CRY'sTAIL   作:John.Doe

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交わるアポステリオリ-3

 千暁さんの警告を受けて、私は最大限注意を払いながら階段を降りていく。そして、そこにはたった1人の──少女が立っていた。

 

 

 

 

 

「千暁さん」

「油断したら駄目。見えるでしょ、頭の輪。少女のような……人のような見た目は、魂が完全に近い、強い幽鬼」

 私の微かな動揺を見逃さなかった千暁さんが、改めて私に忠告した。後ろから感じる千暁さんの気配も、より鋭く尖る。

 要所に防具のついた黒いゴシック調のドレス。そしてそれと対照的な透明感のある白い長髪の少女は、こちらに背を向けて立っていた。その腰には、ドレスと同じ漆黒に染められた、鳥か何かのような大きな翼が一対備わっている。

 広間に足を踏み入れた私達の気配を感じ取ったのか、ゆっくりとこちらを振り向いた。透き通るような、あるいは生気を感じないほどの白さの肌。そしてその手には純白に輝く片手剣が握られている。

 

「貴女達……そう。言っても退いてはくれそうにないのね、特に後ろの貴女は」

「幽鬼を見逃す理由があるとでも?」

「そうね、私が如何に特殊でも……貴女には関係のない話。だから──」

 鮮やかなオレンジの瞳が私達を──特に千暁さんを射る。足が竦みそうになるほどの鋭い視線。

「逃がしてもらうわ。貴女達を殺してでも。だから……上手く躱して」

 少女の幽鬼は、手にした片手剣を半身引くように構えて。私達へ矢のように突っ込んできた。

 

 

「小夜、下がって! この幽鬼は貴女の手に負えるレベルじゃない!」

「そんな……!」

 黒い少女の幽鬼の一閃を、千暁さんが合口の鞘で受け止める。刹那の押し合いの後、鞘で受け止めたまま抜刀、一閃したのを幽鬼は後ろへ跳んで躱した。

 下がれと言われたことは悔しい。でも……このレベルの戦いに踏み入れないことを、私自身嫌と言うほど理解してしまったことが、もっと悔しい。

 

 私の歯痒さと関係なく、戦闘は進む。

 一拍の睨み合いを挟んで千暁さんが幽鬼に斬りかかる。袈裟懸けに襲う刃を純白の剣で受け流し、引いた半身をバネに刺突を繰り出す。受け流された勢いを利用して、千暁さんは前に転がりこんでどうにかこれを躱した────

 

 

(駄目……これは、ついていけるレベルじゃない……でも、私達なら)

 

 

 代行者の戦闘は何も近接戦闘だけではない。私は2人の意識がこちらにない内に、密かに魔力を練る。攻撃に必要な魔力が練り上がり、後は待つだけ。幽鬼が隙を見せ、千暁さんが巻き込まれない位置にいるその瞬間を。

 

 幽鬼と千暁さんの幾合の斬り結びの末、ついにその瞬間は訪れる。千暁さんの蹴りを屈んでやり過ごし、反撃の一閃が千暁さんの体勢を崩した。そこへ追撃しようとした、その一瞬。

 

 

「やらせない! 灼熱の息吹(ドラゴンブレス)!!」

 

 

 練り上げた魔力は、ハルバードの穂先から火球となって放たれる。そのまま黒い少女の幽鬼にぶち当たり、爆発。炎が竜巻のように舞い上がる──

 

 

 

「え……?」

「避けて小夜!!」

 

 

 

 私の放った火球は、着弾すれば単に爆発を起こすだけだ。竜巻のような挙動を起こすはずはない。

 何が起こったか分からない混乱は、私の反応を鈍らせた。炎の竜巻を吹き飛ばしながら、幽鬼がこちらへ迫る。

「行きますよ」

 右腕を左半身側へたわめた彼女の一言が、私の恐怖を煽る。そのまま体を捻り、所謂回転斬りとして私を襲った。

 

「っ、ぐうぅ……ッ!」

 視界が飛んで、回った。自身が地面を転がっていったと認識できたときには既に私は倒れ伏していて、身体中が痛みを訴えてくる。

 辛うじて、ハルバードの柄で受け止めるのは間に合った。でも、間に合っただけ。魔力による強化を行った回転斬りだったようだ。武器ごと叩き斬られなかったのは、ある意味奇跡だったかもしれない。

 どうにかハルバードを支えに立ち上がると、吹き飛ばされる前に私が立っていた辺りで、やはり千暁さんが立ち回っている。

 

 

 私は、あの幽鬼に隙を作ることさえ出来なかった。

 

 

 そんな落胆が私から立ち上がる力すら奪っていく。片膝をついて、倒れこまないのが精一杯だ。それに思ったより、吹き飛ばされたダメージが大きい。

 

 私を置き去りに、2人の戦いは激化していた。私への竜巻や回転斬りを皮切りに、双方魔法(スペル)攻撃や強化(アーツ)攻撃を解禁したらしく、疾風のごとき連撃や派手な大技の応酬になっている。

 追尾する羽根を魔力の投げナイフが打ち落とし、跳び蹴りから続けて放たれた肘を難なく躱せば剣閃の嵐が吹き荒れる。魔力で瞬間的に強化された強烈な斬撃を、刀身の根本で受けて強化した掌底が杭打ち機のように襲いかかる。

 

「キリがないですね……そろそろ、私も行かなければならないのですが」

「貴女が行けるのは輪廻の輪の中だけよ」

 互いに後ろへ跳んで睨み合いながら、警戒は一切解いていない。じりじりと焼けつくような時間が流れ、ほんの一拍ほどの時間が永遠に引き伸ばされたような緊張感。

 ただただ千暁さんの邪魔にならないよう見ていることしかできない自分が恨めしい。どれほどの研鑽の果てに、私はこの2人に並び立てるのだろう?

 

 

 

 そして。永遠にも感じた須臾の間はついに動き出す。魔力で形作られた蛇の牙を、駆けながら振るわれた純白の剣が叩き折る。そのまま千暁さんへ襲いかかる刃を合口で受け止めた──が。

 

「なっ……!」

 驚愕の声を漏らした千暁さん。見ていた私ですら意表を突かれた。打ち合わせた刃は刹那の間を持たず引かれ、千暁さんの脇をすり抜けていったのだ。

「私はこれで。もう逢うことがないと願いましょう」

 合口で受け止められたのは、向こうの意図通りだったんだ。そう気付いたときには既に、黒い少女の幽鬼は浮いている一軒家のような建物を足場にして立ち去ってしまった。

 追いかけようにも、ワープするかのように消えてしまったのでは追いようがない。千暁さんも諦めたようで、疲れからかその場に腰を落としてしまった。

 

 

「あの幽鬼……ただの幽鬼じゃなさそう。強さだけじゃない、もっと別の『何か』が……」

「すみません、私何も出来なくて……」

「小夜が気に病む必要はないわ。貴女は貴女にできることをした。普通、こんな浅い階層にあそこまでの幽鬼は……いいえ、そもそもあんなに強い幽鬼を見たのは私も初めて」

 

 千暁さんは私のことを責めはしなかった。けど、やはり無力感は私には悔しさを刻み込む。気付けば結構な力でハルバードを握っていたようで、掌が真っ赤になっていた。

 千暁さんはあの幽鬼の正体に全く心当たりがないようで、考え込んでいたかと思えば私に疑問を振った。

 

「小夜はあの幽鬼がとった姿に見覚えはないのよね?」

「ええ……施設でも見かけた記憶はありません。名前でも聞ければ、心当たりはあったかもしれませんけど……」

「名前……はあまり意味がないかも。幽鬼としての名前は、現世での名前とは違うから。どっちも名乗る幽鬼もいるけど」

「そもそも、あの姿って現世での姿と似通うものなんですか?」

「魂がヨミガエリに近くなれば、ね。それに辺獄は一定の形ではないの。基本的に、代行者に関わりの強い場所が元になって辺獄の層を形成し続けることが多いみたい」

 

 

 それからしばらく、そのまま辺獄のレクチャーを受けつつ道を歩いていた。

 今いる層を形作っているのは、私が普段住む町が元とみて間違いないだろうこと。深い層に行けば行くほど、立ち入った者にとって深く記憶に結び付いた場所になりやすいこと。

 そしてそこにいるボスのような幽鬼もまた、その記憶に深く結び付いた幽鬼であること。

 

「辺獄は、言わば歩ける走馬灯みたいなものかも。だから、そこをさ迷う幽鬼や幽者にとって、別の景色に見えている可能性もある」

「それって、今私達は臨死体験みたいなことになってるってことですか?」

「その答え合わせはお互いもう少し先になりそうね。でも、歯車へ……転生の為の場所へ近づくって意味ではそうかも」

 

 

 あんな激闘の後だからなのか、私も千暁さんも少し脱力気味に会話が弾む。私のお姉ちゃんが生きていれば、お姉ちゃんともこんな風に話していただろうか。今更だけど、死んだ姉と偶然同じ名前だからか、そんな風に考えてしまう。

 

「小夜、大丈夫? また顔色が悪いわ」

「あ、いえ……死んだ姉のことを思い出してしまって。同じ名前なんです、千暁さんと。失礼かもしれないんですけど、お姉ちゃんが生きてたら千暁さんみたいに素敵なお姉ちゃんだったのかなって」

 千暁さんの表情が少し曇ったのを見てしまって、やはりこんなことを話すべきではなかったかなと少し後悔する。

 

「あ、ごめんなさい。嫌だったわけではなくて。私が本当に、貴女の姉でいられればと思っちゃって」

 少し放っておけないのよね、と付け足して、苦笑いを浮かべる千暁さん。

 本当は、千暁さんをいっそ千暁お姉ちゃんなんて呼んでみようかと思ったけど……何故か、そうしては取り返しがつかないほど後悔する気がして、そっと胸の内にその考えをしまいこんだ。

 

 

 

「……鏡? 」

 あの黒い少女の幽鬼以降、幽者1体も見かけなかった私達の前に、1枚の姿見がぽつんと立った場所が姿を表した。

「あの鏡が、この層の最後を示す言わばゴール地点よ。層によってはこれが何度かあるけど、この層はここで終わりね。お疲れ様、小夜」

 ……そういえば、千暁さんと初めて会った場所でも、幽鬼を倒したあとに姿見を見かけたような……? あの時は余裕がなくて、そんなことを考えることもできなかったけど。

 しかし、辺獄へ来るのにも姿見を使うあたり、まるで辺獄は鏡の中にある世界のようだ。中の景色は、鏡写しどころじゃないくらい不可思議だけど。

 行き来の方法は、代行者になった時にいつの間にか知っていたことのひとつだ。だから、当たり前として認識しすぎて気づかなかったのかもしれない。

 

 

「さて。この後は次の辺獄の層、シレンをメフィス達が見つけて繋げるのを待つしかないわ。まあ、1日か2日もすれば連絡が来ると思うけど」

「連絡、ですか」

「ええ。あの悪魔共にプライバシーって概念はないから。また辺獄で会いましょう」

 そう言って千暁さんは光に包まれたかと思うと姿を消した。そういえばメフィスとフェレスが消えるときも似たような感じだし、もしかしたら私が辺獄から帰るときも似たように写るんだろうか。

 どうでもいいことか。私も疲れがすごいし、早く帰って寝てしまおう……そんなふうに考えながら、私も現世に帰るべく姿見に手を触れる。

 

 

 

 

「……帰って来た、か」

 見渡せばそこは私の部屋。防犯目的でカーテンを閉めているから、まだ昼間だけど少し暗い。

 カーテンを開けるか悩んで、先にシャワーを浴びることにした。そのあとご飯も食べないといけないし、最近余裕がなくて読めていなかった本も、いい加減続きを読みたい。

 他の誰でもない、院長先生に言われたことをふと思い出す。

 

 

────どんなに悲しいことがあっても、食事と普段の趣味は心の支えです。後ろめたく思うことはありません。

 

 

 確か、施設に入りたての頃に言われた言葉で、その後も何回か言われたのを覚えている。

 不意に思い出したその言葉で流れた涙は、熱いシャワーで流されていく。そうだ、まだ先は長い。こんなところで泣いてるようじゃ、院長先生への恩返しなんて夢のまた夢だ。

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