悪魔の存在証明-1
傍らにハルバードを置いたまま、私は座り込んでいた。立ち上がる気力も湧いてこない。
直感に近いが、これは正しい答えだと、認めざるを得なかった。幽鬼と幽者は、元々人だったものだ。
そして私が貫いた幽鬼は、少なくとも子供のそれだ。町にあるはずの自分の家へ帰れなかった子供の記憶が、私のことのように流れ込んできた。
その子は理解ができなかったのか、したくなかったのかは分からないけど。多分、その子の「家」は、もうなくなってしまったのだ。でもそれは、つまり。
初めて相対した幽鬼を倒した――倒してしまった私は、不意にやけに響く足音が寄ってきていることに気付いた。
「見つけました……小夜さん」
気付くのに相当時間がかかっていたのだろう。足音の主は既に私のすぐ近く、手を伸ばせば届きそうな距離にいた。
一部に装甲のついた、ゴシックドレスのような黒い衣服。衣服と真反対の、生きているのか疑わしいほど白い肌と、白髪と呼ぶには憚られる美しい白いロングヘア。知らないはずの少女が、トパーズを思わせるオレンジ色の瞳でこちらを見ていた。
「貴女、は……」
「……成程。タイミングが良くなかったようですね。幽鬼を討ったばかりでしたか。私は幡田 久遠……又は、幽鬼ヘラクレイトス」
「ヘラクレイトス……幽、鬼ッ!?」
彼女の自己紹介を聴いて、一瞬遅れて
「やはり、この方法の方が手っ取り早いようですね。では、いきましょうか。上手く、捌いて下さい」
半身に構えたかと思えば、心構えをする間もなく一直線に突っ込んでくる黒い少女。何かを考えるより先に、両手を突き出して思わずぎゅっと瞳を閉じてしまっていた。
「づッ……!? あ、れ?」
手に走った痛烈な衝撃が、ハルバードの柄が盾になったことを知らせて。続けて来るであろう衝撃と痛みが来ない事に疑問を覚えるより先に「何か」が私の中に流れてきていた。
『……間に合いませんでしたか。いえ、厳密には、この時が来てしまった、と言うべきでしょうか』
流れ込んできた「何か」は、まるで過去の記録を見ているかのように、誰かの声を聞かせてきていた。
『……
声の主が誰であるか、という部分は、すぐに思い当たった。先ほど斬りかかってきた、黒い少女の幽鬼。
『零姉さんも同じでしたから、驚きはしませんが……力及ばず、看取る事も出来ないと言うのは、役目とは言え何度目でも堪えるもの、ですね』
僅かに視線を伏せ、悲しみを堪える様に呟く、少女の記憶。辺獄に最初に来た時に見た、記憶の声を聞いた時と同じようなものだと理解した。
――――最初? なんだか、違和感が……
「……少し
「くっ、何を、言って……!」
記録、あるいは記憶の再生とでも呼ぶべきものが終わって、視界が辺獄の暗い風景に戻ってきた。目の前の幽鬼は、無防備であったはずの私を追撃する事もなく、記憶を見終えるまで待っていたようだった。
「一体何が目的なんですか……? 本当に貴女は敵なんですか?」
「……私が幽鬼であるなら、貴女にとっては明確な敵。そうでしょう? さあ、ぼうっとしていると死にますよ」
「っ!」
振るわれた剣を、大げさに飛ぶように回避する。剣の達人ではないどころか、殴り合いの喧嘩だってしたことのない私に、紙一重の回避なんて出来るわけがない。というより、素直に刃物は怖い。
「逃げてばかりでは、
「そ、んなこと、言われても……!」
後ろへ、後ろへ。2歩3歩と、剣を振るわれるたびに飛び退くように大きく下がる。分かってはいたことだが、踵がついに辺獄の床、その縁を踏んだ。
「う……ま、まだ!」
横に避ける選択肢もある。けど、目の前にいる幽鬼は、どう見ても只者ではない上に、知性に基づく攻撃をしてきている。つまり、横が退路であり、今までの私がしてきた行動からそこへ逃げることは、とっくに想定しているだろう。
だから、前へ。ハルバードを振り上げながら、一歩、強く前へ。ハルバードの刃は、直剣に阻まれ、受け流される。つんのめるように体勢を崩されたが、それでも奈落の底を背後にする状況からは脱した。
――奈落の底? 何故そんなことを知っていて、前に出たのだろう。
そんな疑問を考える間もなく、またも記憶が私の中に流れ込んできていた。彼女と武器を打ち合ったことが、トリガーになっている?
『これで、
記憶の中の
『……
また彼女は、
『目覚めた時、
そこまで記憶を受け取って、私の視界は僅かにスパークし、再び戦闘の真っ只中へと戻る。
「ッ、貴女は、何者なんですか……!」
「何度も言う通り、貴女の前に立ち塞がる敵ですよ。それ以上を知りたくば、剣を交えれば何か見える……かもしれませんね」
底冷えするような、とはまさに彼女の放つ威圧感のようなものか。白く煌めく剣閃を柄で受け止め、押し返す。その一撃では先程のような記憶の再生は起こらなかったが、それとは別に確かな違和感を覚え始めていた。
ハルバードが、軽い。
明らかに、目の前の幽鬼、
目的が読めない。あるいは、先程の記憶を流し込むのが、目的の1つか……? だとするなら、それこそ本当に敵対するつもりなのかは怪しい。むしろ、私に何かを伝えるべきだと考えているということだ。悪意のある情報の可能背も、まあ無くはないだろうが……
「……ふーっ。やぁっ!」
守りに入っていては埒が明かない。そういう状況だと理解して、私は深呼吸を1つ挟んで、踏み込みと共に穂先を勢いよく突き込む。それを待ち構えていたのか、逸らすのではなく真正面から斬りつける様に受け止められる。
そして、再び記憶が流れ込んできた。けれどその記憶は――――何というか、今までに見たそれと、毛色の異なるものだった。