ガコン、ガコンと鈍い音を立てて回る、巨大な歯車の林を横目に見ながら幽者達を蹴散らし前進する。タフネスはやはり特筆すべき高さを誇る幽者、幽鬼達だが、攻撃は依然と変わらず大振りで不意を突くわけでもない。ただ今までより少し時間がかかると言うだけで、こいつらにやられるほど今の私達は弱くはない。
目下最大の敵は時間だ。タイムリミットという観点で考えてもそうであるし、幽鬼の姫に追いつく時間が早ければ早いだけ説得にせよ戦闘にせよ時間に余裕が出る、という観点でもそうだ。
「小夜、そっち1体行ったぞ!」
「大丈夫です、行けます!」
少し離れた位置で戦線を形成している天音さんが叫んだ。四つ足で駆けてくるゴリラ型の幽者は、戦線の隙間から突っ込んできたようだ。避けるには他の幽者が邪魔、
「そこっ……!」
だから、間に合う中で対応できる手段をとる。突っ込んでくる巨躯へ、ハルバードの鉤刃で引っ掛けた幽者を突っ込ませながら自らはそこから僅かに横へ逸れる。ハルバードの柄越しにとんでもない衝撃が伝わってきたが、真正面で受け止めずに受け流したおかげで、どうにか踏み止まることが出来た。
ハルバードと、それを使った戦い方をここまで習熟できたのは、自分でも驚いている。ただ我武者羅に力任せに振り続けた戦い方から変えるきっかけは、今でも忘れていない。だからこそ、こうして「考えながら」戦うことが出来る。
戦場が、よく見える。
天音さんが縦横無尽に駆け巡り、戦鎚と手足の爪で荒々しくも気高い獣のように戦う姿も。久遠さんが正確無比に敵の勢いを削ぎ、光と風の魔法に鋭い剣撃が混じった流水を思わせる戦い方なのも。
私に向かってくる幽者達が、てんでバラバラに攻撃してきているおかげで、どこを突けば瓦解するのかも。戦場が、よく見える。
竜の幽者が、攻撃の予備動作として体をもたげる。カウンター気味に突き込んだ穂先が幽者の翼を捉え、体勢を崩させる。そのままハルバードを横薙ぎに振るい、接近する頭巾の幽者へ急激な力を加えて吹き飛ばす。
まるでスローモーションを見ているかのように、状況が把握できていた。何らかの機械を通しているかのように、どう武器を振るえば良いのかが分かっていた。でも、どの感覚も、少し違う。
姉の声が、聴こえる気がする。敵が来るぞ、と。武器をこう振るえ、と。千暁さんが、背中を追わせてくれている気がする。ちー姉ぇが、背中を押してくれている気がする。
これが、妹に対する姉の「愛」なのだろうか。あるいは、私が姉に対して抱く憧憬が見せる幻なのだろうか。いずれにしても、私の助けになってくれることは間違いない。例え幻だったとしても、この「技術」は確かな力だ。
「やあっ!」
滝を登る鯉が如く、気合と共にハルバードの斧刃で幽者をかち上げるように切り裂く。比喩抜きに幽者の身体が浮き上がり――尤も、幽者達は足が無いのが大半だが――続けざまに放った横薙ぎを躱す手段を無くした。
「小夜さん!」
今度は久遠さんの声。脇から頭巾の幽者が突っ込んできているが、ハルバードを戻すには間に合わない。けど。
「見えてます!」
振る前から、その幽者がいる事は把握している。当然、迎撃の手段も。これは、天音さんの戦闘スタイルと、千暁さんと天音さんが見せた
足に魔力を纏わせ、ハルバードを振り上げた勢いを殺さずに幽者を蹴りつける。単純な動作だが、牽制としては十分すぎる威力が出たようだ。
「小夜、今のは……」
「はい。天音さんの技を参考にしました。私は鎧に武器が付いていないので、そこまで威力は出ないでしょうが」
「いや……魔力を直にぶつけるわけだから、実は一番威力を出しやすくもあるんだ。形を整えない分、消耗もデカいけどな」
先の蹴り飛ばした幽者が最後の1体だった為か、天音さんが歩み寄りながら問いかけてきた。そして、私が牽制技だと思っていた
「消耗がデカい分、アタシは普段抑え気味に使ったり一度纏わせた魔力を使いまわして誤魔化してる訳だ。必殺の一撃として使うのが本来の使い方ってことだな」
「き、器用ですね……」
「この技については本家本元だからな。話を戻すが、魔力の塊を直にぶつけるソレは、お前が使ったことがある通りの一撃必殺だ。使うのを止めはしねぇが、ガス欠にゃ気を付けろよ」
「ちょっと待ってください、使ってたってどういうことですか? いつのことです……?」
「覚えてないんですね……それも当たり前でしょうか」
割と衝撃的な事実を打ち明けられた、と思ったら天音さんのみならず久遠さんも当たり前のように知っていた。聞けば、千暁さんへの最後の一撃がそうであったとか。
確かに覚えはない。いや、蹴りつけた時の感触なんかは覚えているが、どうやって蹴ったかを覚えていない、というのが正確か。恐らく、その時に魔力を纏った状態で蹴りつけていたということ……だろう。多分。
今更な話ではあるけれど、代行者の使う
例えば、魔力を纏った蹴り技以外に、千暁さんと天音さんは魔力の杭を打ち、足止めを行う
しかし、あの蹴り技の
「だから、これはちー姉ぇとの最後のお揃いってことなんですよ」
「……何言ってんだおめぇ」
「あ、すみません、つい口に。勿論本家本元が天音さんだと理解はしていますが、それはそれでちー姉ぇと兄弟弟子のようなものなので良いと思います」
「良いと思います、じゃねーんだわ。ったく、こりゃ本性を現したとか気が緩んでるとかじゃねーな。だから無理すんなっつったろーが」
私の頬をぐいと掴んで顔を覗き込んできた天音さんが、ため息交じりに言った。私を貫く視線は、哀れみの視線にも悲しみの視線にも、あるいは呆れの視線にも見える。
「あの……?」
「今日の攻略はここまでだ。異論は認めねぇ。いや、アタシも無理をさせすぎたな、悪かったよ。とにかく、今日は寝ろ。お前はお前が思ってる以上に精神的なダメージを受けてるから、直接、何度でも言うぞ。帰って寝ろ、いいな?」
「ちょっ――――」
有無を言わさない。まさしくそんな口調で私の肩を軽く押した天音さん。何かを言い返す間もなく、私の視界が見覚えのある光に塗りつぶされていく。帰還時に見る、あの光だ。
「……何なんですか、もう」
誰にともなくぼやく。が、まあ、天音さんが言ったことは理解できるつもりだ。自分でも思い返してみると、普段離さないような内容を話し、口数そのものも多かった。ストレスが酷いことが理由だ、と推察するに当然の状態だったと言えるだろうし、何なら自分でも客観的に見ればそうだと判断しただろう。
であるなら、やるべきことは多くない。天音さんの言う通り、十分な休息をとる事。思念と向き合った次にやるべきことはそれを飲み込むことで、それにはやはり十分な休息とそれによって得る十分な気力が無ければいけない。
「……眠れる、かな」
十分な休息を、と言ったものの、正直自分でも人から言われて気づく程度にはストレスを感じていたようで。そんな状況下でいつも通り眠れるか、と言われると首を傾げざるを得ない。
食事もあまり進まなかったし、シャワーを浴びても爽快感は少なかった。であれば、睡眠もいつも通り快眠ということにはなるまい。が、他にやれることがある訳でもなく、ただ布団に包まるように寝転がる。
布団に包まれ、夜の帳が下りた部屋を沈黙が満たす中、私はただぼうっと何が見えるでもない天井を見上げていた。秒針を刻む時計の音さえないこの沈黙は、気になり始めると途端に心を侵食していく。
小さい子供のように闇に恐怖感を抱きながら、布団が返してくる熱だけを頼りにどうにか瞳を閉じる。縮こまるように、あるいは子供の頃の様に丸まって布団に包まると、不思議と力んで閉じていた瞼が自然に重くなってきた。
ぼんやりとし始めてきた頭で、ふと気づく。最近、良い夢とか楽しい夢とか、あまり見ていなかった。楽しい夢かと思えばどんでん返しで希望を奪われたこともある。でも。
――なんだか、今日はいい夢を見られそう
布団が返す温もりの中、そんな微かな予感を胸に私の意識は落ちていった。