Dies irae Alter ipse amicus. 作:青嵐未来
「なアおい、お前まさかこんなちゃちい
からん、と鉄の転がる音が、誰一人として人間などいない広場に響く。
司狼の放った弾丸はヴィルヘルムにまるでダメージを与えることなく、コンクリートの地面を転がっていった。
この野郎──やっぱり。
「早く逃げろ、司狼。お前じゃあただの生け贄にしかならない」
ただ死ににきただけじゃねえか。なんのためのあの忠告だ。無駄死にしたいんだったら俺の知らないところで勝手にやってくれ。
「ああ? なんでオレがお前に指図されなきゃならねえんだ……ってこのやりとり前にもやった気がすんなぁ……ま、それは兎も角」
司狼は、ニヒルな気取った笑みを浮かべ俺に言う。
「オレの足ひっぱんじゃねぇぞ?」
「…………。……フォローなんか期待するなよ」
「ハッ、そりゃこっちの台詞だ」
そう吐き捨てると、眼前のヴィルヘルムが片手をあげて──。
「とっとと萎びて死に腐れやァ」
◆◆◆
カズィクル・ベイの右腕から、生命を搾り取る魔の杭が発射される。形成せず、それ故に不可視のそれは現状ただの人間である司狼にとって躱せるはずのないものだった。
「────司狼ッ」
既に半分以上人間を超越している蓮は、辛うじてではあるが、形成位階まで上がったことによるその霊的感覚を以て躱すことには成功した。
しかし、ああ。ただの人間ではそれを躱すことは不可能なのだ。見えもせず、感じ取ることも、音を聞くことも出来ない。そんなもの、むしろどうやって躱せというのか。
故に、幼馴染みの穴だらけになったぐちゃぐちゃの死体がそこにあることを覚悟して後ろを振り向こうとした蓮は自身の前方から聞こえてくる銃声に、一瞬間のみではあるが忘我に追いやられた。
「…………なんだ、こんなもんかよ」
そう吐き捨てた司狼の肉体に傷など全く見当たらない。司狼のほうに向かった杭の数は十しかなかったとはいえ、それは本来あり得ない自体なのだ。
「面白ェな、お前」
それだけにヴィルヘルムは久方ぶりに、あがった。興奮した。
面白い。ただの人間が、それもちびっこいションベン垂れた小僧の劣等種が、本気などでは全くないとはいえ自分の攻撃を避けたのだ──と。
片や蓮のほうはといえば。司狼のその、動体視力や勘の良さでは表すことの出来ない何かにある種の戦慄を覚えた。
「オラオラァ、どんどんアゲていくぜェ!? 躱せ躱せ躱せェ! でなきゃ死んじまうぞコラァッ」
そんな狂声と共に空間を飽和していく杭。
蓮はその隙をついて自分から打ってでることは出来ないかと好機を窺う。躱して躱して──ときには右手の鎌で打ち払って。
「──っがぁッ」
弧を描くその鎌はヴィルヘルムの頸へ。常人ならば発狂するほかない、圧迫する強烈な死のイメージを伴ってその役割をはたさんと鮮烈に奔るが──。
「甘ぇ。…………なんだこれは? てめぇホントにあの糞野郎の代替かよ?」
差し出された左手に右腕ごと止められる。
「こんなんじゃ足りねぇ。もっとよこせ──もっともっともっともっとォ。でなきゃお前もお前のダチも女も全員もれなく死んじまうぞォ? ハ、クク。クッククク、アッハハハハハハァッ──ハハハァッ」
「ぐッ────」
振り抜かれた右の拳に防御は間に合わず、そのまま吹き飛ばされる。と、同時に響く銃声は一瞬にして五発。人間ならば顔面を吹き飛ばして余りある威力のデザートイーグルの銃撃も、彼には何ら影響はない。
「はっ、なんだありゃ。あのおっさんもアレで堅かったけどよ、コイツもそうなのかよ──っと」
言いながら、跳び退り致死の杭を寸でで躱す。
その様子にさしものヴィルヘルムも異常の正体を気になったのか。
「なぁ、お前。何モンだ? 適当に走り回ってるだけで避けられるほどオレの攻撃は陳腐なモンじゃねえ。テメエの動きも、何も考えずにただなんとなく動き回ってます──ってな雰囲気でもねぇ」
単なる第六感、直感のみでこれまで完璧に躱しきることは不可能。
「ってなると、クスリか。テメエ、長くねぇぞ。戦場でもそうなった奴からどんどん死んでいった」
よって、結論としては通常の五感の極限までの鋭敏化。限界まで強化したその感覚を以てギリギリで躱しているのでは──と。
確かに、極限まで強化された感覚ならば、それとなく不可視の杭を感じ取ることも不可能ではないのだろう。
「あ? なんだ、オレの心配でもしてんのか? まあ、アタリっちゃあアタリなんだが……」
「死相が見えるぜ、ガキ」
「づォオっ」
この隙に──と、会話の間でも周囲に撒き散らされていた死の杭をかき分けた蓮が一直線にヴィルヘルムの下へ向かっていく。
殴りかかる左の拳は振り上げられた右の脚に受け止められる。
「くっそッ」
そしてヴィルヘルムの左側面から放たれた弾丸は警戒していた彼の側頭部にあたり、いい音を出してそのまま貫通することなく、舗装された広場の地面に転がった。
「──どーすっかなァ」
「──なんだこんなモンかァッ!? つまんねえ、ああつまんねぇよ。退屈だ。────飽きたしとっとと殺すか?」
瞬間、膨れ上がる狂気。形を成してその瘴気をより一層増した吸血鬼の杭が、驟雨となって点ではなく面の攻撃として蓮たちに襲いかかった。
「ふっ……よっ──と」
しかし、当たらない。司狼はその弾幕を極限のところまで引き寄せながらも直撃することなく、只管に躱し続けている。
蓮はといえば──。
「──つ……、オォッ」
被弾数が確実に増えていく。辛うじてのところで致命的な直撃はないが、四肢を削るアタリは既にいくつもあり、それ故に。
「──く、ぐッ」
体力を吸い取られる。当たった箇所から流れる血とともに、躰を動かすエネルギーもその杭に吸われていく。それによる蓮の動きの低下は著しく、躱すことの出来る杭の数が減り、被弾数は増加しまた体力を削られ──と、最悪と言って差し支えない悪循環に陥っている。
つまりは予定調和。ここ数日の戦闘の経験しか持ち合わせていない蓮と、数十年間の戦争の経験があるヴィルヘルムではこの結果になるのが当然であり、そこに不条理は一切ない。ただ単に、闘いに慣れている強い者が有利に戦況を運ぶことが出来るという真理。
故に、この場に存在する不条理とは彼そのものに他ならない。
唯一聖遺物を持たない一般人──この場にいる時点で一般人と呼ぶのは不適当かもしれないが──遊佐司狼。強化された身体能力を持たず、膨大な経験に裏付けられた読みも持たない彼が空間を埋め尽くす杭の密林を生き延びていること──道理では通らない不自然、不条理。
「ははっ──ああ、こりゃアレだわ」
まるで何処に行けば回避可能か既に知っているかのように──。
「デジャヴってやがる」
彼は知っていた──既に経験したことがある。
本人曰く、無敵モード。こうなってしまえば──死ぬことはない。否、死ねない。
そして、そのまま杭の散弾を生身でありながら踏破する。聖遺物をその身に宿す蓮ですらその場しのぎも難しいのに、だ。
「チッ──」
ヴィルヘルムの視線に宿っているのは驚嘆と思案。ただの人間がここまで自身の攻撃を如何なる方法か、完全に回避しきっていることへの驚愕と賞賛だ。そして、どのように殺すかという、いわば調理方法。
「どうやってコイツを見切ってんのかは知らねェが、これなら躱しようがねえよなァ?」
そして彼が選択するのは、空間そのものの包囲。
回避する場所を全て潰してしまえばいい。それだけでこの人間は詰む。
比喩ではなく、単純に空間を全て埋め尽くしてしまえば回避などしようもない。司狼に形成された聖遺物を受け止める術などないのだから。
「ははは、くくっ──そりゃそうだろうけどよ、中尉殿。こっちに集中させりゃああっちが空くんじゃねぇか?」
あちらが立てばこちらが立たず──司狼へ意識を向けたヴィルヘルムに、処刑の凶刃が舞い降りた。
◆◆◆
「────…………ッ!」
無言の裂帛とともに右腕に宿る処刑刃を振り下ろす。
司狼がどうやってコイツの攻撃を回避しているのかはまるで理解できないが、あいつが死ぬことはないのだという信頼にも似た根拠のない確信は常にあった。
そして司狼がヴィルヘルムの意識を自身に向けさせたのだから、どれだけヴィルヘルムの聖遺物に力を吸い取られていようと、ここは無理にでも動くべき局面だろう。いくら躱すことが出来ても、あいつらに有効打を与えられるのはこの場に俺しかいないのだから。
そして、司狼に確実にとどめを刺すために攻勢に意識を集中させたヴィルヘルムは残り数センチのところでこちらへ振り向くが──もう遅い。
このままこれをお前の頸へ落としてチェックメイトだ。
マリィの刃は処刑の刃。人の頸を切り落とすことに特化した刃は、如何なる存在であろうともその生存を認めない。
死ね────ッ。
「────こんなんで裏ァかいたつもりかよ?
手ェ抜いて相手してりゃあ舐めた勘違いしやがってよォ──ッ!」
喝破とともに、ヴィルヘルムの周囲に展開される致死の杭。これを掻い潜ってこちらの攻撃を当てるのは不可能だと理解して────。
杭が全方位に放たれる寸前、辛うじて距離をとることに成功した。
しかし、それはそのまま一直線にこちらへ向かって飛んでくる。
「ぐっ……おおおあぁあああっ────!」
「あぁ、ムカつく、ムカつくぜ。…………決めた、クリストフが何言おうが関係ねぇ──やっぱここで殺すか」
間一髪で直撃だけは避けたが、四肢の末端の被弾は避けられなかった。そこから一気に流れ出ていく生気。
「おーおー、こりゃいかんわ。奴さん、何が不満なのか知らねぇけどよ、フラストレーション貯まってるぜ。ああいう奴は何するか分かんねえ」
ザッと横に誰かが並ぶ気配を感じ、そちらを流し見るとどんな奇跡を起こしたか、全くの無傷の状態で司狼が佇んでいた。
「ここは一旦尻尾巻いて逃げちまおうぜ、蓮」
「逃がすと思ってんのかァ」
「悪いけど、アンタの遊びに何時までも付き合う気はねーよ」
寸前まで展開されていた本物の殺し合いを遊びと言ってのけた司狼は、懐から取り出した魔法瓶を眼前の男へ放り投げた。空中で放物線を描くそれを、司狼はそのまま左手に持つ銃でなんの躊躇いもなく撃ち抜く。
「な────」
ピキピキと、凍っていくヴィルヘルムの肉体。
「────」
「液体窒素だ。いくらてめぇが人外の膂力を持ってたとしても凍っちまえば関係ないだろ。…………ま、これが効かなかったら次はねぇんだが」
「────っああァァァッッ」
司狼が自前のバイクに乗り込むのを視界の端に収めて、動きを止めたヴィルヘルムへ疾走した。
一歩、二歩、三歩──と、脚を進めるほどに縮められていく距離。極限まで一分一秒が引き延ばされた主観の光景の中、奔る右の腕に宿るギロチンはその存在理由を全うすべく眼前の男の頸へ吸い込まれるように向かっていく。
あと一歩────あらゆる物がスローモーションに見える世界の中で、断頭の刃を振り下ろした瞬間。
確かに、聴いた。吸血鬼の自己証明を。
紡がれる
瞬間、夜が爆発した。
「ガっ──ぐ、──つ」
周囲の空気は俺たちの生命を奪っていく瘴気に変換され、ここら一帯がすべてヴィルヘルムの体内と同じになったのだとどうしようもなく理解した。
何よりも大きな変化といえば薄らと街を照らしていた月が、薔薇のようなクリムゾンレッドに染まりその威圧感と存在感をそれまでとは比にならないほど増したことだった。
「──せめてオレを楽しませてから苦しんで逝けや」
こちらへ迫ってくる吸血鬼の魔手。
こちらの体力を吸い、さらに創造を発動したことで基礎能力を増大させたヴィルヘルムは、このままの俺では回避不可能といえる凶手を放ってくる。
「くっ──そ……──ッ」
数瞬ごとに肥大していくそれが俺の胸を突き破る──刹那に。
「はぁ~い、そこまでよベイ。それ以上は命令違反だってあなたも分かっているでしょう?」
現れたのは、影の怪物を携えたルサルカだった。
「お前、は……」
「──う~ん、ま、いろいろ聞きたいことはあるんだけどねえ」
そういって小首を傾げる動作はそこだけを切り取って見れば純真無垢な妖精に見えるだろうが、この場面に限って言えばただの一般人であってもその異常を感じ取り、怖気が奔るに違いなかった。
ルサルカの足元から伸びる漆黒の影は光の差す方向など無関係に、無秩序に散逸して実態のない怪物を形作っている。
猛るヴィルヘルムを如何なる術理でか──いや、それがルサルカの創造なのだろう──制止したルサルカは警戒する俺に向かい、その小ぶりな唇で言葉を紡いだ。
「
「何処だよ、あいつは」
もし真実なら無視することは出来ず、嘘ならばそもそもここにいる理由もないはずなのだ。仲間であるはずのヴィルヘルムを自身の創造で制止する理由も、また同じく。
気になるのは櫻井が言っていた、
それでも、構わないから。
だから、問いただす。
「何処だよ、早く答えろ」
「──……あの子も相当幸せ者ねえ。……橋よ。あの子はそこに居る」
「──ッ」
そこまで聴いた俺は、全速力で橋へ向けて駆けていく。
くそっ、巫山戯んな、巫山戯んなよ──。お前、後で全部説明するんだろ。そう言ったじゃねえか。このまま終わりなんて許さねえぞ……。
お前だって、俺の、大切な────。
◆◆◆
疾走していく蓮を眺めたルサルカは、ヴィルヘルムへの縛を解いた。といっても抑えているのが正直キツくなってきたというのも多分にあるが。
「…………おい、マレウス」
「悪いわねー、ベイ。ワタシだってアンタの気性は知ってるわよ? でも、ホントに任務をほっぽり出されても困るのよ。こっちだって彼にはもっと強くなって貰わなきゃ困るわけだしさ」
「テメエのせいでオレの得物にまんまと逃げられたわけだが?」
「アンタがずっと遊んでるからでしょー? そこまでは知らないわよ、私も慈善事業やってるんじゃないんだし」
「じゃあ、テメエが代わりになると?」
「嫌よ、何でアンタみたいな危険極まりない奴と戦わなきゃならないのよ。スワスチカの取り合いならまだしも」
司狼は自分のバイクに跨がり、そのまま蓮の後を追って橋へ向かっていった。よってこの場には、得物を逃した吸血鬼と、その原因の魔女の二人のみ。
「さ、戻るわよ。たぶん明明後日辺りから、早ければ明日にはスワスチカの開放を許可されるでしょうし。…………あの普通の男の子でしょう? 譲ってあげるわよ、今回は私の都合も多少あったわけだし」
「……チッ」
舌打ちを一つ残し、ヴィルヘルムはその場を去って行った。
ルサルカは、タワーの方へ首を向け、
「さあ、あなたも行くわよ。彼はちゃんと見られたでしょう」
そこに
「ああ……俺は、自分というものが欲しい」
彼は、
「だから、俺以外のオレは邪魔なんだ」
唯一の自己を望む彼の声は、星を孕む夜空に浮かんで消えていった。
◆◆◆
聖餐杯が、藤堂暮阿に振り下ろした拳は────。
文章がシルヴァリオになんか似てきてますね……。なんとかしなきゃ。