「あぁ……? どんな風の吹き回しか知らねぇが、アタシらが信じると?」
「信じるかどうかはどうでもいいよ。殺し合おうってことなら、それでも私は損しないし」
特に幽鬼の姫に対する恨みが強い天音さんと、邪悪な本性を隠しもしない笑みを浮かべる幽鬼の姫。両者の纏う
真正面から睨み合う両者だが、どちらからも動きを見せることは無い。幽鬼の姫はこちらの出方を窺っているのだろうが、天音さんは恐らく動こうにも強者相手に下手に動けない、というのが正しいところだろうか。強烈な視線と意思だけが、バチバチと火花を立てている。
「ふーん、てっきり飛び掛かってくるかと思ったけど。一応言っておくと、貴女達の質問に答えるくらいなら、デメリットが無いからなんだよね。多分、ある程度は知ってるんでしょ?
ピクリ、と自分の肩が跳ねたのを感じる。視線と話題を向けられたことに驚いてしまったけれど、そうか、
「幽鬼にも繋がるものなんですね」
「そっちの、二刀流の剣士さんは知ってるんじゃない?」
更に移動した視線の先にいるのは千さんだった。腕を組み、言葉を選んでいる様子の彼女は、ややあって口を開く。
「繋がる事は知っていた。が、偶発的なことなのか、条件を満たせば起こるのか。私も知らないことが多すぎた。情報として出せる状態では無かったのが正確なところだな」
苦虫を噛み潰したよう、とはこのことか。そんな表情で打ち明ける千さんは、ゆっくりと片目だけを開き幽鬼の姫を見据える。
「それに、仮に事実繋がったとして。それが質問に答える気になる事には結びつかん」
「えー? ああ、そっか。まだそこまでは繋がってないのか」
誰に向けているのか、あるいは無意識なのか。人差し指をあごにあて考える仕草にしても、思い当たった何かにポンと手のひらを打つ仕草にしても、疎い人ならばコロッと騙されそうな小悪魔感がある。
「私にとってはね、貴女達がこの先にしっかり辿り着いてくれる方がメリットになるの。貴女達が先へ進めば、私もお姉ちゃんに近づくことが――最後に会うことが出来る。いい黄泉路だと思わない?」
今までの悪意、害意に塗れたものとは違う、純粋な笑顔を浮かべながら幽鬼の姫は言った。一瞬、私達の間にあった怒気が、風で吹き流されるように消し飛び、そして直ぐに再度充満する。
「随分と都合の良い話をするね。散々周りを荒らしまわって、自分の最後は良い黄泉路を? ふざけるのも大概にして」
「幽鬼に倫理を期待する方が無理でしょ? それに、貴女達は本来得られなかったメリットを得る。私も得をする。ウィンウィンなのは確かだけど?」
再び顎へ人差し指を当てながら今度は笑みを浮かべる幽鬼の姫。私達の間に、葛藤と沈黙が満ちた。それを打ち破ったのは、怒りを
「ふざけろ。元々こっちはテメェと交渉に来た訳じゃねぇ。次の獲物までの道は、叩き伏せてから聞き出すつもりだって最初に言ったからなぁ!」
瞬きの間に距離を詰め、戦鎚を鋭く振りぬいた天音さん。その一撃はしかし、
「……まあ、天音の気持ちを汲むのも、仲間の条件か。仇敵も仇敵、私が天音でも、たぶん飛び込んだしね」
「そう、ですね。千さん、すみませんが込み入った事情は後です。今は――!」
「承知した。元よりそうなると覚悟はしていたさ」
各々が武器を抜き、構え、天音さんに並び立つ。それを見て、骸の竜へと姿を変え表情が見えない筈の幽鬼の姫が、呆れたように笑ったのを見た。
「あはは、野蛮だねぇ。まあ、付き合ってあげるよ。飽きるまではね!」
周囲へ赤黒い竜巻を吹き荒れさせるのを見て、一歩飛びのく私達。所謂風による竜巻とは違うのか、エネルギーの本流の合間から幽鬼の体躯が見えた。それを認識したと同時、私の戦闘における役割を改めて認識し、ハルバードを持つ手に改めて力を入れる。
「ッ、ここッ!」
魔力の炎を纏わせたハルバードで、竜巻を思いきり斬り上げる。今までは3度斬り付けていた炎の斬撃を、1度に全て解き放つ。やれる、とは思っていたがやるべき場面が無かった技術による技は、巨大な炎の刃となって竜巻を一息に切り裂いた。
「しゃあッ!」
私が竜巻へ間合いを詰めた直後から察していたのだろう。すぐ後ろに控えていた天音さんが飛び込み、同時にちー姉ぇと千さんの魔力によって作られたナイフと杭が幽鬼の姫へ殺到する。翼が牽制目的の
「やはりと言うべきか、一筋縄ではいかんな」
千さんが天音さんの穴を埋めるように切り込む。二刀の斬撃を回避と防御を交えながら捌く幽鬼の姫は、巨体の割に機敏な印象を覚えさせる。別角度からなら、と私も斬り込むがそれも翼を滑らされるように逸らされてしまった。
「小賢しい手を……!」
「そこの2人くらい経験を積んでから出直してねっ!」
突如突っ込んできた巨体を回避しきれず、武器を差し込んでダメージを軽減した私と千さん。追撃として回転する魔力の刃を飛ばされ、回避に徹さざるを得ない。
その間にちー姉ぇの
「そーれっ!」
魔力を滾らせる幽鬼の姫に、背中に覚える悪寒を堪える。収束の仕方に見覚えがあった私は、咄嗟にハルバードの刃へ魔力を集中させ、発動を確認するよりも早く振りぬいた。
「へー? ちょっとはやるじゃん」
魔力による竜巻は、不発ではないが成立する前に阻まれ、霧散した。私の
余裕があると言わんばかりの幽鬼の姫の言だが、動揺を隠したのか、直後に襲った千さんとちー姉ぇの斬撃へ対処が一瞬遅れる。血、ではなく火花が散り、巨大な骸の竜が一瞬ながらぐらついた。直後、足へとんでもない量の魔力を湛えた天音さんが蹴り込み、ついに有効打が入る。
「っ……チッ、ちょこまかと邪魔くさいなぁ……!」
苛立ちが表に出始めた幽鬼の姫に、手を休めることなく攻め立てる私達。幽鬼の姫は回避や防御がおざなりになりつつあり、代わりと言わんばかりにカウンターのように巨体や尋常ではない魔力量による攻撃が増える。
「このままじゃ消耗が多い……天音!」
「……わぁーった。前は頼むぜ」
「勿論。小夜、千。悪いけど前線に付き合ってもらうよ」
合口を鞘に納め、打刀を両手で保持する構えへ切り替えたちー姉ぇが一歩前へ出る。何か策がある、というところまで理解すれば私にとっては十分だ。追随するように前へ出て、ちー姉ぇと共に幽鬼の姫の攻撃を受け止める。
「……分かった、この際一蓮托生という奴だな」
千さんは、私とは違う。けど、少しの逡巡を挟んで策に乗ることを選んでくれたらしい。既に2人の前衛がいる状況だからか、弧を描いて飛ぶ魔力の黒い杭をいくつも撃ち出し、射撃戦を行う構えのようだ。
恐らく……恐らくだが、天音さんの使う、魔力強化を伴った蹴りを主軸に添えるつもりなのだろう。魔力を練ること自体は、私以上に熟練の代行者である天音さんは瞬時に終える。それでもなお、時間をかけて魔力を練るという行為から導かれる、そんな
過度な期待は出来ない。そもそも、幽鬼の姫自体並の幽鬼が消し飛ぶ攻撃でも受け止めてしまうタフネスがあるのもそう。それに私達が気を引いている中でも、天音さんが何かをしていることに気付いて、回避行動をとるかもしれない。直撃しなければ、攻撃の威力は激減してしまう。
「たああぁっ!」
今の私にできることは、幽鬼の姫の気を少しでも引き付けることだ。だから私も、出し惜しみせずに魔力を使う攻撃を大盤振る舞いで奮い続ける。あからさまに魔力を温存しては、私を脅威とみなさないだろう。
「っ、いい加減倒れてくれないかなぁ!」
巨大な翼に生えた爪が襲い来る。ハルバードの柄を回すように受け止めて逸らし、しかし飛び散る大量の火花と伝わってくる衝撃に蹈鞴を踏む。直後に放たれた回転する魔力の刃が私達3人を襲った、その瞬間。
「終わりだ」
底冷えする程の、徹底的に抑えられた殺意を爆発させた天音さんが、蹴撃を幽鬼の姫へ突き刺した。