「リンク・スタート」
その瞬間、音が遠ざかっていき、視界が暗闇に包まれた。
「な、なんだいきなり!?」
そして、視界の中央から虹色の輪が広がっていった。
俺はいつのまにか変な場所にいた。
さっきまで自宅にいたはずなのに、ここはどこだ?
「詩乃! 詩乃ー! ちょっとよくわからないんだが、ここはどこだ? 詩乃? 詩乃ー? どこだー! 詩乃ー!」
俺は、なんでも知ってる詩乃に聞こうとした。よく本を読んでいるからな。
だが、いくら呼びかけても、詩乃の返事はない。
どういうことだろうか? 俺はただソードアートオンラインをやろうとしていただけなのに。
ん? もしかして、それが原因か?
そういえば、確かテレビが、ゲームの中に入るとか言っていたか?
つまり俺は今、ゲームの中に転移させられているのか。
正直よく分かっていなかったが、人間をゲームの中に転移させるなんて、最近のゲームと言うものはすごいんだな。
そして、目の前に、名前を入力する場所が出てきた。
俺の名前は朝田志郎だから、そう打とうとしたが、漢字がなかった。
ならどうやって名前を入れればいいのだろうか?
もしかして、これは外国人専用なのか?
いや、だがゲーム屋さんの前には日本人がたくさん並んでいたはずだ。
だから、大丈夫だよな?
ここには詩乃はいない。だから俺の疑問に答えてくれる人は誰もいない。
まあいいか、俺はとりあえず[asada sirou]と書いておいた。
そして、アバターがどうのこうのとなっていたのだが、よく分からなかった。
とりあえず、決定を押したら先に進んだから、まあ良かったのだろう。
というより、ここはどこなのだろうか?
そう思っていたら、急に視界が開けた。
そして、俺は見た、もう決して見ることの叶わないと思っていた、懐かしい景色を。
「ここ、は」
広大な石畳、周囲を囲む街路樹と、瀟洒な中世風の街並み。
そして正面遠くに、黒光りする巨大な宮殿。
ここは、間違いない。
ここは俺が、前世で生まれ育った街だ。
一瞬、夢でも見ているのかと思った。
だって、街並みがあまりにも似ていたから。
確かにところどころ変わっているところもある。だけどこの広場は、4人でよく遊び回った、あの。
胸が高鳴り、熱くなった。
「っ、あ?」
気がつけば、視界が歪んでいた。
「何、だ、これ?」
目に水が溜まり、頬を伝い地に落ちた。
ああ、これは、涙か、俺は今、泣いているのか。
俺の涙はとどまることを知らず、流れ続けた。
何故、こうも感動するのだろうか? 何故ここまで心が動かされているのだろうか?
それは、もうあの旅立ちの日から、見ることが叶わないと思っていた街並みを再び見ることができたからだろう。
今目の前にある、この懐かしい景色を、俺の、故郷を。
「あ、ああ、うああああああ!!!!!」
俺はしばらく大声で泣き続けた。
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しばらくして、我に帰った俺は、かなり周囲から注目されていた。
当然か、こんな街中にいきなり現れたと思ったら、大声で泣き続けているんだから。
いや、いきなり現れる人間は、俺以外にもいるか。
とりあえず、あまり注目を集めるのはあれだから、移動するか。
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全く、大の大人が情けない。
いくら故郷の景色を見たからと言って、人前で恥も外聞もなく泣きわめくとは。
いや、今の俺は高校生だからまだ子供か?
そういえば、高校生は、大人と子供どちらなのだろうか?
今の世界だと、20歳からが大人だ。
だが、前世では、大きくなれば大人であった。
……わからん、まあいいか、そんなこと。
とりあえず、現状を確認しよう。
俺はおそらくゲーム、ソードアートオンラインの中に転移したと思われる。
以上、現状確認終了だ。
ソードアートオンライン、アインクラッド。
このアインクラッドは、前世のように百層あるのだろうか?
その百層を、俺はまた、駆け上がって行くことができる、という事なのだろうか?
……それは、それはなんとも楽しみだ。
アインクラッドには、数々の思い出がある。
その一つ一つに、また出会えるというのであれば、これほど嬉しいことはない。
もしここに、あの3人がいてくれたなら、本当に、最高だっただろう。
だけど、ここには3人はいない。
なら、新たな仲間とともに駆け上がっていけばいい。
新たな仲間と、新たな思い出を作りながら。
詩乃が言っていた。このソードアートオンラインというのは、他の人も一緒に遊べるものだと。
だから、他の人と共に駆け上がって行くのもいいだろう。
もしくは一人で挑戦するのも面白いかもしれないな。
さて、これから何をするか。
懐かしい街の探索もいい、新たな仲間を探しに行くのもいい、街の外がどうなっているのかも気になるな。
というより、久しぶりに戦闘がしたい。
街中は衛兵たちが頑張ってモンスターを掃討しているからほぼいないが、街の外にはいるはずだ。
前世ではそうだった。
よし、まずは外に出て久しぶりにモンスターと戦うか。
いや、その前に出来れば剣が欲しいな。
最悪防具はなくてもいいが。
だから武器屋に行くか。
あ、そういえば、今俺は手ぶらだ。ポケットの中を確認してみたが何もない、完全な無一文だ。
武器を買うお金がない。
当然か、まだお金を稼いでいないんだからな。
だが、武器を買うお金を稼ぐのは大変だ、とても時間がかかる。
どうするか、剣を振り回したくはあるが、しばらくは素手で戦うか。
素手で戦ったことはもちろんある。
今生でも、一度だけ素手で戦ったし、前世では、武器が折れて、折れた武器も使い物にならなくなった後には素手で戦っていた。
一応、本格的に教えを受けたこともあるからな。
ああ、懐かしいな。
前世に4人で無手の達人に教えを受けた時のこと、今でも思い出せる。
その場所を見つけたのはたまたまだった。
故郷の街から冒険に出て、一つ上の階層に進んで、そこを隅々まで4人で探索していたとき、街からかなり離れた岩山の山頂近くの、周囲を岸壁に囲われている場所に、泉と一本の樹、そして小屋が建っていたんだ。
なんでこんなところに小屋があるのか気になった俺たちは、その小屋の中に入ってみた。
するとそこには初老の大きな男が座禅を組んでいたんだ。
その男は、どうやら無手の達人で、弟子を募集していたようだった。
そして俺たちは、強くなりたかったから、その人の弟子になったんだ。
だけど、修行を受けさせてもらう条件が何より酷かった。
なにせ、両手のみで岩をたたき割れ、だ。
俺たちはすぐに無理だと悟って、帰ろうとしたが、その時、大きな男に証を立ててもらうと言われて、っっ、ふっ、今でも思い出せる、あの3人の顔っ、思い出すだけで笑いがこみ上げてくる。
まあ、そんなこんなで、十数日かけて岩を叩き割ったわけだが、カズヤなんかは3日で叩き割ってて化け物かと思ったな。
っと、話が逸れてたな。
よし、とりあえず、街の外に行ってみるか。
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「お! こいつは!」
街の外に出てみると、一匹の青いイノシシを見つけた。
「このイノシシ、食べると美味いんだよな」
だが、残念ながら今火を起こせる道具を持ち合わせていない。
だから街に持って帰って、どこかで焼いてもらうしかないか。
剣があれば切って持って帰れるんだが、ないものは仕方ない。全部持って帰ろう。
そんなことを考えていたら、イノシシも俺の存在に気づいたようで、直後、俺に向かって突進を仕掛けてきた。
俺はその突進をギリギリまで引きつけて、直前で横にかわしながら、体を回転させ青イノシシの横っ腹を蹴っ飛ばした。
「ぶぎー!」
綺麗に回し蹴りが入った。
青イノシシは、横たわり、立ち上がろうともがいている。
しばらくこういった戦闘をしていなかったから、思うように体が動くか心配だった。
だが、少し体に違和感を感じはするが、問題なく動けているな。
勿論全盛期に比べれば天と地ほどの差はある。だが、それでもこのイノシシ程度に遅れはとるまい。
体の具合を確認していると、青イノシシは立ち上がり、こちらに突進を再度仕掛けてきた。
俺は落ちていた石を拾い上げ、イノシシの上下に揺れる瞳めがけて投石をした。
石は見事イノシシの瞳にあたり、突進が止まった。
俺はその隙にイノシシに接近して鼻っ柱を蹴り上げた。
その後も殴って蹴って、殴って蹴って。
素手で生き物を殺すのはどうしても時間がかかる。
だが、素手でも殴り続ければ、生き物は殺せる。
だが俺は殴っているときに、少し違和感を感じていた。
なんだろうか、何かが欠けているような、そんな違和感を。
「ぷぎー」
それが何かを考えながら殴っていたら、いきなり青いイノシシの体が、砕け散って消えた。そして目の前に何かの数字が出てきた。
「……は?」
イノシシが、消えた? なんで?
訳がわからなかった。
確かに素手でも殴り続ければ殺せるとは言った。だが、あんな死に方をする奴なんて今まで見たことがなかった。
普通は死んだら死体が残るはずだ。なのに消え去った。
というより、あのイノシシは本当に死んだのか? 明らかにまだ元気があった、まだ死とは程遠かったはずだ。
なのに何故?
……考えてもわからない。
だが、残念だ、せっかく懐かしのあのイノシシを食べられると思っていたのに。
「ぶぎー!」
もう一体、いた。今度は、食べる。
俺はそいつに向かって踊りかかった。
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その後、何度やってもイノシシは食べられなかった。
イノシシ以外にも狼やカブト虫なんかの虫系のモンスターもいたが、そのどれもが、叩きすぎると砕け散って消えてしまう。
かと言って、何度殴ってもいつまでもモンスター達は元気なままで、捕獲なんて出来そうになかった。
勿論、虫を好んで食べる趣味はないし、あまり美味しくないから虫は捕獲する気はなかったが。
一度執拗に青イノシシの足を重点的に攻撃し続けたが、足を折る前に体全体が砕け散ってしまった。
「何故だ」
いい加減お腹がすいてきたから、そろそろ食べたいんだが。
目の前にご馳走の元となる食材がいるのに、いつまでも手に入れられない。
そんなもどかしさを感じながら、俺はイノシシや他のモンスター達と戦い続けた。
だが、ダメだった。何度やってもイノシシは砕けてしまう。
今、ものすごいこの青イノシシの肉を食べたいのに。完全に口が青イノシシの口になっているのに。
食べたい、食べたい、食べたい。
どうにかして食べられないものだろうか?
そうだ、ならイノシシが生きたまま焼けばいいんだ。
なんとか火種を用意して、焚き火を作り、そこにイノシシをおびき寄せて、そのまま焼いて食う!
それしかない!
だが、周りは草原で火を起こす火打ち石もなければ、薪もない。
……諦めるしか、ないか。
だがしかしどうするか。
俺はこのイノシシや、狼などの動物系のモンスターを倒して、街に持って帰って売ろうとしていた。
それを収入源にしようとしていたのだが、死体が消えてしまうのなら、お金を稼ぐ手段がない。
お金がなければいつまでも剣を買えず、素手で戦かい続けるしか無くなる。
素手にも飽きてきたし、そろそろ久しぶりに剣を振り回したいのだがな。
仕方ない、街に戻って、日雇いの仕事でも探すか。
街の探索もしてみたいしな。
そう思って街にとって返そうとしていたところ、近くに2人の人影が見えた。
2人とも剣を持っている。羨ましい。
一人は動きもぎこちなく、剣に振り回されている感じで、明らかに戦い慣れていない。
あ、イノシシに吹き飛ばされたな、あれは痛いぞ。
俺も昔は、よく青イノシシに吹っ飛ばされたからな。
そして、もう一人はその人間に教えを授けている感じか。
まあいいか、教えている方は、多分それなりに強い。
少なくとも青イノシシ相手に遅れを取る者ではないだろう。
なら、手助けは無用だな。
俺は街に帰っていった。
その途中、また青イノシシが出たから、憂さ晴らしに殴り殺した。
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「なあ、キリト、俺の見間違いか? あいつ、今武器も使わず素手で殴り倒してたぞ?」
「あ、ああ、俺にもそう見えた」
「あいつもβテスターか?」
「いや、あんな素手で戦っていた奴、少なくとも俺はみてないな」
「そうか、にしてもよぉ、動きすごかったな、なんて言うか、戦い慣れてるっつうか、おめぇもあんなことができるのか?」
「いや、流石にあれは、第一ソードスキルを使わないとダメージがあまり入らないからな、現に[フレンジーボア]相手に何発も攻撃をしていただろう? だからソードスキルは使ったほうがいいんだよ」
「ふーん、そうか、しっかしよ……こうして何度見回しても信じられねぇな、ここがゲームの中だなんてよう」