CRY'sTAIL   作:John.Doe

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渦巻く万斛の格律
渦巻く万斛の格律-1


「待たせたかな? 次のシレンの用意が整ったよ。準備ができたら辺獄においでよ」

 朝、軽く食事をとって身だしなみを整えた頃に携帯電話が鳴った。出てみれば早々に聞こえる、幼さとイラつきを感じさせる間延びした声。

 文句も礼も言う暇を与えずに、フェレスの方から言うだけ言って通話が切られた。しかし────

 

 

「……まさか悪魔から電話がかかってこようとは」

 着信履歴に残る、切られたばかりの非通知着信。あの不気味な兎だか熊だかよく分からないぬいぐるみを抱いて、もう片方の手で通話するゴスロリに身を包んだ悪魔を想像すると妙な光景だ。

 とにかく、先に進む道が見つかったのなら急がねばなるまい。あ、その前に千暁さんに連絡を入れるべきかな。

 

 

「朝早くすみません、千暁さん」

「ううん、私もさっきメフィスから連絡をもらったから大丈夫よ」

 以前の着信履歴から千暁さんに電話をかけると、予想通り電話は繋がった。そして私にフェレスが電話していたタイミングで、メフィスから千暁さんにも電話はかけられていたらしい。

 お互い辺獄に行くことに不都合は無く、すぐに辺獄で落ち合うことになって通話は終わった。

 

 

 

「さて……と」

 部屋に置かれた姿見に自分の姿が映る。その状態で代行者としての証明でもある印を指で切り励起させることで、辺獄への門が開かれる。

「うっ……!」

 人によって変わるらしい代行者の印。私の場合は、右脇腹だ。服を少しめくり上げ、指で切る。励起した印が返す刺激は、まだまだ慣れそうにない。

 

 

 

 眩い光が散り、目を開ければそこは……多分辺獄だろうという場所だった。今までみてきた辺獄とは様相が大きく異なり、しかし共通して感じる非現実感はそこが確かに辺獄だと確信するに足る。

 

「お待たせ、小夜。いよいよ2層目ね、辺獄としてはまだまだ浅いけど、油断は禁物よ」

「おはようございます。そういえば、結局昨日の幽鬼は何だったんでしょう?」

 辺獄に降り立ってすぐ、千暁さんと合流できた。昨日の幽鬼のような強力な存在がもしこの層にもいるのなら、と考えると油断どころではない。

 

「待っておったぞ。ふむ、少しは代行者らしくなったかの?」

 唐突に私達の目の前にメフィスとフェレスが現れた。心臓に悪いし、そのワープでいきなり出てくるのは止めてほしいんだけれど。

 丁度いいとばかりに、千暁さんは昨日の黒い少女の幽鬼について悪魔、即ち辺獄の管理者に確認することにしたようだ。

 

 

「黒い少女……分かんないねメフィス」

「そうじゃなフェレス。少なくともワシらが把握している中にはそんな幽鬼はおらん」

 私達が伝えた特徴に、悪魔の双子は少し真面目な表情になって答える。どうやら、結構重大なことのようだ。

 姿や使ってきた魔法、そして戦闘力をもう少し細かに伝えると、悪魔2人はより険しい表情になる。

 

 

 

「ワシらが把握できておらんのは、基本的にまだ力をつける前の幽鬼くらいじゃ」

「でも小夜ちゃんと千暁ちゃんが言うくらい強い幽鬼を、ボク達が気づけないとなると」

「私達じゃどうこうできそうにない案件ということね。もし、私達に影響がありそうなら教えなさい」

 暗にお前達でどうにかしろ、と。千暁さんはその幽鬼の調査を悪魔達に押し付ける。凄い、どっちが雇用主なのか分からない。

 しかしメフィスとフェレスにとってもそのつもりらしくて、文句が出ることはなかった。逆に言えば、それだけ重要度の高い案件という証左だ。

 

「じゃあその幽鬼はボク達に任せて。それでこの層だけど」

「特段代わり映えしない場所のようじゃ。しかし忘れるでないぞ、時間には限りがある」

理念(イデア)も忘れずに集めてきてね」

 言い残して双子は消え去ってしまった。

 

 

 改めて、降り立った新たな層の辺獄を見渡す。今までと同じように、道や建築物が宙に浮いた景色。

 しかし今までと違って、浮いているのは一般的な民家のような見た目ではなく、ビルや公共施設のようなものになっている。車も浮いていた。

 

「随分と、何というか都会的ですね」

「うん、具体的にどの辺りなのかまでは分からないけど」

 橋のようにかかる道もあるようだが、私もここがどこを元にして作られた場所なのかは思い当たらない。

 確か代行者の記憶に紐付いて形成されるケースが多い、って話だったから、多分行ったことがあるか、少なくとも聞いたことがある場所だとは思うけど。

 

 まあ、ここが何処なのか分からなくてもさして問題にはなるまい。この先に出てきそうな幽鬼の推測はできるかもしれないけど、出来なくとも進めないわけじゃないだろうし。

 

 

 

 都会らしさを感じていたのはこのせいかもしれない、と思うほど整えられた通路を進んでいく。左右に曲線を描く通路はなく、将棋や囲碁の盤上のように曲がり角も別れ道のつくりも垂直、並行に並んでいた。

「……ここまでキッチリと道があるのは初めて見るかな。少し不自然なくらい」

「広間もあまり見当たらないですね。代わり映えしない分、迷わないようにしないと……」

 

 そう言えば京都とか北海道に、計画的に道を敷いてこういう風に升目状になってるところがある、なんて聞いたっけ。

 そんな風に、子供の頃教科書で読んだことをぼんやりと思い出しながら歩くと、ついにこの層では珍しい広間に差し掛かった。

「千暁さん、あれは……」

「いい? 層が深くなればなるほど、そこにたむろする幽者も幽鬼も強力なものになる。同じような見た目だからと侮るのは駄目」

 広間にはやはりというべきか、幽者達がたむろしていた。幽鬼は確認できない。

 

 そして千暁さんとの会話にあったように……幽者達の大まかなシルエットは、昨日までに見たものとほとんど同じだ。色が違うだけ、と言っても差し支えないだろう。

 だがメフィスやフェレスも、そして千暁さんも言った。層によって幽者達は強さが異なり、深いほど強くなると。まだここは2層目だけど、その違いがどれ程なのか、私は知る必要がある。何故なら。

 

 

 

「小夜、昨日貴女に教えたこと、忘れてないわね。常に使い方を考えながら、ハルバードを使いなさい」

 

 

 

 そう。闇雲にハルバードを振るうことを咎められた私は、扱いの習熟を言い渡された。

 習熟と言っても、師もマニュアルもない中でどうすればいいのかよく分からないけど、きっと戦うなかで何か手がかりがある……と信じたい。

 

 

 ハルバードを握る手にすらも意識を向けて、私は幽者の集まるなかへ走り寄る。千暁さんが言ったことを少し踏み込んで解釈するならば、大振りの攻撃だけでは厳しいということだ。

「ふっ!」

 柄を気持ち短めに保持して、前方を小さく斬りつける。そのまま穂先を突き出して緑地に紫の水玉模様の布を被った幽者を貫く。

 

「やっぱり、仕留めきれない……でも!」

 幽者を突いた穂先を戻さぬまま、体を捻りながら後ろに回り込んでいた竜の幽者を斬りつける。今までのように全力で突いていたなら、後ろの幽者への対応は間に合わなかったかもしれない。

 

 

 数体の幽者に囲まれつつあった私。すぐにでも囲いを抜け出したいところだけれど、隙間は見当たらない。それでも。

「そこか!」

 最初に斬りつけ、突いた幽者を再度斬りつける。既に傷ついていた幽者は小さな振りの斬撃にも耐えきれず煙と消えた。

 囲いに穴が開き、左右に残っていた幽者を斬りつけながら抜け出した。千暁さんくらい身軽で戦闘慣れしていれば、あえて囲まれたままでいる選択肢もあったかもしれないけど、私にはまだ無理だ。何より、今でもやっぱり幽者は怖い。

 

 小振りな攻撃を仕掛け続け、よろけたり周りに敵が少なかったりといった隙を見つけ次第、必殺の勢いでハルバードの刃を叩きつける。

 理想を語るだけなら簡単だし、実際にそこまで上手くいっている訳ではないけれど、意識の違いは明確に戦いに出ている……と思う。

 実際前の階層で戦っていたときよりも後ろをとられることが少なくなった。考えることが増えたから負担はあるが、びっくりすることが減ったから総合的には負担は減ったと言えるだろう。

 

 

 みっつほど広間で幽者や幽鬼を倒し終わって、少し落ち着けるタイミングができた。辺獄の中では太陽の位置が変わることもないから、どのくらいの時間が経ったのかいまいちよくわからない。

 

「小夜、疲れはどう? まだ行けそう?」

「まだ大丈夫です。それに休んでる暇も無いですし」

「無理してリタイアするよりは、たまに休む方が良いことは覚えておいてね」

 それでもまだ余裕があることは事実で、千暁さんもそれを分かったらしく先へ進むことにした。

 戦い方を変えようと努力し始めたばかりだから、まだやっぱり疲れは感じるけど……こういう疲れも、今後は慣れてくるんだろうか。

 

 

 

 それからひとつ、幽鬼を倒したときの思念への対処……これはやっぱり、まだ慣れない。あるいは、慣れきってはいけないのだろうか。

 千暁さんの教えてくれた「泣く」ことによる対処は、きっと一番負荷が少ない方法なんだろう。けど、戦闘中に泣いたり抗っている暇もない。この前幽者に背後をとられ、千暁さんに助けられたときに痛感した。どうにかしなければ……

 

 

 悩んでいる私を見透かすように、到着した広間には幽者や幽鬼がたむろしている。こう何度も遭遇していると、流石に鬱陶しさを覚えてきた。

 なんせ幽鬼は中身が個体ごとに異なるとは言え、外っ面は変わらない。幽者は更に、中身を感じない。倒しても倒しても沸いてくる、言ってしまえば退治しきれない虫のような感覚さえある。

 

 倒すことだけに関して言えば、何てことはない。ハルバードを如何に上手く扱うか考えながら戦う余裕が今はある。

 袈裟斬りの剣筋を、柄を手前に滑らせながらコンパクトに振り抜く。威力は下がるが、連なるように寄ってきた幽者へ素早く身体を回すように捻りながら刃を叩きつけることができる。

「潰れろ!」

 2体目の幽者を斬りつけた直後、幽者の列の横へ回り込むように跳んだ。竜の翼(ウイングプレス)は横へ大きく広がり、列の幽者を悉く叩き伏せる。

 

 竜の翼(ウイングプレス)を以てしても、仕留めきるには届かない個体が殆どだ。けどハルバードを構え直し呼吸を整える隙が生まれた。

 大きく息を吸い込んで、吐き出しながら跳ぶ。生き残った個体はいずれも、それなりの強さの攻撃ならとどめを刺せるはず。まずは目の前、飛び掛かった個体へ体重を乗せた突きで道を開く!

 

 

「これで……終わりか……」

 数にして6の幽者を斬り伏せ、わずかに落ち着かない肩を宥めつつ周りを見渡す。残っている幽者はやはりいない。

「そわそわしてるね。何か感じる?」

「勘違いでしょうか……誰かが見ている、ような……」

 隣へやってきた千暁さんが、私の言葉を受けて周りを見る目付きが少し鋭くなる。しかし、何か感じとることはなかったようだ。

 

 千暁さんが感じない視線、あるいは気配。私が千暁さんすら感じられないものを感じ取れるものだろうか……

「多分考えすぎですよね。変なことが多過ぎて、少しおかしくなってるのかも」

「……ううん、少し警戒しておきましょう。辺獄は、反映しているものの元になった者ほど感覚が鋭くなるから」

 こちらの瞳を覗きこんだかと思えば、意外にも私の感覚を肯定してくれた。

 しかしその内容を鑑みれば、つまりこの層は私に関連しているかもしれない、ということ……もしそれが正しければ、私は次は何と向き合うことになるんだろう。

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