「は……ッ、やる、じゃん……死ぬかと、思った……」
立っているのがやっと。そんな様子で、吹き飛んだはずの幽鬼は、
「チッ、まだ生きてやがるのか……!」
天音さんの攻撃とほぼ同じタイミングで、どうにか攻撃を捌いた私達だけど、かといって即座に攻撃に転じられはしない消耗があった。膝に力を入れて、どうにか立っている。ここにいる全員が、そんな状態だ。
「あーあ、もう。服も煤だらけで最悪。このまま戦っても得しないし、いいよ、先に進んで」
「は……?」
「言ったでしょ、貴女達が先に進むのは、私にとってもメリットがあるって。それに、この先に何も障害が無いわけじゃない」
少しずつ息を整えながら喋る幽鬼の姫の言葉に、僅かに緊張が走る。ハルバードを握る、疲労で消えた手の感覚が少しだけ戻ってきていた。
「罠ってわけじゃないよ。貴女達だって薄々……というか、殆ど確信してるんでしょ? この先にはあの人がいる。私を辺獄に誘った、悪い悪ーい大山羊さんが」
誰を指しているのか、考えるまでもなかった。そりゃあいるだろう、という思いの方が強かったからだ。幽鬼チャーマーズ。院長先生という皮を被った大罪人。そしてやはり、目の前の
もしかすると、あの男さえいなければ。少なくとも私達姉妹は、家族を喪うことは無かった。幽鬼の姫が生まれず、天音さんも親友と引き裂かれることは無かったし、千さんも事件には巻き込まれなかった。そもそも幽鬼の姫だって、辺獄に引き入れられたから、後戻りが出来ないほど歪んでしまった可能性だってある。
たら、れば、の話をしても仕方ないことは分かっている。だが私達にとっては仇敵であることは確かだ。私達はチャーマーズによって、多くの涙を流した。
そんな男がこの先にいるのなら。私達の手で倒せるなら。復讐は何も生まないとは言うが、清算はできる。好都合とさえ言えるだろう。再び、ハルバードを握る力を強めていた。
横に立つちー姉ぇ、天音さん、そして千さんと視線と頷きを交わして、幽鬼の姫が開けた道へ進む。薄暗いが、それでも確かに先に続いている、と感じる道だった。
道を暫く進むと、ガラリと周りの景色は変わっていた。辺獄は層が同じなら似たような景色が続いていたものだから、その変わり様は私達を驚かせるには十分すぎることだ。そして、辺りを漂う空気の質が変わって、肌を刺すようなピリピリとした緊張が辺りを包んでいた。
いる、と直感するのは難しくない。これだけ強烈に威圧感をまき散らしておいて、気づかない方が難しい。広場の中央に「ソレ」はいた。巨大な、山羊頭の大男。巨大な斧を携えた幽鬼チャーマーズは、こちらを待ち構えるように仁王立ちしていた。
「来たか。と、いうことはアレは死んだのか」
「アレ? 幽鬼の姫のことなら、死んでいませんよ。彼女が私達をここに通したんですから」
「ハ……全く、ここぞという時に裏切るのは昔からか。
「ああ、間違いだったな。てめぇが幽鬼の姫を生んで、てめぇの首を狙う奴が集まった。因果応報ってことだろ」
臨戦態勢に入った天音さんに続くように、私達は全員が武器を構えていた。チャーマーズもまた、両刃の大斧を振り回すように担ぎ上げ構える。別の世界で倒された記憶があるからか、そこに油断は無いように見えた。
「むんッ!」
先に動いたのはチャーマーズだった。大きく横凪に振るわれた斧の刃は、練られた魔力が渦巻いている。それを認識した瞬間、私達は回避に動かざるを得なかった。嵐のように襲い来る魔力の刃の群れを、紙一重に、しかし危なげなく潜り抜ける。
一見広範囲への強烈な攻撃に見える一撃ではあったが、しょせんは小手調べの牽制に過ぎない。チャーマーズは幽鬼としての戦闘力は腹立たしいほどに高い。それでも牽制程度の攻撃であれば、回避する手段を見つけられない程、私も経験が浅いわけではなかった。
波のように迫る魔力を、地面すれすれをスライディングの要領でやり過ごす。起き上がる勢いで跳躍し、そのまま距離を詰めてハルバードの斧刃を叩きつけるように振り下ろした。
「ハ、思ったよりやる、が!」
「ッ!?」
ハルバードと戦斧の斧刃同士が火花を散らした直後、直感だけで武器がぶつかった反動と共に飛び退く。私の攻撃を受け止める隙に他の3人に攻撃をしてもらう心積もりだったが、それは読まれていたと、戦斧と魔力による接近拒否の範囲攻撃で思い知らされてしまった。
あの莫大な魔力での攻撃は厄介だ。今のように広い範囲に攻撃することも、きっと収束させて高威力攻撃として使うこともできるだろう。そして、恐ろしいことにそれは大技の類ではなく、小手先程度の攻撃でも使える程潤沢に魔力を持っている。
「どうしましょう……恐らく、一点突破の攻撃をしてくる、ということも読んでいるでしょう」
「かといって意識外からの攻撃も、タイミングさえ割れていれば全方位攻撃で無意味、か。厄介だね、戦い方も性格も」
何より、彼我の身体的なスペック差で、倒すには何度も攻撃を当てる必要があるはずだ。逆に、向こうの攻撃を一発でも貰えば、こっちは致命傷になりかねない。距離を詰めようと足を進めようにも、その事実が足を絡めとって地面に縛り付けてしまう。ちー姉ぇでさえも、それは例外ではなかった。
私達の魔力だって、実質的には無制限だが、出力のスピードが圧倒的に不利だ。トライアンドエラーだってそう何度も繰り返せる状況ではない。けど……実際は、もうそれしかない、のかもしれない。
「……分かりました。私にとっては、ここが実質的な決戦です。出し惜しみは、しません……!」
意を決して、竦む心と地面を蹴飛ばし、ハルバードの穂先を突き出しつつ突撃する。当然、穂先には先の範囲攻撃くらいなら打ち負けない程の魔力を湛えて。
慢心によるものか後の先狙いか、チャーマーズは先程から殆ど立ち位置を変えず、私達を迎撃するような戦い方だ。私の刺突突撃にも、同じように迎撃の構えを取っている。まずは、小細工無しの突貫――――!
「ほぉう?」
上空や左右に跳ばない私を見たチャーマーズが、そんな声を漏らした。と同時に、戦斧の面を斜めに構え、突きを受け流される。金属同士のぶつかり合いより先に、魔力同士の弾け合う感覚が返ってきた。上に弾き飛ばされる感覚に逆らわず、あえて握った拳を開けば、当然ハルバードは上空に弾き飛ばされる。
だけど、私は弾き飛ばされていない。
足に魔力を纏って、チャーマーズを蹴りつける。そのままチャーマーズを踏み台に、ハルバードが弾き飛ばされた空へ跳びあがった。代行者になっている今であれば、回転するハルバードを掴むことだって造作もない。そのまま、落下の勢いと共にチャーマーズへ斧刃を振り下ろす!
「少しは考えたか!」
踏み台にされた時にほんの僅かに踏ん張ったチャーマーズは、迎撃の体勢を取り切れない。とれるのは2つに1つ――飛び退くか、武器で直接受け止めるか、だ。
チャーマーズは受け止めるのを避け、その場を飛び退いた。けど、相手は私だけじゃない。飛び退いた勢いで武器を大きく薙ぐが、ここにいる代行者は皆歴戦の戦士達だ。各々回避と共に己の武器で斬り付け、初めて、有効打と言える有効打をこの戦いで与えることが出来た。
「ぐ……っ、少しはやるようだ。私への復讐心は本物のようだな」
「余裕ぶりやがって! 黒幕気取りの小悪党が!」
「小悪党だと!? ふざけるな小娘が!」
叫んだ天音さんと、叫び返したチャーマーズの武器が激突し、衝撃音が響く。体格の差に反して、2人の武器は互いに弾かれた。代行者の中でもインファイトに優れた天音さんだからこその結果だろう。
その隙に乗じ、私と千さんが魔力を練り上げ、
多勢に無勢ということもあってか、チャーマーズとの闘いは今のところ優勢だ。けど、私は爆炎と煙の中を、ハルバードを握りなおして警戒する。相手はチャーマーズ。これまで散々に私達の人生を滅茶苦茶にした相手であり、それはつまり、多くの魂を食らった強力な幽鬼ということ。天音さんが小悪党と評したのに反して、実力は侮るべきではない。
「ククッ、成程……あの弱々しい小娘共が、忌まわしくもそれなりに力をつけたことは現実として認めよう!」
煙の中で声を上げたチャーマーズの行動を待つことなく、私はハルバードを振りぬいて斧刃を叩きつける。戦斧で受け止められてしまったが、何らかの大技を阻止は出来たようで、魔力が霧散していくのを感じる。
「ああ、強くなったとも。お前達は何故そんなに強くなった。他人の魂を食らって強くなったお前達は、果たして我々と何が違う?」
「っ、戯言に付き合うつもりも、そんな事で今更躊躇うつもりもありません!」
戦斧に受け止められたハルバードを引き戻しつつ、一歩飛び退く。立ち位置は、三度振出しに戻った。そして、小手調べはお互いに終わったと言っていい。
これから始まるのは、
――――私達の