CRY'sTAIL   作:John.Doe

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渦巻く万斛の格律-2

 見慣れないはずの、しかし私に関与しているかもしれない都会。歪に切り貼りされた辺獄の探索を始めてから暫く。

 都会にまつわる記憶を探しながら歩く私達の前に、奇妙なものが落ちていた。

「本……ですか? なぜこんなところに」

「記憶溜まりね。この辺獄に関わる誰かの、記憶の塊、思い出の落とし物」

 

 表紙も、開かれていた頁も、淡く光を発している。本好きの身としては幻想的なそれに興味を引かれるが、千暁さんの言葉選びに引っ掛かりを覚えた。

「落とし物、ということは……これを"落とした"人の記憶は」

「うん、これを本人が見つけるか、読んだ誰かが本人に届けるまではね」

 その記憶を失うということ……決して、良い思い出とは限らない。でも、消したい記憶とは、やっぱり限らない。

 正直なところ、私自身この層と深く関わる人、つまり私と関与するかもしれない人が誰か知るヒントになるかもしれないから気にはなる。

 

 

「小夜、いい? 記憶溜まりを見るのは幽鬼の記憶を見るのと同じ」

「つまり、幽鬼を倒したときと同じくらい、覚悟して見ないといけないってことですね」

 私がそれを見たがったのを見透かしたかのように、千暁さんが忠告を寄越す。しかし止めるつもりではなかったようで、私はひとつ深呼吸を挟んで、頁へ触れる。

 

 

 

 

 

 

『へぇ、まだ 長 生続けてるんだ……』

『勿論だとも。こんな しくて、やりがいある  、辞めたくても辞められないさ』

 所々聞き取れない。でも、片方の……壮年に差し掛かろうかという男性の声を、どこかで聞いたような……?

 もう1人の子供の声には、聞き覚えがあるような、ないような……

 

『私、今とても  だよ。お  ゃんは可愛いし、ぷにぷに   だし』

『それはよかった。もう 年か。歳を食うと周 の せも不 せもあっという間だ』

『もしまたお 話になる時には、お  ゃんも一緒がいいな』

『そうだね、いつでも えてあげるから、困ったら私を りなさい』

 

 

 

 

 脳みそを直接弄くられた、なんて表現が適切かわからないけど、ともかくそんな気持ち悪さを覚える記憶の再生が唐突に終わる。

 中年から壮年と呼ばれる段階くらいの男の人と、まだ幼げな多分女の子の会話。何となく、初めて聞いたような声ではない気がした。

 

 

「どう、何か思い当たる節はあった?」

「うぅん……多分聞いたことのある声……かもしれない、くらいには」

「なら、知っている人の記憶かもしれないのね。まあ、貴女が直接立ち会った時の記憶じゃないのでしょう」

 

 奥歯に引っ掛かった食べかすが取れない時のような感じだ。似た声の人かもしれないし、テレビか何かで聞いた声かもしれない。

 辺獄を構成する層の関わりの話を聞いているだけに、どうにも引っ掛かってしまう。気にしないようにというのが無理な話だ。

 

 

 そして、やっぱり辺獄という場所は考え事を遮るのが好きらしい。記憶溜まりに触れた広間のすぐとなりの広間では、案の定幽者の群れと幽鬼がいた。

「あれは……初めて見ますね」

「まあ、戦う上での特徴は見てくれ通りよ」

 横顔がすっぽり空洞になった、ピンク地に緑のラインが骨のように入った……うん、ゴリラ。あれはゴリラの幽者とでも呼ぶべきだろう。

 見てくれ通り、というからにはきっと、パワーで押してくるタイプだろう。他の幽者よりもタフかもしれない。なら。

 

 

「燃えろ! 竜の息吹(ドラゴンブレス)!!」

 ここは初手から出し惜しみしない。あれに小手先の技だけで対処するのは難しいだろうから。

 ハルバードから放たれた灼熱の塊が、ゴリラの幽者を爆風に包む。その余波で、近くにいた頭巾の幽者や竜の幽鬼を巻き込んで吹き飛ばした。

 案の定、ゴリラの幽者はダメージを受けてはいるもののまだ立っている。ハルバードは既に、追撃の刃を天に煌めかせていた。

 

「やあぁぁっ!!」

 頭上からの渾身の振り下ろし。かわすつもりがないのか、かわす頭脳がないのか、幽者の頭蓋を砕く勢いで直撃する。

 が、まだ倒すに至れない。どころか怯みすらしていない幽者は、大木もへし折れそうな両腕を高く掲げていた。避けきれない……!

 

「ぐっ……」

 辛うじて、本当に紙一重のタイミングで、体と叩きつける拳との間にハルバードの柄を滑り込ませた。

 それでも車にでも撥ねられたかと思うほどの力を、受け止めきれるはずもなく。柄をものともせずに私の身体は浮遊感と地面にぶつかる衝撃とを立て続けに受ける羽目になった。

 

 痛みで滲む涙を堪えながらどうにか立ち上がる。背中を強かに打ち付けたせいか、強い息苦しさがある。数回の咳き込みを経ても、まだ少し苦しさがある。

 でも、まだだ。まだ私も、幽者達も、どちらも倒れていない。なら、やることは変わらない。

 

 私が立ち上がって体勢を整えていた間、千暁さんが魔力で編んだ投げナイフで援護してくれていたようだ。小ささからダメージはそこまででもないようだけど、数を頼りに足止めしてくれていたみたい。

「小夜、大丈夫? 退くことも考えて──」

「いえ、退きません。私はまだやれます!」

 

 攻撃が当たってないわけじゃない。効いてないわけじゃない。あの、黒い少女の幽鬼とは違う。それだけで俄然、やれる気がする。

 こちらから隙の大きい攻撃は駄目だ。あいつは怯みにくいようだから、私がハルバードを戻す間に殴られる。それに他の幽者達も寄り付いてきてしまう。なら。

 

 敵の懐に飛び込んで、袈裟斬り一閃。柄を短めに保持した小振りの攻撃に続けて、反対側の小さな刃で袈裟の筋を逆さに辿り切り上げる。

 すると、やはり意に介していないゴリラ型の幽者と、私を囲う頭巾や竜の幽者達。腕を振り上げるのを見て、私は隙間を縫うように後ろへ跳んだ。そして。

「墜ちろ!」

 固まった幽者達へ向けて叩きつけられる竜の翼(ウイングプレス)。地面と翼に押し潰しれ、さしもの幽者も耐えきれずに煙となって消えた。巻き込まれた幽者も、そして幽鬼も、初手に巻き込まれたダメージもあって悉くが消えたようだ。

 

「ぐっ……いい加減に……!!」

 やはり、幽鬼の魂が私に入り込もうとする。怨嗟か悲嘆か分からないが、何れであれ私の中に入ってくるならば同じだ。入れない。入れてたまるものか。

 奪わせない。壊させない。盗ませない。お前にくれてやるものは何ひとつない!

 

 

 

「相変わらず無茶なことを試みるね……」

 どこか呆れたような、千暁さんの声。吐きそうな程荒くなった自分の呼吸にようやく気づく。

 受け入れて、意味を与えて、涙を流す。千暁さんが言うには、それが1番楽なのだと。でも私にとっては、受け入れて見せられる記憶が、自分のもののように思えてしまう感覚が嫌だ。そのうち、何が自分の記憶なのか、分からなくなりそうだから。

 

 

「……行きましょう。呼吸も落ち着きました」

 立っていられない程だったのが、少し落ち着いた。頭はまだ痛むし、脂汗が眼鏡のフレームを滑らせそうになるけど、これ以上悪化はしなさそうだった。

 千暁さんはほんの少し考え込んだあと、私の後ろを続けて歩き始めた。やっぱり、先輩の意見に耳を傾けなかったのは心境に良くなかっただろうか……でも、立ち止まる時間は、少しでも短くしたいのが私の本音だ。

 

 

 

 

「あれ? 誰かいますね。幽鬼でも幽者でもなさそうな」

「あの子……まだ終われていないのね」

 広間を見渡していた、1人の女性。適当に後ろに流したような印象のセミショートのツンツン跳ねた銀髪と鋭そうな目付き。紅色の地面スレスレまで伸びたロングコートに、鈍く輝く銀色のプレート。手足に鋭い鉤爪のようなものがついている。

 千暁さんは見知った顔のようで、私を追い越して近付いていく。私もその後を追うように着いていった。

 

 

「貴女まだ辺獄にいたのね」

「……お前にだけは言われたくないな。アタシより何年長いんだか」

 狩りをする肉食獣みたいな視線がこちらを向いた。正直悲鳴を上げなかった私は褒められるべきだと思う。それくらい鋭い眼差しだ。

 

「で、だ。この辺りで幽者共を探してるんだが、お前らは先に進むのが目的か」

 手にした武器──打突面の小さなハンマーを肩で休ませながら、目の前の人はこちらへ問いかけてきた。

「はい、人を……魂ですかね、を探すために。えっと……」

「ん、ああ。アタシは哀川 天音(あいかわ あまね)。千暁の事情も知ってるしな、あんたも天音でいい」

「天音さん、ですか。私は大嘉 小夜、小夜でいいです」

 

 戦っているときの千暁さんの目付きが獲物を確実に追い詰めていく蛇のそれとするなら、天音さんは苛烈に獲物へ飛びかかっていく狼あたりのそれだと思う。

 平時でそれなのだから、戦っているときの彼女は想像もつかないけど、少なくとも話していて悪い人だとは思えない。ただ────

 

 

「ま、アタシにゃ関わりないことだな」

「そうね。関わってほしくもないけど」

 何が過去にあったかは知らないけれど、千暁さんと天音さんの間に流れる重圧感たっぷりの視線のぶつかり合いは、思わず2人の間から立ち位置を逸らしてしまうほどだ。

 無条件にど突き合うようなほどではないみたいだけど、仲が悪いとみて間違いない。嗚呼、せめてこの層のボス格と戦うときに鉢合わせないことを祈ろう。

 

 

 

 

 

────そういうことを祈っちゃうから、なのかなぁ。

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