「……なあ、やはり誘い込まれたんじゃないか」
「まあ、罠だと分かって踏み込んだわけだし、誘いに乗ったのは確かかな」
千さんの困惑に応える様に、二振りの刀を手に背を預け合うちー姉ぇ。私もまた、天音さんと共に背を合わせ、4人がそれぞれ4方向を警戒する。
理由は単純、私達は広場に溢れ出さんばかりに出現した幽者、幽鬼達に囲まれたからです。尤も、そろそろかなとは思っていましたし、いずれは来るだろうと思ってもいたので、驚きや恐慌もなく。
「じゃ、孤立しない様にだけ!」
「分かってら」
真っ先に、隣り合う形になっていた
要は、私と千さんもそれを見越した上で行動する必要がある、ということ。先の2人に続くように私と千さんも
「敵はそこまで硬くない。が、厭らしい奴と火力が高い奴が多い。気を付けろよ」
敵への牽制で通せたダメージ等から判断したのであろう、天音さんからの警告を胸中に留める。幽者、あるいは幽鬼の攻撃パターンは、その外見で分類される種類によってある程度決まっている。種類自体も多くないので、私達にとって未知の攻撃パターンというのも殆ど無い。
ここに集ったのは、魔術師のような幽者とゴリラのような幽者が中心で、あとは少数の竜のような幽者がいるくらい。遠距離からの状態異常攻撃持ちである魔術師と、見た目通りの近距離パワー型のゴリラ。そして、純粋に遠距離から火力を差し込んでくる竜。未知の幽者達ではないが、厄介な組み合わせである事は確かだった。
さて、厄介な敵ではあるが、さりとて苦戦をするかと言われると相手の数相当の苦戦しかしない、というのが私の考えだ。未知の相手ではない以上、戦況予測の精度はそこまで悪くないと思う。
加えて、私達はそれなりの経験を重ねた代行者で構成されたグループ、というのもある。油断しなければ、乗り切ることにさしたる問題はない、という程度だ。
「やぁっ!」
ハルバードの斧刃で近寄ってきた竜の幽者を叩き斬る。振り下ろしたハルバードを手元へ手繰り寄せながら、周りへ視線を飛ばす。言語にしたものの、ほとんど無意識に行った、記憶にないものの身体に染み付いた行動だった。
「燃えろッ!」
至近距離、ハルバードの戦闘レンジに幽者達はいない。しかし、天音さんが相対している方角に多少敵が固まりつつあった。近接武器の間合いで対処している天音さんに当たらないよう、
至近距離の敵を何らかの
反対側、ちー姉ぇと千さんが戦っている方角からも絶え間ない戦闘の音が聞こえている。私と天音さんと違い、2人は刀の2刀流ではあるが、その音はまるで違っていた。
只管に幽者達を切り裂き続ける、荒々しくも不安定さのない、剛毅果断とも言うべき戦闘スタイルの千さん。対して、敵を切り裂く音に混じって敵を蹴り抜く様な体術の唸る音が聞こえるちー姉ぇ。正統派の千さんと、何でもアリなちー姉ぇ、とでも言うべきか。
いずれにしても、戦闘力という面で見れば私からは雲上のそれだ。天音さんもそうだが、瞬く間に幽者、幽鬼はその数を減らしていく。気を抜けば、私が手柄を立てるどころか全部押し付けたような絵面になろうとしていた。
「……今ので最後、だな」
煙となって消える幽者をしっかりと見据えつつ刀を収め、千さんが呟いた。取り囲んでいた幽鬼達は特異な存在なのか、倒したときに思念を生まずそのまま消えてしまっていた。
「不気味な幽鬼達だ。これで終わりとも思えない罠だし、どうにも嫌な雰囲気だな」
「……あるいは、そう思わせることが罠、かもな。出てきた幽鬼共のバリエーションを考えると特にそう思う」
こちらが罠を見破る事を想定した、消耗させるための策ということか……有り得そうな話ではあるけれど。そうなると、有効な対応策はあまり多くはないだろう。
「つまるところ、過剰な警戒はせず、出てきた罠を踏み潰すつもりで前進するのが一番良い、と?」
「……ざっくり言えば、そうだね。大分荒っぽい言い方にコンバートされたようだけど」
「ま、やることは分かりやすくて良いんじゃねぇの」
私の割と恣意的な表現に、ちー姉ぇと天音さんはそれぞれイメージ通りにリアクションを返してくれる。千さんはこの光景に若干引き気味でこちらを見ていたが、それはそれで割と想像通りだ。
私達の行動方針修正が終わって以降、進むごとに散発的な幽者達の襲撃はあったものの……何れも最初と比べると規模が小さい。普通に辺獄で戦っていた時と同等の規模で、障害になることなく歩みを進めていた。
むしろ、敵の数よりも質が問題だ、という雰囲気が私達の間に流れている。それも単純な、強い弱い、という話ではない。先程も感じた違和感が、ついに確信になったとでも言うべきか。
「思念を1つも落とさない……ですよね。不思議というか不気味というか」
「恐らく、だけど。私達が見てきた奴らとは違う……語弊はあるけど、真っ当な手段とは違う形で生み出された幽者だと思う。例えば――――」
「幽鬼が生み出した、か」
ちー姉ぇの予測を、答え合わせの様に天音さんが引き継ぐ。神妙な顔で首肯したちー姉ぇも、同じ結論に至ったらしい。例えば、とは言ったものの、ほとんど確信しているようだった。ここで2人が言う"幽鬼"も、ほとんど分かり切った相手でもある。
果たしてちー姉ぇと天音さんの推論は当たっているのか。あるいは、そもそも起こり得ることなのか。暫く広間を転戦する間頭の片隅で考えてみたが、当然ながら答えは出ない。それに辿り着くための方法を持っていないと知っているから、まあ諦めもつくというもの。それに。
「――――いますね」
「ああ。散発的な、薄気味悪いほど手薄な戦いの意図は直接聞くとしよう」
小さな広間。その先から濃密な死の気配が漂ってきていた。いつかに、初めて幽鬼と遭遇したときや……久遠さんと遭遇したときと同じような、巨大な嵐が迫りくるのを目の当たりにしたような状況。
「行きましょう。取り巻きがいる可能性もありますが、関係ありません」
まずは、1つ。私達を取り巻く因縁を清算する時が来た。
「あれ。もう着いちゃったんだ」
2度程折れ曲がる、そう長くない通路を渡り終えた私達を見るなり、広大な広間の中央にいたソレは呟いた。以前にも見た、学校の制服らしき衣服に身を包んだ、灰色の髪をツインテールに束ねた少女の姿。
「ま、中々経験も積んだみたいだし、あれじゃ足止めらしい足止めにもならないのは当然かな。それで、何の用? 正直、私もやらなきゃいけない事は多いんだけど」
「なら足止めとやらは要らなかっただろうが。テメェが消えるまでの時間は少しばかり伸びたみてェだがな」
案の定、というべきか。怒気と共に戦鎚を抜き、不良漫画よろしくな気迫を纏う天音さん。一気呵成に飛び掛からないだけ理性的と言えるだろうか。むしろ、こわいこわーい、等とぶりっ子する幽鬼の姫の方が対処に困る。
「……まあ、ここまで来ると、一度叩き伏せて訊き出す方向に切り替える方がいいんじゃないか」
「ですね。私達だって、思うところが無い訳でもありませんし。向こうも素直に話すとも思えませんし」
「んー信頼されてるねー私も。でも、残念だけど今日の私は、割と素直に答えるつもりなんだよね」