かすかな風の音と共に、コツ、コツと音が聞こえてきた。
振り返ると、1人の男が、長剣と十字盾を構えて、この尖塔の屋上にやってきていた。
男は闘志を燃やしており、ただならぬ雰囲気だ。
「……ここは、この城の中で一番高い場所、つまり、一番いい景色を見れる場所だ、そう思わないか?」
「……」
全天燃えるような夕焼けだった。
どこまでも続くような夕焼け空。鮮やかな朱色から血のような赤、深い紫に至るグラデーションを見せて無限の空が果てし無く続いている。
「景色を眺めにきた……と、言うわけでは無いのだろう?」
「勿論だ」
「そうか……考え直す気は」
「無い」
「……俺もだ、だから、この鍵は渡さない」
「渡してもらおう、この先に進むために、その鍵を、例え、お前を殺してでも」
「渡さない、この世界を守るために、この鍵を、例え、お前を殺してでも」
男は腰に下げていた2本の剣を抜き、両手に構えた。
「ここを、クリフの墓場とする、この先はない」
「いや、私は先を進んで行く、だから今日が、お前と、この城の最後だ」
……
「ハァァァァア!!!」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
ガキン!
剣と盾がぶつかり合い、火花が散り、二人の顔を一瞬明るく照らす。
金属がぶつかり合うその衝撃音が、戦闘開始の合図だったとでもいうように、一気に加速した二人の剣戟が周囲の空間を圧した。
戦いの火蓋は、切って落とされた。
──────────────────
チリリリリン! チリリリリン!
「っ、もう朝か」
俺は目覚まし時計によって、夢の世界から目覚めさせられた。
随分と懐かしい夢を見た。
俺がこの日本で生まれる前の、前世の夢を。
突然だが、俺には前世の記憶がある。
……待て、俺は頭の痛いやつでは無い、と、思う。
いや、前世の記憶がある時点で頭の痛いやつなのかもしれないが。
何故前世の記憶があるのかは知らん、あるんだから仕方ない。
前世では、戦いの日々だった。
戦って、戦って、先を知るために登り続けた。
何度も傷つき、死にかけて、数々の敵を、人を殺して、4人で駆け上がって行った。
先を知るために、この先に何があるのかを知るために。
そして最期には……
そんな激動で、毎日が死と隣り合わせの血なまぐさい人生を送って来た俺が、今では平和な日本の学生だ。
俺は今だに、この平和にあまり馴染めていない。
まだ身近に知らない生物の気配を感じると、つい腰に手が伸びてしまうくらいだ。
別に俺は戦闘狂ではない、と思う。
勿論、クリフやカズヤに比べれば、脳筋ではあったが。
前世では毎日が闘争の日々だった。
だから平和に馴染めないのも仕方ないのかもしれない。
しかし、もう十数年間生活していて未だに馴染めないのは、やはり前世に心残りがあるからなのかもしれない。
いや、今だに夢に見るくらいだ、間違いなく心残りのせいだろう。
だが、前世は前世、今生には一切の関わりがないことだ。
そう、自分に何度言い聞かせても、いつまでも忘れることができなかった。
平和だ、本当にこの国は平和だ、平和が過ぎる。
だって、まだこの十数年あまりの人生で、たったの二度しか命の危機が無かったくらいなのだから。
まあ、その内1回は5歳の頃だったから、結局途中で力尽きたんだが。
だからあれは俺の力ではなく運良く助かっただけだ。
目覚まし時計は、6時半を指している。
そして、ゆっくりと針が進んで行く。
だが、俺の時は、きっと前世で止まったままだ。
────────────────ー
「おはよう、詩乃」
「おはよ、お兄ちゃん」
俺は妹が用意してくれた朝飯を食いながら、ついていたテレビを見た。
テレビにはナーヴギアと言うものが写っている。
ナーヴギアとは、2022年5月に発売された、頭から顔までをすっぽりと覆う、流線型のヘッドギアで、これを被ると、ゲームというものが遊べるらしい。
しかも、普通のゲームというものではなく、ゲームという世界の中に行けるらしい。
フルダイブだとかなんとか。
と、テレビが話している。
正直、何を言っているのか分からなかった。
確かゲームと言うものは、ボタンを押すと絵が動く不思議な玩具だったと思うのだが、あのヘルメットを被ってどうやって遊ぶのだろうか?
分からない。
それからもテレビは、信号素子がなんとか、電気信号がなんちゃら、脳がどうのこうのと、訳のわからないことを話していた。
多分、クリフやカズヤならわかるのだろうな。
あいつらは頭がいいから。
もしかしたら、キズナもわかるかもしれない。
分からないのは俺だけか。
いや、分かろうとしないだけか?
正直に言うと、あまり興味がない。
別に、これに限ったことではないが、俺は今生では物事に対する興味が薄い。
それは、今だに前世を忘れられないからだと思う。
いくらこの世界に、日本に転生したと言っても、俺の心は、魂は今だに、前世のアインクラッドに囚われ続けているのだろう。
テレビに興味を失った俺は、朝食を食べることに集中した。
「……美味い」
「そう」
──────────────
「なぁなぁ、ソードアートオンライン、みたか!? ヤッベっしょ! まじで!」
「マジヤベーよな!? パナくない!?」
学校で、席について窓の外をボーッと眺めていると、クラスメイトたちの声が聞こえてきた。
「俺あのPV見てマジやりたくなったわー」
「じゃあテスターの応募したん?」
「したにきまってんだろモチノロン! だけど1000人とか少なすぎだわマジで、俺たち日本人何人いると思ったんだよ、72億だぞ! 72億人! その中の選ばれし1000人とか、マジ無理無理」
「だよねー、えっと、72億分の千だから、72万分の1くらい? うっは、宝くじ!」
「あー、1億円ほしーわー、どっちがいい? 宝くじ1億円と、ソードアートオンラインのβテスター!」
「「「「「1億円!!!」」」」」
「お金には勝てなかったよ……」
「因みに、ナーヴギアの総販売台数が約20万なので、最高でも20万分の千、つまり倍率200倍程度であり、72万分の1ではない、何より72億の千分の一は720万、そして、日本人は約1億2600万人程度であり、世界人口が約」
「ところでさ、モチノロンって、言い換えるとヤバない? モロの」
ガラガラガラ
「席つけよー」
教室に先生がやってきた。
「「「「「はーい」」」」」
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今日も、代わり映えのしない平穏な1日が終わった。
ずっと、この平和な日々が続くのだろうか?
続くんだろうな。
俺は漠然と、そう考えていた。
──────────────────────
それから、数週間の時が過ぎ去った。
今、世間では、ソードアートオンラインというものが流行っているらしい。
クラスの人間も、街の中の人間も、テレビの人間もみんなソードアートオンラインと、ナーヴギアの話ばかりをしている。
あまり詳しくは知らないが、魔法という不思議なものがない世界で、武器一本を頼りに駆け抜ける物らしい。
魔法がある世界というのもよく分からないが。
なんとなく、面白そうではある。
前世では、ずっと戦っていたからな。
もしかしたら、楽しいかもしれない。
だから、少し興味を抱いた。
だが、そのゲームをやるには、宝くじを当てないといけないらしい。
そして、宝くじとは、72万分の一の確率で当たるらしい。
確かクラスメイトがそう話していたのを覚えている。
ちょうど通学路の近くに宝くじ屋があったので、学校の帰りに寄ってみた。
「いらっしゃい、一口200円だよ!」
200円、72万分の一で当たるものが、1回200円、つまり、1億4400万円分くらい宝くじを買わなければソードアートオンラインは出来ないのか。
俺は鞄の中の財布を開いた。
財布の中には2154円しかなかった。
「……無理か」
ソードアートオンライン、面白そうではあるが、諦めるか。
俺は宝くじ屋を後にした。
そうして家に帰っている途中、街中で一つのポスターが目に入った。
そのポスターには、空に浮いた鋼鉄の城が書かれていた。
俺は何故か、それから目が離せなかった。
「これ、は」
心臓の鼓動が早くなり、街中の雑踏の音が遠ざかっていった。
「ま、さか」
俺はこれを見たことはない、はずだ。
なのに、見たことがある気がする。
俺はこれを知らない、はずだ。
なのに、知っている気がする。
………………ま、さか、まさか!?
あり得ない! なぜ、何故だ!?
何で、何でここに、ここにある?
似ているだけ? 偶々?
だが、よく思い返してみれば、前世の幼い頃の朧げな記憶の中に、4人で展望テラスから見上げた景色と、このポスターの絵が重なるところがあった。
これは、この場所は。
そのポスターの隅には、こう書かれていた。
ソードアートオンライン、浮遊城アインクラッド、と。
──────────────────ー
俺はしばらくその場に立ち尽くしながら、何故、何故、何故、と考え続けていた。
だが、どれだけ考えても分からなかった。
ならば、やるしかない、やってみるしかない。
ソードアートオンラインを。
俺は急いできた道を戻った。そして、とある店に入った。
「すみません! 宝くじをください!」