Dies irae Alter ipse amicus. 作:青嵐未来
「それじゃあ、お世話になりました」
そういって、この二ヶ月間ずっと滞在していた病室を見渡した。すると、何人かの患者さんが、気を付けて帰りなよだの、随分怪我治るのが早いねぇだの、香純ちゃんを待たなくてもいいのかい? だの、それぞれ思い思いの言葉を返してくる。
「今日平日ですよ、あいつだって学校行ってるに決まってるじゃないですか」
「そうかなぁ? おじさん、あの子なら学校休んで蓮くんを迎えに来ると思うけども」
「ははは、いくら香純でもそんなことしないと思いますよ。だって、退院するだけですよ?」
「そう? まあ、包帯ぐるぐる巻きだったのにたったの二ヶ月で退院できて良かったじゃない。毎日のようにお見舞いに来てくれた香純ちゃんとか暮阿ちゃんとかのおかげかな?」
「まさか、うるさいだけですよ、あいつは。……まあ、暮阿のほうは節度を守ってたんでそうでもなかったですけど」
「ふふ、いいなぁ! 若い若い! 実際、あの子たちに一番元気づけられたのは僕たちのほうだろうけどね。明るくっていいねぇ。院内の何処か陰気さまで吹き飛ばしちゃうみたい」
「そうですかね。それならあの二人の進路に、看護師って入れておくよう言っときますよ」
「うん、とにかく、退院おめでとう。……そういえば、キミと一緒に入院した……遊佐くん、だっけ? 急に病院から抜け出すなんて、どうしたんだろうね?」
「さあ? ……俺にはさっぱりですよ。きっとどっかでまた馬鹿やってんじゃあないですかね」
「ははは、彼ならそれもありそうだねぇ」
司狼。あの馬鹿野郎──。
◆◆◆
と、まあそんなこんなで、学校が終わって香純が来る前に病院を抜け出した訳なんだけど。
「……なあ、なんでお前らここにいんの?」
「なんでって、蓮、あんた本気で言ってるんじゃないでしょうね?」
一言で言えば、なぜか香純と暮阿に出くわした。
「本気でも何も今日平日だぞ。学校はどうした学校は」
「あんったねぇ~っ、勝手に病院抜け出しといてどの口が言うのよっ!」
あのなぁ……。
「勝手に抜け出すもないだろ、人聞きの悪い。俺はちゃんと手続きに従って退院しただけだ」
「アタシが迎えに行くって言ってたでしょ! なんだかんだ言ってちゃんと人の話聞いてるクセに、なんでこういう所素直じゃないかなぁ」
お前は人の話もよく聞かないけどな。
「──あのっ、香純先輩も蓮センパイもっ、こんなところで言い争わないでくださいよぅ」
ま、確かに。
こんな往来で何時までも駄弁ってる訳にもいかないし。
帰るか。
「あ、そうだ。待って、蓮」
そう言うと香純は、自分の服のポケットから何かチケットのようなものを3枚取り出す。
「──なんだよ、それ?」
「ジャッジャジャーン。世界の刀剣博物かーん」
「イェーイ!」
イェーイ! じゃねぇよ。
「なぁ、香純、暮阿」
「どうしたんですか、センパイ?」
「ん、なに?」
「それ、さ……」
「──あぁ、はい。玲愛先輩に貰ったんですよ。偶々余ったからって」
「でも玲愛さんもちょっと意地悪だったわよねー。暮阿ちゃんの分はあげないよ、なんて」
「玲愛先輩とはあんまり馬が合わないんですよぅ」
確かに、それはそうだけど。
暮阿と先輩の仲が微妙に良くないのは知ってるけどさ?
「いや、そうじゃなくて……。お前ら、俺が刃物嫌いなの知ってるよな?」
「いいじゃない、行こうよっ。だってさ、世界のだよ!? 村正ーとか、エクスカリバーとかあるかもしれないじゃない」
「そうですよぅ! 折角先輩が3枚もくれたんですよ!? 使わなきゃ損です!」
あーもう、分かったからあんまりひっついてくるな、その犬の尻尾みたいなポニテを振り回すな。
周りの男の目が痛ぇんだよ。
お前ら見た目だけだったらかなり可愛い方なんだから。
「っていうか、そもそも、なんであんたは刃物がそんなに嫌いなわけ?」
「なんでっつうか、生理的に無理なんだよ。お前だってムカデとか蜘蛛とか芋虫とか、無理だろ? それと同じ」
「え? かわいいじゃん。なんで?」
「いやぁ、可愛くは、ないと……思いますよ……?」
ハハハと苦笑する暮阿。
コイツのこういう所にいちいち驚いてたらきりがないんだけどな。
「……はぁ。ま、別にいいけど……。ここまで来て使わないってのも先輩に申し訳ないし」
と、まあ記念すべき退院一日目に、どうやら俺は苦手な刃物を見せに行かされるようだった。
◆◆◆
三人でやってきた刀剣博物館とやらは、平日の昼間らしくかなり閑散としていた。
「わわっ、見てください先輩っ。本物の虎徹ですよ!?」
「こっちには世界で一番最初に作られたハサミなんてのもあるよ!」
にしても、女がこういうの見て楽しいもんなのかね。
まあ剣道部の主将なんてやってるあいつは別として、暮阿なんてものっそい楽しんでる感じだけど。
「…………」
ま、何時までもぶーたれてても仕方ない。あんまなさそうだけど、刃物じゃない展示品でも探して……。
「……も、…………」
「──ッ。……なあ、香純、暮阿。……なんか聞こえないか?」
「どーしたのー! アタシにはなんにも聞こえないわよー!」
「私にも、聞こえないですよー!」
じゃあ、今のはなんだったんだ?
幻聴……か?
「……と、…………」
──やっぱり幻聴なんかじゃない。
こっちだ。
微かに聞こえた声に導かれるように館内を走って進んでいく。
自分の躰が、自分のものではないような感覚。
いや、確かに躰を動かしているのは俺だが、まるで別人が俺にそうすることを強制しているような、そんな感覚。
俺が彼女と出会うのは既に決定しているような……。
「ちょっ、れーん! 待ちなさいよーーっ」
「待ってくださいよーっ」
そんな感覚だけが俺の躰を支配すること数十秒、気付けば俺は、180cmほどはある大きな展示物の前にいた。
これは……。
「ギロチン……か?」
人の頸を刈り取る処刑具。
「蓮、あんた急に走り出さないでよ。何処に行くのかと思ったじゃない」
罪人への慈悲を求めて設計された無慈悲な断頭台。
「…………悪い」
「…………先輩、これって……」
「ギロチン……だな。ボワ・ド・ジュスティス、正義の柱。フランスの恐怖政治を敷いたマクシミリアン・ロベスピエール、あのルイ16世の処刑にも使われたって書いてある」
幾多もの罪人の頸を切り落とし、その血を吸い込んだ残酷で無垢な処刑の刃。最後にはその所有者にも牙をむいた冷酷な道具。
「…………もしかして」
と、暮阿が何か呟くが、それを気にする余裕はなかった。
「…………」
誕生から終焉まで頸をはね続けることだけが存在理由だったモノ。
一体、これは──
どれほどの
魂を──
「ねぇ、蓮……? 大丈夫? こんなところにずっといたら気分悪くなっちゃうよ。帰ろう? 暮阿ちゃんも、ね?」
「──あぁ、そう……だな」
「…………」
「……暮阿?」
「っごめんなさい。そう、ですね。早く、かえりましょう」
そうだ何時までもこんなことを考えてどうする。
そう思い頭をふって──
視界が、揺れた。
ザザザッと自分の五感にノイズが走る。
目の前にいるのは蒼白い少女。
頸には紅い断痕。
惹きつけられる美貌。
物質的にそこに存在している訳ではないのに、感じる、息の詰まるような圧迫感。
非現実。非日常。なのに。
知っている。俺は、これを、この感覚を──。
そして、彼女は。
「あなたも、おなじ」
──と。ただ、一言。
「かれと、おなじ」
違う、俺は、あいつとは──。
やあ、彼女はどうかね? ツァラトゥストラ。
俺と彼女は、こうして奴に出会わされた。
思えば、これが、全ての始まり。
>後輩ちゃん
名前:藤堂暮阿
蓮たちの一個下の後輩。
長い黒髪を後ろで結んでポニーテールにしている。
明るく快活で元気がいい。
香純とは特に気が合うが、玲愛先輩とはあまりそりがあわない。
メタ的にはベアトリスとも話が合いそう。
司郎にはからかわれやすい。
好きな人には尻尾をぶんぶん振る子犬タイプ。
ギロチンについて何か感じたようだが……?