「ぐ、お……!?」
チャーマーズの下半身を飲み込んでいた魔力の大蛇は、当然の権利の様に備えた巨大な牙でチャーマーズを貫いていた。
私達を含めて、完全に不意を突いての強襲だった。魔力による攻撃で全身が痛んでいた中でも、その強襲ははっきりと認識できたし、驚愕でしかなかった。蛇を模る攻撃なんて、この場にいる中でたった1人しか使わない。
「千暁……?」
天音さんも同じ結論に至ったのだろう。私より数瞬先に飛び退いた彼女が、崩した体勢を立て直しながらチャーマーズとは別の方向――久遠さんとちー姉ぇが戦っていたはずの場所を向いていた。
地面に打刀を突き刺した体勢でチャーマーズを見据える
「くっ、麻痺の呪縛か! 抜け出せん……! ふざけるなっ、こんな、こんなことで……!」
もがくチャーマーズにびくともしない魔力の大蛇。むしろ暴れれば暴れるほど、太い牙が身体を痛めつけている様子。加えて牙による麻痺の呪いがチャーマーズの動きそのものを鈍化させているようだ。
無感情な瞳でそれを認めたターレスが、地面に突き立てていた刀を抜き放ち、軽く払うように振るう。直後、大蛇がチャーマーズを捕らえていた顎を呆気なく閉じた。
あまりにも、あまりにもあっという間に呆気なく、断末魔さえ残すことなくチャーマーズは消滅してしまった。一度倒すことにさえ苦戦し、どういった絡繰りかもう一度現れ、倒せるかどうか怪しい力量を見せた相手を、あっさりと。
近くにいたせいだろうか。チャーマーズのものと思われる思念が流れ込んでくる。昏い昏い宵闇のような景色を抜けると、そこには血の赤が広がっていた。
『どうしてこうなってしまったんだ……ええ? 教えてくれよ……』
抱え上げたのは、冷たい何か。何か、としか言いたくない「モノ」だった。既に大切なものをひとつ喪って、それでもまだ自身から奪おうと言うのか。まだ小さかった命を奪っていった
どれくらい泣いていただろう。気づけば、雨が降る河川敷を濡れるがままに歩いていた。違う服を着ていたことで、ようやく何日か跨いで無意識だけで生活していたことに気が付いた。
側をレインコートを着た子供たちが走っていった。走っていく先を目で追っていく。黒い火種が、胸中で燻っていた。
街中で、学校の近くを通った。子供達の笑い声が聞こえた。黒い火種は確かな炎となった。
街頭のテレビが親子にインタビューしていた。仲睦まじい様子で答えていた。黒い炎が広がり始めた。
届いた朝刊に、溺れた子供を助けたことで表彰された男が載っていた。助けた子供と共に笑って写っていた。黒い炎は周りの物を巻き込んで燃え始めていた。
もはや消せない炎として胸中で吹き上がる炎が自分を狂わせていることを自覚していた。ただ自覚しただけで、止めるつもりもなかった。
死神が理不尽に無作為に奪っていくというのなら。奪われた側が死神になったとて、どこに不思議があろうか。
悪たる行いではあろう。天国には召されず、死後に大切な誰かと会うことは叶わぬだろう。ああ、けれど。
この炎を灯した
世を呪い、人を呪い、神を呪おう。
俺には、それが出来る。恨むなら恨め。俺は世界を恨んだ。お前達を恨んだ。幸せを恨んだ。お前達にも、それを教えてやる――――
呆然と大蛇とチャーマーズが消えた辺りを見ていた、のだろう。物音が耳に入ってようやくそれを認識して、慌てて音源の方向を探る。そこには、膝をついている久遠さんと、戦鎚の柄を握りしめる天音さんがいた。
チャーマーズに吹き飛ばされた体勢のままだった私も、流石に状況を改めて認識して、どうにかハルバードを支えに立ち上がる。久遠さんはずっと1人でターレスを抑え続けてくれていたのだろうし、これ以上は限界だろう。
「ちっ……中途半端に自我が残ってやがるのか。やりにくいったら無ぇ」
「天音さん? どういうことでしょうか」
「極論今まで見てきた幽鬼と変わりは無いさ。生前の未練を持って
いつにもまして鋭い目つきで幽鬼ターレスを睨みながら、天音さんはそう答えた。額面通りの意味ではない、あるいは多少なりとも他意を含んだ言い方だった。
それが私の自惚れでなければ……天音さんの言う「未練」とは、きっと
勿論、そこについて分からない事も、ある。何故ヨミガエリさせた後、私の前からいなくなったのかとか、何故私の記憶を弄ってまで自分の痕跡を消したかったのかとか。
問い質したいことはあるが、それもこれも決着を付けなければどうしようもない。少なくとも、理性らしい理性を見せない状態ではそうなるだろう。
そして、たった今生半可な覚悟で挑んで勝てる相手ではない、ということも見せつけられた。チャーマーズを一撃で屠った以上、代行者相楽 千暁と比べて幽鬼ターレスは相当
「小夜。今更だが、覚悟は出来てんのか?」
「せざるを得ません。誰にも譲りたくないですから」
天音さんと横並びになり、武器を構える。天音さんと反対側には、呼吸を整えたらしい久遠さんも武器を構えていた。
「妹という立場は分かっているつもりです。邪魔はしません、心のままにどうぞ」
「……助かります」
思えば、奇妙な縁が続いてきたと思う。
辺獄に来たばかりで覚悟が足りなかった私を何度も助けてくれた千暁さん。
きっと向こうは最初から気づいていたのだろうけれど、ちー姉ぇと同一人物であると気付くのは大分遅れてしまった。
その千暁さんと共にかつて辺獄を駆け抜けて、喧嘩ばかりしながらも息ぴったりな様子を見せる天音さん。
2人と因縁があり、私と同じ施設にいたことがあるという
幽鬼の姫を追っているという、私と同じで姉がいるらしい久遠さん。
私が辺獄へ来る目的であり、来た元凶であった男……
そして、私が辺獄で出会ってきた
皆が皆、どこかで繋がっていた。繋がってしまっていた。
誰かが涙を流して、その先にまた別の誰かの涙があった。
きっと私は。辺獄に訪れた私達は、涙で物語や絆というものを紡いでいくのだろう。それはきっと悲しいことだけど、そんな悲しいことをどこかで断ち切る為に私達はいるんじゃないかと思う。
もし。もしも私達がここで涙の連鎖を断ち切ったとして。それが終わりの涙になるのならば、始まりの涙は誰が流したのだろう。
紡がれてきた涙の筋を辿れば、最初に泣いた誰かに辿り着けるのだろうか。きっと果てしない旅路になるし、辿り着いても何かを得られる保証はないけれど。
それでもきっと、ここで涙の連鎖を断つことには意味がある。だから――――
「今度こそ」
最初は見知らぬ誰かに奪われて。その次は、無理が祟って。私達はこうして、三度目のチャンスを得た。だから、今度こそ。決意を態度で示す様に、ハルバードの穂先を突きつける様に構えて。
「今度こそきちんと、お別れしましょう。ちー姉ぇ」