アインクラッドからの転生者   作:アルシャ

5 / 15
第5話 決意

「嘘だろ……なんだよこれ、嘘だろ!」

 

 残念ながら、あなたの身長は取られた。嘘ではない。

 

「ふざけるなよ! 出せ! ここから出せよ!」

 

 もう広場から出られるぞ? いつの間にか透明な壁がなくなっていたからな。

 壁から少し離れているから気づいていないのか? 

 

「こんなの困る! このあと約束があるのよ!」

 

 ああ、知人に身長が縮んだところを見られたくないんだろうな。

 

「嫌ああ! 帰して! 帰してよおおお!」

 

 そんなに返してと絶叫するほど身長を取られたことが嫌なのか。

 

 悲鳴。怒号。絶叫。罵声。懇願。そして咆哮。

 身長を取られ、小さくなってしまった人間たちは、頭を抱えてうずくまり、両手を突き上げ、抱き合い、あるいは罵り合った。

 

 ……いや、流石に反応が大きすぎではないか? 

 全員が全員、身長を取られたわけではなかったと思ったのだが。

 それに、もし仮に俺以外の全員が身長を取られていたのだとしても、全員が全員、身長をそこまで重視しているとは思えないのだが。

 

 いや待て、もしかしたら先ほどの亡霊の話の中に、何か俺が聞き逃した重大なことがあったのか? 

 大半が小難しい話で理解できなかったが、この人たちは俺よりも少し理解ができていて、そこに何か重大なことがあった、と言うことが考えられる。

 もしくは、皆と俺とでは、亡霊の話の解釈に認識の違いがあったのか。

 

 俺は、何かを勘違いしているのか? 

 確認したいが、今この人たちに聞ける雰囲気ではないな。

 

 どこか冷静そうな人はいないものか。

 

 そうして周りを見渡していると、この広場から離れていく黒髪の少年と、逆立った赤髪の男の2人組の姿が見えた。

 

 あの人たちは冷静そうだ。

 よし、2人を追いかけて少し尋ねてみるとしよう。

 

 俺はあの2人を追いかけた。

 

 

 ────────────────────────

 

 

 見失った。

 こっちの方に行ったと思ったんだが。

 しばらくこのあたりをうろうろしていたが、見つけられなかった。

 

 仕方ない、一度広場に戻るか。

 少し時間も経ったことだし、あの広場の人たちも冷静になっているかもしれない。

 

 しかし本当にお腹が空いた。

 早く家に帰って詩乃と食事を取りたいものだ。

 

 そうして広場に戻ろうとした時、広場を離れた2人のうちの1人を見つけることができた。

 黒い髪の少年の方ではなく、逆立った赤い髪の男の方だ。

 

「すまない、少しいいだろうか?」

 

「あん? 誰だ、って、あんた、あん時の……ん?」

 

「俺のことを知っているのか?」

 

 この男とは、初対面だと思ったのだが。

 

「ああ、いや、何でもない、で、なんか用か?」

 

「いや、先ほどの広場での話がよく理解できなくてな、誰かに聞きたかったんだ」

 

「ああ、まあ、理解したくねぇ気持ちもわかるぜ、俺だってまだ信じられねぇしな」

 

「そうか」

 

 この人も、身長を取られてしまったのだろうか? 

 

「で、何が聞きたいんだ? つっても、俺だって全部理解できたわけじゃねぇからよ、答えられるか分からんぜ?」

 

 何が理解できなかったかと言ったら、一部以外全て理解できなかった。

 だけど、なんと聞いたらいいのだろうか? 

 全てが理解できなかった、では、教える方も困るだろう。

 

 なら、今一番知りたいことを聞くとするか。

 今一番聞きたいことはこの世界から元の世界への転移方法だ。

 先ほどの話とは関係ないかもしれないが、聞いてみよう。

 

「元の世界に戻る方法、なんだが」

 

「あー、正直それは半信半疑だわな、ゲームのクリア、つまり第百層の攻略でしかこの世界から出られねぇなんてよぉ」

 

「……第百層、攻略? 他に、元の世界に戻る方法は」

 

「残念ながら、今んところ無さそうだ」

 

 つまり、元の世界への転移装置か何かは、第百層にしかない、ということか? 

 もしくは、あの亡霊が本来あったはずの転移装置を破壊、もしくは使用不可にしてしまい、第百層のものしか使用できなくしてしまったのか? 

 

 そういえば、あの亡霊、ナーヴギアの開発者と言っていたはずだ。

 ナーヴギアは、この世界に入る時に使った頭からかぶる転移装置のことだ。

 なるほど、転移装置の開発者の亡霊だから、転移装置を操れるということか。

 

 ……と、いうことは、だ。

 

「すぐに元の世界には、戻れないのか」

 

「あー、いや、これが悪趣味なイベントの演出っつう可能性もあるからよ、案外すぐに戻れるかもしれねぇぜ」

 

「そう、か、分かった、ありがとう」

 

 よく意味はわからなかったが、すぐに帰れる可能性もあると言っているのだろう。

 だが、確率は相当低いんだろうな。

 顔や声色を聞けばわかる。

 

 今の言葉は、俺を励ますために言ったのだろう。

 いい奴だ。

 

「もういいか? じゃあ、俺は行くぜ、広場にダチ残してきちまってるからな」

 

「ああ、助かった」

 

「いいってことよ、じゃあな!」

 

 そう言って、逆立った赤髪の男は広場の方に去って行った。

 

 っ、そうか、そういうことか。

 

 あの広場での狂乱は、身長を取られただけで起こったわけではなかったのだな。

 おそらく、直ぐに元の世界へ転移する方法が無くなったから、あれだけの騒ぎが起こっていたのか。

 

 つまり俺は、しばらく、数十年は詩乃と、家族と会えなくなるということか。

 それは、寂しいな。

 

 ……随分と、冷静だな。

 それもそうか、正直、まだ俺はあの世界で生きている実感が少なかった。

 人との関わりも、家族以外とはろくにとっていないし、繋がり自体が少なかった。

 勿論、できれば一言、俺は大丈夫だと詩乃に伝えたくはある。

 だが、それだけだ。

母は、むしろ俺がいない方がいいだろうしな。

 

 それに、この世界は俺の前世にかなり似ていることも、冷静でいられる理由の一つなのだろう。

 

 かなり不謹慎ではあるかもしれないが、俺は今の状況に、楽しみすら覚えている。

 また、このアインクラッドを1から登ることができることに、嬉しさを感じている。

 

 だから冷静でいられるのだろう。

 

 しかし、あの広場の人たちは、元の世界に繋がりが強い人たちなのだろう。

 そんな人たちが、元の世界に戻れずに、ここで十数年も過ごすということになったら、発狂したくもなるかもしれない。

 

「……そうか、帰るためにも、行かなければならないんだよな、第百層に」

 

 第百層まで登る頃には、俺の未練は晴れるだろうか? 

 正直、何が俺の未練なのか自分にも分かっていない。

 なんとなく、思い当たるものはあるが、それだけだ。

 

 でも、なんとなく、元の世界に帰るまでには、未練が晴れている予感がする。

 

 そんな気がする。

 

「なら、行かなきゃな、第百層に」

 

 本当は、この街で仕事を探して、お金を稼いで、武器や防具を整えてからの方がいいのだと思う。

 

 でも、今の俺は先に進みたいと思ってしまった。

 この思い出の街の中で、思い出に耽るより、今は先に進みたいと。

 

「なら、行くか、思ったように、感情に身を任せて」

 

 俺は、進み始めた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 時は少し遡る。

 

 2022年11月6日、日曜日、午後1時。

 

 

 ────────────────────

 

 

「お兄ちゃん、楽しんできてね」

 

「ああ、行ってくる、詩乃」

 

 お兄ちゃんは、ナーヴギアを被り、ベッドに横たわった。

 

「リンク・スタート」

 

 その声とともに、お兄ちゃんは眠ったように動かなくなった。

 

 実際に眠ったわけではなく、お兄ちゃんは今、ナーヴギアによって、意識だけをゲームの中に飛ばしている。

 フルダイブ、すごい技術だと思う。

 

 ナーヴギアは、脳そのものと直接接続して、目や耳ではなく、脳の視覚野や聴覚野などの五感にダイレクトに感覚を送る。

 そして、それだけではなく、脳から自分の体に向けて出力される命令を、遮断、回収して、ゲーム内のアバターを動かすためのデジタル信号に変換する。

 

 つまりお兄ちゃんは、今、ここにいるようでここにいない。

 たとえ今、私がお兄ちゃんの体に何をしようとも(・・・・・・・)お兄ちゃんは気づけない。

 やりたい放題、という訳だ。

 

「……お兄ちゃんの寝顔、初めて見るかも」

 

 お兄ちゃんは、眠っている姿を他人に見せない人だ。

 こんな無防備に眠っている姿なんて見たことがない。

 

 一時期、どうしてもお兄ちゃんの寝顔が見たかった時期があって、真夜中にこっそり部屋に入ろうとしたり、一緒のベッドに入って、お兄ちゃんが寝るまで起きていようとしたことがあった。

 

 だけど、どれだけ真夜中でも、こっそりできるだけ音を立てずに部屋に入ろうとしても、部屋の入り口に立っただけでいつでもお兄ちゃんは返事をする。

 お兄ちゃんが寝るまで起きていようにも、いつまで経ってもお兄ちゃんは眠ってくれず、いつも私が先に眠ってしまう。

 

 だから、こんな無防備に眠っている姿は、初めて見る。

 

「……フフ」

 

 これだけで、ソードアート・オンラインを買った甲斐があった。

 

 別に、無防備なお兄ちゃんに何かをするつもりはない。

 お兄ちゃんは、意外と勘が鋭い。

 もしここで私がお兄ちゃんにナニカをしたら、お兄ちゃんが戻ってきたときに、バレて嫌われてしまうかもしれないから。

 

 だけど、こうやって寝顔を眺めるだけなら、いいよね? 

 今日1日は、ここでお兄ちゃんを眺めていようかな。

 

 ……

 

 珍しいものだからか、それともお兄ちゃんだからか、いつまで眺めていても飽きる気がしない。

 

 いつからだろう、こんな気持ちをお兄ちゃんに抱くようになったのは? 

 子供の頃は、ここまでではなかった。

 いや、むしろ嫌っていた。

 

 お兄ちゃんは、今も昔も変わらずだ。

 いつも体を鍛えている。逆に言えば、体を鍛えてしかいない。

 つまり、あまり周りに関心を示そうとしなかった。

 

 私のお母さんは、一言で言えば、弱い人だ。

 儚く、傷つきやすい、少女のようだった。

 

 だから、自然と、物心がつくにつれて、私がしっかりしなければと思うようになった。

 お兄ちゃんは、お母さんに寄り添おうとはしなかったから。

 だから私が、お母さんを守らなければ、と。

 

 お兄ちゃんは、きっと私達に興味が、関心が無いんだとずっと思っていた。

 その認識が変わったのはいつだっただろうか。

 

 きっかけは多分、私が9歳の時だ。

 祖父母が外出中、しつこい訪問販売の男が玄関に居座って、お母さんが怯えてしまったことがあった。

 

 だから私がその男を追い払おうとした。

 けど、私は怖かった。

 当然だ、相手は大人の男の人。見上げるような大きさの人間だ。

 でも、お母さんを脅かす人をそのままにはできない。

 

 私がお母さんを守るんだ、守らなければ、とそう思って、私は玄関に向かった。

 その時、私はお兄ちゃんに肩を掴まれた。

 そして、私に一言。

 

「詩乃、俺がやる、だから母を、頼む」

 

 そう言って、お兄ちゃんは訪問販売の男を追い払ってくれた。

 この時から、少しだけお兄ちゃんの印象が変わった。

 

 それでも、まだ私はお兄ちゃんが嫌いなままだった。

 

 それが決定的に変わったのは、あの事件の後からだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。