俺は故郷の街を出て、北西に向かった。
上の階層への階段は、確か一番北にあったはずだから。
流石に昔過ぎて細かいところは忘れてしまっているが、北東は湖沼があったはずなので、どちらかと言ったら北西の森の方が抜けやすいはずだ。
当然、モンスターは出てくるが、俺はそのモンスターを全て倒しながら進んで行った。
早く進むだけなら、放置した方がいいだろう。倒したところで何かを得られるわけでもないようだし。
だがモンスターは放置し続けてしまえば、いつの間にか、かなりの数になってしまう。
そして数が増え過ぎた場合、街を襲う。
勿論、1ヶ月や2ヶ月放置した程度では、増える数もそれほどではない。
だが、2年、3年と放置していると、マズイことになる。
現に前世では、登っている最中に滅んだ街や村をよく見てきた。
そうならない為に、定期的にその近辺の街の人間がモンスターを倒して数を減らしているが、すこしでもその手助けになればと、前世では、見かけたモンスターは基本的に出来るだけ倒してきた。
もしモンスターを放置したことが原因で街が滅んだ、などとなってしまうのは避けたかったからだ。
だから俺は、モンスターを倒しながら草原を進んで行った。
もう目の前には、森が見えている。
俺は、森に向かって歩き出した。
そう言えば、モンスターを倒した時に、視界の端に数字と文字が出る。
さっき、青イノシシを倒した時も、[フレンジー・ボアの前足]と言う文字が出てきていたんだが、一体これはなんなのだろうか?
周りを見渡してみても、特に何か変化があるわけでもない為、放置で構わないとは思っているんだが。
これ以外にも何度か視界に文字が浮かんではいたが、意味がわからず取り敢えず放置していた。
視界の端といえば、この世界に転移してきた時から、なんだかよく分からない線やら何やらが視界の端にある。
顔を動かせば、それらの線も動くし、さわろうとしても触れなかったのだが、これらもよく分からない。
分からないことだらけだ。この世界は不思議で満ち溢れている。
まあいいか。分からないってことは、分かる必要がないことなんだろう。
取り敢えず、鬱陶しいから今後は無視しよう。
その文字を読まなかったことで何か害があった訳でもないから、気にしないでおこう。
遠くに太陽が見える。綺麗な夕焼けだ。
俺は夕日を浴びながら、森の中に進んで行った。
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森の中で出会うモンスターは草原のモンスターとは違っていた。
環境が違えば生きているものも違うのは当然のことだ。
だが、森の入り口近辺でも、もう草原のモンスターは一切見当たらなかった。
逆に森の近くの草原にも、森に出るモンスターは一匹も見つけられなかった。
他の地域のモンスターが別地域に紛れ込んだりすることはよく見かける光景なのだがな。
よほどここら一帯のモンスターの縄張り意識が強いのか、単に今回だけ見なかっただけなのかはわからないが。
とにかく、森に入ると敵も環境も雰囲気もガラリと変わった。
だが、やることは変わらない。見つけた敵は殴り倒す。
そうして何匹か倒していると、どこかから、いきなり軽やかな音が聞こえてきた。
一瞬、俺に気付かれずに近付いたモンスターがいるのか!? と思ったが、違った。
そして、俺の体を金色の光が包んだ。
俺は咄嗟にその場から飛び退いたが、金色の光は俺の体から離れない。
しかし、数秒後、その光は消えた。
「なんだったんだ?」
体の調子を確認したが、特に害があるわけでは無さそうだった。
また訳のわからない現象が起こった。
ま、いいか。分からないものはいくら考えたって分からないんだから。
俺はモンスターを倒しながら、森の奥に進んで行った。
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しばらく進むと、森の中に村が見えてきた。
民家と商店合わせて十数棟くらいの、小さな村だ。
とりあえず、村に立ち寄ったのだからまずは村長に挨拶に行こう。
しかし、村長がどこにいるかは分からない。
取り敢えず、一番奥に村長がいる予感がする為、まずは一番奥の家に入った。
「失礼する、貴方はこの村の村長か? 俺は旅人だ、ここには挨拶に参った」
台所で鍋をかき回していた、いかにも《村のおかみさん》といった感じの人が振り向き、俺を見て言った。
「こんばんは、旅のお方。お疲れでしょう、食事を差し上げたいのだけど、今は何もないの。出せるのは一杯のお水くらいのもの」
村長、ではないのかもしれない。だが、せっかくの好意だ、ありがたく受け取らせてもらおう。
「ありがたい」
俺は喉が渇いていた。
当然お腹も空いているが、流石にそこまでこの方の好意に甘えるのはダメだろう。
俺は椅子に座って、汲んでもらった水を飲んだ。
「……ふぅ、美味い」
渇いた喉を潤す水が、とても美味しく感じた。
それにしても、すこし疲れたな。
やはり久方ぶりの戦闘だからか。
それに、勘が鈍っている為、無駄な動きが多いのも疲れの原因だろう。
このまま勘を取り戻さずに先に進めば、俺は死ぬな。
間違いなく。
体から痛覚が消えて感覚も狂っているし、どこかでしばらく戦い続けて勘を取り戻さないと不味い。
確実にこのままでは第百層まで行かないだろう。
だが、この辺りの敵はダメだ。弱すぎる。
そして何よりも早く武器を手に入れなければ。
俺は素手の戦いが専門ではない。剣を二本持っての戦いが専門だ。
勿論、初めから剣を二本持っていたわけではない。
初めは剣と盾を持って戦っていた。
だけど俺は思ったんだ、盾が邪魔だと。
盾があると剣も振りにくいし、大きくて重くて邪魔だし、何より、何かに隠れているのが性に合わなかった。
それでもしばらくは使い続けてはいたが、途中から俺は思った。
敵の攻撃をあんな大きな盾で受け止める意味なんてないと。
だからまず、盾を出来るだけ小さくしていった。
相手の攻撃は、避けて躱すか、小さな盾で逸らせばいいと考えたからだ。
そして盾を小さく、小さく、さらに小さくして行って、握りこぶしくらいの大きさまで盾を小さくした時、アイツらに言われたんだ。
お前のそれは盾である意味がないと。
むしろそれは盾ではないと。
その時俺は閃いたんだ。
なら、この盾の代わりに、もう一本剣を持てば最強じゃないか? と。
それで俺は剣を二本持って戦うようになった。
カズヤも俺に影響されたのか、途中から剣を2本持つようになったし、逆にクリフは盾で攻撃もできるようにと、盾を改造していった。
キズナはそんな俺たちを、馬鹿を見るような目で見ていたな。
懐かしい。
と、そんなことを考えていると、隣の部屋から、こんこん、と子供が咳き込む声が聞こえてきた。
おかみさんは、その声を聞いて悲しそうに肩を落としていた。
もしかして、子供が病気か何かなのだろうか?
おかみさんは、かなり困っている様子だった。
俺はおかみさんに聞こうとしたとき、おかみさんの上に金色の? が浮かんできた。
ん? 何だこれは? まあいいか、取り敢えず、聞いてみよう。
「何か、困っているのか?」
おかみさんは、ゆっくりと振り返った。
ん? 頭上の? が点滅しているな。
「旅のお方、実は私の娘が……」
──娘が病気にかかってしまって市販の薬草を煎じて与えてもいっこうに治らず治療するにはもう西の森に生息する捕食植物の胚珠から取れる薬を飲ませるしかないが、その植物がとても危険なうえに花を咲かせている個体がめったにいないので自分にはとても手に入れられないから代わりに旅のお方が取ってきてくれればお礼に先祖伝来の長剣を差し上げましょう。
という話をおかみさんは身振り手振りを交えながら伝えてきた。
とにかく、娘さんの為に薬が必要で、その薬は西の森にいる植物を倒せばいいと。
そして、取ってきてくれたらお礼に剣をあげると。
「分かった、任せてくれ」
俺は剣がずっと欲しかったし、何より病気の娘さんをここまで心配している母親が目の前にいるんだ。
たとえお礼がなくとも、こういった人たちは出来るだけ助けたい。
それに、この方には水一杯の恩がある。
それを返さねば男が廃るというものだ。
だから俺は、すぐに西の森に向かった。
一刻も早く病気の娘さんを助ける為に。
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おかみさんが言っていた捕食植物自体はすぐに見つかった。
うねうねと無数にうごめく根っこ、葉っぱのついたツルが2本、ウツボカズラのような胴体、そして、上の方には人間の口に似ているものが付いている、とても気持ちの悪いモンスターだ。
つまり、口植物だな。懐かしい。
しかし、頭に花はつけていなかった。
この口植物は印象に残っていたから、まだ覚えている。
たまに頭の先に赤い花以外にも、赤い実が付いている奴がいるんだが、それを割ると臭い煙が出て、その匂いにつられてなのか、近辺にいる口植物が大わらわで寄ってくるんだ。
この気持ち悪い口植物が10体20体と寄ってくる光景はなかなかに壮観で、その光景を見るたびにキズナが悲鳴を上げてバーサーカーと化していたな。
その光景が面白くて面白くて、ついつい俺とガズヤは実が付いているやつを探しては切って、探しては切ってを繰り返していた。
クリフは呆れていたが。
そして、辺りの口植物を倒し切ると、今度はキズナに俺とカズヤが襲われるんだ。
あの状態のキズナは迫力がありすぎて困る。
「シュウウウウ!」
そんなことを考えていたら、口植物は俺の存在に気付き、声を出しながら右のツルを突き込んできた。
俺はそのツルを左にギリギリで避け、通り過ぎて行ったツルを掴み、全体重を乗せて引っ張った。
口植物はこちらに向かって攻撃してきていた、つまり重心がが前に傾いていたことも手伝って、バランスを崩しながらこちらに突っ込んできた。
俺はツタを手放し、足の部分にあたる根っこを足払いの要領で蹴り払った。
それによって、口植物はバランスを崩し、地面に倒れこんだ。
これで、っ、と、近くにもう一匹モンスターがいるな。
早めに片付けよう。
俺は、立ち上がろうと、もがく口植物を妨害しながら攻撃を加えていき、口植物は青い光となって砕け散った。
「さて、次だ」
俺は次の口植物に向かって歩き出した。
口植物は俺の存在に気づいたようで、こちらに向かって来ようとした。
だが、次の瞬間、いきなり口植物は反転して奥に進んで行ってしまった。
「逃げた? いや、これは違う、か?」
一見俺から逃げ出したように見えたが、あれはもしかしたら。
「追いかけるか」
俺は口植物を追いかけた。