の中でも格別に強い。久遠さんもそうだけど、理性的に攻撃と回避や防御をしてくる相手というのは、私にとって不利極まりない。なんせ戦闘どころか運動からも遠ざかった生活だ。

 代行者の加護が如何に強烈な補正をもたらしているのかを自覚しながら、飛び退いた距離をどうやって詰めるか目を凝らす。実際の時間にしてゼロコンマ数秒を挟んで、前へと跳ぶイメージと共に駆けだした。

 

「切り裂くッ!」

 水銀のような、白と銀の入り混じった魔力がギロチンの刃のようにチャーマーズへ迫る。天音さんの放った魔法(スペル)攻撃だ。初めて見る攻撃だが、天音さんらしく機能だけを追求したシンプルな攻撃形態。

「はっ!」

 単純な斬撃ではなく、魔力による攻撃は流石に直撃を看過できないらしい。チャーマーズが回避行動に入るのを捉え、影から抜け出す様に斧刃による斬撃を振るう。地面を踏みしめると同時に出現した魔力の壁に阻まれ、不発に終わった。

 

 

「クソ、まともに通りゃしねぇ!」

 戦鎚を弾かれたたらを踏みながら、天音さんが漏らす。私の攻撃もチャーマーズの攻撃も、何れも有効打らしい有効打足りえないまま打ち合いが続いて、消耗戦の様相を呈してきた。

 強い幽鬼との戦いは大体消耗戦になるが、それはつまるところ精神的に追い詰められることを意味する。既に集中力なんかは大分辛い。

 

「千日手ですか……どうでしょう。先程の問いへの目安はつきましたか?」

「ッ、その、口調でッ!」

 突如として切り替えられた敬語調。院長先生としての口調(あからさまな挑発)はしかし、自覚できるほど疲弊している私を乗せるには十分だった。

 理念開放と共に一息に懐へ踏み込み、今までの様子見が混じったものと真逆の首を落とす為(一撃必殺)の斬撃を振るう。ターレスによる追撃を含めた二重に首を獲る為の斬撃は、初めて有効打らしい有効打としてターレスの表皮を切り裂いた。

 

 

「やる気が出てきたみてぇだなぁ! 貴女は昔からそうでした。温和なように見え、自分の中にある一線を越えた者には誰であれ容赦しねぇ! 貴女の本性と向き合う時が来たのですよ。お前が目を背けてきた事実と一緒になぁ!!」

 

 攻撃を受けた途端、戦斧で私の追撃を潰しながら、ご丁寧に一句一句口調を切り替えながら私を煽り立てるチャーマーズ。余裕があるからそうしている、としか見えない行為に、ハルバードを握る手に力が入るのが自分でもわかった。

 

「そうとも! 全てこの私が仕組んだことだ! お前の友人も親も、私の差し金で死んだんだよ! 姉がお前を庇うとは予想外だったがな」

「なんで今更……!」

「答え合わせは必要でしょう。薄々感づいてはいたのでしょう? あの施設が身寄りのない子供を()()()いる施設だということくらい」

 

 黒い魔力の旋風を纏った戦斧を振り回すように操りながら、チャーマーズは嗤って言った。ああ、やはりか、とまるで他人事の様に、冷静にそれを理解したことに自分でも驚く。

 今までに見た記憶溜まりでの光景で、そうだろうなと思っていたからだろうか。勿論、許すつもりはない。沸々と、薪をくべられた焚火が勢いを増す様に、ほの昏い怒りが湧き上がるだけだ。

 

 意図が読めない不気味さを怒りが上回り、煽り立ててくるチャーマーズへ連続で攻撃を仕掛け続ける。斬撃、刺突、そしてターレスによる追撃のいずれも傷を負わせるには至っていないものの、理念開放の恩恵もあり足を止めさせるには十分な威力と頻度ではある。

「っらぁ!」

 足を止めさせ、こちらへ意識を釘付けにすれば私には仲間がいる。天音さんが横合いから強襲をかけ、戦鎚がまともにチャーマーズの横腹を打ちつけた。体格の差もあり一撃で倒す、というには至らないものの、ダメージとしては十分に過ぎる一撃だった。

 

 

「ぬ、うぅッ……邪魔だ!」

 想定通りに事が進まない状況に腹を立てたのか、右足で強く地面を踏み抜くチャーマーズ。戦斧の動きに気を付け――違う!

「く、ぅ……ッ!」

 足元が昏く染まったことを認識した瞬間、辛うじて後ろへ跳んだ私を衝撃が襲った。今まであまり魔力主体の攻撃をしてこなかったから、一瞬読み遅れた。

 全身を炎で焼かれているかのように痛む。昏い色合いもあるし、地獄の業火に焼かれたのだろうかと本気で思う。滲む視界でどうにかチャーマーズの巨躯を見つけ、睨もうとした。

 

 

 その瞬間。

 

 

「ぐ、お……!?」

 

 

 巨大な魔力の塊が蛇を模り、チャーマーズの下半身を飲み込むように突き上げていた。

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