エルロイド教授の妖精的事件簿   作:高田正人

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 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「お帰りなさいませ、旦那様」

「うむ」

 

 その日の夜分、帰宅したエルロイドをシディが迎える。

 

「どうした、シディ?」

 

 いつもと違い、シディはすぐに脇に退くことなく、手に持ったものを彼に差し出す。

 

「今日、これを見つけました」

「おや、これは…………」

 

 それは、一本の凝った作りのペーパーナイフだった。

 

「どこに置いたものか、すっかり分からなくなっていたものだな。もう諦めていたのだが、よく見つけてくれたな」

 

 それを手に持ってしげしげと眺めるエルロイドの言葉を、シディは訂正する。

 

「いえ……オレではなくて、マーシャさんが」

「マーシャが?」

「ちょっと妖精さんたちの力をお借りしたんですけどね。みんな、快く引き受けて下さいましたよ」

 

 隣に立つマーシャは、得意そうに真相を明らかにする。シディにエルロイドが紛失したペーパーナイフの特徴を教えてもらい、それを妖精に伝えて屋敷の隅々まで捜索したのだ。さらに精度を高めるため、口頭の説明だけでなく、シディに絵を描いてもらってもいる。しかし、彼女の言葉にエルロイドは露骨にしかめっ面をした。

 

「その左目を下らないことに使うのはやめたまえ。君自身が一番分かっているだろう? 妖精女王の目は誘蛾灯だ。乱用するとよくないものを引き寄せる。先日ジンのところを訪れたときのことを忘れたのかね?」

 

 エルロイドの危惧ももっともである。いたずらに左目をさらけ出すことは、異界の妖精たちを種類を問わず呼び寄せることになりかねない。

 

「教授のなくされたものを見つけ出すのは、下らないことなんかじゃありませんよ」

「ふん、減らず口ばかり増えるから君のような人間は好きになれんよ」

 

 マーシャの返答を、彼は渋面のまま受け取る。

 

「私の評価はともかく、はい」

 

 マーシャは一歩下がると、シディを前に出す。

 

「……君の考えていることはさっぱり分からんが」

「ええ」

「こうする必然性はまったく感じられないのだが」

「はい」

「とにかく、私はこれからもやり方を変えるつもりはないぞ」

「もちろんですとも」

 

 何やらシディと向かい合いつつも、彼女に言い訳めいたことを言っているエルロイドだが、ついに腹をくくったらしい。

 

「…………ええい。我ながらまどろっこしい! 時間の無駄だ」

 

 そう半ばやけっぱちのように叫ぶと、彼は胸を張ってシディの方をまっすぐに見つめる。

 

「日々私が快適に過ごせているのは君のおかげだ。改めて感謝しよう、シディクス・マクホーネン」

 

 そう言うと、そっと彼の手がシディの肩に乗せられる。まるで、貴族か騎士の叙勲のような仕草だ。

 

「こっ、こっ、これからも励ませていただきます、旦那様」

 

 対するシディは、今までに見たことがないほど緊張した様子だった。それまでずっと、空気か家具のように扱われていた身が、突如注目を浴びたのだ。

 

「そして――ありがとうございます」

 

 けれども、ただ緊張して終わりではなかった。シディは嬉しそうに笑うと、完璧な角度で一礼する。その笑顔は、きっとシディ本人も予想し得なかったものだろう

 

「ふん、時間の無駄……ではないが、少々時間を消費した。もういいだろう」

 

 相変わらずの憎まれ口と共に、エルロイドは足早に去っていった。その後を追うシディが、マーシャの方をちらりと見て小さく一礼する。対するマーシャは、一仕事終えた満足げな顔で、彼の一礼に対して応えるのであった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

「お姉さんに、一応お礼をしておこうと思ってさ」

 

 その日の夜遅く、シディがマーシャを呼び止めてそんなことを言ってきた。

 

「うんうん、ちゃんと『ありがとう』が言えるのはいい子ですよ」

 

 感謝の気持ちを忘れず、即行動に移すシディに笑顔で応じるマーシャだが、当のシディは呆れ顔になる。

 

「お姉さんさあ、オレのことを年齢一桁の悪ガキとかと勘違いしてない?」

「そ、そんなことないですよ」

「本当?」

「ええ、もちろんですよ」

 

 残念ながら、シディの追求は図星である。どうにも、マーシャは彼の一挙一動が、パン屋に両親のおつかいで来る小さな少年たちのそれとかぶってしまうのだ。

 

「まあ、いいけど。それで、何かオレにしてほしいこととかある? 困り事とかあるんだったら、代わりに解決してやるぜ」

 

 けれども、すぐにシディは執事の顔に戻り、マーシャに提案をしてくる。

 

「そうですね……」

 

 なかなか魅力的な誘いに、しばらくマーシャは考え込む。こんな機会は、そうないはずだ。

 

「困り事って程じゃないですけど」

「うんうん」

「一日だけ、私の執事になってくれたら嬉しいな、って思うんですけど」

 

 マーシャの答えに、若き執事は目を丸くした。

 

「はあ?」

「ほら、私ってコールウォーンの田舎出身でしょ。上流階級って何となく憧れで、ちょっとだけその雰囲気が味わえたらなーって思って…………」

 

 シディの凝視という圧力に、たちまちマーシャの言葉は尻すぼみとなった。

 

「ダメかな?」

「お姉さん、ちょっとこっち」

「はい?」

 

 手招きされて顔を近づけたマーシャの額に、再びシディのデコピンが炸裂した。

 

「あ痛ッ!?」

「まったく、執事がいれば上流階級だなんて、成金趣味にも程があるね、お姉さんは。メイドを何人も侍らせて、ご主人様ごっこをしてる物好きと大して変わらないよ」

 

 両腕を腰に当てて、心底情けないと言わんばかりの態度で、シディは年上のマーシャに説教する。

 

「ご、ごめんなさい。ちょっと調子に乗ってました」

 

 こうしていると、どちらが年上かさっぱり分からなくなりそうだ。

 

「そんなことはないけどさ」

 

 一度ため息をついてから、改めてシディは姿勢を正す。

 

「残念ながら、オレは生まれたときから死ぬときまで、ヘンリッジ・サイニング・エルロイド様の執事なんですよ。旦那様本人から解職されない限り、他の人にお仕えするなんてこと、あり得ませんから」

 

 しかし、そう言ってから、彼はにやっと笑う。それこそ、以前マーシャがパン屋に勤めているときによく見た、おつかいに来る子供たちのような顔で。

 

「まあ、仕事に抵触しないなら、ちょっとだけその妄想に付き合ってあげてもいいよ、お姉さん」

 

 どうやら、この旦那様第一のシディにも、わずかな愛嬌くらいはあるようだ。

 

「じゃあお言葉に甘えて、明日は私のことをお嬢様と呼んでね」

「それは却下」

「なんで!?」

 

 と言っても、その愛嬌は確かに「わずか」なのだが。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 

 


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