Dies irae Alter ipse amicus.   作:青嵐未来

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コロナの影響で休業なので初投稿です。


第七話 破壊の君

 

 

 振り下ろされた正拳は、しかし暮阿を打ち倒すことはなかった。

 

「……おや、なかなかお早いご登場だ。正直に言わせてもらえるのであれば、貴方の到着はもう少し後になると思っていましたよ」

 

 拳の主はこちらを哀れむように、そして何処か羨むように声を出す。

 

 けれど、そんなことはどうでもいい。結果がどうあれ、コイツを護ることが出来たのだということを両手から感じる確かな熱が教えてくれるから。

 

「ベイにマレウス……私だって手品師(マジシャン)ではなく人の心を完璧に理解できているとは言いがたいですが、彼らがそう簡単に藤井さんをこちらへ誘導してくれるとは思っていなかったのでね」

 

 ゆっくりと割れ物を扱うように丁寧に、暮阿をアスファルトの地面に横たえる。気を失っているようだ。しかし外傷は、蛆虫が這うようにゆっくりとではあるが()()()()()()()()()()()()()

 

 何がどう作用してこうなっているのかは分からないが、このまま死ぬなんてことは無さそうだと安堵した。

 

 つまり、次に考えるべきであるのは、現在この場に居る残りの人間についてであり────。

 

「こんばんは、藤井さん。幾日かぶりになりますが息災なようで何よりです」

 

 この場にトリファ神父がいること、だろう。

 

 タワー前からここまで全力疾走し、時間を遅らせているような感覚の中にいた俺は、暮阿に振り下ろされた拳の主をしっかりと認識していた。

 

 どうしてアンタがここに居るんだとか、アンタは何を知っているんだとか、先輩はどうしたんだとか、聴きたいと思ったことはそれこそ二十じゃ利かなかった。

 

 けれど──。

 

「……神父さん、一つだけ教えてくれ」

 

「ええ、ええ。一つと言わず二つ三つとどうぞ。私はそのためにこの場を設けたのですから」

 

 ですが、と前置きし。

 

「こちらも一つ、たった一つでいいですから貴方に伺いたいことがあります。ゆえ、そちらの質問にすべて答えた後で構いません、こちらの質問にも答えていただきたい」

 

「……分かった」

 

「よろしい、では貴方からどうぞ。なんでも──とまでは言えませんがそれでも大半のことには真実を伝えられるでしょう」

 

「じゃあ、答えてくれよ。……──何でコイツがこんなになってるのか、なあ」

 

 自分が酷く自分を制せていないことが分かる。

 

 その反面、寧ろ世界がクリアに見えることに気付いた。分かっていたことだが、俺はキレると逆に冷静になる性質らしい。

 

 ああ、そうか、俺は怒っているんだ。

 

「なんで、と仰いましてもその子が此方へ攻撃したから、としか表せませんね。そも、ここは戦場。聴けば彼女は自ら戦闘の火種に飛び込んだそうではないですか」

 

「……それで?」

 

「彼女は弱かった、我々はそれを上回った。それだけの話でしょう」

 

「ああ、そうかよ」

 

 だから痛めつけたって?

 

 お前らからしてみれば取るに足らない()()()諏訪原にいた謎の存在なのかもしれないが。

 

 俺たちにとってみれば大事な欠かせない後輩なんだよ──。

 

「──では追加の質問もないようですので、此方から一つ」

 

 ()()は此方を睥睨し、何らかの確かな強い意志を携えた瞳で訊いてくる。

 

「私があなたに訊ねたいこと──それは我々共通の隣人、テレジアについてのこと」

 

 どんなことを言うのかと構えていた俺は、出てきた氷室先輩の名前に思わず硬直する。

 

「その前に一応私もちゃんと名乗っておきましょうか──私は聖餐杯。聖槍十三騎士団黒円卓第三位ヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン」

 

 あなたの父祖に等しい副首領閣下からは邪なる聖人──などと祝福(呪い)を賜った者です、と。語る神父に虚偽をついている様子は全く見られない。

 

 そして、トリファ神父が黒円卓のメンバーなのだとしたら、それはつまり先輩やシスターも無関係じゃないってこと、なのか…………?

 

「テレジアが私たちのことを知っていたのか──は、この場ではどうでもよい。むしろ私はそれに関係なくあなたに答えて貰いたい」

 

「──何を」

 

「あなたはテレジアをどう思っておいでか?」

 

 なんでここで先輩の話なのか──と思わなかったと言えば嘘になる。櫻井はともかく、ヴィルヘルムみたいなヤツをわざわざ動かして俺と話すような内容なのか? と一瞬思った俺がいたことは確かだ。

 

 だけど、そんなことは知ったことじゃない。

 

「あなたは私を敵と認識し、殺す大儀を見つけつつある。ならば彼女にも、同じことが言えますか?」

 

 あんたらと先輩がどういう関係なのかなんて関係ない。

 

 ただ、あの人は俺の日常の一部だから。

 

 だからこれ以上俺に失わせるな──。

 

「我々と戦うとはそういうことだ」

 

「──知らねえよ」

 

 ああ、そうだ。

 

「俺はお前らのことなんて知らないし、先輩がどんな立場かなんて分からないけれど──」

 

 先輩は、先輩だから。

 

「それに」

 

 そうだ、そもそも──日常が戻ってくれば、それでいい。

 

「死なせないし、殺させない。……あんたらに勝ってすべて終わらせる、すべて元通りにする──当たり前のことだろうが──!」

 

 先輩がお前らの仲間だろうがなんだろうが関係ないんだ。ただ、奪われてしまったものがあるから──それを取り戻すだけだ。

 

「く、はは……ハハハハハ──我々に、負けぬと……勝つと! そう言いましたか!」

 

 狂騒する神父は何かを言祝ぐかのように哄笑し、狂信者のように──それ以上相応しい形容はこの神父に限って言えば、皆無のように感じられた──天を仰ぎ、どこか遠くの存在に語りかける。

 

「──どうですか、これがあなたの盟友の代替、我々と対峙する超越者(ツァラトゥストラ)です」

 

 そして、彼方からやってくる特大の威圧感。莫大な圧力とともに此方を観察している──。

 

「────ッ」

 

 その感覚にこれまでの人生で体験などしようも無いほどの、リアルで巨大な怖気が体全体を覆った。

 

『悪くない──』

 

 思わず膝をついて見上げた空で、光を伴う圧力が像を成して一人の男を影のみとはいえ顕現させた。

 

「──あ、あぁ……っ」

 

 神父の隣に居る櫻井なんかもその常軌を逸した圧力に膝を屈して、苦しそうに息を吐き出している。

 

『名乗ろう、愛しい我が贄よ』

 

 しかし、奴らの首魁はそんな櫻井の様子など気にもとめず──実際眼についても居ないのだろう──、声を発する。

 

『私は聖槍十三騎士団黒円卓第一位、破壊公(ハガル・ヘルツォーク)。ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ──』

 

 厳かな名乗りが空間に響く中、俺はかつてその名が、第三帝国の将軍の一人であったことを思い出した。

 

『卿の縁者からは愛すべからざる光(メフィストフェレス)などと祝福された(呪われた)、曰く悪魔のような男らしいよ』

 

 空気が震える。空間が軋む。世界がその存在に耐えられない──。

 

 これ、は。

 

『ねえ……レン──これはなに……?』

 

 カタカタと小刻みに震えるギロチン。そして、同時に頭に響くマリィの強張った声。

 

『なにか、変なの──おかしいの。あの人を見てると、おかしくなりそうなの』

 

 魂レベルまで繋がっているが故に、マリィ自身では言葉に出来ないその感情も俺には分かった。

 

 それに──それは俺が一瞬でもヤツに感じてしまったから。

 

「それは──」

 

 恐怖、という感情で──それを自覚し、受け入れた途端に俺の中で何かの霊域(チャンネル)が深くなって、それは物理的肉体にも影響を及ぼした。

 

『これ、が()()──恐い、恐いよレン……っ』

 

「あ……っがああぁあああああ──!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

『──ほう』

 

 マルグリッド・ブルイユと藤井蓮が異形の変化を──進化を遂げているなか、黄金の獣は自らの友人が生み出した代替の変遷を眺め、その仕事に感嘆の息をもらした。

 

『さすが、と評しておこう──報告を受けた時点では取るに足らないようだったが』

 

「では、これはハイドリヒ卿の予想通りだったと?」

 

『そうではない。卿に語ったことは真実だ。──愚か者ならその場で喰らう。そう言ったな』

 

「ええ。すなわちこの展開を予想した上での御発言かと」

 

『私とて全知全能ではない。そも、この儀式は私の既知感(それ)を破壊するためのものではないか。今では殆ど当たらんよ』

 

「では──」

 

『概ね期待通り、と言っておこうか』

 

 絶大なる力を有した黄金の獣は、その双眸をわずかに細めると眼下にて異形の変化を終えた藤井蓮へ向かう。

 

双頭の蛇(カドゥケウス)──さしずめこれは脱皮と言ったところかな』

 

「ええ──彼らは自己を変革した。今のあなたのレベルまで」

 

 今この場にあるラインハルトは単なる写像。あくまで本体の数十分の一しか力を持たない分体にほかならない。

 

 しかれども、元の実力差を鑑みればそのレベルアップは些か()()()()というものだろう──事実彼は今現在も進行形で激痛に襲われている。

 

 当たり前と言えば当たり前だが急激な変化には必ず揺り戻しが存在するのだ。急に強くなりすぎれば躰はそれに耐えられない。人間を含む生物が何世代もかけて変革を行うのは、遺伝子の変化には時間がかかるという事実はもとより、その揺り戻しを防ぐため、と言う理由も一面では存在するだろう。

 

 だが、この局面に限って言うのであれば()()()()()()()()()()()。黄金の獣の目にかなわなければ、彼らはこの場で死んでいたのだろうから。

 

「ぐっ……がああぁああぁぁあああ──ッ!」

 

 天を睨んで咆哮し、藤井蓮は一条の光となって宙の階段を駆け上る。

 必要に駆られて巨大化した右手の鎌は黒い閃光だけを残して首へ。

 

「──死ね」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 超速でラインハルトまで接近した俺は、その速度のまま右手の死神を奔らせた。

 

 刃の速度は最大最速。マリィとの同調はこれまでで最高レベル。これまでで最も研ぎ澄まされた力の塊は、俺の右手の動きを追随してラインハルトの首を刈り取る──はずだった。

 

「──なッ」

 

 はずだったとは、つまりそうならなかったということであり──けれどこの場合、それはギロチンを回避されたということではない。

 

 ()()()()()()()()()。それも無防備なまま。

 

 ラインハルトは迫り来るギロチンに反応もせず、そのまま首を差し出したのだ。そして当然俺はそれを外さない。

 

 従って吸い付くように首へ向かうギロチンはそのまま直撃して──なんの影響も与えなかった。

 

『ふむ、今はまだこんなところか』

 

「くっ……そ──」

 

 慌てて右手を引くが既に遅く、俺の聖遺物はラインハルトの左腕に摘ままれた。

 

 そう()()()()()()()()()()()()()()()()()。まるで壊れやすいものを丁重に扱うように。けれど右手は万力に押しつぶされているかの如く、ピクリとも動かせない。

 

『恐れで私は倒せんよ』

 

 次瞬、幾つかのことが一瞬にして過ぎ去った。

 

「な──っ」

 

『私の愛は破壊の情。愛でるためにまずは壊そう』

 

 ピキ、ピキと致命な傷を刻み込まれていく聖遺物(マリィ)。穿たれていく亀裂はまるで不可避の聖印のようで──。

 

 そんな馬鹿な、と驚愕するよりも先にその末路を俺に幻視させた。

 

 破壊される聖遺物、契約者の末路。

 

 俺とマリィは文字通り一心同体。ならばその片割れが破壊されてしまえばどうなるのか。

 

 馬鹿でも分かる、答えは──。

 

『ああ、そうだ──私は総てを愛している!』

 

 瞬間、増大していく圧力とともに、ついに聖遺物(マリィ)が破壊されようとする──刹那に。

 

 

 

「──やらせない」

 

 

 

 轟き響く魔の宣誓。

 

 暮阿からあふれ出した温かい光が俺とマリィを包み込み──人の気配を感じ、横を向けばそこには決意のともる光を称えた暮阿が立っていた。

 

「先輩──良か、ったぁ……」

 

 しかしこちらへ視線を向けた途端、その体は一瞬にして頽れた。

 

『ほう? これは──瞬間移動の類いか』

 

「──暮阿ッ」

 

 慌てて支えるも、そこからは力が感じられない。

 

「これ、は──」

 

 奴らが何かしたわけではない。奴らの意識は完全にこちらを向いていた。

 

 だから──今、暮阿の体に力が無いのはとても自然なこと。

 

 恐らくあの光は、俺たちを包み込んだあの優しい光は、ヴィルヘルムやルサルカが見せた()()──その一端なのだろう。

 

 けれど奴らのそれに比べて、()()()()()()()()()。無理矢理発動させた、或いは一時的な限界の突破あってこそ。

 

 傷ついた体でそんなことをすれば、どうなるかは自明なんだ。

 

 馬鹿野郎。

 

「……お前、終わったら全部説明するって言ってたよな」

 

 神父やラインハルトは動かない。何を考えているのかは知ったことじゃないが、こちらをただ見ている。

 

「何もかも、知ってることは全部教えるって」

 

 だから、だから。

 

「……そんなこと言わないでくださいよ、先輩」

 

「──っ」

 

 瞼を開いた暮阿は弱々しくも力強く口を動かす。

 

「それじゃあ私、死んじゃいそうじゃないですか」

 

「……それもそうだ」

 

 じゃあまず、この場を生き延びるために──。

 

 と、少し冷静になれた頭でもってもう一度ラインハルトに向かい合う。

 

 相手の強大さは依然変わりなく、こちらの卑小さもまた変わらない。

 

 けれど、この手の内にある温かさを喪うことに比べれば、恐怖なんてものはもう、欠片も無かった。

 

『──いい顔だ、代替よ』

 

「知らねえよ、黙ってろ」

 

 先刻は押さえられない感覚に流されて飛びかかっていったが、今となってみればそんなの悪手も悪手だろう。なにせ此方は暮阿という怪我人がいるのだ。暮阿も純な人間ではないとはいえ、放置しているわけにはいかないだろう。

 

 そもそも単純に人数差がある。こちらで戦えるのは俺一人。

 

 故に今この場でとるべきなのは交戦では無く。

 

「──司狼!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「遅ぇんだよ──待ちくたびれちまったじゃねえか!」

 

「──ほう」

 

 橋を横断して現れる司狼。

 

『ふむ、それもまた一興か』

 

「そいつは後ろに乗せろ、テメェは自分の脚で走れ!」

 

「るせぇ言われるまでもねぇんだよ──ッ」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そして走り去る彼らのツァラトゥストラ。ラインハルトの顕現から茫然と身動きの取れない四人目の櫻井はもとより、成り行きを眺めていた神父も、得物を破壊する直前に逃した獣も共に彼らを見逃していた。

 

「よいのですか、ハイドリヒ卿。彼らを逃がしてしまっても」

 

『当初の目的は達成した。それ以外は気まぐれだ』

 

 無聊の慰みにはなったと語る黄金に、控える神父は言葉を返す。

 

「それでは、後のことはどうなさいますか?」

 

『卿に一任しよう』

 

「は」

 

 恭しく跪く神父を大上段から見下ろし、獣は脇の辛うじて平伏できているレオンハルトを流し見る。

 

『卿はたしか、戦乙女(ヴァルキュリア)の後釜だったな。──励めよ、獅子心剣(レオンハルト)。戦場に勲を立てろ』

 

「──拝命いたしました、総首領閣下」

 

 とだけ残し、震える声で辛うじて返した彼女にはもはや一瞥もくれず、獣は煌めく夜空へ溶けていった。

 

 今宵、交差した運命の刃。

 

 彼ら彼女らがどのような劇を演じるのかは、未だ未知。

 

「──さて、如何しましょうか」

 

 思索に耽る神父の呟きが、宵闇に紛れて消え去った。

 

 

 

 




シルヴァリオRTA 書いてたら投稿前に別の人が書いていたのでヤケクソでこっちを書ききりました。

くそぅ!

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