ちー姉ぇと合流して暫く、長くはない辺獄の層を駆け抜けた私達は、姿見を見つけ一度帰還し、ホッブズがいるであろう層へとすぐに赴くこととなった。
ホッブズがいる層を悪魔2人の力無しにどうやって見つけるか、と言えば、私と恵羽さんの間にある、細い縁を使う。
彼女は、既にホッブズと相対し撃破している。撃破する前のこの世界線でも、縁としては機能するはずだ。事実、彼女がケリをつけに向かった世界線において2度とも、彼女は能動的に辺獄の層を見つけ出したようだし。
「と言う訳で、私の方は準備が整いました。そちらの準備が整えば、いつでも」
『分かった。こっちも準備は出来てるから、すぐに追いかけるよ』
簡潔で短い通話を終えた携帯電話を、そっと机に置く。ほんの少し名残惜しさを感じはするが、これが最後じゃないと思うと温かなものが胸にこみ上げてきた。
姿見の前に立ち、いつも通り脇腹の印を指で切る、その直前。瞳を閉じ、糸を手繰り寄せるイメージと共に恵羽さんと彼女の記憶を想起する。何となく、こうすれば辿り着けるという予感があった。そして、それはきっと正しかった。閉じた瞳の奥に、微かに光を感じて、印を指で切る。
「ここは……間違いない」
灰色の雲、チラリと見える赤黒い空、そして灰色のレンガ造りの建物が壁を織りなす、一言で言えば不穏な雰囲気の景色がそこにはあった。と言っても、実のところ初見の場所ではない。いや、今の私にとっては初見だが。
「小夜、お待たせ。不思議な感覚だね、知らないはずのことを知ってるって……」
「殆ど待っていませんよ。でも、不思議な感覚というのは同意です。私も、2回目のはずですけど全然慣れないですし」
私が恵羽さんとの縁を手繰って辺獄へやってきたのと同じ要領で、私との繋がりを辿って辺獄へやってきたちー姉ぇ。彼女にとってもまた、ここに来るのは2回目であり初回。前世の記憶を持って生まれてきた人の話を聞いたことがあるけれど、彼らもこういった気分になることがあるんだろうか。
さて、私達のこの後の行動方針は単純明快。辺獄の層最深部にいるであろうホッブズに近づき、やってくるであろう恵羽さんを待つ。それだけ。
辺獄の各層を形成するボス格は1か所しかなものの、そこへたどり着くまでの道程と入口は複数ある、ということを
「恵羽さん、か。私は会ったことがないけど、小夜は同級生だったっけ」
「私も特別親しかった訳では。ただ、戸増の件では彼女も気にかけてくれたようで……思い出したのは、辺獄に来てからですけど」
私達を襲った時の戸増は逮捕されなかったが、別件で逮捕された際に前科として私達の事件への関与が発覚した。それを含めて恵羽さんの父が裁判に関わっていたことで、どこから情報を得たのか恵羽さんは私に禁を破ってまで教えてくれたわけだ。
思い出したのは、前の前の私だったが、当然のように
「前に来た時の記憶より、幽者や幽鬼がゴロゴロいますね……想定していなかったわけではないですが」
「ボス格が残ってるから、とは思うけど。私も経験がないから、確信は持てないかな」
いや、待って欲しい。当たり前のように打刀が空気ごと幽者達を切り裂いているが、それは当たり前のように持っていてはいけないものではないだろうか。
合口と体術だけで戦っていたはずの相楽 千暁という代行者は今、当たり前のように打刀を振るい、合間合間に合口による二刀流と体術による搦め手を以て幽者達と戦っている。
今更な話だが、代行者の武器と言うのは、例えば日本刀のように鋼を鍛えて作るとか、銃器のように金属や樹脂を形成して作るとか、そういった工程を挟むものではない。裏を返せば、作ろうと思って作れるものではない代物だ。
代行者の武器は、代行者が他者に対して抱く感情の発露によるもの、と聞いたことがある。防具側については、他者の行動から受ける感情の発露、とも。
細かい部分は私も分かり切っていないが、要はアイツが憎い、とかこの人を護りたい、とか、そういう感情が武器や防具として現れるという仕組み……らしい。逆算すれば、ちー姉ぇは何かしら、心理的な転機を経たということだと思うが……まあ、プラスへの変化と思われる以上、直に聞く方が良いかもしれない。
「あの、ちー姉ぇ。その刀は……」
「え? ああ、これ。
事も無げにそう返したちー姉ぇだったが、要はよくわかっていないという話だ。ただ、
「それより、今更な話ではあるけれど、先に
「転移を追うことが出来ない以上、こっちを最短で済ませるしか方法がないんです」
これは事実だ。久遠さんを追う方法がないから。
久遠さんとの別の繋がりから、久遠さんの目的地、即ち幡田 零さんのいる所へ先回りすることが出来ればチャンスはある。その為にも、恵羽さんとの合流は必要と言うわけだ。
「それに……私としては非常に納得できない結論ではありましたが、だからと言って当人の望みを否定するのも憚られてしまって」
「成程、ね。止めることを含め、どうするべきか迷っている、と」
こくり、と頷いて返す。
実際、何をすべきかと言うより、どうしたいかという部分は非常に悩ましいことだ。久遠さんにいなくなって欲しくはないが、久遠さんが嫌がることもしたくない。本音を聞けていないという自覚がある。
「零さん、お姉さんの言葉なら何か響くものがあるかもしれませんが、それには……」
「
「恵羽さんと合流する時点で、久遠さんと零さんが既に接触している可能性は高いです……が。私が久遠さんから記憶を受け取った時に、恵羽さんとも繋がったことを、更にそこからホッブズを止めに来ることを期待するしかありません。その上で……そのチャンスを掴むべきなのか。私には分かりません」
会話と並行して移動し、次の広間にいる幽者を斬り捨て終わったと同時に、私は結論を言葉にし終えた。正確には、結論が出せないという結論だが。
物語の最後は、ハッピーエンドであって欲しい。でも、その人が望まないエンドは、ハッピーエンドとは言えない。久遠さんが私に本音を話してくれない限りは、私にとってのハッピーエンドが何なのか分からないのだ。
自ら命を投げ捨てる人を止めたら、恨み言を言われた。そんな出来事は、良し悪しは兎も角よく聞く話だ。苦しみから逃れるためのゴールとして死を選んだ人からすれば、それを止めた善意の人は邪魔者でしかない。
善人による善意は、必ずしも人を救うとは限らない。生きてほしいエゴと、手放してほしいというエゴ。私は、恵羽さんと合流するまでに、答えを見つけられるのだろうか。