CRY'sTAIL   作:John.Doe

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永劫回帰の否定-6

『死後の世界、だと?』

『左様。厳密には、死後に魂が浄化されるまでの一定期間、じゃな』

『キミの殺した子がそこで暴れててねぇ、消しちゃうのは簡単だけど』

 

 思念が持つ記憶が見せ始めたのは、院長先生こと幽鬼チャーマーズ(赤夜 憲明)メフィスとフェレス(悪魔の2人)の会話だった。

 以前、彼が孤児院を用いて非道を始めた発端は垣間見たことがある。これは恐らく、その以前の記録なのだろう。

 

『辺獄、魂、ヨミガエリ、存在の改竄……俄かに信じがたい話だが、そんなものを利用しろと?』

『ボクらは辺獄の管理者。昔から……ずぅーっと昔から、同じことの繰り返し』

『見れるものと言えば死人の魂、その残滓。じゃから時折、外の空気を入れて(代行者遊びで)気を紛らわせるんじゃが』

『キミは代行者より、幽鬼の方が向いてそうだったからね』

 

 暫く考え込んで、悪い話ではないなどと呟きながら、幽鬼チャーマーズとしての契約を悪魔と結んだ。もう、男の心は壊れていた。元の、ただの心優しい父親に戻ることはなく――――ただ、復讐ですらない八つ当たりに人生と魂を捧げたのだ。

 

 幽鬼チャーマーズとしての最初の獲物(生贄)は、ただ近くの公園で遊んでいただけの2人組だった。お互いをお互いの前で痛めつけ、無感情に魂を2つ消した。そしてその魂の灯が消えたことは、現世では無かったことになる。

 

 

 

 チャーマーズにとって最初の獲物は、ただ悪魔達が伝えたことを実証するための実験でしかなかった。そしてチャーマーズは、最初で最後の復讐として、自分が子供を喪った事故当時の現場責任者の娘を探し出し……()()()()()両親の葬式で、自らが経営を始めた孤児院へと誘った。

 

 復讐に壊れてしまった人の心とは、こんなにもストッパーのないものなのか。それが最初に出てきた感想だった。精神的、肉体的問わず、思いつく限りの方法で振るわれる暴力。自らは表に立たず裏で糸を引き、黒幕とその子の味方を兼ねる立ち回り。

 

 

『へえ、その子の魂を幽鬼に?』

『ああ。貴様らであれば出来るのだろう? こいつには、醜く足掻き、そして死んでらもうことにした。幽者ではない、自我を持った幽鬼としてな』

『まあよかろう。ワシらにとっても、幽鬼をどこまで直接コントロールできるのか実験中じゃしな』

 

 復讐の標的となった娘は、死後でさえも弄ばれて、そして意図的に放置されて魂さえも碌に消えることが出来なかった。そしてそれを切欠に完全に吹っ切れたのか、チャーマーズの「八つ当たり」は本格的に動き出す。

 孤児院の子供達を見境なく手にかけ始め、それを対価に政治家や大企業の重鎮等に取り入り、子供達が不可思議に消えることを辺獄の機能とコネの併用でもみ消す。世間の孤児院に対する評価は、極めて良好なものとなった。

 

 

 辺獄に赴けば悪魔と取引し、現実ではお偉方と取引し、醜悪な欲を満たす姿は八つ当たりすら姿を消していた。最早彼の中で燃えた黒い炎は粘ついた欲にかき消され、ただの欲深い獣がそこにいた。

 

 

 そもそも、彼が悪魔達と接触した経緯は未だによく分からない。幽鬼としての姿で接触していた以上は、一度死んだと思われるが、死んだ状況も理由も垣間見ることは出来なかった。

 けれど、悪魔達が接触したのが「興味を持って」である以上、ある程度の推測は出来る。彼は接触以前から「八つ当たり」を始めていて、その報いを受けた。そして死後の世界で、この記憶の冒頭通り悪魔達と出会ったのだろう。

 

 報いを受けさせたのが誰かは分からないし、自刃や病という可能性がない訳ではないが。いずれにせよ、彼は一度死に、そしてヨミガエリの後私も知る「院長先生」として現世で悪行を続けていた。

 

 

 

 最初は、哀しい出来事だった。私達が関わった一連の件において、最初の涙は彼が流したと言ってもいい。けれどその涙は欲の炎に乾いて、他の人を焼き涙を増やした。それは、決して看過してよいものではない。

 既に、彼の魂は砕かれた。これ以上彼によって涙が増えることはないが、まだ全てが終わった訳じゃない。まだ真相を知らなかったり、身を取り巻く環境を知らずいたりする子供達がいるだろう。今後は、そういう子供達――いや、現在は大人になっている面々もいるかもしれないが――の補助をしていくのも、私の役目かもしれない。

 

 

 決意を新たにしたのと同時、視界は幽鬼の思念が見せていたものから私自身の視界へ戻っていく。1、2回まばたきをすると一気にクリアになった視界には、ちー姉ぇや天音さん、千さんと――――零さんが映っていた。

 

「えっと、すみません。お待たせしましたか?」

「いえ、大丈夫です。改めて、幡田 零です。貴女のことは真理念(アレセイア)が千さんを経由して教えてくれました」

 

 お互い、真理念(アレセイア)の力で知識としては知っているものの、実際には初対面同士だ。軽く自己紹介を挟んで、真理念(アレセイア)のもたらした記憶以外の情報を交換し合った結果、まだこの世界では悪魔達が討たれていないことが確定した。

 

 

 目下、私の目標は2つ。久遠さんを追うことと、全ての元凶たる悪魔を討伐することだ。

 

 久遠さんを追うにあたって、まだ零さんに久遠さんが接触していないことが分かったのは僥倖だった。久遠さんにとっての目標を達成するためには、零さんに接触しなければならない。久遠さんを待ち伏せる形をとることが出来るのは、極めて大きなメリットと言えるだろう。

 

 

「久遠……私の妹が……いえ、頭では分かっていたはずなのですが」

 私の目的を聞いた零さんが表情を僅かに曇らせる。聞いたところによると、久遠という生まれてくることのなかった双子の妹を、知っているはずなのに忘れていたのだという。

 忘れた、と一言にするのは簡単だが、そこに潜んでいるものは複雑だ。単純に十何年と時間を重ねてきたとしても、それでも「いた」ということ自体を忘れてしまうのは考えにくい。

 

 悪魔達のせい、と決めつけるにも早計だった。というのも、零さんはもう1人の妹――幡田 みらいをヨミガエリさせる為に代行者になった。けれど、彼女は零さんから見て血の繋がっていない妹であり、そして幽鬼の姫であった。尤も、これは私と零さんを中継した、千さんが持っていた記憶を真理念(アレセイア)で知ったことだが。

 

 兎も角、そのみらいという妹の存在もあり、直接的に久遠という妹の存在をあやふやにしていたのが誰なのかは、何とも言えない。そもそも、辺獄という記憶や感情が存在を保つうえで重要な環境も向かい風になった可能性もある。

 

 

「とりあえず、小夜さん達の目的は理解しました。私としても、久遠をみすみすと手放すのはゴメンです。ですが――――」

「久遠が持ってる真理念(アレセイア)の記憶は必須で、久遠(アイツ)の魂にくっ付いてる、ってのは目下最大の問題だな」

 

 天音さんの言葉を境に、私達の間に沈黙が流れる。

 

 真理念(アレセイア)は、久遠さんの魂と強固に結びついてしまっている。だからこそ彼女は世界線を越え、私達に逆転の一手足りえる記憶を齎してくれたが――同時に、それを受け取るには、彼女の魂を砕かねばならないことにもなっている。

 

 私達には、悪魔達に対抗し得るだけの知識はまだ無い。ただ、それが必要という知識だけがある状態だ。即ち久遠さんが持つ、残りの真理念(アレセイア)の記録が必要ということ。

 久遠さんは、受け渡しの成就を――自らの死を、望んでいる。生まれてくることが出来なかったその事実を受け入れている。あるべきものをあるべき姿に戻して、眠りに戻ろうとしている。

 

 

 

 けど、それが実行されたとき起こることに、ひとつの予感がある。久遠さんと零さんの繋がりのことだ。

 

 確たる証拠がある訳ではないが、久遠さんは現世に肉体を持って生まれてこなかったとはいえ、現世に存在しなかったわけじゃない。ずっと零さんの傍に、魂だけのような形でいたはずだ。

 証拠はないけれど、根拠はある。辺獄を訪れた零さんの状況を知らなければ、そもそも動き出そうとすら思えない筈だし、動くための意志すら持てないからだ。

 

 久遠さんは、徹頭徹尾零さんの為に、というのが行動指針のようだ。辺獄のこの層に来るまでは、零さんを知らないせいでイマイチ彼女の行動に法則を見出し切れなかったが。

 では、真理念(アレセイア)を零さんへ託し、自身の使命を終えた後、久遠さんはまた零さんに寄りそう魂に戻るのか? 私は、とてもそうは思えなかった。真理念(アレセイア)は、久遠さんの魂にくっ付いてしまっているのなら、それを引きはがせばどうなる事か。

 

 

 久遠さんは、確かに死んでいる。けど、人が死ぬって、肉体的に死ぬことだけがそうなのだろうか。肉体が死んでいるからと、その先の死まで進まなければいけないのだろうか。

 私は、そうは思えない。あるべき姿に戻すと言うなら。あるべき姿を認識できた今の私や零さんなら。手立てだって、きっとあるはずだ。魂にくっ付いたものを剥がしてどうなるか分からないなら、剥がした直後に。

 

 久遠さんが現世で生きることが出来ないのは、哀しいけれど受け入れなければならない。

 

 だけど、記憶の中でなら。あるいは、大切な人に寄りそう魂としてならば。人は肉体の死を超越して、それもまた生きるってことだと、私は思う。

 

 私達の手元にあるのは、想いによる武装と、理念(イデア)。試してみる価値は、ある。私は胸中の想いと手立ての見当を、皆に話すことにした。

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