振出しに戻った立ち位置から、迎撃の構えを取るチャーマーズ目掛けて一息に飛び掛かる。今までと桁違いの殺意と、互いの得物の刃がぶつかり合う。
今までであれば、このまま押し合い、私が味方の攻撃に合わせるか力負けを避けるために飛び退いていた。けど、今回は撃ち合う刃の反動を使って、チャーマーズの頭上へと飛び上がる。飛び上がった瞬間を天音さんと千さんが狙って斬りつけ、チャーマーズは戦斧を横凪に払い迎撃する。
「ヘーゲル!」
「タレース!」
飛び上がった身体が重力に引かれる中、怒りを湛えつつも妙に冷静な頭で
初めて、チャーマーズは私達の攻撃を受けることなく、後方へと飛び退く。明確に致命的な一撃なのだ、と認識された。それは天音さんと千さんも同様に見たようで、2人もまた守護者を伴って、左右から挟撃を試みる。
「猪口才な!」
地面を戦斧で叩き、その衝撃波に魔力を乗せた一撃がチャーマーズの周囲を吹き荒れる。範囲はごく狭いものだったが、天音さんと千さんを迎撃するには十分すぎる範囲。2人は即座に飛び退きながら、味方ながらに恐ろしいまでの反射速度で黒と黄色の魔力杭を放つ。
「ッ、分かった……!」
ちー姉ぇが天音さんの一瞬の視線で意図を読み取ったのと同じく、私もまたその意図を汲んだ。ちー姉ぇが追加で放った魔力の杭は、天音さんと千さんが放ったそれらと共に、縫い留めるようにチャーマーズを足止めした。
「やあああぁぁぁぁっ!!」
「ぬ、ぐ、おああぁぁっ!?」
ボス格もボス格であるチャーマーズ相手に、この手の足止めが長く効くわけがない。ハルバードを投げつけ、地面と水平に跳んでハルバード共々跳び蹴りを敢行する。当然、ありったけとも言える魔力を込めて。
防御も出来ない無防備なところへの一撃。苦悶の声を上げるチャーマーズだが、瞬く間に魔力杭に込められた麻痺の呪いを跳ね除けると、そのまま私の脚を掴んだ。
「小夜っ!!」
マズい、と思った瞬間には、視界が瞬き、背中を中心に凄まじい痛みが襲ってきていた。それまでの光景と背中の痛みが、私がチャーマーズにぶん投げられたのだと如実に伝えてきている。
「まだ……まだ大丈夫、です……!」
「無理はするな……とは言えねぇか。けど無茶はすんじゃねーぞ」
「もう一波、来るぞ!」
千さんの声が聞こえた直後、紫色の魔力が巨大な斬撃の形として襲ってきていた。跳ね起きる勢いで魔力の刃を躱し、そのまま体勢を整えるように着地する。
一呼吸と共に戦場を見渡せば、痛みで錯乱しつつあった頭がクリアになっていくのを感じる。彼我共に、迂闊な動きは出来ない。だから数で有利な私達は、こうして一瞬だけ区切りを得ることが出来る。
戦況は動きつつある。しかし決定打と呼べるものは入っていない。お互いの致命的な手札を何枚か出し合って、ようやくこれだ。互いに致命的な一撃を加える為のミスを誘い、様々に小技をアレンジしてぶつけ合う。集中力を切らせば、一瞬で終わりだ。
ハルバードと戦斧がぶつかり合い、単純な膂力の差で弾かれるのを、可能な限り踏ん張って耐える。耐えたコンマ数秒の分、背後から迫る千さんの双刃が届くまでの距離を稼ぐことが出来るからだ。
だが、気配を察していたチャーマーズは私を弾き飛ばすのと同時に、武器ではなく丸太のように太く毛深い脚で蹴りつけ、回避を強制する。そして左右から挟撃を試みるちー姉ぇと天音さんの魔力が籠った一撃を、
「クソッ、戦い慣れてやがる……!」
天音さんが漏らした文句は、否定しようのない事実だった。私達という複数の代行者を相手にする戦いに、あまりにも慣れ過ぎている。不自然とさえ言える程。
「ここまで戦えるとは……院長先生を隠れ蓑に、人身売買に手を染めていただけでは……幽鬼としてのスペックだけでは、説明がつきません」
「その幽鬼はヨミガエリの為、多くの幽者と幽鬼を
聞き覚えのある声と共に、チャーマーズの足元から光の柱が爆発した。視界が眩んだかと思えば、それを切り裂くように透き通った
「すみません、本当は手を出すつもりは無かったんですが」
「零……まさかここで会えるとは」
こちらに背中越しに掛けられた声は、聞き覚えがありつつもトーンの異なるもの。着ている鎧の色だけを真逆にしたような、髪の長さや色も、立ち方も、剣の構え方も
「幡田零です。余計なお世話かもしれませんが、加勢します」
物静かで、けど芯の通った意志を感じる、強い声。久遠さんと姉妹である、と有無を言わさず理解させるだけの根拠が、その人から放たれていた。光で3枚の羽を象ると、それを射出し自らも突撃する。軽やかに振るわれた青い剣の軌跡は、熟練のそれだと一目で分かる。
「私にとっても、あの幽鬼は両親を奪って、妹を狂わせた元凶のひとつです。そして貴方達が、私の家族にとって恩人であることも、少しだけですが聞きました」
剣戟の応酬が一旦の区切りを迎え、飛び退いてこちらに戻ってきた彼女は、初めてその表情をこちらに見せた。久遠さんとは真逆の、深海や宇宙を思わせる青い瞳は、静かな水面のようにも荒ぶる海のようにも見える。
熟練とは言え、たった1人の代行者の乱入でしかない事象だった。しかし、私達からしても、恐らくチャーマーズからしても、確実に流れが変わったと思えるだけの何かが、
「みらいの奴が引き寄せたか……! 邪魔をするな、小娘!」
「千さん!」
「ああ!」
前に飛び込みながらチャーマーズの魔力の刃を躱し、そのまま手にした武器で斬撃を見舞う2人。戦斧を振るったことで出来た隙で、浅いながらも躱し切れない攻撃が通った。
ちー姉ぇや天音さんも十分以上に熟練の代行者だし、私も二度の辺獄探索のフィードバックで経験値的にはかなりのものな筈。しかし、それでもなおあの2人の戦闘からは、隔絶した何かを感じる。
無論、私達も千さん達に任せっきりにするわけにはいかない。千さん達に気を取られ、死角になった瞬間を狙って地を蹴る。練り上げる魔力が枯渇している都合、なんの強化もしていない斬撃だが、それでも気を引ければ上々だ。
毛皮の鎧を徹すには至らなかったが、それでも癪に障る相手からの一撃であることに気を取られたのか、こちらへ視線を向けるチャーマーズ。自分への被害を防ぐ為なら、ここで飛び退けば万事解決する。しかし、私の役割は、武器の取り回しを活かしたタンク役だ。
戦斧では遅いと判断したのか、チャーマーズは右拳を裏拳の要領で振るう。それをハルバードをぶんと振り回すように柄で受け流し、どうにかその場に踏みとどまる。弾いた、と気づいた直後には、四方から代行者達の武器が突き刺さる。
「小夜、今ッ!」
「はいっ!!」
突き立てられた武器には、麻痺であれ出魂であれ、動きを止める何かしらの呪いがそれぞれ込められていた。先程と同じで、長くはもたないだろうがチャーマーズの動きが確かに止まる。
私は、後ろ回し蹴りの要領で、僅かながらありったけの魔力を叩き込む。足裏に確かに蹴りつけた感触を感じ、同時により深く蹴りこむ。魔力の塊を、チャーマーズの身体奥深くまで叩きつけるように。
魔力による攻撃は、通常の物理的な防御――鎧や毛皮など――の影響を受けにくい。だから純粋な魔力を叩きつける攻撃は、こうして内部へ直接ダメージを与えるような、まさに致命的な一撃として叩き込むことが出来る。
蹴りつけていた足を引き戻し、ハルバードをいつでも防御に使えるように構える。他の4人も同じように、周囲を取り囲むように隙無く武器を構えていた。
「ふ、はは……呆気ないものだ……」
身動きらしい身動きは見せず、ただボソリとそんな声が聞こえた。チャーマーズの今際の際の言葉だと気づいた時には、目の前のチャーマーズは姿が紫色の煙に紛れるように崩れ始めていた。
「……これで、本当に終わりですね」
「ええ」
ひとつの、大きな因縁の終わり。呆気ないようにも思えるが、奇跡的な偶然と必然の積み重なりの結果。エゴを押し通した私達にも、何らかの形で帰ってくるだろう「終わり」が、目の前にあった。
思うことは色々とあるが、兎に角これで大きな問題が1つ終わった。あとはチャーマーズの思念を回収すれば、後処理も完了だ。
煙が晴れ、そこに残った濃紫の塊に、そっと手を伸ばした。