Dies irae Alter ipse amicus. 作:青嵐未来
聖槍十三騎士団黒円卓。
戦争の遺児たち。
かつてのナチスドイツ高官たちが創設した当時、黒円卓は彼らの、秘密クラブとでもいうような、与太話を主に扱う部署であった。
しかし、彼らは気付かなかったのである。自身の内側に人のガワを被った獣──破壊の申し子がいることに。
さらに魔術師サンジェルメン──カール・クラフトは彼に魂を以て駆動する総合魔術、
カール・クラフトは自身の目的のために、そして友人の目的のために黒円卓を魔人の巣窟へと作り替えた。
人の形でありながら、人を超えた──魔人の力を揮う黒円卓の団員を、人々は恐れ戦いた。軍人でさえ。
それも致し方ないことだろう。
彼らの力の源は
彼らが保有した魂は、最も少ない団員で千人規模。
それは、言い換えるならば最低でも千人を同時に殺傷できる武器でなければ、彼らに小さな傷でさえ与えることが出来ないと言うこと。
恐らく、最上位の団員となれば核爆弾の直撃でも倒せないのではなかろうか。
そんな聖槍十三騎士団黒円卓の団員たちだが、彼らは全員、カール・クラフト若しくは破壊の君ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒに出会うまで、ラインハルトを含め、魔の道にはいなかった。
つまり彼らの運命はカール・クラフトによってねじ曲げられたと言っても過言ではないわけだが……。
その中にもただ一人だけ、例外は存在する。
といっても彼女の人生もまたカール・クラフトにねじ曲げられたわけだが、そちらではなく。
聖槍十三騎士団黒円卓第八位。
ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカルム。
彼女だけは、黒円卓創設以前から魔術を知る真性の魔女であった。
そんな彼女は、現在諏訪原の街を歩いていた。
常の軍服は脱ぎ捨て、見た目相応の可愛らしい装いを身に纏っていた。
髪色と同じ臙脂色のドレスを着た彼女は誰から見ても美しく、女性であっても視線を奪われるだろう。
「さぁ~って、シュピーネの仕込みはどこかしらねぇ」
今日一日で諏訪原の殆どを回り終えた彼女は、けれど歩き疲れたような様子もなくそういった意味では不気味であった。
街で彼女とすれ違った人は知り得ないことだが……。
そして、通行人の目を惹く存在が、彼女の後ろにもう一人。
「………………」
そこには、生気を失ったような様子の
暮阿は明るい色の私服を着ているが、そこに常のような明るさ、陽のイメージはまるでなかった。
「んー、あとは向こうの方だけかぁ。シュピーネが本当に何もしていないって展開もなくはないのよねぇ」
そんなことはないと思うけど、とルサルカは独りごちる。
「シュピーネって、臆病だったし」
「………………」
「──この子の仕込みもちゃんと生きてるし、それが確認できただけでも良しとするかしらね」
と、歩いていると。
「────あら?」
廃工場らしき建造物の前で足が止まる。
建物外周の柱には何か文字が彫ってあるように見える。
「諏訪原遺伝子工学研究センター……ね」
どうやら研究所のようだが、管理人がいなくなったのだろうか?
「……ふぅん、これはアタリかしら」
一見何もない捨てられた研究所のように見えるが、彼女の使徒としての鋭敏な感覚は周囲に満ちる魂のなり損ない──奇妙な言い方だが未完成なそれ──を感じ取っていた。
昆虫を引き寄せる樹液のように人目を集めてしまうほどの美貌を持つ二人であるが、ここには人の気配がない。人の視線を気にしなくてよいというわけでは、彼女らが何かをするには都合が良いのではなかろうか。
まあ、彼女が彼女たる証の魔術を揮えばそんな問題はあってないようなものだろうが。
「それじゃ取り敢えず這入ってみますか」
何やってたかまでは知らないしぃ? と研究所の内部に侵入しようとすると、当然と言うべきかあるいは何故かというべきか、電子ロック形式の扉に阻まれた。
「なぁ~んで明らかに捨てられているのに鍵がかかってるかな~ぁ?」
しかし悲しいかな、彼女ら
ドゴォォッンと音がしてみれば、扉は奥に倒れ、一点でぐにゃぐにゃにひしゃげているのが見える。
「さて、行きますか」
空間には暗闇。
奥には何が。
◆◆◆
魂の濃度のようなもの──言うなれば淀みを追って彼女たちは闇の中を進んでいく。
「……こっちね、何がいるのかしら」
鬼が出るか、蛇が出るかって言うんだったっけ? この国じゃ。
なんてことを呑気に考えながら先をゆく魔女と、そのあとを何も言わずに幽鬼のように追ってゆく暮阿。
そして、追っていった先には。
◆◆◆
果たして、暗闇を進んでいった先には人型のナニかがあった。
「……へぇ?」
暮阿の意識が鮮明ならば、酷く混乱したことだろう。
なぜならソレは、藤井蓮と全く同じ顔をしていたからである。
「すごいわね、コレは。シュピーネのやつ、クローン作成なんてやってたんだ」
それだけでなく、手足の長さまで同じに見える。
それもそのはず、彼は真実藤井蓮のクローンであるのだから。
「しかもこの顔……この子がお熱になってる子かしら? ってことは──」
ザラストロ計画。
諏訪原を設計した
しかし、この計画は失敗し凍結され、自我を持つに至った個体も、遊佐司狼と本城恵梨依によって殺されたはずだが──。
「悲しいわねぇ……悲劇のヒロインって感じ?」
また、別の個体なのだろうか?
それは不明だが、しかし。
彼は間違いなく、運命の車輪に巻き込まれるのだろう。
「ふぅん……どうかしら、使い物になるかどうか。まあ、ダメならダメで良いしね」
そういって彼女が自身の影から取り出したのは、無骨な斧。
ギロチン以前に使われていた処刑斧。
彼女が隠し持っていた、紛れもない聖遺物である。
「……うーん、死んでないんだったらどうとでもなるんだけど──」
そう言うと彼女は自分の指に傷をつけた。
このときの彼女の行動は、何か理由があってのものではなかった。
強いて言うのであれば、以前に見た《現代の魔女》──聖遺物と肉体を物理的に融合させることで
しかし、それはあくまで打算的なものでしかなく。
直感、といえば良いのだろうか。こうすれば自身にプラスな何かが起きるという根拠のない確信。
彼女はそんな自身の感覚を信じて、彼──言うなればクローン蓮の口に血を流し込んだ。そしてその上でその場に漂っていた魂を、自身をパイプ代わりにして吸収させた。
「よし、こんなものでしょ。あとは、
思いつく限りの手を尽くし、クローン蓮を起動──ある意味ではそれも正しい──しようとするルサルカ。
暮阿は操られているかのように、肉体の主導権を他人に奪われているかのように動かない。
どれほどの時間が経っただろうか。
「────くはっ……」
クローン蓮の口から漏れる空気を吐き出す音。
「──成功したわね? よし」
魔女は自身のとれる
「……俺は」
「は~い、藤井蓮くん? 目が覚めたばっかりで悪いんだけど、ちょっと聴いてくれるかしら?」
「──誰だ……──っ!?」
「ふうん、クローンなのにいろいろ知ってるのね、あなた。──まったく、シュピーネのやつ、一体何をしようとしてたのかしらね──まぁ、今はどうでもいいか」
「初めましてね、藤井蓮くん? 私の名前は──」
と、ここで口が詰まる。
なぜ──なぜ、彼は、自分の心をこんなにも、揺さぶるのか──。
彼女は率直に言って困惑していた。
だから、その名を口にしてしまった。
「──アンナ。アンナ・シュヴェーゲリンよ」
その出会いは偶然か必然か。
答えは、
名前のルビは念のためです。
暮阿の可愛いシーンも書いていきたい。