CRY'sTAIL   作:John.Doe

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悪魔の存在証明-5

「来てくれたんですね、恵羽さん」

「いずれは来るべき場所だった。突然頭の中に見知らぬ記憶が流れ込んできたときは、走馬灯か何かかと思ったが」

 ちー姉ぇの抱擁から解放され、姿勢を正した私は恵羽さんと改めて相対する。

 凛々しさの中に、僅かな少女らしさを同居させた彼女は、記憶の中のそれより幾分か幼く見える。あの時は私のメンタルも恵羽さんが陥った状況も、そう見えざる、見せざるを得なかったからだろうか。

 

「色々と話す事はあるが……察するに、時間に追われている部分もあるようだからな。まずはホッブズ(あいつ)を断罪してからにしよう」

「……助かります」

 恵羽さんとの戦闘に至った経緯を記憶から垣間見たのか、察しの鋭い様子を見せた彼女は先程ちー姉ぇが睨んでいた場所――鉄格子の向こう側を見据える。

 敵か味方かあやふやな私達と恵羽さんだが、少なくとも今はホッブズという共通の敵対対象がいる。利害が一致している内は、まあ背中を気にする必要もあるまい。

 

「ああ、それと。あたしのことは、千でいい。知らない仲じゃないし、辺獄(ここ)だと苗字で呼ばれることが少なくて少し慣れないんだ」

「……分かりました。では、私も小夜と。と、ちー姉ぇ……は、そもそもロクにご紹介してませんでした」

「一先ず、戦闘中に呼べる名前は聞いておきたい。あとは、積もる話として後に詳しく聞かせてくれ」

「分かった。こっちも色々聞きたいことはあるから、それはその時だね。私は千暁って呼んでくれればいいよ」

 分かった、と返した恵羽さん、改め千さんの言葉を最後に、私達の間に流れていた少々穏やかな空気が鳴りを潜める。視線は3人とも、鉄格子の方へ向いていた。軽くうなずき合って、ようやく私達は鉄格子の向こうへと歩き始める。

 

 

「ホッブズの、戦闘上の特性として……位置の移動はほとんどしない。文字通り根を張っているからな。だが、その分遠距離への攻撃手段は豊富だ」

「攻撃を掻い潜って近づく必要がある、と。まあ、そういう性質の幽鬼はたまにいるけど」

 カツリカツリと硬質な床に靴底を打ち付ける音を伴いながら進む私達。千さんが、ふと思い出したとでも言うように、ホッブズの情報を開示した。

 確かに初耳の情報で、前回までの記憶にもない情報だった。敵を知ることは、勝つ為の第一歩だ。百戦危うからずにしても、戦わずしてを目指すにしても、まずは知らなければ話にならない。そういう意味では、非常に有用な情報提供と言える。それを提供した、千さんの私達に対する意識も、多少なりとも汲み取れたと思いたい。

 

 

 千さんの情報提供を最後に、私達は無言のまま鉄格子の先へ伸びた通路を進み切る。通路が繋がっていたのは、幽鬼がいるとするなら少々手狭にも感じる円形の広場だった。

 綺麗とは言えない、夕暮れというよりも逢魔が時と呼ぶべき空の下。円形に配置されたアーチ状の煉瓦柱に、全てのアーチを埋める巨大な鉄格子。檻の中とも、奴隷を戦わせる闘技場ともとれる、そんな空間にその禍々しい気配はあった。

 

「あれが……」

「ああ。まだ実体化していないが……ホッブズ。戸増の成れの果てだ」

 複数件の殺人事件他重大事件を起こし、投獄中に死亡した男、戸増 恐介。私達にとっても、千さんにとっても、因縁が強すぎる相手。私達が広場に足を踏み入れたことを認識したのか、目の前で蠢く真っ黒な「何か」が膨れ上がっていく。

『……あァ? 美味そうな気配だ……3人。嗅いだことがある匂い……?』

「……私の知る奴より理性が削がれている。何をしてくるか分からな――」

 

 千さんが言い終わる前に、目の前の気配が急速に動いた。何かは膨張の速度を急激に速め、明確な実体を作り上げていく。

 

 

 

 目の前に、ついに実体としての姿を現した幽鬼ホッブズ。巨大な一輪花、とでも言うべき全体像に、花弁を繋ぐ凶悪な顔……というより、口がそこにあった。恐らくは顔に相当する部分なのだろうが、そのほぼ全てを、大きく開かれ白く鋭い歯と巨大な舌が覗く口が専有している。

 

「これ、は……」

「見た目は前と同じか。大きく息を吸い込み始めたら気を付けろ。見た目の醜悪さに惑わされるな!」

『ひ、ハはッ……喰わセろ……! 腹ガ減ッた……いただキまース!』

 早速、巨大な口が大きく息を吸い込み始める。ふわりと浮かび上がりそうになる感覚にギョッとして、咄嗟に地面へハルバードを突き立てて抗う。それでもハルバードが地面を削りながら引き寄せられ、身動きが取れない。

 

 

「っ、今!」

 吸い寄せられる力が一瞬収まり、その直後に起こる事を察した私達はそれぞれ横っ飛びに軸をずらす。何かが肩の傍を通り過ぎ、それが何かを確認する暇はもらえなかった。

「ちょっ……!」

 飛び退いたらそれで躱して終わり、という訳では無かった。幾つもの黒い塊――種か礫か――が断続的に吐き出され、幽鬼が首を振るのに合わせて私の避けた方向へ迫ってくる。

 飛び退いた姿勢のまま更に地面を蹴り、更に距離を取る。倒れ込みそうになるが、それでもアレに被弾しない為には選択肢はない。無理やり体勢を制御しながら、半分転がり回るように身体を動かし続ける。

 

 

「っはぁ、はぁ……収まった……?」

 半分どころか9割地面と身体が接し始めた頃、ようやく私の傍を通り抜ける攻撃は静まっていた。主に幽鬼の方角を警戒しながら、ゆっくりと身体を起こす。ちー姉ぇと千さんも近づけるほど放置されていた訳では無かったらしく、立ってはいるが前に進んだ様子はない。

「理性は飛んでいるが、攻撃はより苛烈だな。悪魔共が何かしたか……いや、今は考えている暇はない、な!」

 幽鬼の、変則的ブレス攻撃とも言える攻撃の合間。少なくとも次に息を吸い込み切るまでは放ってこないだろう大技の、凪とも言えるタイミングで千さんが切り込む。二振りの、赤黒い刃が煌めく。禍々しい色にも見えるが、高貴な、あるいは気高さを感じる色合いの刃だった。

 

『まだ……マだ食べる……アヒっ……!』

 千さんの斬撃は茎にあたる部分を交差するように捉えた。しかし大した痛手ではない様子で、ホッブズは再び大きな口から息を吸い込み始めた。

「まだだッ!」

「小夜!」

「はいっ!」

 千さんの攻撃1度で痛手を与えられる、などという希望的推測は私達の誰もが持っていなかった。であるがゆえに、千さんはその場で身を翻すような連続攻撃に移り、私とちー姉ぇも一気に距離を詰め攻撃を試みる。

 各々の武器が魔力を纏い、大きな葉や太い茎を切り裂く。深手を負わせることは出来ないが、少なくともダメージを与えることは出来る。その点はまだ気が楽だ。少なくとも攻撃を回避してくるような幽鬼達よりはずっと。

 

 

 私達の攻撃は、幽鬼の吸気という予備動作が完了すると同時に中断される。先程と同じ、礫の吹き付けか。あるいはまったく別の攻撃か。挙動に注目した直後、幽鬼の巨大な頭部()が私達と少し離れた地面を叩く。

「ッ!? 2人とも、跳んで!」

 何かを察したらしいちー姉ぇの、切羽詰まった声。地面を蹴って跳び上がった直後、今まで私達がいた地面を巨大な頭が通り過ぎていく。礫を吐き出しながらの全包囲攻撃とも言うべき攻撃だった。

「あんなことまで出来るようになったか……!」

「ですが、隙有り、です!」

 ハルバードの穂先に魔力を充填し、薙ぎ払い終えてもたげあがる頭部目掛けて投げつける。変則的な発動だが、空中からであればエアリアルストライクはむしろ便利な技だ。突き刺さったハルバード目掛けて、魔力を伴った蹴撃とハルバードを抜き去る際の斬り上げ。その全てが幽鬼にクリーンヒットする。

 

『ギヒッ……痛い……痛ェなァ!』

「お前が……お前は言うなあぁッ! タレェェス!」

 呻く様な声を上げた幽鬼に、怒りの地雷を踏み抜かれ激昂の叫びをあげたのはちー姉ぇだ。味方ながらに、姉ながらに威圧感を感じ、思わず声の方向を見る。大蛇を纏った大男を傍らに、打刀を順手に、合口を逆手に構えた千暁さんがそこにいた。

 

 

『ぎ、ァ……?』

 相楽(大嘉) 小夜の代行者としての真骨頂、本人と守護者の分離した動作による同時攻撃が遺憾なく力を発揮する。挟撃、連撃、陽動と不意打ち。豊富な経験から私では目で追うのがやっとの怒涛の攻勢が、たった1人の代行者によって繰り広げられていた。

 本来単独では物理的に成し得ない、2方向からの連撃を始めとした攻撃が、幽者の命だけではなく精神をも削り取っていくのが分かる。数値化されている訳ではないが、確実にそうと言える光景がそこに広がっていた。

 

 

 

「凄まじい、な……怒りに呑まれる、薄氷のようなギリギリのラインで精神を保っている」

 今の戦況に突っ込むのは自殺行為だ、と共通の認識を持った千さんが、いつでも援護に入れる姿勢のまま呟いた。戦闘技術ではなく、精神面のコントロールを褒めるその言葉に、私は妙な違和感を感じる。

 確かに、今のちー姉ぇは静かに怒っている状態にも見える。しかし、地雷を踏み抜かれたとはいえ、あそこまで表立って怒りを見せるちー姉ぇを見たことは無い。そこまで考えが及んで、ふと頭の中で点と点が光の筋で繋がった。

「っ、マズイです! 千さん、フォローだけ頼みます!」

 そうとだけ千さんに言い残して、私はちー姉ぇの剣閃の嵐へと突っ込み始めた。このままだと、嫌な予測が現実になる――――!

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