CRY'sTAIL   作:John.Doe

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歪み乱れる格率-5

「ん……」

 瞼越しに微かな光を感じて、意識が引き上げられていく。朧げな視界に、カーテンから僅かに零れて差し込んでくる光が眩しかった。急速に目が覚めていくのを感じて、ようやく朝になったことを把握する。

 

 

 夢を見た。予感した通りの、良い夢だった。ちー姉と、気ままにあちこちで遊ぶ、何でもないけど温かな夢。天音さんや久遠さんにとも(智花)ちゃん、何でかメフィスやフェレスも途中から合流して、皆で笑い合っていた。

 カフェでお茶しながら喋ったり、お互いが働いている本屋を紹介したり、天音さんや久遠さんが合流してからは食事やショッピングを皆でしたり。メフィスとフェレスは、いつもの胡散臭さが嘘みたいに、鏡の裏側にある水族館へ連れて行ってくれた。

 

 

「……思い返せば、とんでもない夢だったような……」

 ちー姉ぇやともちゃんにもう会えないのは当然として、久遠さんだって辺獄以外で会う方法は無い。メフィスとフェレスが一緒に遊ぶ相手、というのも荒唐無稽も良いところだった。平社員が勤め先の社長とつるんで遊ぶようなもじゃなかろうか。

 夢であるが故、あるいは夢だからこその無茶苦茶な内容だった。もし、メフィスやフェレス以外と別の形で、友達として出会えていたなら。私達を襲った強盗がいなかったなら、こんな未来もあったのだろうか。そんなありえないもし(IF)の夢。

 

 

 分かっている。実際には、私達家族を襲う人達がいなかったら、私とちー姉ぇは一緒に居られたけれど、天音さんや久遠さんと出会うことは無かった。勿論、メフィスやフェレスとも。

 だから、あの夢はありえないもしも、でしかない。それが良いことなのか悲しいことなのかは何とも言えないけれど。

 

 

「でも。とても……とても、楽しかった」

 有り得ないと分かっている夢でも。思いもよらない人達と遊びまわった夢は、とても穏やかで楽しい夢だったことは事実だ。そうなれたら嬉しい、そんな夢。

 

 いきなり、そんな良い夢を見れた理由はよく分からない。寝る時の姿勢が良かったのか、寝付いた時間が良かったのか。兎に角、良い夢を見たおかげか寝覚めは良好だ。起き上った後も体が昨日より軽く感じる。

 

「あ、一応天音さんに連絡だけ……もしもし?」

『おう、小夜か。おはようさん。よく眠れたか?』

「はい、おかげさまで。自分でも不思議なくらい、体調は良好です」

『そいつは良かった。1日……どころか半日くらいだが、無駄じゃなかったみたいだな』

「ご心配おかけしました。早速今日から辺獄探索に戻るつもりですが……」

『分かった。久遠と合流できるかは分かんねぇけど、まあ大丈夫じゃねぇか』

 楽観的な天音さんの言だが、私としてもそれを願う以外に出来る事があるわけでもなく、そうだといいですねとしか返し自らも祈るしかなかった。比較的気楽に、だが。

 

 

 一先ず天音さんへの無事を知らせる電話も終わり、軽く身支度を整えてから姿見の前へ立つ。脇腹にある代行者の印を、指で切る。慣れてしまった動作をこなせば、やはり慣れ切ってしまった一瞬の浮遊感と視界の転換。

「よう、早かったな」

「おはようございます、天音さん。さっきぶり、ですが」

 視界が辺獄の眩さに染まった途端、そこには天音さんがいた。身体を解しながら声をかけてきた彼女へ挨拶を返し、辺りをぐるりと一回り見渡す。

 

「久遠はまだ来てねぇみたいだな。ここまで気配が無いってのも珍しいが……あん?」

「あれは……」

 天音さんが喋っている途中、何かがぶつかり合うような音が聞こえてきた。音源と思しき方向を見ると、昨日までは無かった柵、と言うのだろうか、そんなようなものがエリアの一部を囲うようにそびえていた。

 

「結構遠いですね……道も繋がっているかどうか……」

「けどまあ、目的地にせざるを得ない、よな。いいか?」

「私も同感です。行きましょう。久遠さんもそちらへ向かってくれるといいのですが……」

 

 

 突如現れた柵を目的地に、一先ずまっすぐとその方向へ向けて進んでいく。行き止まりに当たれば、方角的に近しい方へと進み、次第に柵へと近づいてきたのか、その巨大さを実感するようになる。

 愚門愚塔よりは高さは無いように思える。しかし、周りに遮るものが無くより巨大に見える背景があるとは言え、柵はあまりにも巨大だった。

 

 近づいてみて初めて分かってきたことだが、どうやらあの柵は、何か、あるいはどこかを囲うように現れたようだ。つまり、柵と言うよりは檻、と呼ぶ方がより正確と言えるかもしれない。

 

「あんなもん出せるとすりゃ、管理者であるアイツら(悪魔共)しかいねぇ。ってことは、ほぼ100パーセント面倒が起きてるってことだ」

「悪魔2人が動く面倒、ということは……」

「ああ、幽鬼の姫(大当たり)の可能性は高いだろーな」

 柵改め檻へと向かい走りながら、天音さんと見解を共有する。元々、再生の歯車という機構が持つ特性上、ここが幽鬼の姫を追う上での本命ではあったから、驚きはなかった。

 

 

「この音……誰かが戦っているんでしょうか?」

「アタシら以外にも代行者がいるっつってたしな、そいつらかもしれねぇ。あるいは――うおっ!」

「ッ!? あ、お2人でしたか」

 走る私達の前に突如現れた黒い人影。舌を噛みそうな急制動で衝突を回避した天音さんの様子に、その人影が弾かれるようにこちらを見た。

 

「久遠さん……? そんなに慌てて、一体何が?」

「ええ、私のことがバレかけて、少し……貴女方は、あの檻の方へ?」

 首肯すれば、久遠さんは珍しく苦々しい表情を隠しもせず、私達の行動指針に難色を示す。止めるべきだと無言に言われ、しかしそれは私達も納得できるものではない。双方にとってそれが共通の認識であるという確信のもと、視線で久遠さんに先を促す。

 

「あの先には、お察しと思いますが悪魔がいます。それと、幽鬼の姫も。ですが、あれは……」

「何を見たんだ?」

「あの檻は、悪魔が召喚したものです。しかし、それを要請したのが……幽鬼の姫でした」

「それは……」

 

 

 つまり、つまりだ。幽鬼の姫の希望に、悪魔2人が応えた、と、そういうことなのか。であればそれは、院長先生が敵であったことさえ比べ物にならない、大前提が崩壊する出来事のはずだ。

 

 

 

「見間違えた、であれば良かったのですが。あの檻は、ある代行者達を分割し閉じ込める為に召喚されたようです。貴女達と同じ、グループで行動する代行者達でしたが……」

「代行者を閉じ込めるだけじゃなくて、分散させた? 何が目的なんだ……」

「あくまで直接聞いた訳ではありませんが……漏れ聞こえてきたことと、その後の状況を見る限り、ですが」

 

 

 

 

 

「殺し合わせること、だそうです。私の姉も、そこにいました」

 

 

 

 

 その「目的」の突飛さと、あまりにも見えない「理由」に、私と天音さんは言葉さえも出てこなかった。 

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