私の頭の中に閃いた、点と点が結んだ予測が現実となる前に、それを断ち切るべく嵐の中へと飛び込む。予測。ちー姉ぇの暴走と、それに伴う視野の狭窄から来る自爆特攻めいた戦法の採用だ。
確信がある。なんせ、私がそういう傾向があるし、ちー姉ぇは私の姉なのだ。そうなるという条件が揃えば確実にそうするし、その条件が揃いつつある。
私とちー姉ぇは、共に同じ事件にトラウマがある。私はその事件で一度死に、ちー姉ぇは家族を目の前で殺された。そして、その犯人が今目の前にいて、そいつは私達が受けた傷より浅い怪我に弱音を吐いた。
正直、私も一瞬頭が真っ白になりかけた。が、ちー姉ぇの怒りに曝されて、ほんの少し冷静になれたのは幸いだった。今でも私の中で奴を許すまじという怒りはある。あるが、今だけはきっと、ちー姉ぇよりも冷静に怒っていた。
ちー姉ぇの暴走を事前に止め、視野を元に戻すのであれば――――簡単な方法が一つある。私が暴走するフリをすればいい。私達姉妹は、きっと結構な似た者同士な部分が多い。他者が滅茶苦茶に怒っていたり焦っていたりすると、自分は少しクールダウンする性質が、他人より強い。そんな自覚が私にもある。
まずは一手。
「ヘーゲルゥッ!」
殊更に声を張り上げ、代行者を傍らに現出させる。私が今までで一番感情に身を任せた時よりも、なお大きな声で。怒りに我を忘れる直前であっても届くよう。
もう一手。
「ッ、な……!?」
ちー姉ぇの攻撃に割り込むような位置取りで飛び込み、既に我を忘れているような素振りを見せる。味方の攻撃すら見えていないと分かれば、それはもう冷静さを失っていると思われるだろう。実際には、ちー姉ぇの攻撃のギリギリを狙って飛び込んだ訳だが。正直肝が凍るかと思った。
背後でちー姉ぇが私に届きかねない斬撃を中断したのが分かった。と同時に、幽鬼が大きな頭を振りかぶる。
更に一手。
振りかぶられた頭がどういう動きをするか、なんて戦闘中には考えるまでもない。平時の私なら、単純に回避して反撃に繋げるだけの行動だ。では、そうしなかった私は、他者からどう映るか。
「っ、く、ああぁぁっ!」
「小夜!?」
代行者としての加護、
「っ、くぅ……!」
跳ね返された大頭は、その勢いを殺し切れず、結果としてちー姉ぇのいる位置へ再度落ちてきた。攻撃としての動きではないのだろうが、大質量の物体が落ちてくるのは十分に脅威だ。
ちー姉ぇは飛び退くだけでは間に合わないと踏んだらしく、逆手に構えた合口で幽鬼の頭を受け流しながら飛び退いた。本来の彼女であれば飛び退くだけで退避できるだろうが、故に咄嗟の受け流しも多少ダメージを受ける程度に精度を欠いているように見えた。
「2人とも無事か? 奴の動きを止める、一旦距離を取れ!」
落ちてきた大頭は僅かな隙を見せただけで再びもたげ上がったが、そこへ千さんの
特段特別な効果が無いように見える
「全く、いきなり飛び込むから焦ったぞ」
「すみません。下手に後ろから声を掛けると隙を生みかねなかったので」
「不甲斐ない限りで……」
距離を取って早々、横並びになって出方を伺いながら声を掛けてきた千さんに応える。隣のちー姉ぇも肩身が狭い思いをしているのがありありと伝わる声色で漏らしたのが聞こえた。
「まあ、とは言え私も含めて、ここにいるのは奴に対して腸が煮えくり返っている者だけだ。咎める権利は誰にもあるまい」
「そうですね。私も、アイツの頭を叩いただけでまだ不完全燃焼ですし」
私の一言を区切りにしたかのように、千さんは2振りの刀を、ちー姉ぇは1組の刀を構え直す。当然、私もまたハルバードを構え直していた。
さて、私達の戦闘力や戦闘スタイルを鑑みると、全員が所謂近接型であることは兎も角として、前に出て攻撃を受け止めるタイプの役割は私が一番適しているのはこの場においても変わらない。
私が使える
千さんの様に機を見て突っ込み連撃を入れて離脱するという流れを繰り返すタイプや、ちー姉ぇの様に
「では、私が前に出ますので、後ろからの支援をお任せします!」
まあ、ごちゃごちゃ考えても何か変わるわけではないが。自分を鼓舞する為にも一度石突で地面を叩き、甲高い音を響かせる。反動で柄を手中で滑らせ、軽く持ち手の位置を調整すると共に、地面を蹴って一気に接近を試みる。
「やっ!」
接近するときの低い姿勢から、跳ね上げる様にハルバードの斧刃を振り上げる。ダメージの有無より、こちらへ気を引くことを重視して、相手の視界にハルバードと私が映るよう攻撃する。狙いは正しかったようで、目の見当たらない顔はそれでも確かに視線を私に向けていた。
内心、冷や汗が噴き出しそうな恐怖が渦巻いていた。向こうは一撃でもクリーンヒットを出せば、私を豆腐の様に潰すことが出来る。対して私は、単純な攻撃だけでは傷らしい傷も与えられない。
そんな、圧倒的な戦力差のある相手に睨まれる。怖くない訳がない。でも、この恐怖心を御すのは初めてではない。幾度もこれを経験して、今は
「噛み砕け!」
「燃え散れ!」
こちらに敵の注意が向いている間に、準備を整えたちー姉ぇと千さんが強力な
ちー姉ぇのは、前に見たことがある牙を生み出す
千さんは、魔力を乗せた斬撃を交差させるように放っていた。更に言えば、その斬撃は魔力の刃となって飛んでいく技のようで、二段構えの技らしい。
兎も角として、私達の基本戦術は、私が前衛として気を引いている間に、残りの2人が高火力の攻撃を叩きこむというもの。特別なドクトリンも何もない、極めてオーソドックスな戦術だが、だからこそ幽鬼1体のみを相手に出来る今は有効な戦術だ。
「小夜、右だ!」
背中から飛んできた千さんの声に、掻い潜るように
一歩後ろにいる2人からは、私よりも広い視界から時折こうして声が飛んできている。これもまた私達の基本戦術における恩恵の一部だ。
勿論、後ろ2人に幽鬼の視線が行きそうになる度に、私が脅威である事を示すための攻撃をすることも欠かさない。私が前衛でいる為には、前衛でいるだけの意味が無ければ成立しないからだ。
『はら……ガ、へっテきた……!』
何度目かも分からない、空腹を訴える声。千さんが言うには、彼女が知る頃より数段理性が無くなっているようだから、そうした
「いい加減黙れ……ッ!」
2人も代行者を傍らに勇猛果敢といった様子で攻め立てる。が、理性が飛んでいることの対価なのか、身体能力におけるスペックが非常に高いホッブズが倒れる様子はまだ見えない。
攻撃が効いていない、と言うわけではない。が、圧倒的な体力量を削り切れていない。手を緩めた途端回復するようなトンデモには見舞われていない。いないが、砂浜の砂を手だけで全て運びきれと言われているような感覚だった。
「毎度毎度、何か大きな一手が足りないね……!」
飛ばされた礫を紙一重だけで回避しながら切り込むちー姉ぇが漏らした。全くその通りで、私達の攻撃を回避しながら出せる火力では、岩山に素手で挑むがごとし手応えしかない。
対して、幽鬼からの攻撃はますます苛烈になる一方で、当然攻撃に回せる意識、立ち回りのリソースは目減りしていく。
立ち回りの改善、又は火力の増加。いずれにしても、私達が今足りていない一手がそれで、私達が毎回強大な幽鬼との戦いで足りないと歯噛みするのがそれだ。
今までの戦いでも、例えば天音さんの乱入による視覚外からの一撃であったり、天音さん久遠さんとの連携という単純な手数の増加を見込める状況であったり。
今回は千さんという戦力増はあったが、同時に今まで手を貸してくれた天音さん久遠さんの2名が不在。差し引きで言えばマイナスだ。
「手の内を読めても、こうも釘付けにされてはな。私が、あるいは全員がタイミングを合わせて理念解放をしたとて……いや、あるいは」
「成程。やってみる価値はある。小夜、まだ理念解放はできる?」
「はぁっ! ……えっと、はい、何とか。その、考えがまだ見通し切れないんですが……!」
腕に相当するであろう部位の、柊めいた刺々しい巨大な葉による攻撃を受け止めながら、背後へ声を投げる。私が前衛として攻撃を受け止めているのは確かだが、それでも戦闘中とは思えない整った語調の彼女らの戦力たるや、と言った思いもついでに投げる。
「そこまで複雑なことじゃない。やれるだけの最大火力を、可能な限り纏めてぶつけようと言うだけだ」
つまるところ、全員で守護者を呼んでゴリ押しする。それが、彼女らの辿り着いた答えだと理解した。