Dies irae Alter ipse amicus. 作:青嵐未来
そして、時計の針はその瞬間まで進む。
◆◆◆
連続殺人事件。
頸を切り離された死体。
聖遺物。活動位階。
聖遺物に憑かれた香純と、ようやく舞台に上がった主役。
暮阿はその行方を眩ませている。
ギロチンの所有権は藤井蓮へと移り、或いは本来の役割通りになり。
形成位階に至った藤井蓮は紅蜘蛛を打倒し。
黄昏の少女、マリィとの絆を得た。
そして、悪友、遊佐司狼との再会をはたす。
その日の夜。タワー前にて。
ヴィルヘルム・エーレンブルグと対峙したその時間まで。
ここで、ようやく彼と彼女の運命の歯車は絡み合う。
そこで紡がれる物語は果たして喜劇か、悲劇か。
◆◆◆
藤井蓮は、今現在、ヴィルヘルム、櫻井螢の二名と諏訪原タワー前で三つ巴の構図をうみだしている。
少なくとも螢のほうは、可能なら穏便に聖餐杯のもとへ連れて行こうとしている──当然、抵抗されるのならば別にそんなことどうでもいい──が、蓮は完全にやる気であるし、ヴィルヘルムは言わずもがな。
「藤井くん、念のためもう一度聞くけれど、大人しく私に着いてくる気はない?」
「あるわけないだろう。なんで俺がお前らの都合でいちいち動かなきゃいけないんだ」
「……そう、ならしかたないわね」
そう言うと、螢は全身の隅々まで神経をいきわたらせて──
「──無理矢理、連れて行かせて貰うわ」
と、蓮へと下段蹴りを放つ。
──が。
ガキイィインッ。
蓮がそれに反応するよりも早く、一振りの劔が、差し込まれた。
「──ふっ──!」
劔の所有者は、そのままその蹴りを跳ね返すように劔を振る。螢はそれに逆らうことなく、そのまま距離をとり、乱入者を視界に入れる。
その反応が咄嗟に出てきたのは、螢の戦士としての十一年間の経験が物言ったというところだろう。聖遺物を形成していないとはいえ、その膂力は常人が対抗できるような代物ではない。よって、闖入者は聖遺物と契約した人間のみ。
しかし、この局面で黒円卓の面々がわざわざ螢の攻撃を止める意味はない。さらに言えば、螢が蹴りを放った瞬間、その人物が明らかに人外の膂力を以てわっていったのをヴィルヘルムは見ていた。
驚愕に支配されていたのは、自分たち以外に使徒がいないことを知っていた螢、そしてその人物を一応見たことだけはあったヴィルヘルムだけではない。当然、その人物とつい数日前まで普通に喋ったり付き合いがあった藤井蓮もまた、自分の目で見たものが信じられないようだった。
「お前、なんで──」
という彼の口から漏れ出た言葉は、はたしてどういう意味を孕んだ言葉だったろうか。言葉通りの困惑か、驚愕か。それとも、また別種のものだったか。
わからない、わからないが、それは。
「──暮阿」
ほぼ消えかかっていた彼の日常を破壊する、最後の引き金だったことは確かだろう。
「──先輩」
対して暮阿の方も彼と同種の感情を覚えただろう。
彼女は彼を絶対に自分の運命に巻き込みたくなどなかったのだから。
「なんで、お前がこんな所に──しかも、あいつのアレを受け止められたってことは」
そこにたどり着き、その先まで進もうした彼の思考は、しかし。
「いつまでオレから目ェ逸らしてんだァ──ッ?」
その言葉とともにそのかぎ爪のような手で突進してきたヴィルヘルムによって遮られる。
横合いからの意識の間隙を突くような攻撃ではあったが、二人はそれをすんでの所で躱した。
「そいつがなんだろォと関係ねぇ──とっととオレを熱くさせろや」
犬歯を剥き出しにしながら獰猛に嗤うヴィルヘルム。
彼の思索は極めて単純であった。
螢のようにその聖遺物の出自や、彼女の所属──黒円卓側の誰かの仕業なのか、ツァラトゥストラの側なのか、それとも全くの第三者か──に思いを巡らせてその戦場の意味を考えることなど、やるだけ無駄だというように。
コイツがなんであろうと誰であろうと、関係ねェ。コイツがそそるか、そそらねぇか。まだまだのトコで中断させられたが、ツァラトゥストラはどの程度のモンか。
彼にとっては必要な情報などその程度のものだ。
対して、螢は彼女の意味を考える。
目的や意味のない人間はいない。彼女にはここに来た理由、目的があるはずだし、それに加えて、なぜ彼女が永劫破壊を使えているのか、という疑問もある。
が、それもあくまで知られればいい。気にはなるが分からないのならそれはそれで別に良い。戦場に不確定要素がいるのは気になると言えば気になるのだから、殺してしまえばそれでいい。
暮阿は、ヴィルヘルムのほうを見て、考え込んでいる螢を警戒しながら、
「──説明も弁明も全部後で必ずします。先輩に嘘なんてつきません……だから、だから。今は私のこと、信じてくださいっ」
と。
「私は──先輩の味方だからッ」
その声を聞いて、蓮も吹っ切れたようで、
「……ああ、分かった。お前がなんでここにいるのかとかは後で洗いざらい全部喋って貰う。だから──今だけはお前を信じる」
そして、ギロチンを形成する。
「で? もうお話は終わりってことでいいんだよなァ?」
「俺があいつを担当するから、お前は櫻井を──頼む」
「分かりました──気を付けてくださいね、先輩」
どちらがどちらを相手するか、二人はうなずき合って、それぞれの方へ駆けだした。
「いィねェ。オレの相手はお前かァ……こいや」
向かってくる蓮に対して、迎撃姿勢をとるヴィルヘルム。
暮阿は螢と対峙し、形成している劔を構える。
「一つ、いい?」
「いいえ、良くないです。死んでください」
と、一つ問答をしたところで。
また新たな乱入者が一人。
「よぉ、懐かしいな、元気してたか、暮阿」
重厚な銃撃音を伴って、0.54インチの銃弾が吸血鬼目掛けて一直線に向かっていく。
「なっ、お前、司狼──」
あれだけ忠告したのにまだ頸を突っ込むのか──と、思う蓮であったが、思っただけ。
「ん? なんだよ、蓮。お前もいい加減付き合いなげぇんだからよ、あんな言い方だとオレの興味の火に油注ぐって分かってんだろ? いちいちリアクションとんな、鬱陶しい」
と、捲し立てた司狼の言葉に塞がれた。
しかし、暮阿は意識をそちらへ向けず、螢の方へ斬りかかった。
「あーあー、オレ、そんなに嫌われることしたっけねぇ。ま、いいけど」
暮阿と螢はそのまま切り結びながら、橋の方へと、戦場を移した。
そして、司狼は歯で五十口径の弾を受け止めているヴィルヘルムを見て、笑った。
「お前、やっぱり小魚とか好きなんじゃねえ? 歯ぁ堅すぎんだろ」