結局、最初に幽者達のタフネスを再認識してから、都合5度程戦闘を挟んで私達は
姿見を見つけ、私達は現世へと戻ってきた。久遠さんも再生の歯車を擁するエリアから撤退したと思われるので、各々明日までに少しでも身体を休めることが出来るだろう。特に経験が浅く疲労の濃い私は、気合を入れて疲労を抜かねばならない。
代行者のドレスのような装束から普段の私服に切り替わると同時に、視界が自身の賃貸住宅に戻ってきた。すぐにでもベッドに体を投げ出したいが、それをしたら確実に今晩か翌朝かにひどい後悔をすることが目に見えている。
ベッドへ行かせろと喚く身体を無視しながら、押し入れの普段あまり手を付けない箇所へ手を伸ばす。少し埃を被ってはいるが、それなりに掃除はしている場所。そこから、一冊のアルバムを抜き取って襖を閉めた。
手に取ったアルバムには、題名も日付も入っていない。時間の流れによる傷や汚れだけが、このアルバムが唯一無二のものであると証明していた。
このアルバムは、かつて施設に私が入ることになった時、金銭的な価値が無いからと例外的に持ち出すことを認められた、家族唯一の遺品だ。その他のものは、家屋等を含めて相続を放棄せざるを得なかった。と言っても、相続を放棄したことを知ったのは随分後だったが。
まあ、相続をしたとしても、家を維持することも出来なければ相続税を収めることも出来なかっただろうし、結局遅かれ早かれ手元を離れていたと考えれば気は楽だ。アルバムを同情の念から持たせてくれただけでも感謝すべきことだと思う。
アルバムを開けば、少し黄色く変色した台紙に、規則正しく写真が納まっていた。父の姿はあまりない。時折、誰かに撮ってもらったと思しき写真に写っているのと、
快活に笑う母と、母に抱えられる小さい頃の私やちー姉ぇ。これが、アルバムの写真の大半で写っている人だった。背景は、旅行先のものから、学校の行事の時等多岐に渡っている。
「……ちー姉ぇも、私も。お父さんの写真を撮ろうって躍起になってたなぁ」
父はよくカメラを持って出かけていた。ドイツからやってきたカメラなんだ、とよく教えてくれた。記憶を頼りに調べたことがあって、小柄な割にかなり高額なことに驚いた記憶がある。
デジタルカメラ全盛期において、
「お母さんは相変わらず同じ顔で笑うなぁ」
母は、私達を抱きかかえるように毎度の様に写真に納まっていた。そしてその中で、楽しそうに、どの写真でも同じ笑顔を浮かべて笑っていた。作り笑いではないと思えるあたり、きっと父はこの笑顔が好きで、タイミングを狙って撮ったのだろう。
母は喜怒哀楽が分かりやすい人だった。大らかに笑い、大げさに泣く。そういう人だったと、子供ながらに思う。寡黙気味な父と真反対であった。何事にも真剣で、父と私達に大きな愛情を注いでくれた人。
「……私、この頃からこんなに目つき悪かったんだ」
写真に写る私自身は、今と変わらず睨むような目つきが多かった。小さいころから視力が悪かった私は、眼鏡をし続けることに耐えきれず裸眼でいる時間が多かった。
裸眼で、つまり視力の落ちた状態でいる事が多かった私は、自然と目を細め睨むような形で視界を確保することが多かった。それが私の当たり前になって、今の目つきの悪い顔が出来上がった、というわけだ。
「ちー姉ぇ……」
無意識に、目を背けていた。直視できなかった、目的の人物。私がヨミガエリの芽さえ摘んでしまった人。今、一番会って話をして声を聴きたい人。写真の中で穏やかに笑う彼女は、辺獄で会った時と同じ優しい瞳をしていた。
私達は、大人しさという意味では父の面影を色濃く受け継いだ。インドアの趣味が多いことは、母譲りだろうけれど。家族そろって本を読むことが好きで、ちー姉ぇと同じ本を開いて魅入ったり、読んだ本の情報を交換したり、それがとても楽しかったのを覚えている。
父も、母も、姉も。全員、既に会うことは叶わない。皆それぞれとかけがえのない思い出があるし、会えることなら会って話をしたい。その中でも、姉、ちー姉ぇは知らずの内に最近まで話をしていたこともあって一際その思いが強い。
話す機会を得る、最後のチャンスを私は自ら破壊した。姉に恨まれているとしても不思議ではない。あるいは姉としての慈愛で妹の行為を赦してくれるのかもしれないが、いずれにしてもそれを知ることは叶わない。それが怖くて、私は直視できなかった。
「私は、もう逃げない」
――――ありがとう
たった一言。それだけが聴こえて、思念は固まった糸が解けるように私の中へ消えてゆく。含められた様々な意図を掴みあぐねて、私はその様をただ茫然と感じ取るしかできなかった。
「何で……」
好意的な言葉だったとしても、気にしないでとか、許してあげるとか、そういう言葉だったら、まだ分かる。だが、謝礼の言葉は想定していなかった。
『んなもん……おめぇ、アタシに聞くにゃ筋違いだろうが。けどまあ、分かるにゃ分かる』
ほんの少し怒りの混じった、呆れた声。分かって当然だろうと言外に言われたような気がする。そんなに分かりやすいこと、なのだろうか?
『逆にお前が分かんねぇってのも、まあ分からんでもない。お前達はちょっと特別だしな』
「特別?」
『不幸な話ってわけじゃないが、お前は小さい頃、他の奴が当たり前に手に入るものを受け取れなかった。それによって得たモンだってあるだろうが、まあ今回はその受け取れなかったモンが重要だってことだな』
受け取れなかったもの。物理的な、形のあるものではなく、概念的なものの話だ、ということは分かる。が、具体的にそれが何であるか、ということについては分からなかった。
「その、受け取れなかったもの、というのは?」
『誤解を恐れずに言えば、所謂家族の繋がりってやつだな』
「それは……」
『お前は家族の繋がりを得られなかった。代わりに義兄弟の絆なんかを得たのかもしれないが、貴賤はなくとも本質は別物だってことに違いは無ぇ』
言葉を選ぼうとして、やめた。そんな気配を天音さんからは感じられた。それを避けては話せない事だ、ということか。あるいは、もっと別の理由か。
兎も角、天音さんは私が持っていないもの。家族の繋がりに、答えがあると言った。確かに、物心ついてからは施設にいる方が長い私にとっては、知識としてしか知らない概念ではある。
それを持っていない、と当人に突きつけた天音さんのメンタル負荷がどれだけのものだったかは今のところ棚上げさせてもらうとして、そうなるといよいよ私が答えに辿り着くための手がかりは無いのではないか。
「えっと。大変申し上げにくいのですが」
『ここまで言えばお前が分からんってことくらいは分かるよ。まあ、そうだな……癪だが、
「……天音さんも結構、抽象的な言い回しが好きですよね……」
『しょーがねーだろ、この件についてはこうとしか言いようが無い。ついでに、アタシも姉貴分って呼べる人はいても、姉貴も兄貴も、何だったら妹も弟もいねぇんだから』
不意に天音さんが所謂一人っ子である、と判明したのを皮切りに、他愛もない雑談を挟んで通話は切れた。
それが天音さんなりの、無意識に凹んでいた私へのメンタルケアだった、と気づいたのは通話が切れた後の話だったけれど。