CRY'sTAIL   作:John.Doe

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歪み乱れる格率-6

「殺し合わせること、だそうです。私の姉も、そこにいました」

 

 

 久遠さんが現地の状況を私達に告げてから、幾許の時が過ぎたのか。ようやく脳が動き出し、言葉の意味を咀嚼し終えて、久遠さんへ問いかける。

「私の姉もそこにいた、ということは……久遠さんが言っていた、久遠さんのお姉さんがそこにいた、と?」

「そうです。何故か幽鬼と共に閉じ込められていたようですが……恐らく、向こうのグループにとっての(幽鬼)のような立ち位置だったのでしょう」

 

 久遠さんの姉。彼女の双子の姉であり、生まれることが無かった久遠さんと違って、生を受ける事が出来た人。でも、その姉がいたおかげで、久遠さんは今こうして意識を持って辺獄にいる。

 辺獄にいること(その結果)が良いか悪いかは別として、決して誰が悪いとか久遠さんに不幸しかなかったとか、そういうことを言うつもりはない。久遠さんの姉が代行者になった、というのも巡り合わせの問題なのだろう。

 

 だが、ことここに至ってはそれだけで済ませられることではない。辺獄の管理者(メフィスとフェレス)辺獄の狼藉者(幽鬼の姫)と手を組んで、自らが力を与えたはずの代行者達を閉じ込め、更にその代行者には久遠さんの姉もいると言う。

 あまりにも状況が一気に動いたせいで混乱しそうになるが、要はまたしても「味方だと思っていたら敵だった」ということ。いい加減うんざりな話ではあるが、ここまでくると驚きはそこそこに憤りだけが募っていく。

 

 

「悪魔達と敵対するにせよ、彼女らを避けて幽鬼の姫のみに標的を絞るにせよ……今このタイミングは同時に相手どる未来しか見えません」

「少なくとも、機を伺う必要があるという――――」

 

 

「その必要はもうないかなぁ」

 

 

 声がした。そう認識した瞬間に、飛び退いた足元が爆ぜ、背中から地面に落ちたらしい痛みが駆け上ってくる。またもや「またしても」な出来事が起こったのだと理解して、瞬時に腕に力を入れて身体を跳ね上げる。

「フェレス……! なんでここに……!」

「やだなぁ、怒らないでよ小夜ちゃん。君達の疑問に答える為でもあるんだよ。それと、ついに見つけたから、ってところかな?」

 いつも通りの間延びした、しかしいつも以上に愉しそうな声色で告げたかと思うと、フェレスの視線は久遠さんへと向いた。

 

 久遠さんの纏う「黒」とフェレスが纏う「黒」は、見た目上は似ているが、放つ雰囲気は全くと言っていいほど違って見えた。互いに、ジャンルは異なれどドレスを模していると思われるだけに、その違いが目立つ。

 何事にも屈しない強い意志と、刀のような鋭い雰囲気を見せる久遠さん。

 対して、手段を選ばない悪役のような悪辣さと、鋸のような威圧感を放つフェレス。

 オーラとして2人が纏う雰囲気が可視化されるなら、一口に黒色と言っても、全く異なる形容をされる黒なのだろうという確信を、対峙する2人を見て抱いた。

 

「君が小夜ちゃんや千暁ちゃんが言ってた「黒い少女の幽鬼」かな……確かにボクらの探知に引っ掛からないはずだね、君は厳密には幽鬼じゃないんだから」

「苦労した甲斐があったようで何よりです」

「それで……」

 ジロリ、と久遠さんを見ていたフェレスの視線が、ゆっくりと、しかし確実にこちらを向いた。問われることは分かっている。それへの対処も、最悪まで想定している。ならば。

 

「小夜ちゃんは……どうしてボクらに黙って、モドキとはいえ幽鬼と一緒に行動してるのかな……? シクシク、ボク悲しいなぁ、真面目だと思ってたコに立て続けに裏切られちゃった」

 嗤うように、芝居めいた泣き真似交じりに問うたフェレスの声色は、今まで感じたこともない怒気を確かにはらんでいた。

 

 気圧される感覚があった。今まで相対してきた幽鬼達とは文字通り格の違う存在が放つ怒気とは、こんなにも圧が強いものなのか。取り落としそうになったハルバードを握り直し、強がり混じりで睨み返す。

「裏切ったのはどちらですか! 幽鬼の姫と手を組むなんて!」

「ボク達は君達代行者の上司みたいなものだよ。辺獄で何が良くて、何がダメか、決める権利がある。勘違いしちゃダメだよ、ボク達が上で、君たちは下。権力も、力も」

 ぞわり、と背中を悪寒が走った。僅かに魔力を纏わせた脚で地面を蹴り、横へと飛び退く。リング状の魔力が傍を掠め、飛び退いたはずの方向から途轍もない衝撃が脇腹を襲った。

「っ!? か、はっ……!」

「小夜さん!」

 肺の空気が押し出される。視界が流れ去る。地面に向けて倒れている真っただ中だと理解するより早く、考えるより先に腕が受け身を取った。

 

「ぐ、ぅ……このっ……!」

 受け身を取った腕でそのまま跳ね起き、距離を取りつつ蹴られた方角を睨む。高速移動とか、成り代わりによるトリックとか、そういう小手先の技ではないと確信した。度々見せる瞬間移動とも言える転移を、攻撃に使っただけの話だろう。

 

 

 出来る事の範囲も、そもそものスペックも、全てが違いすぎる。先程の、囮で放たれたリング状の魔力攻撃だって、掠めただけでも相当な威力であると感じた。

 しかし、こっちも天音さんと久遠さんがいる。スペックの差はあれど、3対1だ。モタモタしていればメフィスが合流する可能性も高いが、それまでは勝ち目はきっとある。

 

「ふーん。あくまで逆らうつもりなんだ? それはそれで面白いけど」

「面白いだ? 随分とナメてくれやがって」

「言ったでしょ? ボク達が上で、君達は下。ボクらの掌の上で踊ってた君達が勝てると思ってるなんて、最期まで君達はボク達を楽しませてくれるねぇ!」

 

 フェレスの放つ威圧感が増し、一斉に臨戦態勢へ入る私達。小規模な光の爆発と共に視界からフェレスの姿が消える。

「そこっ!」

 姿が消えた直後の奇襲に、久遠さんが恐るべき反射速度で剣を振り抜き対応する。真っ白な光を纏った直剣が至近距離から放たれた魔力の環を断ち切り霧散させた。

 

「あははっ! いいねぇ、幽鬼モドキとは言え、自然発生だけあってとーっても強い! ボスが弱くちゃ歯ごたえが無いもんね」

「自然発生? まるでそうではない幽鬼がいると言いたげですが」

「そりゃあいるよ。やろうと思えばボク達は幽者を幽鬼に作り替える事だって出来る。ああ、この前作ったコは結構面白いことになったっけ?」

「テメェっ!」

 

 怒りの籠った戦鎚での一撃が振り下ろされるが、これは再度の転移を行ったことであっさりと躱され、背後からの反撃はどうにか私が割って入ったことで阻止できた。続けざまに久遠さんと更に天音さんも攻撃を試みるが、転移で距離を取られて不発に終わる。

 

「クソったれ、前提からテメェらが覆すのかよ! ふざけやがって!」

「君達はつい最近まで大人しかったからねぇ。愉しみが増えて何よりだよ。空音ちゃんだっけ? あのコを幽鬼の姫のところへ誘導させても大して面白いことしてくれなかったしさぁ」

「ッ!? ざっけんじゃねぇ!」

 

 天音さんの、代行者としての根幹。親友を喪ったことが、悪魔達の仕込んだことであった。それを告げられた天音さんが、激昂と共にありったけと思われる魔力を纏わせた脚を振り抜く。

「でも、君も千暁ちゃんも、飽きちゃったんだよねぇ」

 天音さんの渾身の一撃は、しかし。こちらを舐め切った台詞と共に片手で受け止められて。

 

 

「じゃ、バイバイ」

 

 

 受け止められた体勢のまま、回避も援護も出来ない状況で、放たれた魔法が跡形もなく天音さんの体を消し飛ばした。

 

 

「そん、な……」

「あはっ、いい顔だよ小夜ちゃん。まあ、それもそろそろ見納めなのは残念だけど」

 正しく、文字通り悪魔の笑みを浮かべながら。こちらを嘲る感情を隠しもせず、天音さんを消し飛ばした手をひらひらと振りながらこちらを見やる。吐き気すら催す邪悪な気配に耐えつつ、涙が目尻に浮かぶのを無視して睨みつけるが、向こう(悪魔)はそれさえも愉しんでいた。

 

「君は天音ちゃんや千暁ちゃんと違って、代行者としての才能(エゴ)ヒト(玩具)としての面白さも優秀な良いコ……だったのにねぇ、シクシク」

 わざとらしい泣き真似と共に放たれた見下す言葉は、私の憤りを煽る。が、隙だらけのようで一切の隙が見当たらないフェレスに、私は憤りと裏腹に攻撃の為の踏み込みが出来ないでいた。

 

 

「ああ、そうそう。この際だから色々教えてあげるよ。幽鬼の姫(みらいちゃん)や院長先生に辺獄とヨミガエリの存在を教えたのも、院長君が起こした辺獄がらみの事件を手引きしたのも、君達を襲った強盗をけしかけさせたのも、みーんなボク達の掌の上だったんだよ」

「は……?」

「ッ、小夜さん、乗っては――」

 

 

 プツリ、と一切の情報が遮断された。次に気づいた時には、手にしたハルバードの斧刃とヘーゲルの鋭い爪がフェレス目掛けて振るわれた瞬間だった。同時に、フェレスの顔はこれ以上ないくらいに喜色と嘲りに満ちていて――

 

「あはっ、ゲームオーバー!」

「なってたまるかああぁぁぁッ!」

 

 理屈や経験則というそれなりに信頼に値するものではなく、直感だけで地面を蹴り、身体を捻るように跳ぶ。そのまま、足へ、いや踵へ魔力を極限まで集中させて振り抜く。

 ハルバードを受け止める為に掲げた手を、更に上にずらして対処しようとした防御行動。それごと首を刈り取るつもりの行動だったと、行動に移してから自分で気づいた。一瞬だけフェレスの表情が強張ったのを見届け、同時に脚へ蹴りつけた手応えが返ってくる。

 

 

 

「あはっ、残念だねぇ。思ったより強そうで、ちょっとびっくりしたけど」

「な……!」

 無傷のフェレスが私の足を掴んでいる。その状況が示すことを理解して、咄嗟に掴まれていない足を地面から離し、身体ごと地面に勢いよく倒れ込む。しかしフェレスは、小柄な体躯であることもあってビクともしなかった。

「おっと。駄目だよ小夜ちゃん、飼い主に噛付く犬は、お仕置きから逃げちゃいけないよ?」

「ぐっ、離……せっ!」

 倒れ込んだ勢いと落差で足を解放させられなかった以上、倒れ込んだままでは不利しかない。代行者としての身体能力上昇を活かして、痛みを訴え始めた右足で身体を持ち上げ、その勢いを使ってハルバードを振り上げる。

 

「おっとっと。うーん、随分と戦い慣れちゃったねぇ。千暁ちゃんみたいな小技ばっかり」

 ハルバードの刃を直に受けるのは流石に避けたかったのか、私の足を手放して回避したフェレス。その隙に私も距離を取り、致命的な攻撃を避けるために備えていた様子の久遠さんと横に並ぶ。

 

 

「すみません、引き剥がすことが出来ず」

「いえ、引き剥がすまでの時間を稼いでもらっただけでも。それより、久遠さん。ここは私に任せてもらえませんか」

「……正気ですか?」

 正直言って、無理なことだ。熟練の代行者(天音さん)をあっさりと一撃で殺した悪魔(フェレス)相手に、単独で戦うという提案。自殺行為だ、と言われても否定はしない。けど、やらなければ、それこそ天音さんも私も無駄死にになってしまう。

 

 それと、久遠さんが何かしらの「奥の手」を持っている、と私は何となく感じている。戦闘に勝てる、という類ではないだろうが、何かしら「次に繋げる」ための一手を、彼女は持っている筈だ。

 

「私は……久遠さん、貴女に賭けます。貴女が私達と同行していたのは、幽鬼の姫を追っているからだけではないのでしょう?」

「……そうですね。分かりました。私も貴女に賭けることにします……どうか、御無事で」

 そう言い残して、久遠さんは光に包まれどこかへと転移する。流石に、転移は悪魔達でも止められなかったらしい。

 

 

「……小夜ちゃん、どこまでもボク達をコケにするね。何か目論見があるようだから……もう飽きちゃったし、すぐに消して終わりにしようかな」

 フェレスが放つ圧の、質が変わった。不気味さが前面に押し出された威圧感から、圧倒的な強者としての威圧感に。思わず、ハルバードを握る両手に力が入る。

 

 

 

 これは、きっと死にに行くための戦いになる。けど、私が受け継いだ涙を、私自身が流した涙を、誰かが受け継いでくれる礎になる戦いだ。

 出来る限り、時間を稼ぐ。ここからフェレスを逃がさない。久遠さんをメフィスが追ったとしても、せめてメフィスとフェレス2人が一斉に追う時間を少しでも減らす。

 

 

「遺言も聞いてあげない。ここで消えなよ、大嘉 小夜!」

「悪行の罪を清算し消え去るのは貴女達だ、フェレス!」

 

 

 正真正銘、これは私の最期の戦い。枯れた涙を拭って、私はハルバードを構え飛び込んだ。

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